豹変
はっ……そうか……前にトオルが言っていた……生命石を使ったのか?どこかで会ったことがあると感じたのは、サートラのすごく若い時と同じ顔だったからか?実の娘である、エーミの目を信じよう……
「なっ……ナーミ……短刀を貸してくれ!」
「うん?はいこれ……。」
未だに食べ続けているナーミが、箸をおいてドレスのスカートのすそをめくり、太ももにつけているガーターベルトから短刀を取り出して渡してくれる。なにせ王様がいらっしゃる園遊会だから、武器の携帯は許されていない。厳重な身体検査を受け、剣はもとより冒険者の袋ですら受付で預けさせられたから、俺は全くの丸腰だ。
「王子様、彼女から離れてください!
トオル!サートラだ、間違いない!」
『ダダダダダダッ』すぐに叫びながら、サーラに向かって駆け出す。目的はわからないが、邪悪なことしか感じられない。と……大きな足音に感づいたのか、突然サーラが振り返った。
「ワタル……危ないっ!」
『シュッ』「脈動!」『ダッ……シュタッ』『ズンッ』
脈動を使って大ジャンプ……俺は剣士のため精霊球のチェックは行われず、つけたまま入れたのだ……サーラの頭上を越えて後へ回り込み、背後から短刀を突き付けようとするが、すぐに身をひるがえして俺の方へ向き直り身構える……素早い身のこなしだ……一般人のものではない。
そうして彼女の顔の前に掲げた左手に握られているのは……クナイの刃の部分だ。左手から血が滴っている……トオルの投げたクナイを、この至近距離で素手で……しかも振り返りざまに受け止めたというのか?剣の達人ですら、そうそうできない技だぞ……こいつは本当に何者だ?
「ちいっ……トーマめ……一緒に連れ歩いているのは……エーミだな?そうか……姿を変えて……なかなかやるじゃないか……だがまだまだ詰めが甘いわ……取り入って懐柔する予定だったが、こうなっては仕方がない。王もろとも王子も一緒に葬ってくれるわ……。」
先ほどとは全く異なる図太い声色に変わったサーラは、目を吊り上げ不敵にほほ笑むと、右手ですぐ横に立っている王子の胸ぐらをつかみ、テントの下の王へと目を向けた。まずい……何かやってくる様子だ……ここで大火球でも放り投げられたら、大惨事になってしまうぞ……何とか食い止めねば……。
「さっ……サーラ……一体どうして?」
「うるさいっ……余計なことをしやがって……。」
「うぐぐぐっ……」
王子の問いかけに答えず、サーラは胸ぐらをつかんでいる右手に力を込め、片手だけでねじ上げるようにして王子の体ごと持ち上げた……すごい力だ……華奢な体つきで、か細い腕なのに信じられない……。
「うん……?お前……その石は……ちっ……仕方がない。」
『ドサッ』目を細めしばらく念じていたサーラだったが、突然俺の方を見てから、右手で吊り上げていた王子の体を放り投げるようにして、地面に叩きつけた。
「ピィーッ」
そうして右手の指を唇に付け、笛のように慣らす。
『バサバサバサバサバサバサッ』その瞬間、ものすごい羽音とともに空が真っ暗に切り替わった。
『きゅあーっ』『いやーっ』『うわーっ』園遊会を楽しんでいた客が、叫びながら慌てふためいて逃げ惑っている。
『水弾!水弾!水弾ッ!』『バシュッバシュッバシュッ』『ドサドサドサッ』トオルの水弾の直撃で、いくつもの黒い影が落下してきた。
「ホーン蝙蝠の群れですね……こんな街の真ん中に一体どうして?」
トオルが首をひねる。
「うおー……うおー……。」
警備の近衛兵たちが剣をふるい、ホーン蝙蝠を追いやっているようだが、何せ魔物の数が多すぎる。
『バサッバサッバサッ』『いやぁー……』さらに大きな羽音とともに、一段と大きな叫び声が響き渡った。
「ツッコンドルよ……ツッコンドルまでが飛んできて、客を襲い始めたわ……でも、弓がないし……大きすぎて火弾では倒しきれないだろうし、大炎玉はこれだけお客が多いと上に向けて撃つのならまだいいけど水平うちは……ちょっと危険だわ。」
ナーミが、王様のいる方向を見つめながら叫ぶ……仕方がない。
『ダダダダダッ』「岩弾!岩弾!岩弾!」
『ドガッドゴッドガッ』『ドザッ』サーラの追及はあきらめすぐに駆け出し、岩弾3撃で巨体のツッコンドルを仕留めた。
「覚えておれ!」
『バサッバサッバサッ』この隙に、サーラはひときわ大きなツッコンドルの足につかまり、上空へ逃げ去ってしまった。
「逃げられた……仕方がない……まずは襲い掛かってきている魔物たちを退治するんだ。周りに客がいることを忘れないようにね!」
『はいっ』
「竜巻!」
『ブゴワァーッ』ショウが唱えると、魔物たちの群れの中心辺りの上空にだけ、ものすごい暴風の渦が発生し、ホーン蝙蝠やツッコンドルが巻き込まれていき、洗濯機の中のように上空でぐるぐると回転しはじめる。
『ボタボタボタボタボタボタッ』そうして気絶した大量の魔物たちが、雨粒のように会場内に降って来た。落下の衝撃で、無事では済まないだろう……それにしてもショウの奴……素知らぬ顔をして精霊球を提出しなかったな……?冒険者の魔法使いは皆無だから、チェックされなかったのだろうかな……。
「ようしっ……残りは少しだけだ……さっさと片付けちまおう!」
「わかったわ……火弾!火弾!火弾!」
『ボワボワボワッ』『バシュッバシュッバシュッ』ナーミの火弾が、ホーン蝙蝠の群れに炸裂。
「岩弾!岩弾!岩弾!」
『ドゴッドガッドッゴン』『ドォォーンッ』俺は岩弾で大きなツッコンドルを撃ち落とす。
『シュシュシュッ』『ドーンッ』トオルはクナイでツッコンドルを落としている様子だ。こんなにたくさんのクナイを、よく持ち込めたもんだ……。
「何とか全滅させたな……。」
延々と魔法を唱え続け、ようやく会場の上空には飛来物は一切見当たらなくなった……空が真っ暗になるくらい膨大な数の魔物たちを、何とか倒し切ったようだ。
「あ……ありがとうございます……ごほごほっ……トーマ先生には、いつもいつも危ないところをお救い頂いております。ですが……今のは……サーラは一体……?」
頭を少し打ったのか、ジュート王子が後頭部をさすりながら起き上がって、近寄って来た。
「お怪我はありませんか?」
「回復水をお飲みください……。」
王子の容体を確認しようとしたら、横からトオルがジュート王子に回復水の竹筒を手渡す……回復水まで隠し持っていたのか……忍びおそるべし。
「サートラが振り返った時に、凄まじい殺気を感じたので咄嗟にクナイを投げつけました。受け止められてしまいましたが、ワタルを攻撃しようとしていたのは間違いがありません。恐るべき相手です。」
トオルがサートラが捨てていったクナイを見つめながら、苦々しそうに唇をかむ。ううむ……そうだったのか……一体どうなっているのか。
「とりあえず……王様のところまで参りましょう……私も詳細まではわかりませんが、分かっているところまでご説明申し上げます。」
取り敢えず王様に、この状況を説明する必要性があるだろう。頭の中を整理しながら、王子とともに大きなテントの下まで歩いていく。
『バタバタバタッ』『はぁはぁはぁ……』園遊会の客たちは会場端に避難していて、転んだ時の土ぼこりを払ったり息を整えたりしながら、じっと俺たちの様子をうかがっている様子だ。今起こった出来事が信じられないだろうし、どうしてなのかもわからず、誰かが説明してくれるのを待っているのだろうな……。
「何が起きたのじゃ?どうしたというのじゃ?サーラは……サーラはどうしたのじゃ?」
「おお……ワタル殿……そちたちは、またもや王子の危機を救ってくれたようじゃの……ありがとう……本当にありがとう……。」
大きな屋根だけのテントの下の壇上で、サーキュ王妃は事態を飲み込めず、大きな目を見開いたままでずっと呪文のようにつぶやき続けているようだが、カンヌール王は冷静に俺たちの姿を認め、頭を下げてくれた。
「勿体ない……王様……先ほどの娘……サーラと申しましたか……ジュート王子様に近づき、王子様はもとより、王様のお命をも狙っていたようです。」
すぐに王の御前で跪き頭を下げる……トオルたちもそれに従った。
「まあまあ……命の恩人なのじゃ……お顔をお上げくだされ……。
それよりも……わしと王子の命を狙っておったと……一体何者なのじゃ?」
「はっ……素性に関しては不明なのですが、今から18年前、突然この地に現れ、伝説の冒険者と評されたカルネの妻となった、サートラではないかと考えます。カルネは私の剣の師匠でしたが、若くして不治の病で他界し、その後サートラは表面上だけですが、私の妻としてノンフェーニ城で暮らしていた経緯があります。
恐らくサートラが生命石を使って若返り、名と経歴を詐称して王子様に取り入ったのではないかと……それほどの美貌の持ち主ではありますが、先ほどの身のこなしや魔物たちを操る技など……普通の人間とは到底思えません。彼女のことは、カルネの元冒険者仲間が今でも疑って調べている為、私も気が付きました。」
とりあえず、今現在分かりえることを簡潔に述べておく。
「ほお……サートラ……と申すのか?」
「そっ……そうじゃ、そなたの元妻なのじゃろ?そなたの手引きなのじゃな?だれかおらぬかー……この者をひっとらえよ!」
冷静な王とは裏腹に、サーキュ王妃はヒステリックに周囲を見回しながら叫ぶ。今の説明で、どうして俺が悪いことになるのだ?
「まあまて……王妃……ワタル殿は信用のおけるお方じゃ……そもそも、わしの命を狙っておるのであれば、これまでだって何度も簡単に殺せたはずじゃからの……何もこんな面倒な策を弄する必要もない。
だから、ほかの者の手引きのはずじゃ……しかし、どうしてまた、こんなことを……。」
王があごに手をやり、考え込む。
「ご無礼と承知の上で申し上げますが、先ほどのサーラをジュート王子様に紹介されたのは、サーキュ王妃様ではないのでしょうか?サートラは、サートラン商社のカンヌール代表取締役であり、王妃様と懇意にされていたはずです。他意があってのことかどうかはともかく、王妃様のご紹介ではないかと……。」
もういい加減我慢できない……このままではジュート王子や王さまの身が危ない。サーキュ王妃がサートラに加担しているかどうかは不明だが、少なくとも関与はしているはずだ。
「しっ……知らん……妾は知らぬぞ……サーラなど知らん!妾を陥れるつもりか?無礼な奴め!己は本当に王の臣下か?恥を知れ!この罪は、死に値するぞ……ええい、誰かおらぬか!」
ところがサーキュ王妃は、口角泡を飛ばすとばかりに、立ち上がって俺を罵倒し始めた。
「さ……サーラを……サーラを紹介いただいたのは、母上を通じてです。サートラン商会社長の縁戚の方ということで、身元は確かだからと紹介いただきました。2ヶ月ほど前のことでした……。
さらに……王宮のダンジョンの構造図……あれも出入りの信用の置ける業者が手に入れた未管理ダンジョンということで、簡単に攻略できるとおっしゃられて、私に部隊を率いて精霊球を取得するよう、母上が指示されました……。
その時は……腹黒い業者に騙されたのだろうと考え、母上をかばって黙っていたのですが、これは……どういうことなのでしょうか?」
その時、ジュート王子がうつむいたまま、その重い口を開いた……さすがにおかしいと感じ始めたのだろう。そりゃそうだ……ここまで凶事が重なれば……。
「サーキュよ……どういうことなのじゃ?お前が先ほどの賊をジュート王子に紹介したのか?その上、犠牲者まで出した、王宮ダンジョンの偽の構造図を王子に渡したのも、お前だったのか?一体何のために?」
王様は握りしめたこぶしをわなわなと震わせながら、立ち上がっている王妃を睨みつける。
「わっ……妾は何も知りませぬ……信じてくだされ……ああ……。」
そういったまま、王妃の体は壇上に崩れ落ちた。
「おいっ……すぐに医者を!」
『ダダダダッ』すぐに侍従やお付きが駆け寄り、王妃を介抱しながら担架で運んでいった。どうやら気を失っている様子だ……王妃も、この状態は予想できていなかったということなのだろう。
「すまなかったの……迷惑ばかりかけて……わしは何も知らなんだ……。」
王様は茫然自失といった様子で、胸のあたりを押さえている。
「一体どういうことなのでしょうか?」
ジュート王子も、運ばれていく王妃の姿を眺めながら困惑している様子だ。
「とりあえず、落ち着いてください。トオル……回復水はまだあるか?あったら王様にお渡ししてくれ……。」
「はい……どうぞ、お飲みください……。」
「すまんの……ぐびっ……ふう……。」
カンヌール王はトオルが渡した回復水の竹筒をあおり、ようやく呼吸が安定してきたご様子だ。