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攻撃魔法と回復魔法

「そっ……そりゃそうだ……サートラは、カンヌールにあるサートラン商社の代表取締役だったからな。父親の会社とは言え、カンヌール国内ではトップの立場だから、毎日忙しく会社に通勤していたはずだ。」


 トーマと形式ばかりの夫婦という関係になってからもサートラは家事を一切せず、1日中城にいるトーマをしり目に、毎日朝早くから夜遅くまで会社勤めをしていた。


 城には多くの使用人たちがいたから、エーミの世話も含めてサートラがやることなど特にないのだが、それでも母親としてエーミの相手くらいはしたほうがいいと、寂しがっているエーミの代わりにトーマが何度も助言していたようだ。いうなればキャリアウーマンというわけだが、やりすぎだった……。


「うーん……そうじゃなくて……お仕事から帰ってきてからも……時々いなくなるの……夜中に目を覚ますと、ママがベッドからいなくなっていることが、何度もあった……。朝には戻ってベッドで寝ていて、あたしが毎日起こしてあげたんだけど……夜中にいなかった翌朝は、辛そうだったから覚えている。」


 ショウが首を傾げ乍らつぶやく……ナーミもトオルも俺の顔を見つめてくるが、俺は両手を前に出して、いやいやと首を振る。トーマのところへ行っていたわけでは決してなかった……まさか城の使用人と……ということも、絶対に考えられない。


「うーん……あの辺りは住宅街だから、夜中にどこかへ出ていくことはかなり難しい。深夜に乗合馬車なんか動いてはいなかったし、城の馬車はサートラが勝手には使えなかったからな。通勤には、商社から送迎の馬車が毎日来ていたはずだ。サートラが帰宅すると城門は閉めていたから、城から出ることはなかっただろう。


 うーん……何をしていたのか……手紙を出して、城の使用人たちに夜中のサートラの行動を知る者がいないか、調べてみるよ。


 まあ……外でタバコを吸っていただけとも考えられるしな……サートラがタバコを吸うところを見たことはないが、エーミのしつけが厳しかったから、吸っていたとしたら隠れて吸っていただろうからね。」

 とりあえず城に確認してみることを告げ、ショウの手前、心配しなくて済むように補足しておく。


「おおそうか……だが、こちらからの問いかけで用心されても困るから……直接本人たちに会って確認したい。そのほうが正直に答えているかどうかも、見た目で分かるからな。お前さんの処の使用人たちを疑うようで申し訳ないのだが、訪ねていったときに確認させてほしい。


 まあ、あまり人を疑うということは、やりたくはないのが事実だが……きちんと確認したい。


 それはそうと……エーミ……いや、ショウか……魔法の調子はどうだ?枯渇して治療した後、試してみたか?前と変わらぬ魔力を維持できているか?」


 トークがやさしい目で、ショウの方へ顔を向ける。マースの街中へ遊びに行くときは、エーミの格好のままで行かせたが、基本的に外出にはショウの格好をさせるのだ。どこで人買い連中に襲われるかわからないので、対抗できる魔法を使うにはショウの格好でいることがふさわしい。


 ミニドラゴンで空を飛ぶときも、魔法使いのローブは万一の場合にショウの体を守ってくれるからな。


「うん……魔法効果自体は前と同じくらいの威力のままだから大丈夫。それよりも、訓練でもダンジョンでもそうだけど、中級や上級の魔法をたくさん使っても、前よりも疲れが少なくなってるよ。


 ケーケーさんが言っていたように、一度魔力が枯渇してもきちんと治療すれば、前よりも魔力の量が上がるって言っていたけど、その通りだと思った……。」

 ショウが、ようやく笑顔を見せて答える。


「おおそうか……だが無理はいかんぞ……魔力が上がったといっても、その者のポテンシャルの範囲で、使える分が増えたにすぎん。厳しい特訓を課して意識的に魔力を枯渇させて治療すれば、簡単に魔力が向上していくと考え無理をして、魔力を完全に失えてしまった魔法使いや、霊力を失えた僧侶をたくさん知っている。


 毎日欠かさずに訓練していくことで、魔力は確実に向上していく。枯渇することによって一気に伸びるのは、体がより大きな器に変化したからだが、その分多くの負担をかけているはずだ。何度もやってはいけない。日々の訓練で、少しずつ着実に向上させていくことが一番だということを忘れないようにな……。」

 トークは笑顔でショウの頭をその大きな右手でなぜながら、やさしく話す。


「うん……わかりました……毎日の訓練は楽しいから……。」

 ショウも満面の笑顔を見せた。


「それよりも……僕も回復魔法を使えるようになりたいけど……この教会で何年も修業を積まなければいけないの?うちのチームは回復系の魔法を使える人がいないから、大変でしょ?」

 そうして突然ショウが、とんでもないことを言い出す……僧侶になるための修業をするというのか?


「おおそうか……ショウは偉いなあ……チームのことを思って回復系の魔法を覚えようと考えたわけだ。


 攻撃魔法を使えるショウが回復もできれば、そりゃあチームに貢献できるとは考えるが……残念だがそれは無理だ……魔力と霊力は混在できないといわれている。魔法使いが僧侶を兼ねることはできない。」

 トークがやさしい笑みを浮かべながら、右手でショウのほほを撫でる。


「もしそれが可能であるなら、何年間も教会で修業を積んだ僧侶に精霊球を持たせれば、攻撃魔法が使えることになるが、それはできないのだな……僧侶が精霊球をもって何年間も魔法の訓練を積んで呪文を唱えても、魔法効果は発揮できん。それどころか精霊球を首から下げているときには、回復魔法も使えない。


 魔力と霊力は相反する力と言われているが……枯渇したときの治療は全く同じことから考えると、同じ力を攻撃魔法に使うか回復魔法に使うか、使う個人が選択しているといえる。どちらも使おうとすると混乱して、どちらにも力は発揮できなくなる。どちらか一方しか選択できないといったほうが、わかりやすいかの……。


 要するに、攻撃魔法も回復魔法もどちらも生き物が持っている潜在的な力であり、その力を精霊が解釈して発揮すると攻撃魔法となり、修業した者が自ら念じて使うと回復魔法となるということだな。両方に振り分けることは出来ん……どちらかにしか使えないということだな。」


「えー……残念……。」

 ショウの驚くべき提案は、残念ながら否決された……よかった……これから何年間もレーッシュの教会で修業となると、簡単には会えなくなってしまうからな。


「ちなみに、お前さんたちのチームは全員が精霊球を持っているから無理だが、剣士とか弓使いなどが教会で修業して回復魔法を使うことはできるぞ。数年間もの間、修業だけの毎日になってしまうがね。


 その上効率が悪い……戦闘の最中に誰かが重傷を負っても、戦闘員は魔物相手に忙しいから、重症の仲間を放置しなければならない。


 もしすぐに治療に当たれば、その分魔物からの攻撃が激しくなり、チームが全滅してしまう恐れがあるからね。とりあえず魔物たちを制圧して落ち着くまでは、戦闘員は攻撃をやめるわけにはいかないのだ。」

 トークが今度は、剣士や弓使いが回復魔法を取得した場合の難しさについても説明してくれる。


「さらに僧侶であっても、自分の治療は行えない。治療というのは、僧侶が持つ治癒力……霊力だな……それを患者に与えて治癒力を高めて回復させるものだからな……傷ついて体力が落ちているものの治癒力を自分に与えたところで、プラマイゼロにしかならんから回復することはない。


 僧侶が戦って傷ついてしまったら、今度はそいつを治療するメンバーが必要となる。つまり戦闘員が回復魔法を使うチームは、複数の回復魔法を使うメンバーが必須となるのだな……僧侶になるには何年もの修業が必要だから、大体のチームはそんな無謀なことはしない……。


 僧侶として戦闘に参加しないメンバーを加えるわけだな……そのほうが効率がいいわけだ。だが、僧侶だって戦闘の最中に役に立つこともあるのだぞ……修業したりダンジョンに潜って回復魔法を使うことにより経験を積み、僧侶としての位が上がっていけば障壁という魔物の攻撃を防ぐ壁を1時的に作れるようになる。


 その力をもって、激しい戦闘時でも重症患者を治療して、戦線に復帰させるわけだな……。」

 トークが僧侶の役割を得々と説いてくれる。ううむ……やはり僧侶は僧侶として、メンバーに加える必要があるということだな。


「まあ、うちのチームは攻撃主体のチームだから僧侶はいないけど、みんなが傷つく前にボス魔物を倒してしまえればいいのさ。そういう意味ではショウの魔力が向上したというのはありがたいが、無理はしてはいけないということだね。トーク……ありがとう……。」


 トークに礼を言う。回復系というないものねだりをしても……何とか修業で……と考えてもダメなものはダメのようだ。それなら何とか戦法で、少しでも消耗を少なくして敵を倒せるようにするしかない。


「まあ、俺ができることなら何でもやらせてもらうつもりだ……何せお前さんたちは、俺の家族ともいえる親友の、カルネゆかりのものたちだからな……俺にとっても家族といえる間柄だ。


 なんでも遠慮せずに言ってくれ……できることは何でもやる……今日は泊まっていくんだろ?部屋を準備させるから、ちょっと待っていてくれ……まあ、教会だから宿舎の大部屋で雑魚寝になるけどな。


 おーい、ちょっと来てくれ……。」

 トークが人を探しに、祈祷室から出ていった。


「今日は泊まっていくことになるな……これからだと明るいうちには浮島までつけそうもないからな。向こうにだれもいないので、輝照石で空を照らして目印にすることもできないから、真っ暗闇だと危険すぎる。


 うーん……キーチ達から頂いた干物類は、ほとんど前回来た時にここに置いていってしまっただろ?後は、ダンジョン内の魔物肉だが……。」


「大丈夫です……ウナギとザリガーニが、冒険者の袋の中にたくさんありますから……。」


 すぐにトオルが、トークの後を追って祈祷室を出ていった。泊まりに来たのに、やはり手ぶらというのも気が引けるからな。手土産代わりのウナギは誰にでも喜ばれるだろう……結構手こずったが、水系ダンジョンを多めにやるのもいいな。



 トークも参加して、日課のトレーニングをする……と言っても司教であるトークは、ショウやナーミの訓練の様子をただ見ているだけだ。それでもナーミの正確な矢の射撃や、ショウの魔法効果の大きさには驚いていた。どちらも、トークがこれまで見たどの冒険者よりも、はるかにすごいと絶賛して大拍手。


 これこそが、親の欲目というものなのだろうがな……。


 この日の晩飯は、もちろんウナギのかば焼きとザリガーニの素揚げだった。トオルとナーミとショウが手伝って、教会の牧師たちや併設の孤児院の子供たちの分までかば焼きにしてやり、大好評だった。寝る時にはショウもエーミの姿に戻るので、トークも喜んでいた。



 翌朝、名残惜しむトークに別れを告げ、教会を後にする。ミニドラゴンの背に乗り、川沿いを西へと向かい、浮島の住居についたのは夕方になってからだった。日々のトレーニングを行い、シャワーを浴びてから食堂へ向かうと……なんとそこには夢の中に出てくる絶世の美女が立っていた……いや……トオルだ。


「皆さんにお話がございます。」

 ナーミとエーミもテーブル席につかせ、俺たちの前で美女姿のトオルが話し始めた。


「今までだましていて、ごめんなさい。私……トオルこと、ダーシュは女です。


 女ばかり姉妹の末っ子である私は、生まれた時から男として両親に育てられました。両親が仕える伯爵家の跡取りである、トーマ様のお付きとなるためです。そうしてロースクールに上がるころには擬態石を使って、男の子の姿で人前ではずっと過ごしておりました。


 女であることを捨て、男として生きてきたわけですが、それを嫌だとか不幸だとか思ったことは一度もありません。なぜなら尊敬するトーマ様の一番お近くに、ずっといられるからです。


 トーマ様がたった一人でお城を出て、冒険者になるとおっしゃったときは驚きましたが、もとより一生お側にお仕えすると誓った身、嫌がられても離れずついていき、そのうちに行動を共にすることを許していただけるようになりました。


 チームメイトという、立場は多少変わってしまいましたが、私の気持ちは以前のままです。このお役目を将来にわたって貫いていく所存……でした。これまでも……そしてこれからも、そのつもりでした……。」

 ゆっくりとした口調の、トオルの言葉は続く……


「ですが私も人間です……女です……人を好きになるという感情までを、押し殺して生き続けることは難しいのです。かといって、お付きとして仕える役目を放棄することはできません。少なくとも、当面は無理と考えております。


 今後何年か経って、私の考え方やトーマ様……ワタルの考えが変わってくるようなことになれば……その時には自分の気持ちに素直に行動を移したいと考えております。


 それまでは……今のままの関係で……あくまでも男のトオルとして、皆さんとはお付き合いさせていただきたく考えております。女の姿を御覧にいれるのは、本日限りの所存です。どうか、お許し願います。


 ですがワタルへの思いに変わりはありません……あきらめるつもりはございませんので、その点は心に止めておいていただくよう願いいたします。」


 そうしてトオルは深々と頭を下げる。トオルが女であることに気づいているナーミの手前、トオルと俺との関係を、このままうやむやにしておくわけにもいかないので、俺の正体を隠したうえで関係修復したということの言い繕いを、何とか考えたのだ。ナーミの勘違いをベースにさせていただいた。


 昨日、教会で訓練後に男性用シャワー室でシャワーを浴びているときに、トオルとこっそり打合せしておいたのだ。だが……途中までは俺の作った台本通りだったが、途中からはトオルのアドリブだ。


 だが……考えが変わるも何も……トオルにも言ったが、俺が今どうしてトーマの体に入っているのかわからないのだ。いつ戻るのか、このままなのか……そもそもトーマは切腹して果てたのだから、生き返らないのではないのか?と何度も反芻しているが、結論は出ない。当面、気持ちの整理はつかないだろう。


「ええー……トオルさん……女の人だったんだー……女っぽいとは感じていたけど……ふうん……パパのこと好きなの?パパは、エーミのパパなんだからねー……。」

 トオルの言葉を聞いて、エーミはおもいきりほほを膨らませる。


「へえー……一度は振ったけど……立場上ね……。そうしてこの先は、気持ちが変わるかもしれないと……だから宣戦布告ってわけね……いいでしょう……受けて立つわ。

 ショウ……じゃない、エーミも頑張らなきゃいけないわよ……。」


 エーミはともかく、ナーミまでなぜか嬉しそうに腕まくりした……ううむ……なんか変……。


 この日の晩飯は、男一人に美女一人と美少女2人でだった……見た目は華やかだが、目のやり場に困るくらいどっちを見てもドキドキして、更にみんな優しく微笑みかけてくれる。緊張しすぎておいしいはずの料理の味がしなかった……。


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