捜索
華やかな王妃の誕生祝の園遊会が、一転惨劇に変わってしまった。会場内のテーブルの上から地面に至るまで、おびただしい数の魔物の死骸が転がっている。けが人などが出なかったのは幸いだが、王妃は倒れ運ばれて行ったし、惨劇の張本人のサートラは逃げてしまった。
「サートラが一体何を企んでいたのか、サーキュ王妃様がどう関わっていたのか、私にもわかりません……誰かが何かを企んでいたというのは、ほぼ間違いがないのでしょうが、首謀者も、その目的ですらも、皆目見当がつきません。
とりあえずサートラの筋から……サートラン商社から調べていくのがよろしいのではないかと……ただし、先ほどのサーラ……というかサートラの手練れさから見て、かなり危険を感じます。
我々も同行いたしますので、十分注意をはらって立ち向かう必要性があると考えます。」
最初は王位継承問題で、ジュート王子の命を狙っているのだと思っていた。サーキュ王妃が、ダーウト王子に跡を継がせようと画策しているのだと……ところがサーラはジュート王子に取り入って、あわよくば王妃になろうとしていた感がある。
見つかってしまったために、王と王子の命を奪ってしまおうと変更したようだが、当初計画は違うだろう。
そうなると……サーキュ王妃が主犯なのではなく、サートラが主犯なのか?では、その目的は……?
とりあえず手掛かりを見つけるためにも、一番怪しいサートラの会社からあたってみるのが一番だろう。ヌールーの番地も分かっているし、そこから手繰っていくのが一番だ。
「わかりました……すぐに準備に取り掛かります……。」
ジュート王子は、そう言って近衛兵の一人を呼びよせた。
「悪いが、我々の冒険者の袋を返してほしい。すぐに着替えて、ジュート王子様と出かけなばならん。」
「はっ……少々お待ちください。」
急いで園遊会を実施している中庭受付の近衛兵のところまで駆けていき、冒険者の袋を返してもらうよう要求する。相手は一般の商社とはいえ、どんな武装をして待ち構えているかわからず、用心に越したことはない。
「お持ちいたしました……。」
すぐに近衛兵が、俺たちの荷物を持ってきてくれた。
「それと、着替える所を貸してくれ。女性もいるし、俺たち男だって、女性客がこんなに多い前で着替えるのは、失礼に当たるだろ?」
「はっ……こちらへどうぞ……。」
近衛兵に案内されて行き、南東の離れの2部屋を借りて、王さまから頂いた国宝級の装備に着替え始める。
「ワタル……それ……」
「うん?」
タキシードの上着を脱いでシャツのボタンを外しにかかったところで、トオルがしげしげと俺の胸元を見つめる……な……なんだ?またまた女性に目覚めたのか?
「私が投げたクナイを受け止め正体がばれたサートラは、王様と王子様を葬ってやるといっていました。その後何かを行おうとしていましたが出来ず、ワタルのほうを見て『その石は……』とつぶやいて、仕方なく指笛で魔物たちを呼び寄せました。
魔導石を持っていたのでしょうかね……魔物をわが物のように操っていました。
まさか、あのような手練れが、警備兵も大勢いる中で、あの程度の魔物の集団で襲わせるだけで王さまや王子様を手にかけることができるとは思っていなかったはずです。あれは、あくまでも自分が逃げるための陽動作戦でしかなかったでしょう。
つまりサートラには何か別な攻撃手段があった……ところができなかった……ということになります。
武器を隠しもっていたのか、あるいは応援部隊が来ることになっていたのかわかりませんが、何らかの強力な攻撃手段があったはずです。
それが何かは不明ですが、その……ジュート王子様に頂いた特殊効果石には、サートラが準備していた攻撃を防ぐ力があるのかもしれませんね……少なくともサートラは、その石の特性に気づいていた様子です。」
トオルが、俺の胸にかかる真っ黒いごつごつとした石を見つめ、冷静に分析する。シャツの中に入れていたのだが、サートラの頭上を飛び越えた拍子に服の上に出てきていたものだ。確かにサートラは、これを見て何か呟いていたな。
「そうか……この石か……だが、ギルドの関係者ですら分からなかった石だぞ。うーん……今度トークにでも見せてみるか……何かわかるかもしれんな……俺はただ単に、奴が精霊球をつけてきていなかっただけと理解しているがね……。
ほら……王子様の客とはいえ身体検査みたいなことをされて、冒険者でもないのに精霊球なんか、もしつけていることが見つかったら大変なことになるからな。
サートラは何にしても強敵だぞ……ただの女だと思っていたが……すごい腕だ。もしかすると、以前は超一流の冒険者だったのかもしれない。カルネと出会った時は13歳と言っていたが、カンヌールの商社をサポートしていたという手腕も考慮すると、その時も生命石で若返っていたのだろうな……。
そう考えると、若返りは1度や2度ではないのかもしれん。戸籍が怪しいのも頷けるな……サートラという名前どころか、経歴などすべてが作られたものということになるな……。」
こうなると本当に、カルネの死が自然の病死ではなかったのではないのかと、疑いが強くなってくる。何十年も前から続く巧妙な手口と陰謀……なんだか背筋が寒くなって来た。
「ママは……ママはママじゃなかったの?」
俺たちの会話を聞いて、ショウが悲しい目をする。
「いや……サートラが子供を身ごもったのは確かだ。ノンフェーニ城と昔から付き合いのある産婆を呼んで、身ごもってから出産まで、世話をしてもらったのだから間違いがない。
俺もそうだし、トオルの姉たちにトオルまで……みんなを取り上げたベテランの産婆さんだ。そういった意味では、ショウ……というかエーミは間違いなくサートラの娘だ。父親はカルネで間違いない。」
「ふうん……。」
サートラはとてつもなく疑わしい悪者だが、誰が母が分からないよりは分かっていたほうがいいのだろう。
そうでなければ、カルネの娘でもなくなってしまう。だがそんなことはどうでも……
「エーミは、どんなことがあっても、パパの大事な娘だ……そうだろ?」
「うんっ……そうだよね!」
ショウ(エーミ)の顔が明るくなる……そう……俺はこの子を幸せにするために生きるのだ……。
「お待たせしました。では、サートラン商社へ向かいましょう。」
装備に着替えて離れから出てしばらくすると、兵士たちを引き連れてジュート王子がやって来た。近衛兵など30人近い大部隊だ。先ほどのサートラの様子を見ているからな……多いに越したことはない……中には見慣れた顔も……。
「おお、これはこれはワタル殿……お久しぶりですな……。」
甲冑に身を包み、がっしりとした体に緑色の口ひげを蓄えた、いかつい顔……
「セーサさん……久しぶり……近衛隊に加わった……のかな?」
「ああそうですな……サーケヒヤーとの戦争と300年ダンジョンでの功績から、正式にカンヌール軍に採用され、近衛部隊の隊長を仰せつかりました。これら全て、ワタル殿と一緒に戦えたからと考えております。
ありがとうございました。サーマも副隊長を任命され、一緒に宮仕えですわ……。
王宮に立ち寄られた際は、ぜひ近衛隊の詰め所にもお立ち寄りくだされ。」
「どうも、サーマです……この度、近衛部隊の副隊長を拝命いたしました。ワタル殿……我々が今日あるのは、貴殿とそのチームのおかげと思っております。もし、貴殿たちの身に何か危機が生じた場合は、セーサとともにすぐにはせ参じますので、いつでもお呼びたてください。」
セーサとサーマが笑顔で近衛隊隊長と副隊長就任を告げる。おおそうか……彼らは元一流の冒険者だからな……剣の腕も一流だし経験豊富だし、近衛隊隊長は適任だろう。
さらに、300年ダンジョンで一緒に行動したジュート王子派だろうから、王子のことを守ってくれる存在が、王子のそばにできたということはありがたい。
「そうか……それはおめでとうございます。今回は、早速のお役目ということになるね。サートラの正体は未だに不明だけど、相当な手練れであることは間違いがない。さらに、強力な攻撃方法も持っていると想定されるから、十分気を付けるよう徹底願いますね。
特に街中での戦闘は極力避けたいので、迅速で臨機応変な対応が必要となりそうだね。」
とりあえず、まだ見てはいないであろう、サートラへの警戒を告げておく。
「おお……任せてくだされ。」
「じゃあ、行きましょう。」
ジュート王子とともに大型の馬車6台で王宮を出発。サートラン商社は、王宮から馬車で10分くらいの距離の、オフィス街の大通りから2辻ほど裏にあった……今更だが、こんな街中だったのかと驚かされる。
とはいえ大通りは人通りが多かったが、裏通りは昼間というのに人気のない寂しい通りだ。
「近衛隊のセーサと申す。此度は王宮を騒がせ、王様と王子様のお命を狙ったサーラなる者を追っているが、彼女の正体は、どうやら貴社の代表取締役である、サートラであるという疑いが浮上した。
速やかにサートラを引き渡し、会社内部の捜索を受けよ。逮捕状と捜査令状はこれだ。」
カンヌールには珍しい、コンクリート製の5階建てビルの門扉の前で、セーサが2枚の用紙を掲げて大声で中へ呼びかける。ビルは2mを超すコンクリートブロック製の高い塀で囲まれ、門扉は固く閉ざされ鍵がかかっているため、ビル内へ入っていけないためだ。
「何も反応がありませんね……誰も出てこないし、裏手にも回って塀の周りを包囲しておりますが、逃げ出そうとする者もいない様子です。」
ジュート王子が、門扉の鉄格子の隙間から中のビルの様子をうかがいながら報告する。周囲も会社関係の建物が並んでいるのだが、この一角は各建物の裏口に面しているようで、これだけの人数が押しかけていても、周りからの反応もない。とりあえず、30人の近衛兵部隊で塀の周りを包囲して、誰も逃げ出せないようにしているのだ。
「仕方がないですね……強行突破しましょう……トオル……行くぞ。」
「はい……。」
「脈動!」「超高圧水流!」
『ブワァッ』『ジュボワッ』脈動と超高圧水流を使い高く跳び、塀を跳び越す。
『シャキンッ』『ガチャガチャガチャ』門扉の内側で俺が剣を抜きビルからの攻撃を警戒し、トオルが門扉の解錠に取り掛かる。『ガチッ……ガラガラガラ……』すぐに鉄製の大きな門扉が開けられた。
『ドガドガドガドガッ』サーマと塀の周りを取り囲む兵は残し、セーサとジュート王子を加え10名ほどの近衛兵士らとともに、中庭を通りビルの中へ入っていく。
『ガチャ』中は驚くほど静かだった。ビルの入り口ドアを開けて中へ入るが、受付窓口には人は誰もいない。
「どうしたんでしょうね……人の気配がなさそうですね……。」
トオルが、薄暗い廊下を見通しながらつぶやく。
「まずは一部屋一部屋見ていくしかなさそうだな……。」
『ガチャッ……』『ガチャッ……』廊下のドアを開けて、中の様子をうかがう。最初の部屋は在庫部屋なのか、段ボール箱がそこかしこに山積みされていたが、人の気配はない。次の部屋は事務所のようで、整然と机が並べられ、紙の書類が部屋中に散乱していた。急いで何かを探し回っていたかのように……ここも人は一人もいない。
『ガチャッ』次の部屋は給湯室のようで、大きめの冷蔵庫とコンロにやかん等が置かれていたが誰もいない。
『ガチャッ』最後は所長と書かれた部屋で、応接セットのソファーなどがそろった部屋だったが、ここも誰もいない……恐らくここがサートラの部屋なのだろうな……。
「うーん……誰もいない様子ですね……2階かな?」
『ダダダダダッ』「2階以上を見てまいりましたが、上には事務所のような部屋割りはありませんした。」
上へ行こうといおうとしたら、すぐに数人の兵が駆け足で降りてきて報告する。
「部屋がないって……どういうことだい?」
「はっ……2階へ上がる階段入り口は頑丈な鋼鉄の扉で閉ざされており、容易に行き来できないようになっておりました。何とか解錠して上がってみましたが2階より上は柱のみで壁もなく、部屋割りもされておりませんでした。机も棚も椅子も……何も置かれていません。
どの階も沢山の観葉植物が植えられた植木鉢が置いてあり、床には動物のフンが散乱しており、人どころか部屋もありませんでした……5階にはフンのほかにこのようなものが……」
兵士が息を切らせながら、かしこまって敬礼して持ち帰った黒い羽根を見せる。
「これは……ツッコンドルの羽ですね……ここで飼育していたと考えられます。他の階の物はホーン蝙蝠など魔物のフンでしょう。王宮に突然出現した魔物たちはどこから来たのか不思議に感じておりましたが、ここから飛んでいったと思われます。恐らくサートラが社員にも黙って、秘かに飼育していたのでしょう。」
トオルが、持ち帰った黒い羽根を見て分析する。
「登記簿によりますと、このビルは20年前からこの場所に建っていて、当時からサートラン商社として登記されていたはずです。建築した当初の持ち主や使用目的は不明ですが、20年前にはすでに商社として使われ始めていたはずですね。」
ジュート王子が、サートラン商社について急いで調べてきたのであろう……数片のコピー用紙を手繰りながら答える。そんな昔から、王都のど真ん中で魔物を飼育していたとは……恐るべし……。
「うーん……恐らく事務処理や在庫管理などは1階だけで間に合っていたということでしょうね。そうして開いたスペースで魔物たちを飼育していた。カンヌールの王宮から政府からほとんど全部の公的機関は、サートラン商社と取引があるはずなんだが、よくもこれだけの人数でやっていたな。
サーケヒヤーの本社は千人規模だって言っていたから、恐らくこの支社では注文受付だけで、実際業務は本社で請け負っていたのだろうな。」
改めて事務所と思しき部屋を見てみるが、6つごとに島を作って並べられた机といす。総勢30人に満たないほどの事務室のようだ……。ここは、あくまでも仮の事務所といった感じだな……
「それにしても、少ないにしても社員はどこへ行ってしまったのでしょうね……。」
トオルがポツンとつぶやく……そうだ……今日は休日ではない……平日のはずだ……じゃあどこへ?