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脱出

「おいていくのだったら装備も何もかも全て剥がなければなりません、初心者講習でも教わりましたよね。」

 トオルが、セーレの偽物の装備を剥ぎ始める。


 そういえばそんなことを言っていたな。ダンジョンに入って仲間が魔物に襲われて絶命したり、あるいは決闘になって死んだ場合など、武器防具を含めた装備一式は必ず持ち帰るよう注意された。

 魔物の中には知能が高いものがいるため、冒険者の武器や防具などが魔物側に渡らないようにする配慮だ。


 パーティが全滅したらどうするのか聞いたら、その場合は一旦ダンジョンを閉鎖したのち、上級冒険者チームを編成して、そのダンジョンの魔物たちを一掃して取られた武器や装備を回収するのだそうだ。

 上級冒険者への謝礼などで金がかかるので、必ず仲間の分は回収して戻るようにと言われた。


 トオルがセーレに化けたやつの、俺がセーキに化けたやつの武器と装備を外す。やはり擬態石を使って顔を変えていたようで、擬態石を外すと俺と年が変わらないであろう中年男の顔に戻った。


 いつもならセーレだったやつが顔と体を魅力的な女に化けて、初級冒険者たちを誘いこむのだろう。

 ところが俺が2人の顔を知っていたために、2人とも顔を変える必要性があったというわけだ。


 セーキに化けたやつの装備と言えるようなものは大ナイフと短刀と、結構厚めの道着もある上に、鉢金や脛当てに地下足袋などかさばるのが加わり、運ぶのは結構辛そうだ。

 腰には大きめの袋がぶら下がっていたので、それも一緒に外したが荷物が増える一方だ。


 振り返ってみてみると、トオルの手にはその大きめの袋があるだけだ、あの大きな弓とか矢袋はどこへ行ったのだ?破壊して捨てておけばいいというのか?


「服や武器などの装備はどうした?」

 倒れたままの女を見る限り、着ていた服すらも剥がされて下着のみで、目のやり場に困る。


「弓使いのための防具のようでしたからね、追剥まがいのことを繰り返していただけあって、羽振りはよかったようですね。冒険者の袋も持っていましたから、全部しまいました。でも、彼女用にロックされているので、入れることはできても出せなくなってしまいますがね。どうせ使わないからいいでしょう。」


 トオルはそう言いながら袋を掲げる。そうか……これが冒険者の袋か……上級の冒険者に配布されるものだな。武器や防具など詰めて簡単に持ち運びできるという、まさに4次元袋。

 先ほど奴の腰から外した茶巾袋の口を開け、大ナイフや短刀や地下足袋などぶち込むと、そのまま吸い込まれるように収納された。重さもほとんど感じなくなるし、これは便利だ。


「うっ……うーん……」

 身ぐるみはがし終えた時点で、女のほうが意識を取り戻した様子だ。洞窟の中は気温が低いので、ほぼ裸だと寒くて目を覚ましたか?すぐにトオルが背後に回って後ろ手に縛りあげるので、正面から顔を覗き込む。


「なっ……何するのよ!折角カルネのいたチームに入れてあげようとしているのに!」

 突然の状況に何が起こったのかわからないのだろうが、それでも芝居を続けて女が叫ぶ。


「もうバレているんだ。お前たちは偽物だな。どうする?縛り上げたままで、このままここに置いていくか?

 それとも、おとなしく俺たちの後ろをついてくるか?命だけは助けてやるぞ。」


 女に擬態石をちらつかせながら、おとなしく従うかどうか聞いてみる。2人しか戦えない俺達だってどうなるかわからないが、ここに放置されるよりはましだろう。


「わ……わかったわ……おとなしく従うから、お願いだから連れて行って……後生だから……。」

 女が涙顔で懇願するので、ちょっとほっとした。さあ殺せと言われても、俺には殺すだけの勇気はない。


「う……うーん……」

 さらに男の方も目が覚めたようだ。


 すぐに背後へ回り込み、後ろ手に縛りあげる。男の方は女の協力もあり、説得は楽だった。

 2人に後ろ手のまま冒険者の袋を触らせ、のど元に剣を突き付けた状態で回復水だけを取り出させ、それぞれ飲ませてやると、男の方の出血も止まったので、まずは一安心。 


「よしっ、行くぞ。暴れると折角くっつけた右手も取れてしまうから気をつけろよ。」

 いつまでもぐずぐずしていられないので、出発だ。輝照石を腰の袋から取り出して額に取り付け、俺が先頭で、後ろ手に縛りあげた男女のロープを手にトオルが最後尾をついてくる配置で出発する。


「こっこれは……ちょっと数分だけお願いします。」

 一列に隊列を組んで歩き始めたばかりなのに、すぐにトオルが待てと言い出す。


 そうして2人をつないだロープを俺に渡して、先ほど俺が倒した魔物のところへ駆け寄っていき、何かごそごそとやり始めた。


「よしっ、時間がないから仕方がない、こんなところですかね。


 猛進イノシシじゃないですか、こいつの肉は脂身が少なくて、しかもその少ない脂身の味がいいので、高級肉として販売されているのですよ。ロースの部位とヒレの部位をそれぞれ4キロ位ずついただきました。

 宿に戻ったら、調理してもらいましょう。」


 トオルが油紙に包んだ塊を、いとおしそうに腰の袋に入れる。相変わらずまめな奴だ……というかこの状況下で……と感心してしまう。だがまあいいさ、このダンジョンから出た後の事を考えるというのは、生き延びてやるという暗黙の意思表示だからな。


「おおそうか、4キロじゃあ重いだろ?俺が半分持つよ。」


 そういって一包みを俺が担当することにした。トオルの場合は速さが身上だからな、ウエイトでそれを殺されては敵わないので分散する。トオルを見習い、村の雑貨屋で安物のウエストポーチを購入しておいたのだ。

 人里での野宿は禁止されているが、食材の持ち込みくらいはいいだろうし、ミニドラゴンも喜ぶだろう。


「でも、困りましたね、このダンジョンは迷路のように入り組んでいますから、道順が分からなければ脱出はかなり難しいですよね。」

 トオルが不安そうにつぶやく。


「それは問題ない、セーキたちがいる時は彼が指示してくれていたから言わなかったが、このダンジョンの構造図は持っている。カルネのを書き写したものだから、俺にしか解読できないがね。」


 セーキに化けた2人組には気づかれないよう、コージーギルド、No.30ダンジョンと、俺以外は読めない文字で書かれた構造図を体で隠しながらトオルに見せる。


 カルネは一度入ったダンジョンの構造は記憶して踏破後に詳細記録し、さらに他の冒険者とも構造図の交換を行っていたため、ギルドで管理されている主なダンジョンの構造図は、ほとんど持っていると言っていた。

 セーキが持っていたカードを盗み見て、宿に戻り急いで構造図も取ってきたのだった。


「そうですか、安心しました。」

 トオルがほっと胸をなでおろして笑顔を見せる。ううむ……やはりかわいい……3次元には興味がないつもりなのだが……しかも男……参ったな……。



『バサバ・・』『シュッシュッシュッ』トオルがクナイでホーン蝙蝠を瞬殺する。だんだんと出現してから葬るまでの間隔が短くなってきたようだ。集中力も上がり、技能も向上しているということなのだろう。


 2人をつないだロープは、自分の腰に巻き付けているようだ。下着姿で裸足の2人だから、この魔物だらけの洞窟で逃げだそうとする気も起きないだろう。


 C+級という、新人2人だけでは厳しいはずのダンジョンレベルだったが、襲い掛かってくるのはホーン蝙蝠とブラックゴリラだけで、猛進イノシシでさえもその後は登場しなかった。

 非管理のダンジョンよりは一度に襲い掛かってくる魔物の数が多いようだが、俺たちの敵ではないし、体感的にレベル差があるとは思えないな。



「ようし、いよいよボス戦だぞ。」

 額に括り付けた輝照石で、細い通路上の洞窟の先がドーム状に開けているのが分かる。

 ついにダンジョンの最終地点到達だ。


「ここでおとなしくしていろよ。後……魔物たちが襲ってこないように祈って居ろ。」

 ドーム入り口前の突き出た岩に2人のロープをつないで、俺とトオルだけドーム内に入っていく。


『ゲコッ……ゲコッ……ゲコゲコゲコ』広い空間にいたのは、緑色の巨大なカエルだった。

 見上げるようなその体高は3mを越えていて、体の表面は輝照石の光を乱反射する。

 ぬめぬめとした粘液に覆われているのが分かる。


『ビューンッ……ドゴッ』いきなり何の反動もなく、魔物の口から何かが伸びてきて、危うく避けたが後ろの岩壁がもろくも砕け散る、凄まじい破壊力だ。


「注意しろっ!」

『ビューンッ……ドッゴン』またもや一直線に何かが飛んでくるが、凄まじい速さというほどでもないのだが、魔物自体に反動がなく、鳴いているような感じで口を開けた次の瞬間、すぐ目の前に達しているのだ。


「舌です……巨大ガエルの長い舌が伸びてきます!」

 俺に対する攻撃を横から見ていたトオルが叫ぶ。なるほど、カエルの舌か……厄介だな。


『シュッ……コトンッ』『シュッ……ゴットンッ』トオルがクナイを投げるが、うまく刺さらない。

 ナマズの魔物ほどではなさそうだが、表面のぬめぬめで滑ってしまうようだ。思い切り剣を突き立てるしかないようだが、近づけない。


「ようし……崩落!」

 すぐに精霊石を握り、人差し指を立てた後に2本指を立ててから叫ぶ。


 魔法効果は、ある程度カスタマイズ出来るようで、いろいろ言い方や表現を試して何とか思い通りの魔法を実現化し、後は指を立てて繰り返し唱え、動作だけで通じるよう教え込んだ。


 俺は精霊石は生き物だと思っている。

 だからペットのようにかわいがり、愛情をもって接すれば、気持ちが通じるはずと信じて疑わない。


『ガラガラガラッ』『ピョーンッ』『ドドドドドッ』ドームの天井が崩落した瞬間、カエルの魔物は太い後ろ足で大きく跳ねて瞬間的に移動した。その後、むなしく土砂が堆積しただけだった。


「ありゃりゃ、攻撃失敗か……巨体の割に動きが素早いな。」


『ビヨーンッ……ドッゴンッ』そうしてまた巨大ガエルの攻撃が始まる。

 跳ねたおかげで距離が詰まり、避けるのも大変になってきた。


「落とし穴に落とせる大きさではないしな……脈動で一気に距離を詰めるか……。」

 効果範囲は今のところ2m程度なので、巨大ガエルを落とせる大きさの落とし穴ではない。


「ワタルっ……私に考えがあります……水弾!」

 精霊球を握りしめたままトオルは駆け出し、巨大ガエルの側面に回り込むと、叫んだ。


『フシュッ』『ゲロゲロゲロゲーッ』途端に巨大ガエルが苦しみ始める。水滴を高速で飛ばす水弾がさく裂したのだ。水滴なので威力は小さいが目を狙ったのだろう、右目をつぶって巨大ガエルは苦しそうにうごめく。


「水弾!」

『フシュッ』『ゲロゲーッ』さらにトオルは反対側に回り込んで、左の目もつぶす。


「ようしっ、おりゃあっ!」

 一気に駆け出し間を詰め、巨大ガエルの白い腹に剣を深く突き刺すと、そのまま手に力を込めて押し込む。


『ズボッ・・スババババババッ』柔らかいカエルの腹は、そのまま簡単に斬り裂くことができた。

『ゲコッ……キュー……』断末魔の叫びをあげて、巨大ガエルが地に沈む。


「ふうっ、何とか倒せたな。よしっ精霊球を探そう。」

 剣を鞘に納めて、奥の壁を捜索する。


「ありましたよ……。」


 トオルが嬉しそうに茶色の精霊球を掲げる。地の精霊球だな。俺が持っているのと大きさにさほど違いもない……というより、俺が持っているほうが一回りは大きいように見えるぞ。管理されているものよりも、野生のほうが成長が早いのかな?まあいいや、これは清算するとしよう。金が必要だからな。


「ようし、帰るとするか。」


 ドーム入口へ戻って男女2人を連れて奥の壁に開いた洞窟をたどっていくと、いつの間にか入った柵の中にいた。俺たち2人だけ柵の向こうへ出て2人を残し、南京錠をしっかりとかける。


「おっ……俺たちをここから出してくれないのか?どうするつもりだ?」

 男が格子の向こう側から叫ぶ。


「ギルドにお前たちのことを届けて、罰してもらうさ。そこでおとなしくしていろ。」

 2人をおいて、ダンジョンを離れる。武器もないし後ろ手に縛られた状態で、もう一度ダンジョンに入っていくこともあり得ないだろう。入ったところで他に出口があるわけでもないしな。



「ご苦労様です、清算ですね?」

 ギルドに戻って、受付へ向かうと、美人受付嬢が笑顔を見せる。クエスト票はセーキに化けたやつの胸ポケットに入っていたから、それを出せばいいが、ほかにやることがある。


「ああ……せっ……清算もだが……報告しなければならないことがある。

 おっ……俺たちの……ちっ……チームは、今日編成したばかりだったんだが……その……ダンジョン内で……トラブルがあって……その……。」


「チームメンバーにいきなり後ろから襲われそうになったんです。それを咎めようとしたら捕まって首を絞められて、危うく殺されるところでした。」


 パーティの仲間をひん剥いて置き去りにしてきたなんて、状況説明しても正当性は伝わりにくいだろうから、どう説明するか悩んでいると、トオルが割り込んできてストレートに話してくれた。


「ああ、そうですか……スートとタームのコンビでしたね。彼らは元はB級の冒険者でしたが、チームから分離してからは、初級冒険者たちとのチームを転々としていたため、ランクを落とされてB−になったのです。


 一緒にダンジョンに入った冒険者が行方不明になったり、あるいはすぐに冒険者を廃業してしまったりと、彼らに関してあまりいい評判は聞こえてきませんでしたが、証拠がないので対応しかねていたのです。

 やはり、ダンジョン内で不正を働いていたのですね、それでどうされました?」

 クエスト票を確認していた受付嬢の表情が明るくなった。やはり奴らは相当な悪だったわけだ。


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