ダンジョンを攻略して……
「あんぎゃおぎゃおわーっ!」
『ボワォァーッ』『バシュッバシュッバシュッ……』
「水の壁!」「水の壁!」『ザッバンッ』『ザッパンッ』『ドザザザッ』火炎鳥は再度、尾羽を使った高速の矢攻撃を仕掛けてきたが、トオルとショウの2重の水の障壁で防ぐことができた。
『シュシュシュシュッ』『ボゴワァーッ』それでもナーミが果敢に矢を射かけるが、炎の渦に阻まれ魔物まで達しない。
「金属の矢に切り替えたけど、ダメみたいね……。」
ナーミががっくりと肩を落とす。
「岩弾!岩弾!岩弾!」
『バシュシュシュッ』火炎の勢いが強すぎて、とても近づけそうもないため、俺も飛び道具を使う……が、こぶし大の高速の石も、炎の渦に阻まれてしまった。
『ユラユラユラ……』火炎鳥の周りだけ高温のためか、空気の密度に差が生じて空間が揺らめく。蜃気楼のように、火炎鳥の姿がぼやけて見えてきた。
「ううむ……向こうからの攻撃はトオルとショウの水の障壁で何とか防げるようだが、こちらからの攻撃もほぼ通じないな……このままではじり貧だ……。」
参ったな……効果的な攻撃方法が浮かばない。
『タタタタッ……ドシュッ……』『バシッ』『カランカランカランッ』トオルが駆けだしていき、渾身の力で銛を投げつけたが、火炎鳥は大きな羽でそれをはじき、銛は地面を転がった。
ううむ……弱い攻撃は火炎の勢いだけで止められてしまうし、強く攻撃しても羽で簡単に弾かれてしまうようだな……あの火炎は攻撃にも使えるが防御にも使えている。水の障壁ならぬ炎の障壁といえるだろう。
とか、感心している場合ではないのだが……。
『バサッバサッバサッバサッ』頭を抱えていたら、さらに頭が痛くなる出来事が……火炎鳥は、自身を包み込む猛烈な火炎を纏ったまま巨大な羽を動かし、宙に舞い上がった……。
「嘘だろ……。」
「あんぎゃぁーっ!」
『ボゴワァー……ゴゥォーッ』そうして口から炎を吐き、襲い掛かってくる。
「水の壁!」
『ザッバァーッ』『ズッバァーッ……ボゴワーッゴゥォー』ショウが唱えた水の障壁で鎮火しかけたが、再度燃え上がった上に炎を吐いて襲い掛かってくる。
「超高圧水流!」
『ブッシュワァーッ』『ジュボーッ』『バッサバッサバッサ』トオルが唱えて猛烈な水流が発せられると、辺り一面真っ白になるくらい水蒸気が立ち込め、その中を炎のきらめきは遠ざかっていった。
「跳躍するときの強烈な水流をお見舞いしてやりましたが、それでも魔物の炎を鎮火することはできませんでしたね。推進力を奪われて一旦引き返した程度のようです。
また来ますよ……注意してください……。」
悔しがるトオルが言う通り、一旦は遠ざかった火炎鳥は、ドーム奥でUターンして再度襲い掛かってくる。
「あんぎゃぁーっ!」
『バッサバッサバッサッ』『ボワァーッ……ゴゥォー』
「にっ……逃げろっ!」
『チリチリチリチリチリッ』すぐに左右へと展開して逃げるが、火炎鳥は細かな火の粉を洞窟中にまき散らしながら飛び回っているようだ。まるで大火事の現場のようで、炎には近づいていないのに、髪の毛や眉毛などが焼け焦げていくような感覚に襲われる。
「また来ますよっ!」
「あんぎゃぁーっ!」
『バサバサバサッ』『ボボワァーッ……ゴゥォー』
「おりゃあっ!」
『バシュッ……ドゴッ』広いドーム上空を飛び回る火炎鳥に対して剣では届かないので、急いで冒険者の袋の中から銛を取り出し、向かってくる火炎鳥めがけて投げつける……と、火炎鳥の左肩に命中。今度は飛行中だったので、羽で弾くことはできなかったようだな……まずは成功……。
「あんぎゃぁーっ!」
『ボッゴッワァー』『バサバサバサッ』一段と火炎が大きくなり、火炎鳥はよろめきながらもなんとか飛び続けている。せっかく突き刺さった銛も、炎の熱で溶けるのではないかと感じるほどだ。
「ショウッ!あの銛を狙って雷撃を打てるか?」
「うーん……やってみる。…………雷撃!」
『バサバサバサッ』『ゴロゴロゴロッ……ドーンッ』折角の攻撃の起点ができたのだ……これを機に一気に攻勢だ……だが、いつもは正確な狙いのショウの雷撃も当たらず、飛び回る火炎鳥の脇の壁に閃光がきらめき小石が飛んだ。
「うーん……羽の部分は炎が大きすぎてよく見えないから、狙いが定まらないや……いつもだと、それでも当たるんだけどな……。」
ショウが首をひねる。ドーム上方から無数の火の粉をまき散らしながら飛び回っているから、辺り一面火の粉まみれで視界も悪い上、体にまとっている火炎の勢いはさらに増しているようで、当初より一回りも二回りも巨大に感じる。
その上巨体の割に小回りが利くようで、片羽を負傷しながらも火炎鳥はドーム内を縦横無尽に飛び回っているので、その動きを予想することも難しい。
さらに金属は高温になると導電性が極端に落ちるからな……せっかく突き刺さった銛だが、避雷針の役目をはたしていないのかもしれない。
ううむ……崩落で天井を崩して生き埋めにすることも……飛行速度は結構早くて不規則に飛んでいるから難しいな……ショウの雷撃が当たらないのと同じことだ……じゃあどうする?
「仕方がないわね、弓を替えて……。」
ナーミは意図するところがあるのか、美しく装飾された豪華絢爛な弓に持ち替え、さらに金属の矢を2本一度に手にして構えた。
『バサバサバサッ』銛が突き刺さっている左側を少し下げながらも突っ込んでくる火炎鳥の正面に立って弓を構え『シュシュッ……グザグザッ』矢継ぎ早に連射すると見事命中。
『バサバッ…………ドッゴォーンッ』火炎鳥はそのまま左に向きを変え、ドーム壁に豪快に衝突した。
「いっ……今です。強水流!」
『ジュボワーッ』『ブッシュワーッ』トオルがすぐさま強烈な水流をお見舞いすると、燃え盛る火炎と反応して水蒸気が一面に立ち込める。
「強水流!」
『ジュボーッ』『プシュッー』更にショウも放水を始める。
『ダダダダッ』『ガッガッガッ……ドッガンッブシューッ』この機を逃してなるものかと、濃霧のように立ち込める水蒸気の中を駆けていき、炎の勢いが弱まった火炎鳥の首のあたりに剣を何度も叩きつけ、ようやくその丸太のように太い首を斬り落とした。
「はあー……何とか倒したな……。」
霧が晴れてきて、ようやくドーム内が見えてきた。
足元には、巨大な火炎鳥の頭が転がっているが、その両目ともに矢が突き刺さっている。そうか……ナーミが仕留めたんだな……。
「カンヌールで頂いた国宝級とかいう弓と、その時にセットでもらった特別製の金属の矢を使ったのよ。この弓はあたしでも弾けるけど、威力は男性にも負けないし、さらに矢羽も金属の特性の矢は、魔法耐性もあるって言っていたから、猛烈な炎にも負けずにまっすぐに飛んでいけたわ。
やっぱりいい道具は違うわねー……矢はお試しでもらっただけだから10本しかないけど、今度カンヌールに行ったら仕入れ先を聞こうかしらね……。」
ナーミが慎重に、火炎鳥の両目に突き刺さった特製の矢を抜きながら笑顔を見せる。ううむ……すごい隠し技があったということだな……。
俺も火炎鳥の左肩に突き刺さった銛を回収する。
「では、昼食をとってから火炎鳥の解体に取り掛かりましょう。」
トオルが昼食の支度を始める。そうか……朝から延々と4時間以上も戦っていたのだな……やはりA級ともなるとボスも超強力だから、簡単には倒せない。
「あっ、火の精霊球発見……喉元にあったのね……。」
火炎鳥の頭を持っていたナーミが、真っ赤な精霊球を首の斬り口から取り出した。
昼食はオムライスだった。ケチャップライスと焼き鳥の卵の相性は抜群で、しかもトロトロ半熟の卵のまろやかさはたまらなかった。
昼食後はトオルの指揮のもと、巨大な火炎鳥の羽をむしり解体する。今回ダンジョンは、鶏肉系のダンジョンといえそうだな……。胸肉やモモ肉に手羽など、部位ごとにまとめて冒険者の袋に詰め込み、入らない分もクーラーボックスに詰め込めるだけ詰めた。
さらに尾羽は芸術作品とも思えるほど美しいので持ち帰りたかったが、あまりにも巨大すぎるため、先端の丸い部分のみ切り取って持ち帰ることにした。
ナーミの話だと、高級団扇として高値で売れるらしい。
ダンジョンを後にしてミニドラゴンの背に乗り浮島へ戻ると、すでに夕刻だ。クエストの期限までは十分な余裕があるので、今日はギルドへ向かわずに終了とする。どうせ、明日もクエスト申請にギルドに向かうので、その時に清算すればいい。
日常訓練を長めに行い、ミニドラゴンにはホーン蝙蝠を山ほど与えて夕食にする。
この日の夕食は、炭火焼きの焼き鳥の焼き鳥と火炎鳥の胸肉のステーキだった。焼き鳥は程よい硬さでほくほくの噛み心地と染み出る肉汁は美味で、塩でもタレでもどちらも行けて酒が進んだ。火炎鳥の胸肉もジューシーで、噛めば噛むほど味わい深く最高だった。
「じゃあ、腹ごなしにダンスの練習をするか……。」
夕食後はクラシック系の音楽をかけながら、ダンスの練習。サーケヒヤーは近代化が進んでいるので、レコードとプレーヤーが一般の店でも販売していたため、街へ買い物に行ったときにトーマの記憶をたどりながら、レコードを選定して購入してきたのだ。
ナーミも上達してきて、ようやく曲をかけながらの練習に入ったのだが、それらしく見えてくると上達がうれしいのか、練習にも熱が入ってきた。時間に余裕もあるので、夜遅い時間まで練習は続いた。
「ふぅー……。」
『ガチャッ』ダンスの練習を終えた後、軽くシャワーを浴びて部屋に入る。ダンスも結構な運動になるので、晩酌に飲んだ酒はすでに醒めている状態だ。酒好きの俺は、以前ならダンスの練習を終えた後にでも飲み直して、酔っぱらってから寝ようとしたのだろうが、今は酔いを醒ました状態で寝るようにしている。
なぜなら以前なら深酒をした後は、夢の中で絶世の美女が待っていてくれたのだが、今はもうない……というか、絶世の美女がトオルと分かってからは、彼女が部屋にいることはなくなった。
俺がトーマではないことが分かり一旦は離れた心も、クエストを通じて再度近づけたのではあるが、それでも彼女が現れることは、もうないだろうと考えている。
トオルの気持ちはどうかわからないが、仮に今この場に絶世の美女が現れたとして、俺はどうやって対応すればいいのか、悩んでしまうはずだ。もう以前のように、何も考えずに絶世の美女の体をむさぼるようなことはできそうもない。
だが、そうなるのが怖いから酔いを醒ましてから寝るように習慣を変えたというよりも、泥酔して部屋に戻った時にだれもいないのが怖いのだ。
『バスンッ』一人ぼっちの部屋に入り、明かりもつけずにそのままベッドへ横たわる。
酔って部屋に戻っても出てこなくなってしまった……そう考えることが怖いので、もう酔って寝ることはしまいと心に決めたのだ。酒は飲むが、酔いは醒ましてから寝る生活に切り替えた。
酔っていなければ、絶世の美女は出てこないのだ……そう毎日自分に言い聞かせている。
どうせ俺の正体を知られているので、そのうえで付き合ってくれとお願いすることも考えたのだが、やはりトーマではないため断られる可能性が高いし、どちらに転んでもチーム内の雰囲気を壊してしまいそうなので、もう少し様子見することにした。
少なくともエーミが大人になって彼氏でもできてからだな……玉砕覚悟でお願いするのは……。