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サートラ再来

「誰かがやってきましたね……兵士ではありません……マントを頭からかぶっているようです。」


 24時少し前、誰もいないはずの牢獄の通路に人影が……牢番の巡回かとも思ったが、甲冑ではなく布製の頭巾付きマントを羽織っているようだ。髪形や顔など見えないし、白黒映像なのでマントの色もわからないし、音声もない映像のみだ。


「牢の扉を開けましたね……人が出てきます。サーギ元大佐だな……続いてスーチル……。」


 通路の人物は牢の鍵を持っているようで、次々と牢を開けて人を開放していく。画像は小さくはっきりとはしないが、助けに来た人物と親しげに話しているように見える。


「3人と比べてみると、背の高さや体形から女性のようですね……鍵を開ける時の映像に戻せますか?」

 さすが観察眼が鋭いトオルが、犯人は女だと指摘する。


「わかりました……。」

『キュルキュル』すぐに女性がカギを開けようとするシーンへ巻き戻された。


「顔の部分だけ、アップにできないでしょうかね?」

「そのような機能はなさそうですね。」

 ビデオ映像を操作しているジュート王子は、残念そうに首を振る。


「そうですか……太陽の光を集めて火を熾す、ルーペで見てみましょう。」

 そういいながらトオルは、懐から虫眼鏡を取り出してモニターに当てた。そうか……ライターなど見ないと思ったら、種火が消えてしまった場合は、そうやって火を熾すわけね……


「画像ははっきりとはしませんが……恐らくはサートラでしょう……舞い戻って来たようですね……ですが、この時の牢番はどうしていたのでしょうか?」


 虫眼鏡で拡大してモニターを眺めていたトオルが、サートラであると断定する。だとすると賊なのだから、ここへ入ってきていることはおかしいわけだ。


「そうですね……すぐに牢番のいる牢獄前の詰め所の映像に切り替えます。」


『キュルキュルキュル』ジュート王子は、再生停止ボタンを押してから、別のビデオ装置の巻き戻しを始めた。

 すぐに再生が始まり、早送りして24時少し前を探す。


「ここですね……」


 23時50分から再生を開始すると……23時55分にマントをかぶった人物が一人、通路を歩いてきたが、兵士たちはなぜか席についたまま動こうともしない。マントの人物は、詰め所に立ち寄り何かを掴み牢へと向かった。この時に牢のカギを持っていったのだろうな……。


「どうしたんでしょう……一体何が?」


「わかりません……何か命じたとか……知り合いといったふうではないですよね、挨拶とか何の動きもみられません……ただじっとしていて……座ったまま寝ていたとかではないでしょうかね。


 この時が、牢番たちの記憶があやふやな時とみていいようですね。そうして3人を連れて戻っていっている……脱獄ですね。この時の映像を見ると確かにサーラ……サートラが若返った姿に間違いないでしょう。

 王宮入り口から入って地下牢へ降りていったと思いますが、王宮入り口の映像はありますか?」


「いえ……さすがに王宮守備隊が常勤する入り口には、ひそかに監視カメラなど据え付けられませんので無理でした。それに、あくまでも収容されていた容疑者が自殺した件を2度と起こさないためという名目で、王宮守備隊の隊長を説き伏せたものですから、王宮内では地下牢以外に監視カメラはありません。


 後は……東西南北門から内側を監視しているカメラがあります……広角レンズですから、もしかすると内堀へ身投げする場面が映っているかもしれませんね。」

 ジュート王子が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「そうですか……じゃあ、手分けして各門の映像を確認してみましょう。モニターは複数台あるようですが、それぞれに映し出せますか?」


「はい、それは大丈夫です。0時10分頃からでいいですね?」

『キュルキュルキュル』『キュルキュルキュル』王子が、別のビデオ装置の巻き上げを開始した。


「牢から連れ出した人物がいたということは、自殺であるはずはありません。何らかの方法で3人を殺害したとみたほうがいいでしょう。注意して映像を確認しましょう。」


 もうこれで、サートラに関しては邪悪な面しか見えてこなくなった。感情を表に出さない冷たい性格と思っていたのだが、それどころか冷酷な殺人鬼ということになる。


「は……はい……わかりました。どうぞ……。」

 4台のモニターに、堀の向こう側に王宮が映し出される。東西南北各門から内側を映し出した映像だ。一番怪しい南門の映像に注視する。


「いた……北門よ……0時25分から4人の人影が歩いてきたわ……。でも……なんか変……そうだわ、堀の向こう側を歩いているのよ……だから遠く感じるのだわ。」


 ナーミが指し示すモニターに視線を移すと、確かに頭巾付きのマントをかぶった人物の後ろから、3人の男たちが歩いていく。内堀のさらに内側の王宮建物との狭い隙間を3人は交互に顔を見合わせながら歩いていくところを見ると、言葉を交わしながら歩いていると想像され、しかも脅されたりしている様子ではない。


 自主的にマントについていっている。北側は内堀に跳ね橋も何もないし、そもそも北門自体が使っていないのだから、こちら側からは脱出できない。一体、何をするつもりなのだ?


「あっ……なになに?一体どうしちゃったの?」


 ナーミが驚いて、甲高い声を発する。無理もない、マントの人物が右手を手前に突き出すと、それに呼応するかのように3人の男が次々と、内堀へ飛び込んでいくではないか……まさか……自殺?


 つまりサートラの指示に従い、自ら命を絶ったと……こういうことなのか?どうしてまた?捕まえた時の様子から察すると、とても死にたがっていた様子ではなかったぞ。


「魔導石という、中級以下の魔物であれば操ることができる特殊効果石が存在いたします。


 ですが魔導石に関して先日父に問い合わせましたところ、魔導石を使っても魔物を意のままに操るには、長い時間をかけて魔物を飼いならす必要性があるようです。飼いならすため、サートラン商会のビルで魔物たちを長年飼育していたということで、間違いはないでしょう。


 それと同じように、催眠と言う人の心を操る忍びの術がございます。


 魔物と違って人は高等生物ですから、目的と望むべき結果さえ伝えておけば、後はいちいちその場で細かく指示しなくてもいいですから、人に対するほうがより複雑なことが行えるはずですが、その人物の倫理観にもよりますが、犯罪行為など当人が望まないことは、させることはできません。


 特に、自殺をさせることは出来ないとされておりますので、恐らく自殺するよう命じたのではなく、お堀を泳いで渡って逃げるよう指示したのではないかと考えられます。催眠状態で、周りの状況を把握できていなければ、飛び込ませることは可能と考えます。


 お堀は深いですし、内壁の傾斜は急で登ることはできない上につかまるところもないですから、よほど泳ぎの達人でもなければ一晩中浮いていることはできず、おぼれてしまうでしょう。


 恐らく催眠の術を取得しているのでしょうが、強力な催眠の効果を発揮するには、その対象に繰り返し術をかけておく必要性があります。牢番に関しては……そこまで何度も接触出来たのかどうか……。」

 トオルが、ぽつりとつぶやく……


「確かに、サートラがそのような術を取得しているのであれば、3人を内堀に飛び込ませることが可能かもしれない……何せ商社の社員として使っていたわけだからな。だが、牢番と……王宮の受付に関しては、簡単に突破できないはずだ、調べてみる必要性があるな。」


 催眠術か……サートラは、元は忍びということか?さらにどうやって、牢番や王宮受付を動かなくさせたのかだな……。


「催眠という忍びの術かどうかはわかりませんが、なんにしてもサートラなる人物は、人を操る術に長けているということですね……早急にこの映像を王さまに見ていただいて……」


「きゃあっ……なにこれ……。」

 ジュート王子が、ビデオデッキからテープを取り出そうと、再生を停止しようとしたした瞬間に、ナーミが叫ぶ……。


「どうした、ナーミ?」

「き……消えた……。」


「は?」

「き……消えたのよ……サートラの姿が一瞬で……。」


 何事にも動じないナーミの顔が、青ざめている。モニターには内堀と王宮しか映っていないが、3人は身投げした後だし、サートラはこのまま南側へ回ったのではないのか?


『キュルキュ』王子が数分分巻き戻して再生をかける。

「3人が身投げして……サートラがこの場から立ち去ろうとして歩き出す……はれ?消えた……。」


「どっ……どうしたのでしょう一体……。」

『キュルキュ』再度ジュート王子がテープを巻き戻して再生するが、同じだ……サートラの姿が歩きだした途端に消える。


「ジュート王子様……23時30分くらいから、各門の映像を再生しなおしてください。サートラが来た時はどのようにやって来たのかわかるはずです。」


「はい……わかりました。」


『キュルキュルキュル』『キュルキュルキュル』すぐに王子は、各ビデオデッキのテープを巻き戻し始める。映像で見ていても、信じられないような光景が矢継ぎ早に展開されていく。どうなっているのだ?


 南門の映像……あれ?

「跳ね橋が上がっていますね……。」


「はい……警備を簡単にするため、夜間は22時を回ると通常時は跳ね橋を上げます。朝は6時になると下すはずです。」


 王子が当然のことのように答える……そうだったのか……だったらサートラはどうやって?と思ってみていたら、何もない空中から突然人影が出現。


「ちょ……王子様……今のところ巻き戻しお願いします。」

「はい。」


『キュルッ』23時47分に、突然マントを羽織った人物が内堀の向こう側へ出現して、王宮入り口から中へと入っていった。


「なんだこれは……瞬間移動……なのか?」

 モニターから顔を上げるが、誰も俺の問いかけに答えられるものはいなかった。


「ともかく、この映像を王さまに見ていただきましょう。謁見室にはビデオデッキもモニターも準備していますから、テープだけ持っていけば大丈夫です。それと……王宮守備隊にも、昨晩の状況確認が必要ですね。」


「ま……待ってください……ついでに、昨日サーラがパーティに現れた場面と、魔物たちを操った場面の映像もとっておきましょう。昼間の東門と正門の映像でいいでしょう、証拠となるはずです。」


「了解しました。」

 ジュート王子は6本のビデオテープをもって急ぎ隠し部屋を出ていくので、続いて出ていき食器棚を元通りの位置に置き、扉を隠してから全員で給湯室を後にする。


「昨晩の勤務当番から、何かおかしなことがあったという報告はありませんか?」

 ジュート王子が、すぐに先ほどの将校に問いかける。


「いえ……特に何もないのです……。昨晩は王妃様からの差し入れがあったくらいですね……。」

「差し入れ……ですか?」


「はい……昼間の誕生会で王妃様が体調を崩されて担架で運ばれ迷惑をかけたということで、王妃様が直接いらっしゃって夜勤者用に食後のデザートのお菓子を差し入れされました。


 担架で王妃様を医務室まで運び入れたのは、昼勤の我々の班なのですがね。なぜか夜勤者の分のみで、昼勤務の班員たちはブーブー文句を言っていましたよ。食べたことない、甘いいい香りのするお菓子でしたからね。」

 将校は苦笑いしながら答える。


「そ……その……お菓子は残っているのは、今あるかい?」


「いえ、夜勤の隊員分きっちりしか数はなくて、奴らしっかり食べてしまったもんだから、残ってませんよ。

 しかも全員が夜中からの記憶があいまいで日誌の記載がほとんどなく、たるんでいるんだと朝の引継ぎで、嫌味をたっぷりと言ってやりました。」


 しまった……証拠が……消えてしまった……はっ……そうだ……。


「王子様……ちょっと待っていてくださいね。」

 すぐに王宮本殿の受付を出て跳ね橋を渡り、近衛隊の詰め所へとかけていく。


「はあはあ……セーサさん……昨日サーキュ王妃様から差し入れはなかったかい?」


「ああ、夜勤の兵士のみに食後のデザートが差し入れられましたな……この地方では珍しい高級お菓子……ショートケーキですな。王宮の晩餐くらいでしかお目にかかれないものだ。サーケヒヤーとカンアツでは一般にも普及していたようですがね……この辺りでは、超高級な食べ物ですな。


 だが、王妃様は昨日の騒動の一端を担っておられるいわゆる容疑者だ。そのような方からの差し入れなど食べてはいけないと、夜勤者には厳命しておいたから、食べていないはずですぞ。そのほうが昼勤務者からも不平が出ないですからな……がははは……。」


 セーサはそう言って豪快に笑った。


「じゃ……じゃあ……そのケーキは今どこにあるんだい?」


「どこも何も……そのままにしておけば夜勤者が食っちまうのは明白ですからな、食べられないように箱ごと踏みつけてクチャぐちゃにしてごみ箱へ……」

 セーサが指したごみ箱には、つぶれた紙箱とそこからはみ出たクリームが……


「悪いが証拠品として、ごみ箱ごと預からせてもらうよ……。近衛隊の隊員で、昨晩の記憶があいまいなものはいるかい?」


「居眠りですかい?まさか、そんな不謹慎なものは、近衛隊にはいるはずもありませんよ……。」


「わかった……ありがとう。」

 捨てられていたケーキをゴミ箱ごと持って、王宮本殿へ取って返す。


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