教会にて
ミニドラゴンにはいつものようにホーン蝙蝠を与えてやり家に入ると、トオルが持ち帰ったイボイノシシ系魔物肉を取り出して下ごしらえしていた。
「もう、晩飯の支度か?」
すでに昼時間はとっくに回っているのだが、まだ夕暮れまでには時間があるというのに……。
「いえ……せっかくいい肉が手に入ったので、ハムを作ります。燻製用のチップやスパイスは、以前街へ買い物に行ったときに購入しておいたので、すぐに作れますよ。
今度街へ行ったときに、腸詰用の羊の腸を購入してきましょう。残った肉でウインナーソーセージも作れますよ。」
どうやらミーミーたちに教わった方法で、ハムやソーセージを作りたい様子だ。スパイスなどもそろえているのだろうな……ナーミやショウとともに、肉の下ごしらえをして、塩コショウやスパイスをまぶすと、肉の塊を丸めて縛り、燻製器にいれて数時間待つと出来上がりだそうだ。
「一部の肉は、下ごしらえしたら屋根裏部屋に吊っておきましょう……2,3ヶ月で生ハムができるはずです。」
おおそうか……さらに生ハムまで……。
ハムの仕込みが終わったら日常訓練で汗を流し、シャワーを浴びて晩飯だ。
この日のメニューは、イボイノシシ系魔物肉のステーキに洞窟キノコや野菜を添えたものだった。猛進イノシシと同様豚肉系なのだが、脂身の甘みが濃く、今まで食べたことのない味わいで、大変美味だ。ハムにすれば、尚更脂身の味がよくなるはずだと、トオルも嬉しそうに笑顔を見せる。
苦労して攻略したダンジョンで得た肉は、尚更うまく感じる。特に虫系や石ワームなど、食材向きの魔物が少なかったので、唯一ともいえる獲得できた肉が上質なのはバランスをとるためだろうか。ダンスの練習もほどほどにして、早めに就寝した。
「じゃあ、出発するぞ……準備はいいか?」
「ええ、大丈夫よ……。」
「うん、ばっちり。」
「昨日作ったハムも大量に持ちましたからね……大丈夫ですよ……。」
翌朝、日の出前から出発する。週末なので、昨日仕込んだ大量のハムを手土産にトークの教会へ向かうのだ。
マーレー川沿いに飛んでいけばいいので、多少暗くても方角を間違うことはないので早めに出発。ミニドラゴンの背に乗り、昼過ぎには教会へ到着した。
「おお来たか、待っていたぞ……ナーミもエーミも元気か?今日は日曜学校があったから、レーッシュの子供たちが多く来ている。同じくらいの年頃の子も多くいるはずだから、一緒に遊んでくるといい。友達が出来るといいな。」
教会わきへミニドラゴンで降りると、トークが出迎えてくれた。トークのいう通り、大きな教会の建物の影から、小さな頭がたくさん覗いているようだ。これは……ナーミやエーミに友達を作るチャンスだぞ……。
「エーミ……行ってきなさい……。」
「えっ……で……でも……。」
エーミを子供たちの方へ行かそうとするが、エーミは後ずさりして行こうとしない。学校へ通っていた時も、サートラのしつけが厳しく、常に城の者が送り迎えして、城と学校の往復以外の外出など許可されず、友達と一緒に遊んだことなどなかったようだからな……。
トーマが注意してもサートラは頑としてエーミを自由にはさせなかったので、仕方なくトーマやダーシュやダーシュの姉たちが、エーミの遊び相手を務めていたのだ……。
「ナーミはどうだ?」
「あ……あたしは……別に友達はいいわよ……。」
ナーミもエーミ同様しり込みをする。母親とも若くして死に別れ人買いに売られて、救出はされたがその後は孤児院生活で、一人冒険者を目指してトレーニングに明け暮れた日々だったと言っていたからな……友達など作れなかったのだろう。ううむ……どうするか……。
「おーい……こいつはミニドラゴン。体は大きいが、気は優しくておとなしいぞ。決して危ないことはない。
ほうら……。」
子供たちが、教会の影からこっちをじっと見ているので、巨大な竜に興味があるのだろうと気づき、ミニドラゴンの頭をなでて見せる。
「ぐぅぉーん……。」
いつものようにミニドラゴンは、甘えて頭を俺の胸にこすりつけてくる。
「ほうら……どうだい?飛竜に触ってみたくはないか?」
『ゾロゾロゾロゾロ……』教会の影へしつこく呼びかけていると、ようやく子供たちが寄ってき始めた。それでもなおへっぴり腰で、恐る恐るといった感じだ。
「あっ……危なくない?」
「うん……大丈夫だよ……。ほら……こうやって……触ってみれば……。」
エーミが恐る恐る近づいてきた少女の手をもって、ミニドラゴンの背中に触れさせてやる。
「あっ……温かい……。」
少女は、嬉しそうに満面の笑顔を見せた。
「あたしはソータ……16歳よ……。」
「エーミ……15歳です……。」
「ふうん……エーミちゃんか……よろしく……うちはどこなの?」
「うちは、マース湖の浮島の……。」
「ぼっ……僕も飛竜に触ってもいい?」「僕も」「僕も……」
「ええ大丈夫よ……ミニドラゴンはとってもおとなしいから……でも、乱暴はだめよ……こうやってゆっくりと優しく……。」
一人が触ることができて安心したのか、3人の男の子が飛竜に近づいてきて、今度はナーミが応対する。
何とかなりそうだな……その様子を見て安心して、トオルとともに教会へ歩を進める。
「さて……私たちは、何をしましょうかね……?」
トオルが手持ち無沙汰のように、振り返りながら笑みを浮かべる。
「うーん……そうだな……。」
「ほい……お前さんたちはこっちへ来い……。」
すぐにトークがやってきて、俺とトオルの手に一本ずつの釣竿を手渡した。
「釣り……?」
「そうだ……この崖を降りて行ったところに、絶好の釣り場がある……。」
トークに連れられ海岸側の断崖絶壁へ向かうと、下へ降りられるスロープが崖に作られていた。崖の岩を削って、人が歩けるように作られた道のようだ。断崖の壁面に作られたスロープを、何度も折り返しながら下っていくと、少し広い平坦な部分へたどり着いた。
「ここから釣り糸を垂れるんだ……エサはこれ……。」
トークが崖のへりに腰かけエサを針につけると、それを海に向かって投げ込んだ。
俺もトオルもトークの動きを見よう見まねで、餌箱の虫のような生き物を針につけると、そのまま下の海へと投げ込む。そうしてトークの隣に腰かけ、釣竿を両手に構える。
「何が釣れるんだい?」
「うーん……わしはかれこれ10年以上もこの場所で釣り糸を垂れているが、魚がかかったことは一度もない。魚が欲しければ市場へ行くか……自分で捕りたければダンジョンへ潜ったほうが確実だ。
漁師でもない限り、そんな簡単に魚なんて捕まえられんさ……。」
俺の問いかけに、トークは平然と魚が釣れたことはないと答える。
「えっ……?じゃあ、どうして?」
「ここで、こうやって釣り糸を垂れていることが重要なんだ……こうすることで、雑念や煩悩を排除して精神を集中させる……これで精神の成長を願うわけだ……。」
はあー……そうか……深いな……。
そのまま、日が沈みかけるまで断崖から釣り糸を垂らし、釣果がないまま戻っていく。
「じゃあね……また……。」
「うん……。」
「今度は、ミニドラゴンに乗せてくれよ……。」
「うーん……大丈夫か聞いておくから……。」
ちょうど子供たちも帰っていくところのようだ。小さな影が遠くの大きな影まで走って行く。そうして一緒になった影は、ゆっくりと遠ざかっていった。
「どうだ?友達出来たか?」
「うん……ソータちゃん……また来週も日曜に来るって……。」
エーミが嬉しそうに笑顔で答える。
「あたしの方は……どうしてもミニドラゴンに乗って空を飛びたいって、せがまれたわ。持ち主のワタルに聞いてからって言っておいたけど……いいかしらね?」
ナーミが、ちょっと不安そうに上目遣いで尋ねてくる。
「ああ……そうだな……だったら今度来た時に、順番に遊覧飛行をさせてやるか?シートベルトさえきちんと締めれば、危険はないだろう……だが、子供たちだけの飛行は禁止だ……。
親御さんだって納得しないだろうからな……俺かトオルかどちらかと一緒という条件ならいいだろう。」
万一怪我でもさせたら大事だ……トークに迷惑をかけてしまうからな……ミニドラゴンは人懐っこいし危険はないが、必ず保護者として俺かトオルが一緒ならということで引き受ける。
「わかったわ……じゃあ、来週来た時にお願いね……。それはそうと……釣れたの?」
「いや……ただ釣り糸を垂れていることがいいんだとさ……。」
空のバケツをナーミに見せる。
「ふーん……。」
日も暮れかけてきたので日々の訓練をこなし、トオルたちが夕餉の支度にとりかかる。今日の晩飯は、分厚いハムステーキと亀肉のスープにパンだった。ハムは程よい塩分とスパイスが効いていて、薫蒸したことによりいい香りが肉についていて、噛むたびにうまみと一緒に香りが鼻に抜ける……特にワインとの相性は抜群。
亀肉のスープも好評でナーミもエーミも大喜び。トークや他の僧侶たちとともに酒が大いにすすんだ。
「そろそろ……セーキたちが戻ってくる頃だ……。」
宴も終盤に差し掛かるころ、トークがぽつりとつぶやく。
「うん?南の大陸に向かったという、セーレとセーキたちかい?最近連絡でも入ったのかい?」
「いや……南の大陸とは、ここ数百年間にわたって人的交流は全くないからな……南の奴らは、俺たちシュッポン大陸の人間とかかわることを極端に嫌う。
だから南の大陸へ渡航する事なんて、絶対に許されないのさ。
サーケヒヤーとの貿易だって、大きな商船がマーレー川の河口沖合に停泊すると、はるばるマースから船がやって来て、海上で物品の交換をするだけだからな。
巨大なクレーンとかいう鉄の釣竿のようなもので、大きな鉄製の箱を釣り上げて、船と船とで物のやり取りをするらしい。だから交易船の船長と直接会ったこともないと言っていた。
無線通信で話す以外、顔も見たことがないと言っている。
そんな事情だから、行きたくて行けるような場所じゃあない。それでもサートラのことを調べる必要があるので、積み荷の中に潜んでみたり、海中から向こうの船に密航しようとしてみたんだがことごとく失敗。何年もかけて色々と試行錯誤したが、どうしても成功できなかった。
すぐに警報が鳴って見つかっちまうんだ……仕方がないので木造船を仕立てて、嵐の晩に出向して南の大陸付近で難破させて、無理やり救助させた。緊急無線のやり取りを聞いていたが、どうやら船を沈めて南の大陸の船に救助されて、大陸まで連れて行ってもらえたようだ。
だが人的交流がない南の大陸だ……セーキたちから一切の音信はない。
それでも約束では3年で帰ってくるといっていたから、あいつらのことだ……きっと帰ってくるはずだ……南の大陸の状況を調査してな……うまくすれば、サートラの正体がつかめるかもしれんぞ。」
トークがワインを飲みながら答える……なんと……まさに命がけで南の大陸へ向かったのだな……そこまでして……。
ううむ……サートラか……サートラの正体とは一体……???
続く
マースでの生活も落ち着いて来たようですが、サートラのことを調べに南の大陸に向かった、セーレとセーキ姉弟が帰ってくる予感。一体サートラとは何者なのか?新たな展開を迎える次章を期待してください。
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