交渉
「どういうことよ……玉璽って何?それに、生命石は一つだけだったんじゃあ……。」
ナーミが背中をつつき小声で囁いてくる。
「ああ……実はトオルが……」
ざっとあの晩の出来事を、エーミともども小声で説明しておく。
「誤解です……当初は攻略後18年しか経過していない若いダンジョンとの情報を受け、初級精霊球の取得のためにわずかな兵とともに出向いたのです。ところが実際は300年経過したダンジョンであり、魔物たちも強力で進むこともままならず、部隊全滅の危機でしたが、何とかトーマ先生たちにお救い頂いた次第です。
ダンジョンから取得した生命石と玉璽に関しましては、出現したことが知れ渡れば、このように他国から攻め込まれる危険性が高いため、公表できずにおりました。ですが玉璽を使ってこの大陸を制することは、王様は考えておりません。」
すぐにジュート王子が反論する。
「そうです。玉璽の出現を隠し通すために、一緒に出現した生命石2石含め同行した仲間たちにも秘密にして、直接カンヌール国王様にお届けし、王様が絶対に見つからない場所に秘かに保管することと決めました。
あのような災いをもたらすものは、人目に触れさせてはいけないのです。決して玉璽を使用することは、あり得ませんから、どうかご協力お願いいたします。」
カンヌール王は戦争など絶対に起こしてはいけないものとのお考えだ、使わないと約束できるのだから、信用していただくよう、重ねて説得する。
「そんな言葉……ジュート王子やワタル殿に言われても、心に響きませんね。
いえ、仮にカンヌール国王様直々におっしゃられたとしても、容易に信じることはできないでしょう。なにせ玉璽の力は、使おうとすればいつでも使用できるのですからね。事前準備が整い次第、玉璽の力を開放して攻め込まれてはかなわない。その前につぶさせていただくのが、当たり前。
それが不満であるなら現有武力で抵抗し、時間を稼ぐしかないでしょう?すぐにお帰り頂き、そうお伝えください。恐らく、本日中にはカンアツからもカンヌール国に対して宣戦布告が発せられるでしょう。」
しかし、ホーリ王子の答えはかたくなだ。
「わかりました……玉璽をカンヌールが所有していることが戦争の原因となるならば、カンヌールは玉璽を放棄して、カンアツ国に託すことといたします。今からカンヌールへ帰って、玉璽を携えて戻ってまいります。ですから、それまでの間、戦争への加担は取りやめていただけないでしょうか?
出来ましたら、サーケヒヤー国へもこのことをお伝えいただき、戦争回避の交渉をお願いいたします。
ただし……申し訳ありませんが、カンアツ国は信頼できますが、すぐに武力行使に訴えようとするサーケヒヤー国に玉璽が渡ることだけは避けていただくよう、カンアツ国にて保管していただくという条件付きです。
圧倒的に不利な我が国が条件を付けること自体、一笑に付されてしまうかもしれませんが、これだけは譲れませんので、お願いいたします。」
すると突然、ジュート王子からとんでもない提案が……玉璽を手放すって?そんな自殺行為……。
「それは……カンヌール国王様のご意思でしょうか?事前に、このような事態になった場合は、玉璽を託してもよいとの許可を得ていますか?ジュート王子様だけのお言葉だとしても、この場での会話は私的意見としては通りませんよ!」
するとお付きの丸眼鏡が、強い口調でジュート王子に確認する。そりゃそうだ。後から、やはり王様はだめとおっしゃいましたではすまない……非公式とはいえ、この場はいわば外交交渉なのだ。
「玉璽の件に関しましては、王様と私とトーマ先生とトオルさんの4人しか知らないことのはずでした。どのようにしてこの情報が漏れたのか、全く不明ではありますが、そのため王様から玉璽云々のご指示は頂いておりません。ですが、王様は必ず私の意見を支持して下さると確信しております。
王様は戦争を起こしてはいけないとのお考えですから、そのためなら玉璽を手放すことはいとわないでしょう。
もとより秘かに誰にも見つからないような場所に安置して、使うつもりなどありませんので、その保管場所がカンヌールからカンアツへと移るだけで、何ら支障はございません。この言葉は私の言葉ですが、私はこの命を懸けて、必ず実現させて見せます。
もし果たせない場合は、どのような処罰にでも応じますので、何とか戦争だけは避けられるよう、ご協力をお願いいたします。」
ジュート王子は必至でホーリ王子を説得にかかる。確かに玉璽がサーケヒヤーに渡ってしまったなら、サーケヒヤーは真っ先にカンヌールへ攻め込んで、占領してしまうだろう。その後、カンアツだって無事では済まない可能性がある。
その点、カンアツに預けるのであれば、まだましとは言えるが……絶大なる力を持った場合どうなるか。人の気持ちなんて、意外と簡単に変わってしまうものだからな……。預けるにしても、カンアツ国王の意思だけでは開けられないような、何か保管上の工夫が必要だな。これはこれで後で交渉だ。
さらにジュート王子が命を懸けてって……こっちの方も問題だな……。
「命を懸けてまで……ふうむ……確かに玉璽を渡していただけるのであれば、今後攻め込まれる心配はなくなるわけですからね……ですが、どうしてそこまでして……。先般、サーケヒヤー国から攻め込まれたときでも、巨大戦艦相手に快勝されたではないですか。
のちのサーケヒヤー国からのコメントでは、もとより本気でカンヌールに攻め込むつもりはなく、単なる威嚇であったとなってはおりましたが、真偽のほどは定かではありません。
なにせサーケヒヤー国の主力である海軍の、巨大戦艦3隻と駆逐艦や護衛艦20隻からなる大船団を、瞬く間に制圧してしまったのですからね。カンヌール国の軍事力を過小評価し過ぎていたと、わが国でも軍部が騒いでおる次第です。
カンアツは、すぐに攻め込むだけの準備はできておりませんからね……恐らくサーケヒヤー国相手だけであれば、時を稼ぐことは可能と考えますがね……そのすきに取得した精霊球と玉璽を使いこなすように訓練すれば、十分な勝機はあると考えますよ……全て投げ出すようなことをしなくてもいいのではありませんか?
一体、何をお考えでしょうか?」
それでもホーリ王子は、まだ納得していない様子だ……それはそうだろう、あまりに条件が良すぎる。
「王様は、戦争を望まれてはおりません。ただそれだけです。
300年ダンジョンの精霊球の力を懸念されていますか?そうであれば、非常に残念ではありますが、こちらもカンアツ軍にお預けしても構いません。」
あくまでも、戦争の意思はないと回答する。ジュート王子は、さらに苦労して手に入れた精霊球までも引き渡すと言い出した。いくらなんてもやりすぎだ。
「いや……さすがに精霊球までも要求するつもりは……わが軍だって百年ダンジョンの精霊球はそれなりに保持しているし……なにせ、数年に一度は大陸のどこかで解放されているものですからね。確かに、その多くはサーケヒヤー国が所有しているのですが……ふうむ……精霊球まで……。」
この言葉には、ホーリ王子も心を動かされている様子だ。
「お待ちください、300年ダンジョンではカンヌール国軍兵士の多くの犠牲を伴い、ようやく取得した精霊球です。それをやすやすと他国に引き渡してしまうことは、あってはなりません。玉璽であれば、カンヌール国王さまがお認めになられれば、どの道使う意志はなさそうですから構いませんが、精霊球はいけません。
ご無礼は重々承知の上ですが、お考えをお改めください。」
このままでは精霊球まで渡さなければならなくなってしまいそうなので、ジュート王子の暴走を止めにかかる。いくら何でもやりすぎだ。
「で……ですが……このままでは戦争に……。」
ジュート王子は、悲痛な表情で振り返る。
「玉璽の引き渡しに際しても、慎重に決定する必要性があります。カンアツ国に玉璽を握られてしまっては、それこそいつでも容易にカンヌールを制圧できるでしょう。
そうさせないためにも、保管場所はカンアツ国内でも容易に手を出せない場所にするとか、保管する場合は金庫のカギを両国で持ち合うなどの条件を付ける必要性があります。
あるいはいっそのこと、火山の溶岩の中にでも投げ入れてしまってはいかがでしょうか?両国王立会いの下、火山の噴火口へ沈めてしまうのが一番よろしいかもしれません。
300年ダンジョンで取得した精霊球を渡すことはできませんが、何とかこの条件でお願いいたします。」
すぐに玉璽の引き渡し条件に際しても言及する。要は使用不能にしてしまえばいいのだ。災いの元凶なのだから、存在しないことが一番だ。このような具体性があれば、少しは信じていただけないか?
「ああ……なるほど……火山の噴火口へ……それはいい考えかも知れませんね。玉璽を引き渡すなどとおっしゃられても、にわかには信じられないし、時間稼ぎと思われても仕方がない。
よろしいでしょう……貴国が玉璽を使用しないという言葉に、信憑性が出てきました。ですが、どうしてサーケヒヤー国はカンヌールを目の敵にするのでしょうかね?何か心当たりでもありますか?」
ホーリ王子はようやく納得した様子で、硬かった表情も和らいできた。そうして騒動の原因を尋ねてきた。
「はい……確たる理由は不明ですが、カンヌール国ではこれまでにも数々の不祥事が発生しておりまして、その陰にはサートラン商社という会社の取締役サートラが……サーキュ王妃様が……」
詳細背景など調査中としながらも、サーキュ王妃とサートラが関係していそうな事件の説明を、かいつまんで行う。
「サートラ……サーラ……?その2人が事件に関与しているという、明確な証拠はありますかな?また、名前だけではなんですから、その2人の容姿など分かる資料はお持ちですかね?」
なぜかホーリ王子は、俺の説明のうちサートラとサーラに対して固執している様子だ。トーマ家に降りかかった不祥事や、ジュート王子にかかわる事件などは、どちらかというとサーキュ王妃が主犯である可能性が高いのだがな……。サートラが影で糸を引いている可能性はあることはあるが……。
ああそうか……サートラン商社は、カンアツにもあるのだったな……そのような怪しい会社と、カンアツ王宮は未だに取引しているというわけだ……そりゃあ焦るわな……。
「もちろんありますよ……捕えた元国軍将校や元役人たちが牢から連れ出されて、お堀へ身投げさせられる場面や、さらにサーキュ王妃様の誕生会で正体を暴かれたサーラが、魔物たちを操って逃げ出した場面など、監視カメラの映像がございます。
ホーリ王子様が北海の岸壁で、大量の魔物たちに襲われた時をほうふつとさせるような、魔物たちを自由自在に操っておりました。さらにサートラの写真はありませんが、生命石を使って若返ったサーラと名乗った時の写真は持ってきております。」
監視カメラの映像は、カンアツでも披露する場面があるのではないかと、ダビングして持参しているのだ。サーラの写真はジュート王子が持っていたもので、燃やしてしまおうとしていたものを、手配写真に使えるからと、預かっているのだ。
「これは……確かにサーラ……了解した。急ぎ、その映像とやらを確認したい。これから一緒に謁見室へ向かおう。王さまにも確認していただく必要性がある。」
『ガチャッ』そういってホーリ王子は、急ぎ足で貴賓室を出ていってしまった。
「こちらです、どうぞ……。」
丸眼鏡の案内で、貴賓室を出て謁見室へと向かう事になった。
「こ……これは……面妖な……人のなせる業なのか?」
謁見室にて、カンアツ王の前で監視カメラの映像を再生する。カンアツのモニターは29インチくらいの、この世界では大画面モニターのようだ。地下牢で元魔法軍のえらいさんたちを脱獄させた場面では、サーラの横顔が確認された。
さらに東門からの監視カメラでは、遠くからの俯瞰映像ではあるが、トオルの投げたクナイを振り返りざま見事に受け止めた動作や、大量の魔物たちを呼び寄せ、大きなツッコンドルにつかまって逃げおおせた場面も写しだされた。続けて見ると、まるで映画か何かのワンシーンを見ているような映像だった。
「魔物を操ることができるのは、魔導石という特殊効果石を使用し飼いならしたからです。ヌールーにあるサートラン商社の社屋から、長年にわたって大量の魔物たちを飼育していた痕跡が見つかりました。飼いならすことにより、ペットのように意のままに操ることができるようになっていたものと考えます。
牢から出した人をお堀に身投げさせたのは、催眠という忍びの技ではないかと推察しております。催眠を使って意識をもうろうとさせ、お堀を泳いで逃げるように指示をしたのだと考えられます。
さらに脱獄させたものたちを始末した後、サーラの姿が消えたのは、恐らく移動石なる特殊効果石があるのではないかと推定しております。この大陸では見つかっていない石でも、南の大陸では必ず子供を授かる受胎石なども出現しているようですから、可能性はございます。」
驚愕映像の連発で言葉も出ないカンアツ王に対し、トオルが解説する。そうだよな……この世界の不可思議な現象は、大半が精霊球と特殊効果石で説明できてしまう。それくらい、色々な特殊効果石があるのだ。
決して合成映像ではないことを理解していただく……と言っても、テレビ放送や映画などが普及していないこの世界では、映像の加工技術自体が存在しないだろうがな。