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異常事態

「トオル……?」

 あろうことか、トオルがセーキに捕まっていた。肘を曲げた左手がトオルの喉元を締め上げるようにつかみ、息が出来なくて苦しそうだ。見るとトオルの右手には松明が握られている。


 倒れているのはセーレのようで、後頭部の髪の毛が焼け焦げているところを見ると、松明で殴られたのか?

 状況から察するに、松明でトオルがセーレを倒し、それを見たセーキが怒ってトオルを締め上げているのだろう。おかげでセーレの放った矢が的外れの一撃になったのだろうが、一体どうして?


「セーキ、トオルを放してくれ!」

 セーキに呼び掛ける。


 トオルが持っていた松明は地面に落ち、2人を下から照らすことになったが、セーキの右手には大きなナイフが握られているようで、今にもトオルを刺し殺しそうで危険だ。


「こっ……こいつがセーレを……。」

 セーキは左手に力を込め、高く掲げる。トオルの足が地面から離れじたばたし、両手でセーキの左手をはがそうとしているようだが叶わないで、かなり苦しがっている。何せ体格差が大きすぎる。


「セーキ……もう一度言う。トオルを放せ!」

 再度セーキに呼び掛け歩き出す。このままではナイフを使うまでもなくトオルは窒息死してしまう。


「動くなっ!そこを一歩でも動くと、このガキの命はないぞ!」

 セーキがドスの利いた声で叫ぶ。かなり怒っているようだ、このままでは本当にトオルの身が危ない。


「一体どうしたっていうんだ?どうしてセーレが倒れている?」

 仕方なく立ち止まり、状況確認から始める。まず状況を知り、話しているうちにセーキも冷静さを取り戻すことを期待する。


「ふんっ!何を血迷ったのかこの馬鹿が、セーレを突然襲いやがった。

 分不相応な高ランクダンジョンで強力な魔物たちを目の当たりにして、気がふれちまったんじゃないのか?


 こうなるとちょっとのお仕置きじゃすまさねえ……ここで始末して装備も荷物も全て頂かせてもらうぞ。

 お前は逆らわずにしていれば、ここから出るまで一緒に行動してやる。


 もちろんお前が前衛だがな……さすがにC+級のダンジョンをお前だけで踏破できるとは思っていないだろ?俺たちのクエストではハイエナは禁止しているから、後続はないぞ。おとなしく従いな。」


 セーキは横目で俺のほうをにらみつけながら、さらにトオルを高く掲げる。もう限界だな。セーキとの距離は十メートルほど。駆け寄ろうとした瞬間に、ナイフをトオルの腹に突き立てられるのは目に見えている。

 俺は精霊石に手をかけ、身をかがめながら人差し指を立てると次に指を3本立てる。


「脈動!」

『ズバッ……タッ』地面が膨張したかのように膨れて盛り上がるのにタイミングを合わせ、勢いよく大地を蹴る。すると、すぐ目の前にセーキの右腕が……『ズバンッ』『ドゴッ』容赦なく剣で斬り落とす。


 脈動というのは、大地震の時に地面が液状化してうねる現象を局所的に発生させたものだ。急激に盛り上がる地面に呼応して大ジャンプすることにより、一気に間を詰める。地震・崩落に続く3番目の魔法だ。通常2m程度の効果範囲を1/3にまで縮めることにより、反動を大きくして距離とスピードを稼いでいるわけだ。


「ぐわっ……なっ何をする!」

『ドスンッ』慌てたセーキは、ようやくトオルを放して飛びのき、俺に対して身構える。


 右手首から切り落とされても動じずに、左手で腰の短刀をすかさず抜いたのはさすがだ。俺の方をにらみつけたまま短刀を口に咥えると、今度は後ろポケットから取り出した布で右手首をぐるぐる巻きにして止血した。

 この間一連の動作で流れるように行われたのは、さすが経験を積んでいるだけあるなと感心する。


「てめえ……生きてここからでられると思うな。」

 剣をもう一度左手で構えてから、凄みを聞かせた声でセーキが俺をにらみつけてきた……そういや奴は拳法家ではなかったのか?


 トオルが理由もなく人に危害を及ぼすはずもなく、セーキが嘘を言っているのは明らかだった。


 だが、どうしてこんな状況になったのか、俺はいまだに理解できていない。どうしてセーレが倒れていて、松明をトオルが持っているのか?セーキがトオルのせいにしようとして、セーレを気絶させた後に松明を握らせたとかか?なんでまた、そんな回りくどいことをするのだ?


 先ほどから何度も自問自答しているのだが、どうやってもうまい解が見つからない。セーキに聞きたかったのだが、まともに答えようともしない。トオルはセーキに首を絞められて、倒れてしまっている。

 さて、どうする?


「でやっ!」

 『ブンッ』逆手に持った短刀で、セーキが斬りかかってくる。

 さすがに上級者だけあって踏み込みも鮮やかで攻撃が速い……が、認識できないほどの速さではない。


 半歩下がって攻撃をかわす。『ダッ・・ブンッブンッ』しかしセーキは出した右足を踏ん張り体制を整えると、左足を大きく引いて短刀を振り回してきた。逆手からの切り替えも鮮やかで、無駄のない所作だ。


 上半身をそらしながら攻撃をかわし、左足でセーキの大きく開いた左足を蹴っ飛ばす。

『スッテーンッ』ものの見事に、セーキが地面にひっくり返る。もんどりうって倒れるとはこのことだろう。


「事情は分からんが、話し合えばわかり合えないか?いずれトオルも目を覚ますだろうから、トオルからもセーレからも話を聞いて、お互い誤解があったのなら、それを解決したい。」

 地面に転がるセーキに対し、話し合いを提案する。


「うるせえっ……トオルはさっき喉笛をつぶしてやったから、すでにおっちんでいるだろう、残念だったな。

 お前も後を追いな!」


『スタッ』『ブンッブンッブンッシュッシュッシュッ』セーキは両足を上げて反動をつけると一気に立ち上がり、短刀を振り回してから、今度は素早く何度も突いてきた。


「なっ……トオルを?」


『フッ……スッパァーンッ』渾身の突きを放ってきたところを右に撥ね体をかわすと、勢いがついているためセーキの体が伸びる。その背中を振り返りざま剣を両手持ちに変え、腰を落としながら一気に柄の部分を振り下ろす。『ドゴズッダァーンッ』背骨が思い切り逆方向にそり、セーキの体が地面にぶつかってバウンドした。


「トオルっ!大丈夫か?」

 すぐにあお向けに倒れているトオルのもとに駆け寄り、体を揺り動かすが反応がない。


 胸に手を当ててみるが、ようやく感じる程度で鼓動が弱く、息もほとんどしていないようだ。

 急いで腰にぶら下げた回復水が入った竹筒を取り外しトオルに飲ませようとするが、口に竹筒を当てても意識がないため飲み込んでくれない。


 ううむ、こうなりゃ昔映画かなんかで見た通り……『ぐびっ』竹筒から回復水を口に含み、トオルの口と唇を重ねると、舌を使いトオルの口の中に回復水を流し込んでみた。

『ごくんっ』うん?おお……何とか飲み込んだようだぞ。よしっもう一口。『ぐびっ』『ごくんっ』


「うっ……うーん……。」

 トオルの意識が戻ってきたようだ。


「おおっ……大丈夫か?回復水だ……もう少し飲め。」

 薄目を開けたトオルの口に竹筒を当てて、残りの回復水を全部飲ませてやる。


「あっ……ありがとうございます。ごほっごほっ……セーレさんが突然ワタルの背中を狙って弓を射ようとしたため、焦ってセーキさんの手にあった松明を奪い取って、セーレさんの後頭部を殴りました。


 それで的が外れて、ワタルの横に矢が飛んで行って……ところがその瞬間逆上したセーキさんに捕まってしまい……ごほっごほっ……。」

 まだ締め上げられた喉が辛いのか、すごし咳き込みながらようやく答える。


「セーレが俺の背中を狙った?何かの間違いじゃないのか?」


 トオルの目を見て真実を確かめようとする。間違いだったら大変なことだ……おかげで……セーキの倒れたあたりに目をやると、ピクリとも動かない。まだ気絶したままだが、布を巻いた右手首が痛々しい。


「間違いありません、背中からワタルの心臓を狙っていました。

 私が殴りつけたので、狙いがそれたのです、嘘ではありません。」


 トオルが真剣なまなざしで訴えかけてくる。その目にくもりはなく、まっすぐに俺を見つめている。

 たしかになあ……援護射撃にしてはタイミングが遅すぎた。

 俺が打ち漏らした時に備えていたにしても、俺の背を狙っていたというのは解せない。


 セーレに聞いてみようと思い、地面に落ちた松明を拾い上げて彼女のところへ向かうと、まだ意識は戻っていないようだ。

 よほどひどく殴られたのだろう、松明で焼失したのか、下地の赤い髪の毛が部分的に露出している。


 うん?下地の赤い毛だって?不審に思い頭を触ってみると、トレードマークのはずの黒髪が頭皮ごと外れた。

 かつらだったのか、元は赤い髪の毛……しかもよく見ると、顔は十代だが首筋はハリがなく結構いってる。


「セーレじゃないのか?しかし、顔は写真で見た通りの……。」

 ううむ……一体どういうことだ?黒髪が嫌で赤く染めていたとでもいうのか?


「おそらく擬態石でしょう……ほらあった。」

 トオルがやってきて、セーレの上半身を起こすと胸のあたりをまさぐり、首にかかっていたペンダントを見つけて取り出す。ううむ、若い女の胸をためらいもなく平気で触りまくるとは……いい性格をしている。


「あれ?顔が変わった……そこそこきれいだが、さっきまでとは別人だ。」

 トオルがペンダントを取り外すと、彼女の顔が瞬間的に切り替わり、美人だがそれなりに年がいっている顔に変化した。


「擬態石は、なりたい顔や体形になれるのです。といっても顔だけとか体だけとか手足のみとか、パーツの1部だけですがね。大きな胸にしてくびれを持たせ、魅力的なお尻にするとかですね。


 顔は小さいですが、目や鼻や唇の大きさや配置にあごの輪郭など細かく変形するために1石必要です。

 顔も体も手足もということであれば3つの擬態石が必要になります。

 髪の毛は変えられませんし、顔や体の形が変わったからと言って、身体能力までもが向上する事はありません。


 恐らくセーレさんの顔を知っている別人が、成り代わっていたのでしょう。安心させて同じチームメンバーとしてダンジョンに入り、中で始末してしまおうと考えていたのかもしれません。

 我々の装備や精霊石を狙っていたのではないでしょうかね。


 でも、顔だけ化けていたので助かりましたね、体を擬態するときに擬態石も埋めてしまえるので、なかなか判別が難しいのですよ、裸にしてもぱっと見にはわかりません。」

 確かに奴らの行動から考えると、トオルのいったことが正しいような気がする。


 もしかすると俺のたちを殺すつもりはなかったのかもしれない。初級冒険者をダンジョン内に連れ込んで実力をわからせ、このままおいていくと脅す。

 出口まで連れて行ってほしければ、装備も貴重品もすべて差し出せと脅すわけだ。


 同じチームであれば取り分も公平になるし、レベル差があっても対等と認められるが、何事も自分で解決しなければならない。守ってやるという見返りの報酬であれば、強奪ではなくなるわけだ。

 冒険者になるくらいの腕がありそれなりのプライドがあれば、脅されて装備を取られたなどと、届け出ることもないということなのだろうな。


 奴らはこの辺りを根城にした、新人冒険者たちから装備を巻き上げるごろつきの一種ということだろう。

 ちょうどそこに、カルネから聞いた昔の仲間を探しに来たカモが現れたというわけだ。


 擬態石を使ってセーレ姉弟に成りすました……数少ないS級冒険者カルネのチームメイトだ、有名で顔くらい知っているものが多いのかもしれんな。彼らに迷惑をかけないためにも、今後名を出すのはやめだな。


 せっかくカモをダンジョンまで連れ込めたと思ったが、俺たちが意外と強く、雑魚魔物くらいでは音を上げないので作戦変更。不意打ちで倒してしまおうと考えたのかもしれない。


 もしかすると、差し出されたお茶に遅効性のしびれ薬なんて……想像すると怖くなってきた。こうなることをトオルは警戒して、俺が飲もうとしたお茶を無理やりこぼしてくれたのかもしれないな。


 ううむ……そう考えれば手首を切り落としてしまったことも、少しは気が楽になってきたが、こいつらをどうするべきか。犯罪者なんだから、しかるべきところへ突き出してやるのがいいのだが……。


「偽物とはな……まんまと騙されたよ。」


「仕方がないですよ、擬態石も精霊球の一種ですが、ごくまれにしか出現しなくて市場に出回ることはほとんどありません。非常に高価ですし、一部のものだけが知っている代物で……噂にも上がりにくいのです。」


 擬態石なんて、トーマの記憶にはない。だが、よく考えてみれば、外見を変えて潜入するのは忍びとしての専売特許だ。トオルがこの辺りの事情に詳しいというのは理解ができる。


「仕方がないな……2人だけで、このダンジョンを踏破するしかないぞ。」


 トオルがある程度回復したようなので、先へ進むことにする。

 宿泊の準備も食料もないので、今日中に何とか出なければならない、ミニドラゴンも心配しているだろしな。


「わかりました、この人たちはどうします?」


 トオルが未だに気絶しているセーレの偽物から、大きな弓と矢袋を奪い取り非武装とした。

 後で後ろから襲われたら困るので、適切な判断だ。俺もセーキに化けたやつの大ナイフと短刀は奪ってある。


「どうするかな……このままおいていくのもなんだし……武器なしじゃあ魔物たちのえさになるだけだ。

 かといって奴らが、おとなしく一緒に来てくれるとは思えないしな……。」


 取り敢えず切り落とした右手はくっつくかもしれないから、手首を戻してきつく縛ってきれいな布で巻いておく。鋭利な刃物で切り落とした指など、うまく処置すればくっつくと聞いたことがあるからな。


 回復水はあと一本しかないので、悪いがこいつには使ってやるつもりはない。このまま放置して死んだとしても、冒険者なんだから覚悟の上だろうとは考える。


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