捜索Ⅱ
「おいっ……お前……俺が誰かわかっているのか?後で後悔するぞ!すぐに放さないと王宮に連絡して、お前など即刻首にしてやるぞ!ほらっ放せ!」
ビルの入り口辺りが騒がしい……何事かと思って廊下から様子をうかがっていると……
「ビルに入ろうとしていた、怪しい男を捕まえました。」
サーマが、スーツ姿の太った中年の男を連行してきた。あれ?どこかで見たような……。
「さ……サーギ大佐……いえ……元大佐……どうされたのですか?」
ジュート王子が、その姿を認めて駆け寄っていく。そうか……元軍人か……。
「ジュート王子様……お久しぶりでございます。お加減はいかがでございましょうか……?
いやあ……どうもこうも何も……なぜかこのビルの周りに近衛兵たちが大勢いたもので、知っている顔がいるかと思って近寄って行ったところ、何もしていないのにこの男に拘束されてしまいました。
迷惑な話ですよ……すぐに放すように言ってやってください、お願いいたします。」
サーギ元大佐は、顔見知りのジュート王子がいたことに安堵している様子で、すぐに開放するよう願い出た。
「だめですね……こいつは閉めた門扉を何とか乗り越えようとしておりました。ただの通りすがりではありません。調べる必要性があると考えます。元大佐とのことですが、所属はどこだったのでしょうか?」
ところがサーマは、サーギ元大佐を捕まえている手を緩めず、ジュート王子に質問する。
「はあ……魔法軍の指揮官でした……購買担当も兼ねており、その……先日トーマ先生から、精霊球の使用方法についてご指導を頂いたおり、精霊球の寿命に関して話題になりました。
わが軍では兵士が退役するときには精霊球を次の新兵に引き継がず、すべて廃棄としておりましたが、トーマ先生のお話では、精霊球はダンジョンから取り出しても50年程は効果を持続する。しかも年数がたてばたつほど魔力が向上して、さらに扱いやすくもなるということでした。
わが軍では精霊球の寿命の半分ほどで廃棄……しかも廃棄料まで払っていたのです。どうしてこのようになったのか調査し始めたところ、サーギ大佐が突然辞表を提出されて退役されました。現在も調査中ではありますが、なかなか進んでいないのが現状です。
ですが今期から精霊球の廃棄は25年では行わず、新兵に再配布することにいたしました。精霊球の購入は継続し、状況によっては一人の兵に複数の精霊球を持たせ、戦術の拡大を狙っております。」
ジュート王子が、サーギ元大佐の素性を説明する。見たことがあると思っていたら、王様含めて呪文のショートカットや精霊球の寿命などについて話した時の、魔法軍のえらいさんだったやつだな……そうか……あのあと辞めたということか……。
「おお……そうですよ……精霊球は、ダンジョンから出してしまえば、使っても使わなくても50年間で輝きを失えると聞いております。そのためダンジョンから取得した精霊球や特殊効果石は、保管しておかずにすぐに清算するようにと、ギルドの初級者講習で習いますからな。
各国の軍部の将が、それを知らぬとは……ありえないはず……ギルドが必ず説明するはずで……。」
サーマが、ジュート王子の言葉にうなずきながらも首をひねる。
「ちょっと怪しいですよね……カンヌール国軍の精霊球の購入は、サートラン商社を通じて行われていたはずです。食品関係だけではなく、総合商社ですからね……今では軍需物資に関しては、この大陸中のものを一手に引き受けているはずです。
精霊球や特殊効果石など、ギルドを通じて一般に直接販売されることはありませんからね。商社を通じて、軍部や各王宮に販売されています。だからこそ、各商社はギルドを通さずに直接冒険者から、精霊球を購入したがるのですね。中間マージン分だけ、儲けることができますからね。
さらに本来の寿命の半分しか使われなければ、その分だけ購入量が増えます……商社としては倍もうかるはずです……さらに廃棄費用まで取って商社で廃棄していた可能性も……というか実際には廃棄せずに横流ししていた可能性もあり得ます。調べてみたほうがよさそうですね……。」
精霊石の廃棄に関して問われたときの、国王の前での態度がおかしかったし、こいつはずいぶんと怪しい。
「なっ……おいっ……少しばかりの手柄を立てて、王様や王子様に顔を覚えられたからといっていい気になるなよ!人のことを平気で疑いやがって……俺にだって後ろ盾はあるんだ……このままでは、絶対に済まさんぞ!王子様……誤解です。私は何も悪いことはしておりません。ですから、放してください。」
サーギは俺のことを睨みつけながらののしり、すぐにジュート王子に向き直って懇願し始めた。
「はなせっ……年寄りをどうするつもりだ?」
「おいっ……お前らは王宮を守るのが役目だろ?俺達市民に手を出してもいいのか?訴えてやるぞ!」
またまた外が騒がしくなってきた様子だ。
「門扉で中の様子を窺うようにしていた、怪しい奴がまたおりました……。」
すぐに2名の近衛兵が、2人の初老の男を連行してきた。うん?彼らは……
「スーチルさんとシーフさん……行方不明になっていたはずですが、どうしてここに?」
「お知り合いの方ですか?」
「えっ……知り合いというか……カンヌールの行政機関の購買部門を担当していた上級役人で、父の部下だった人たちです。父が政府の汚職事件を暴こうと動き出した時に、協力して証拠集めをするために連日居城に詰めていたので、顔は知っています。
ところが、いざ父が訴え出たとたんに2人とも行方知れずとなってしまい、集めたはずの証拠も何もかも全て消えてしまったのです。父は彼ら2人こそ汚職の首謀者で、国外逃亡を図ったのだと主張しましたが、愚かな言い逃れとして取り上げられませんでした。
彼ら2人が役所に勤めていたという記録すら、どこにも存在していなかったのです。本当に狐に包まれたというか、夢のような出来事でした……ですが、彼らは今ここに存在しています。やはり父の事件は……。」
なんということだ……当時はどうやっても彼らの消息をつかむことができなかった。政府や警察機関は信用できなかったために、トーマや城の使用人たちが必死に……さらにはカルネにまでも手伝ってもらって調べたのだが、彼らの痕跡すら見つけ出すことができなかったのだ。
トーマは本当に夢を見ていたのだと、父が自害した後自分を納得させていた。そんな2人がどうして今ここに?
「見てください……かなり荒らされていて、散乱している書類には配送伝票以外の資料はなさそうですし、どの机の引き出しも空っぽです。ですが、机にはそれぞれ名札がついているようです。見ていくと、サーギとスーチルにシーフという名札もあるようですね。彼らは、ここの社員だったのではないのでしょうか?」
事務室の中に入っていっていたトオルが、スチール机の上を指しながら呼びかける。引き出しはほとんど半開きで、確かに中身は空だ。壁際の棚もファイルなどは1冊も残っていない様子だ。
「はっはっは……どうやら、この商社の社員は全員逃げ出してしまって、もぬけの殻ということだ。そうして、お前さんたちは、置いていかれてしまったということのようだな……夜勤で今出勤してきて、昼間の社員が逃げ出してしまったのに連絡が行かなかったわけだ……トカゲの尻尾切りか……。
知っていることは全て正直に話してしまったほうがいいぞ……そのほうが楽になれる。」
サーマがサーギを捕まえている手に力を込め、嬉しそうに高らかに笑う。
「ば……ばかな……サートラが……サートラが裏切ったというのか?」
「そんなはずはない……。」
「………………」
サーマに鋭いことを言われ、3人とも呆然自失の様子だ。
「事件の……父の汚職事件の詳細を知っているのであれば、答えてほしい。」
すぐにスーチルに詰めよる。トーマの父の右腕とも言われ、一番信頼されていた人物だ。
「何も答えるつもりはない。王妃様に連絡を取ってくれ……王妃様としか、話すつもりはない。」
ところがスーチルは、かたくなに口をつぐむ。
「仕方がありませんね、王宮へ連行しましょう。母上にも確認して、対応を検討いたします。」
ジュート王子が仕方なさそうに、彼らを連行して取り調べることを告げる。まあ、仕方がないな……。
「ここには近衛兵を20名ほど残して、まだ知らずに出勤してくる奴がいるかもしれないから、見張らせておきます。所長室含め、何か手掛かりになりそうな書類が残っていないかも、念のために調べさせましょう。
こいつらは王宮地下の牢にぶち込んで、取り調べることになりますね。」
セーサが指示して、サーギたちを近衛兵が連行していく。
「では、我々も戻りましょう。」
ジュート王子とともに、サートラン商会ビルをでていく。
「よかったじゃない……お父さんのことも何かわかりそうね……。」
ナーミが寄ってきて、小声で告げる。
王様にトーマの父の汚職事件のことを再調査していただくよう、お願いしたのを聞いていたからな。あの後、俺に対してあれこれ聞き出そうとはしなかったが、気してくれていたのだろう。
確かに行方不明になっていたスーチルたちを調べることにより、新たな事実が出てきてくれると嬉しいが、難しいだろうな……何せ彼らは元の部署にいたという経歴を消されているのだからな。
素直に自白してくれるような感じではなさそうだし……しらを切られてしまえばそれまでだ。だが、トーマの父の汚職事件が、大きな陰謀であったということだけははっきりした。トーマの父の犯罪ではなく、誰かの汚職事件の罪を着せられたのだ。そうでなければ、彼ら2人の存在自体を消した理由にならない。
しかもそれには、サーキュ王妃がかかわっている可能性が高いというわけだ……さらにサートラも……。
王宮に到着すると、ちょうど中庭の誕生日会の後片付けが終わったところのようだ。使用していない東門の脇に、魔物たちの死骸が山と積まれていた。焼却でもするつもりなのだろうか……。
「では、サートラン商社がもぬけの殻であったことを、王さまにご報告しに参りましょう。捕えたものたちの尋問結果や近衛兵たちが商社を捜索した内容も、トーマ先生にもご報告差し上げますので、明日も来宮願えますでしょうか?ふぅっ……」
馬車から降りて、シュート王子が問いかけてくる。肩を落としため息交じりで、なんだか寂しそうだ。
「ああ、はい……もちろんですよ。サートラの会社がどうなったのかも気になりますしね。それと……ジュート王子様……サーラさん……と言いますか、サートラで間違いないと考えておりますが……彼女の件は残念でした。ですが、災いを早期に排除できたことは喜ばしいのです。
彼女とのことは悪い夢だったと、すぐに忘れることをお勧めいたします。」
王宮本殿へ向かう道すがら、まずはジュート王子を慰めておく。
恐らくサーキュ王妃ぐるみで、王子に取り入ろうとしていたことは明白だ。下手をすれば、カルネ同様原因不明の病気で命を落とす可能性だってあったわけだからな……未然に防げて何よりだ。王子の心のケアは必要だろうが、まずは喜ばしいと思わねばなるまい。
「そうですね……美しいだけではなく、聡明で素晴らしい人と考えておりましたが……まさに幻と消えてしまいました。大丈夫です、もう気持ちの整理はつきました。」
王子は寂しそうに微笑む。ううむ……ちょっとの間だけでも滞在して、見守ったほうがいいかな?
「それと……サートラなる人物は、トーマ先生にもかかわりを持って、ノンフェーニ城に長く滞在していたのですよね?今回の件でトーマ先生を逆恨みして、手勢を差し向けないとも限りません。先生がご在宅であればまだしも、留守を襲われてはお困りでしょうから、暫くの間近衛部隊の小隊を常駐させることにいたします。
トーマ先生には、色々とご助力いただいておりますが、こちらからもできる限りの事はさせていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします。」
そう告げられてドキッとする……確かに城のことまで頭が回っていなかった。逆上したサートラが手をまわしでもしたら、犠牲者が出かねない。ましてやエーミのことがばれてしまったわけだからな、人買い組織までやってこられたら大変なことになる。
すぐにでもマースへ逃げてしまいたいところだが、残された使用人たちを見捨てることもできない。
「お心遣い感謝いたします。サートラとは、そこそこ深い因縁がありますので、確かに城を襲われる危険性はないとは言えません。城の者にも警戒するよう伝えておきますが、警護兵の派遣は大変ありがたいです。」
素直に頭を下げる。王子を見守るつもりが、逆に守られてしまったな……。
「なんと……会社はもぬけの殻と申すか……しかも大量の魔物を飼育していた形跡があると……。」
謁見の間にてジュート王子が王様にサートラン商社でのことを報告すると、さすがの王様も驚きを隠せない様子だ。
「はっ……恐らく本日王様にお目通りして、もしお眼鏡にかなわなかった場合は、王子様もろとも王様を亡き者にしようと考え、用意周到に準備をしていたのでしょう。」
セーサが、ジュート王子の報告に捕捉する。
「なんともまあ……恐ろしい輩じゃな……そのようなものが、サーキュ王妃と懇意だったと申したか?」
王様が眉をひそめて問いかける。
「はっ……恐れながら……サーキュ王妃様がご懐妊なされたのは、サートラが自身の会社を通じて南の大陸から受胎石を輸入し、王妃様にお渡ししたからと聞いております。以降、サートラとサーキュ王妃様は昵懇の仲だったと、サートラの夫であったカルネが申しておりました。」
サートラとサーキュ王妃の関係で知っていることを答えておく。
「そうか……ダーウトを身ごもった時じゃな……。確かに王妃は大層喜んでおった……。」
王様はしばし腕を組んで考え事をされている様子だった。
「わかった……王妃には、わしからも直接問いただしてみよう……その……サートラとやらの会社に転職した魔法軍の将校とか、元役人のことも気になるでな……ご苦労だった……。」
王様はそう言って優しい目で、皆の顔をゆっくりと見回して閉会となった。