戦い終わって
「うん……ここは?」
気が付くと、そこは真っ暗な世界だった……いや……目の前には星の光と、首を少し回すと少し先には炎の明かり……うっすらと虫の音が聞こえるから恐らく外で、しかも夜だ……。
「あっ……パパ……気が付いたんだー……よかったー……。」
起き上がろうとしたが両手が自由にならずに動けない……もがいていたら聞き覚えのある声が聞こえてきた……エーミの声だ……。
「ああショウか……パパはどうしちゃったんだ?」
「うん……パパはトオルさんを助けようとして、オオサンショに踏みつぶされてしまって……。」
ショウが、俺の顔を覗き込んで答えてくれる……ああ……あのときか……オオサンショに踏みつけられそうだったトオルの体を何とか突き飛ばすことはできたのだが、代わりに俺が強烈な一撃を食らってしまった……。
恐らくあおむけで寝かせられているのだろうが、どうにも体が動かない……まさか当たり所が悪くて全身まひとかか?
「ワタルっ……ワタル……大丈夫ですか?本当に申し訳ありません……私がばかでした……ワタルはいつでも私のことを大切に思ってくれていて、私のことを守ってくれていたのに……ワタルー……。」
すぐにショウを押しのけて、トオルがやってきて俺の体に縋りつく……触られている感覚はあるのだから、まひとか神経が切れてしまったわけではなさそうなのだが、どうにも体が動かない……一体どうしたのだ?
それに、ここはどこだ?
「あっ……あの……俺はどうなっているんだ?」
「ワタルー……ワタルー……」
トオルは泣いてすがっているだけで、俺の問いかけには答えてくれそうもない。
「たいへんだったのよー……あのあと……」
マグカップを手に持ったナーミが、俺の顔を覗き込んできた……食後のティータイムだったのかな?
半日ほど前……ボスステージ
「大炎玉!」
『ボワワァッ』『タタタタッ』オオサンショの顔めがけショウが巨大な火炎の玉を発射して、すぐに駆け出す。
『ジュボワァーッ』オオサンショは全く動じることなく、大きな口を開いて強烈な水流で火炎の玉を消滅させた。
「大炎玉!」
『ボゴワアッ』同時に背後に回ったナーミが、巨大な火炎をオオサンショに向けて発すると『ドーンッボワワァーッ』しっぽから背中にかけて、オオサンショの体が炎に包まれた。
「さっ……トオル!今よ!」
「あっ……ああ……そうですね……超高圧水流!」
『ブシュワァーッ……タッ』『ドッゴォォーンッ』ナーミに促されトオルが水圧の力を使って大ジャンプし、鎮火したばかりのオオサンショの体の上に飛び乗ると、両足を踏ん張り両手で思い切り銛をオオサンショの背中に突き立てる。
『タタ……シュタンッ』「さっ……ショウ君、お願いします。」
「うんっ……雷撃!雷撃!雷撃!」
『バリバリバリッ……ドーンッドンッドッゴンッ』トオルが飛び降りると同時にショウの雷撃がさく裂。
『プシュー……』突き刺さった銛部分が白煙を上げ、オオサンショは動かなくなった。脊髄に突き刺した銛に雷の電撃が加わったのだ。強烈な致命傷となっただろう。
「やったわね……作戦成功……さっ……精霊石を回収して帰りましょ……。
あれ?そういえば……ワタルはどこへ行っちゃったの?」
ナーミが辺りを見回すが、ワタルの姿はどこにも見られない……。
「ボスを倒したから、先に出ていったのではないのですかね?」
トオルはナーミの方へ振り向こうともせずに、オオサンショの体をまさぐっている。
「えー……まさか一人で勝手に帰っちゃったなんてことないはずだけどなー……まあまずは精霊球よね。」
ナーミが動かなくなったオオサンショの胸元を覗き込む……B級以降のダンジョンでは大抵の場合、精霊球はボスの頭部や胸のあたりに入っている場合が多いのだ……。
「うん?こんなところに兜が転がって……えっ……ワタルの兜……?ちょ……この下……?」
ナーミが慌てて、オオサンショのその巨大な体の下辺りを、くまなく探し始めた。
「ナーミさん……オオサンショの後頭部に水の精霊球がありましたよ。」
『シュタッ』オオサンショの胸部分を探しているナーミの頭上から、トオルが降りてきて告げる。
「そんなことより……ワタルが……ワタルが恐らくオオサンショの下敷きになって……。」
「えっ?」
「ええっ?……さっきトオルさんが落ちてきたときに、オオサンショに踏みつぶされそうになって、パパが飛んで行ってトオルさんを突き飛ばして助けたんだよ……その後どうなったか、僕は影になって見えなかったんだけど、トオルさんと一緒にいると思っていたのに……パパがオオサンショにつぶされてしまったの?パパーっ!」
すぐさまショウも駆け寄ってきて、オオサンショの体の下を覗き込みながら叫ぶ。
「うーん……この右前足のあたりに……。」
ナーミがオオサンショの右前足部分が少し浮いていることを見つけるが、柔らかいオオサンショの体に埋もれてしまい、はっきりと確認できない。
「よいしょ……みんなも手伝って……少しでもオオサンショの体を持ち上げて……。」
「わかりました……よいしょ……。」
「パパ頑張って……よいしょ……。」
「重すぎてだめだわ……仕方がないわね、オオサンショの体を解体するしかなさそうね……とりあえず焦げて粘液がなくなった後ろ側からばらしていくのよ……ほらっ……トオル……急いで!」
『ジュバッズザザザザザー……』その凄まじいまでの巨体は、3人の力では到底持ち上げられそうもないため、ナーミはトオルの長刀でオオサンショの体の解体をするよう指示する。『ズザッ』『ズバッ』ナーミとショウも持っている短刀で、オオサンショの皮を後方から切り刻んでいく。
「いました、急いで引っ張ってください……。」
『ズルズルズル……』
「パパー……大丈夫?」
そうして、ようやくワタルの体を発見し、オオサンショの体の下から引っ張り出したのは、30分以上経過してからだった。
「ワタルっ……大丈夫ですか?しっかりしてください!ワタル!」
トオルがワタルの体をゆすって起こそうとするが、ワタルはぐったりとしたまま動かない。
「うーん……すごく弱いけど、息はしているみたいだけどねー……気絶しているのかな?」
ナーミがワタルの口元に手を当てて様子をうかがい、鎧の小手を外した。
「脈も、ちょっと弱いかなー……ゆっくりだねー……。」
そうしてワタルの手首に自分の指をあてて、ナーミが少し難しい顔をする。
「ワタル……回復水を飲んでください……回復水……。」
トオルが回復水の竹筒を取り出し栓を抜いてワタルの口に当てるが、意識のないワタルは飲もうともしない。
「仕方がありません……口移しで……ぐびっ……」
トオルは竹筒から回復水をあおり、そのままワタルと唇を重ねた。
「ごくん……」
「あっ……飲んだみたいね……。」
「ワタルっ……大丈夫ですか?」
すぐにトオルが声をかけるが……ワタルはじっとしたまま動く様子がない。
「もっと回復水を……ぐびっ」
「ごくん……ごくん……ごくん……」
トオルが何度も口移しで回復水一本をワタルに飲ませたが、目を覚ます様子は見られなかった。
「でも、さっきよりも息ははっきりとしてきたから、このまま休ませておけば、気が付くんじゃない?回復水で、傷も治るでしょ?みたところ、鎧自体はつぶれたりはしていないみたいだから、踏みつけられた時の衝撃と、兜が脱げたから頭を打ったせいだと思うのよ。
呼吸も脈も強くなってきたから、大丈夫なんじゃないかな……このまま様子を見ていればいいんじゃない?」
ワタルの容体が安定してきたようなので、ナーミもほっとしている様子だ。
「そう……よかった……パパは大丈夫だね?」
「いけません……すぐにお医者様に見せなければ……はっ……そういえば……ケーケーさん……。
ナーミさん……スースーさんたちに連絡は取れませんか?ケーケーさんに治療していただきましょう。」
トオルはワタルの体を抱きあげると、歩き出した。
「ちょ……どこへ行くのよ……スースーの家なんか知らないわ……あたしはギルド以外であったことないもの。それに、向こうだってダンジョンに行っているかもしれないし、連絡なんて取れないわよ……。」
ナーミが慌てて、ドームから出ていこうとするトオルを止める。まだ、特殊効果石だって、ドーム内のどこかにあるかもしれないのだ……それらを探してからのほうがいい。
「わかりました……じゃあこれから家まで戻って、ダリハネス司教の教会まで連れて行って治療していただきましょう。急がないと手遅れになる恐れがあります。」
トオルは意識のないワタルの体を背に担いで、ドーム出口の洞窟へ急ぎ足で向かった。
「ええー……これから行くの?泊りになるわよー……。」
「えっ……パパは……パパはそんなに悪いの?死んじゃうの?」
「大丈夫よ……多分気絶しているだけ……トオルが大げさなだけよ……。」
ナーミはショウをなだめながら、仕方なくダンジョンを後にした。
今……どこかの郊外
「それで……ギルドでクエストの清算もしないで、モーターボートで直接浮島まで戻って、そこでワタルの鎧を脱がせて、包帯で体中をぐるぐる巻きにしてから寝袋に包んで、ミニドラゴンの背の席を向かい合わせにして、その間にワタルを乗せてロープで縛って飛んできたの。
暗くなったから、どこかよくわからないけど平原に降りて野営しているってわけ。トオルが何度も口移しでワタルに回復水を飲ませていたから……それで……多分治ったと思うのよ……」
ナーミが、俺が気を失ってからのあらましを簡単に説明してくれた。
「それでか……俺の体が動かせないのは、包帯でぐるぐる巻きにしているからだな?悪いが、包帯を解いてくれないか?もう意識もあるし大丈夫だ……どこが痛むも何も、これだと全くわからない……。」
「えー……あたしは無理よー……だって……ワタル……裸だもの……全部脱がされて、それから包帯巻かれていたから……。トオルにやってもらって……あたしたちはちょっとここを離れるから……ショウ……ちょっと散歩に行きましょ……。」
「えっ……?えっ……?」
ナーミが少し引き気味に答え、ショウの手を無理やり引いて暗闇の中を歩いていった……。
「ワタルっ……よかった……ワタル……。」
俺とナーミの会話をよそに、トオルは俺の体にしがみついたまま、ずっと俺の名を呼び続けているようだ。
「トオル……悪いけど、包帯を解いてくれないか?」
「えっ……でも……ワタルはオオサンショの下敷きになって大怪我を負いました。ダリハネス司教に診てもらってからでないと……。」
トオルは俺の顔を覗き込みながら、小さく首を振った。
「いや……多分大丈夫だ……回復水を飲ませてくれたんだろ?もう元気になった。ありがとう、トオルのおかげだ。それで……俺の上半身だけ包帯を外してくれないか?後は俺が自分でやる……俺は裸と聞いているが、下着は……持ってきてくれているか?」
ずっと泣いていたのだろう、瞼を晴らして悲しそうな顔をしているトオルにお願いする。
「わかりました……でも、ダリハネス司教の診察は受けてください……骨でも折れていたら大変ですから。」
「ああ……わかったから……いい加減に自由にしてくれ……頼む。」
「わかりました……本当に申し訳ありませんでした。ワタルはいつも私の身を案じ、命を救ってくださいました。最初のクエストでタームという盗賊に殺されかけた時も、人買いの銃弾に倒れた時も、ワタルはまず第一に私のことを考えてくださいました。
それなのに……私は……本当に愚かでした……申し訳ありません……あなたがトーマ様でもワタルでも、どちらであろうと、私にとってはとても大切な御方なのに……どうしてそんな簡単なことが分からなかったのでしょう……。本当に……本当に……」
トオルが俺の体をぐるぐる巻きにしている包帯を解きながら、何度も何度も謝り続ける。
「トオルが謝るなんておかしいよ……俺が勝手に冒険の旅に出ていくと言い出した時に、どうしても一緒に行くってトオルが言い出して、本当はうっとおしい奴だと最初は思っていた。
しかし2人きりで野宿しているときだって、いろいろと教えてもらい助けられたし、ダンジョンの中ではいつも助けてもらった。そもそもタームのときだってスートが俺を背後から狙ったのを防いでくれたんだし、人買いの時だって俺のことをかばって銃弾に倒れたわけだからな。
トオルこそ俺のことを一番に考えてくれて、助けてくれていたじゃないか。それが、トーマのためだったということも俺は理解している。だからこそ辛いんだが、それは仕方がないとも考えている。俺はトーマではないしトーマにはなれない。だけど、そのうえでお願いしたい……これからも……ずっと一緒に……。」
『ガバッ……』最後の俺の言葉が出る前に、トオルがぎゅっと強く抱きしめてきた……。そう……トオルはいつでも俺のことを助けてくれていた……だからこそ……