容疑者の死
「では、我々はこれで城へ引き上げます。明日もまた伺わせていただき、捜査に協力させていただきます。」
「ありがとうございます。本当に、トーマ先生たちがいらっしゃらなかったなら、どうなっていたかと思うと、寒気がしてきます。今後とも、よろしくお願いいたします。」
王宮本殿を出てジュート王子にあいさつする。忙しいだろうに、わざわざ見送ってくれるのだから、本当にそのやさしさに敬服する。
「ジュート王子様……差し出がましいことではありますが……仕留めた大量の魔物ですが……ホーン蝙蝠はスープのだしに使えますし、ツッコンドルなどの肉は焼いても煮ても大変に美味です。高級食材として、販売されているほどです。ですから調理して、お召し上がられたほうがよろしいかと……。」
本殿を出て一瞬姿が見えなかったトオルが駆けてきて、ジュート王子に進言する。手には数羽のホーン蝙蝠とツッコンドル……片付け終わった会場での魔物の死骸の扱いが、雑なのを気にしていたのだろう……仕留めた魔物はおいしくいただくというのがトオルのセオリーだからな。
「ああ……そうですか……私はそういった食材には無知なもので……恐らく片づけをしていた近衛兵たちも、そこまで気が回るものはいないでしょうから、廃棄してしまう前に厨房へ行って料理人たちを連れてきてみますよ……招待客の多くは、まだ気を落ち着かせるために離れなどで休んでいただいていますからね。
怖い思いをした魔物たちでも、おいしくいただけたとなると、恐怖も和らぐでしょうから一挙両得ですね。
ご助言ありがとうございました。」
ジュート王子の顔が明るくなり、笑顔で深々と頭を下げる。本当に腰が低い……
「余った皮や骨などのガラも、飛竜に与えれば喜んで食べますから、無駄なく処理できますよ……。」
「了解いたしました……コックたちにも、そうアドバイスしておきます。重ね重ねありがとうございました。」
王子の笑顔に見送られ、ミニドラゴンの背に乗りノンフェーニ城へ帰っていく。
「ありゃりゃ……なんだあ?」
城の中庭に降り立とうとしたら、中庭ではそこかしこから煙が上がっていた……火事ではない、バーベキューで肉や魚などを焼いている様だ。そうして、火の回りには多くのいかつい男たちが……。
「トーマ様、おかえりなさいませ……おや?お着換えあそばされましたか?せっかくお似合いでしたのに……いつまでも、そのような粗暴な格好はしていられないのですよ。スーツ若しくは軍服に身を包んで、王宮へ上がるという毎日を送られるよう、日ごろから慣れておかないと……。」
中庭に降り立つなり、すぐに爺やがやってきて、スーツを着替えてしまったことへのお小言が始まる。
「いや……これは訳があって……サートラがサーラという少女に……。」
すぐに事の顛末を、簡単に説明する。
「おやおやそうでしたか……サートラ様……いえ……サートラが……三下り半を突き付けて、追い出してしまったのは正解でしたね。そうですか、それで……。」
爺が納得しながら、中庭に目を移す。
「それはそうと……これは一体何の集まりだ?」
「ああ……これは……。」
近隣との親睦のための炊き出しといったわけではあるまい?どう見ても集まっているのは兵士たちだ。
「トーマ様……おかえりなさいませ……賊が王子様と王様のお命を狙ったとか伺いましたが、お怪我はございませんでしたでしょうか?さらに、その賊の一部が、ノンフェーニ城を襲う危険性もあるとか……。
近衛隊が警護のために到着したと聞いて、私は夜勤の予定でしたが、急遽登城してまいりました。
そのような危険が、もしおありでしたら、私と娘たちで24時間警護してこの城はお守りいたしますのに……王様の温かいお心遣いで家を与えられ、ノンフェーニ城での住み込み生活を離れてしまったのは、失敗でした……すぐに旧住まいに戻ってまいりまして、家族ぐるみで警護に当たらせていただく所存であります。」
爺に確認しようとしていたら、拳法着を着たがっしりとした体の大男がやって来た。トオルの父親だ。
ああそうか……彼らは近衛兵たちだな……そういえばジュート王子が城の警護のための兵を派遣してくださるといっていたな……もう来ていたというわけだ。
「それはいけません……餅は餅屋ですからね……サートラに加え、人買い連中の襲撃も予想されるため、ジュート王子様に城の警護をお願いしたのです。決して警備主任の仕事を奪おうといったことではないと、ご理解願います。これも……騒動が収まるまでの1時期でしょうから、我慢してください。」
「はあ……まあ……トーマ様がそうおっしゃるのであれば……仕方がありませんが……。」
トオルの父親は、城の警備主任を任命されているだけあって、格闘技の達人だ。トオルを見ても分かるが、その姉たちもカッコンの達人ぞろいで、長女はトーマの2つ下なのだが、ロースクールのころ、トーマは長女にカッコンの組手で一度も勝てたことはなかった。
見た目はすさまじい美少女のため戦いにくいという点はあったにしても、常にコテンパンにやられていた。そのためトーマは格闘技の修業はほどほどにして、剣の修業に励んだといえるようだ。
確かに、警備主任とその姉たちが総出で警護すれば、強力な部隊となりえる……だが、俺としては年頃の女性を危険な目には合わせたくはないと考えていて、姉たちには城の警備をお願いしていない。
トーマも同意見だったようで、トオルの父親は何度もトーマに掛け合ったようだが、姉たちは警備の仕事には採用されなかった。代わりに調理場や菜園・花畑の世話係などに採用されている。ましてや、せっかく頂いた家から、狭い城内の宿舎に戻ることなど、絶対にして欲しくない。
では、トオルはどうなのだというと……女性と知らなかったという点はあるのだが、トオルは前から大切な人であり、俺がどんなことをしてでも守ると決めているのだ……だから一緒に旅をする。
だが、それとこのバーべキューパーティとの関係は、なんだ?
「これはこれはワタル殿。城の警護は、我々にお任せ願います……と言っても、ワタル殿たちがいらっしゃる時には我々の出番はなさそうですが、お留守の際は我々が必ずお守りいたしますので、ご安心願います。」
すぐに、いかつい顔をした甲冑姿の大男が現れた。
「あれ?サーマさん……サーマさん自ら、ノンフェーニ城の警護をしてくれるのかい?」
なんと、近衛隊の副隊長に就任したといっていたサーマだ……副隊長自らなんて……いいのか?
「もちろんでござる……何せワタル殿は今やカンヌールの重鎮ともいえるお方ですからな。ワタル殿が安心してご活躍できるよう、留守の際は万全の警護をさせていただく所存ですぞ。セーサの奴が、どうして俺はいけないんだと、悔しがっておりましたぞ……かっかっか……。」
サーマはそう言って高らかに笑う。確かに、彼がいてくれれば本当に心強い。何せ元一流の冒険者だからな。
「せっかくお越しいただいたんだから、温かいものを食べていただこうと、ダーシュが置いていった大量の肉や魚が丁度あったので、兵士さんたちに振るまっているのですよ……。」
トオルの母親が、バーベキュー用の火箸を手にやって来た。ああそうか……王宮へ行く前に城に寄ったから、その時に持ち帰った大量の食材を置いていったのだったな。どうせクエストをこなしていけば、いくらでも食材は増えていくし、緊急で土産もなかったので、その代わりとして持ち帰ったのだった。
警護に来ていただいているのだから、ふるまいに炊き出しというわけだ……。
「これで……一人でも二人でも意中の人ができてくれると、ありがたいのですけどねえ……。」
そういいながらトオルの母は、炊き出しの様子を見ながらため息をつく。並んでいる兵士たちに、美女たちが笑顔で焼いた肉や魚介類を皿に持って振るまっている。そうか……炊き出しは、トオルの姉たちを引っ張り出してくるための口実か……。
美女すぎて恐れ多いというのか……いまだに長女も結婚していないようだからな。ウナギに水牛・イボイノシシなど、マースのダンジョンで取得した食材は人気があるだろう……。
この日の晩飯はバーベキューではなく、いつものように芋の煮っころがしや煮魚など和食メニューだったので有難かった……。トオルが持ち帰ったホーン蝙蝠はミニドラゴンに与え、日々の訓練をして就寝した。
「えっ……全員がですか……?」
「はい……昨日捕え拘留中だったサーギ、スーチル、シーフ3名ともに、今朝がた内堀の中で溺死体で発見されました。早朝点呼で拘留中であった牢の中にいなかったので本殿周辺を捜索し、内堀を探っていたら底に沈んでいる3人の遺体を確認しました。」
翌朝、王宮へ到着すると、中庭で出迎えてくれたジュート王子からショッキングなことを聞かされる。
「で……ですが……3名ともに、王宮地下にあるという牢獄で監禁されていたのではないのですか?」
「はい、そうです。もちろん牢番もついておりました。王宮守備隊の兵士が、24時間監視していたのです。
ですが……昨晩は牢から出された記録もなく、監禁されたままのはずだったのですが、3名ともに本殿の外の内堀で見つかりました。牢番の兵士に問い詰めたところ、夜中に1時記憶が途切れているようなのです。
これで、王宮の地下牢に投獄された容疑者が突然抜け出し、遺体で発見されたのは2度目となります。」
ジュート王子が、力なくため息交じりに答える。
「2度目……とおっしゃいますと?以前にも同じようなことがあったのですか?」
「はい……4ヶ月ほど前のことですが……私が戴冠の儀の当日襲われて、トーマ先生にお救い頂きましたが、その時の容疑者としてダーネ元近衛隊隊長が、トーマ先生に疑いをかけられた時に反論できず決闘を申し込み倒され、捕えられました。
僧侶により治療が行われて、ある程度回復したのちに投獄され、取り調べを受ける前夜、脱獄して行方知れずとなっていたのですが、数日後に外堀で溺死体となって発見されたのです。元近衛隊隊長であり、牢番の王宮守備隊の兵士とも顔見知りであったことから、牢を抜け出して覚悟の自殺として片付けられていたようです。
当時私は傷の治療のために入院していましたので、このことを知ったのは、トーマ先生が御父上の事件の再調査を王様に願い出て、再調査が始まったことでようやく公になりました。それまでは王宮守備隊が内々で処理していたようです。担当兵士には厳重に抗議しておきました。
ですが今回は状況が異なるようです……牢番の兵士は、記憶はあいまいではあるようですが、3名を牢から出すようなことは決してしていないと主張しております。
ダーネ元近衛隊隊長の一件から、王宮内外にこっそりと監視カメラを仕掛けてあるのです。地下牢の映像もあるはずですので、これから確認に参りましょう。」
はあー……ダーネは自殺していたというのか?しかもそのような重大なことが、王宮の上の方に伝わらずに処理されていたとは……どうにもカンヌール王宮はゆるゆるというか、ろくに調べもせずに人を疑って厳罰に処するし、それがえん罪と分かってもそのことに対する謝罪も新犯人の追及もない。
やはり王妃様という絶対権力者が陰で糸を引いている可能性があるため、皆しり込みしてしまうのか……こんな状況では犯罪がまかり通って当たり前だ。トーマの父だってトーマだって、恐らくその被害者といえるのだろう。だが、ジュート王子が監視カメラを仕掛けたというのは幸いだ。容疑者が映っているといいが……。
ジュート王子とともに王宮本殿に入り、すぐわきの受付事務室に入っていく。受付といっても、美人の受付嬢がいるわけではない、いかつい甲冑に身を包んだ兵士たちが詰めている、王宮守備隊の待機所だ。
「これはこれはジュート王子様……いかがされました?」
受付事務所に入ってすぐに、がっしりとした体格の中年男性が笑顔を振りまきながら寄って来た。王宮守備隊の将校だな……。
「ああ……大した用事ではないです……給湯室を使わせていただこうと思いましてね……トーマ先生たちがお見えだから……お邪魔しますよ……。」
そういって王子は、事務所の奥へと進んでいく。
「そ……そんなことでしたら、王子様のお手を煩わさなくても、手前どもでいたしますから……おいっ……本日の給食担当者は誰だ?」
「はっ、自分であります。」
将校の問いかけに、すぐに若い兵士が立ち上がり敬礼しながら答える。
「お気遣いなく……あたしがお茶を入れてあげるから大丈夫よ……給湯室は、どこかしら?」
別にお茶を飲みに来たわけではないので、気を利かせてナーミが前に出る。
「そ……そちらになります。」
いきなり美少女が出てきたものだから、若い兵士は驚いて顔を真っ赤にしながら事務所の奥の扉を指す。
「ありがとね……。」
こんどはナーミを先頭に、案内された給湯室へと入っていく。
「お気遣いありがとうございます……なにせ、王宮守備隊の隊長以外は知らされていない、極秘の装置ですからね。この、食器棚をずらすと……。」
王子に言われて、給湯室の奥の壁際にある大きめの食器棚を一緒に持ち上げて横にずらすと、棚の裏の壁には扉が隠されていた。
『カチャッガラガラガラッ』王子が持ってきたカギでドビラを解錠すると、中は6畳ほどの小部屋だった。
念のために給湯室のドアを内側から施錠しておき、小部屋に入っていくと、中には数台のモニターと計器が並んでいた。14インチほどの、初期のパソコンの液晶モニター程度の大きさのブラウン管モニターではあるが、この世界では最新装置だろう。
「えーと……これが地下牢を監視するカメラ映像ですね……と言っても個室一つ一つではなくて、通路を監視するためだけですが……。それと、監視している牢番の映像もあるはずです。」
そういいながらジュート王子がビデオデッキの再生ボタンを押すと、モニター画面に石畳が映し出される。
牢獄の通路の映像だな?映像の左下には数字が表示されていて……数分前の時刻が表示されているようだ。
「昨晩の映像へ巻き戻します。」
『キュルキュルキュル』ビデオ画像が巻き戻され、20時00分まで戻った。
「牢番が夕食の食器を下げたのが、記録上20時ですから、少なくともそれまでは3人ともに牢にいたはずです。これ以降の映像をチェックしていけば……時間がないので早送りしながらチェックしていきます。」
ジュート王子は時刻表示を見ながら、早送りしては再生を繰り返していく……。
「こ……これは……。」
それは驚きの映像だった……。