セーレ、セーキ姉弟
まさか俺が転生したことを打ち明けても信じないだろうから、トーマが近衛隊隊長になってからの俺が知り得たことを、なぜ王子が襲われることになったのかとか黒幕は誰かとか、ダーネがどのようにかかわっていたのかなど、分らない点は分らないと正直に話し、それ以外はほとんど隠さずに打ち明けた。
「おお、そうか……カンヌール国の王子が襲われて負傷し、継承の儀が中止になったということはこちらにも伝わってきている。その責任を取らされて切腹させられ、それであろうことか生き返っただって?
その後、自分に降りかかった嫌疑を晴らしてから、すべてを売り払って冒険の旅か……ふぅっ、ずいぶんとユニークな生き方をしているな。
新人冒険者としてはかなり年が行っているが、精霊球をもっているわけだな?それが役に立つと……。
いいだろう、俺たちのチームに入れてやろう。
路銀が心細いんだろ?これからダンジョンに行ってクエストだ、ここで待っていてくれ。」
なんだかあっさりと納得してくれて、しかも一緒のチームに入れてくれることになった。さすがカルネの元チームメイトだ、カルネに言われた通り頼りになるな。なんでも隠さず正直に話したこともよかったのだろう。
セーキは席を立つと、俺たちに待っているよう指示をして一人待合室を出ていく。
扉の隙間から行動を眺めていると、ホールの壁に張り出された掲示をしばらく眺めていたが、そのうちの1枚の紙片を取り外すとそのまま大股で受付に歩いていくのかと思ったら、トイレに向かったようだ。
「カルネは引退してからどうしてたの?その時の話を聞かせてくれないかしら。」
何もすることはないのでセーキの動きを待合の席に着いたまま眺めていたら、セーレにカルネのことを尋ねられた。18年も前に分かれたわけだからな、その後の話は聞きたいところだろう。
「ああ……カルネは冒険者を辞めても訓練だけは欠かしたことはなかった。トーマ(……じゃなかった)俺の剣術指南のほかに、毎日必ず4時間は訓練と称して、いろいろなことをしていたな。おっ……俺も一緒にやろうとしたんだが、到底ついていけないレベルで、すぐに根を上げた。それから……」
危ない危ない……どうしてもトーマのことを話そうとすると、1人称にならない時がある。トオルとの会話はワタルで通せるからいいのだが……とりあえず、トーマの記憶にあったカルネのことを、個人情報もあると思うので、あたりさわりのない部分だけ抜粋して話してやることにした。
「ようし、じゃあ出発するぞ、ここから近い場所だから、今から行っても夕方には帰ってこれるだろう。
クエストの設定クラスはC+級だ。受付嬢から俺の所属クラスよりレベルが低いようですが、お間違いではありませんか?なんて聞かれちまったが、問題ない……新人が入ったものでね、彼らのレベルに合わせたクエストをこなしてみると回答したよ。準備はいいか?」
セーレに昔話をしていると、セーキが笑顔で戻ってきた。
彼らは冒険初心者の俺たちのために、レベルが下のクエストを申請してくれたようだ。
18年も冒険者をやっているんだ、彼らはA級かな?カルネ並みのS級だったりして。
「はっ……はい、ちょっと待っていてくれ。」
あまりにもとんとん拍子で事が進んでいくため、準備などできてはいない。
急いでトオルと2人で道具屋へ駆け込むと、回復水と弁当を一つずつ購入した。
ダンジョンは村の裏手の小道を山の方へ登っていくそうで、馬車は使えないというので徒歩で進む。
「よし、着いたぞ。」
なんとまあ、村から30分歩いただけで、ダンジョンへ着いてしまった。確かに近い。
丘くらいの小山の一面は草木が生えておらず地面が露出していて、その前を頑丈そうな鉄の格子状の柵で囲まれていて、扉には大きな南京錠が……かなり厳重だ。
柵の横には<ダンジョン危険!近づくな>と30と書かれた立て札がたてられていた。
恐らくここが目的のダンジョンで、数字はダンジョンの識別番号だろう。
「もう昼だからな、ダンジョン内では食事なんかできない場合もあるから、ここで済ませちまおう。
この辺りは村に近いから、魔物もダンジョン以外で襲ってくることはないから安心して食事ができる。」
セーキの指示で、ダンジョン前で昼食となった。見た目は若いが、初心者である俺たちのことに気を使ってくれている。やはり頼りになるなあ。
「これを飲んで、温まるわよ。」
食べ始めると、セーレが紙カップに入れた飲み物を持ってきてくれた。手に持つと温かい。火を起こしたわけでもないのに、不思議だな……でもいい香りがする……お茶か何かかな?
「ああっと……ワタル!危ないっ!」
お茶をすすろうとしたら、突然隣で弁当の包みを開け始めたトオルから、ほほに平手打ちを食らい、『バッシャーンッ』その衝撃でコップごとお茶が地面に落ちる。
「ああっ……申し訳ありません、大きな虫がコップに入ろうとしたのが見えたもので。」
トオルが恐縮して深く深く頭を下げる。
「謝るやつを間違えているよ、セーレに対して謝れ!」
折角の好意を台無しにして……虫が入っちゃさすがに飲めないから仕方ないとはいえ、ちょっと失礼だ。
「申し訳ありませんでした!」
トオルは叫ぶような大声を出すと、腰を深く折って詫びる。
(彼らのことをまだよくわかっておりません。食べ物や飲み物など、出されても断ってください。)
同時にトオルが小声で耳打ちをする。そんなことを心配していたのか、ちょっと疑い深すぎる気もするが、忍びという職業柄、仕方がないのかな?
「いいのよ、気にしないで……お茶はこぼれちゃったわね。」
見るとトオルに渡されたカップも地面に落ちていた。虫を見てよほど慌てた……という設定だろうな。
「はっ、本当に申し訳ありませんでした。我々は水筒の水を飲みます。」
トオルが腰から下げている水筒の水を飲み始めたので、俺もしぶしぶ自分の腰から水筒を外した。
せっかくいただいたお茶は地面に飲まれてしまったのだから、仕方がないな。
「よし、腹も満たされたから、ダンジョンへ向かうぞ。
職業は剣士と忍びで、剣士は前衛で忍びは中間位置が適正配置だ。
俺は拳法家だから前衛でセーレは弓矢使いだから後衛となるのだが、初めてチームを組むわけだ。
腕前を見せてくれというのもおこがましいのだが、これから同じチームでやっていく仲間の実力を知っておく必要性がある。だから、2人とも前衛をお願いする。
いくら免状を持っているとしても初めてのダンジョンで、しかもいきなりC+級というのは少し荷が重いかもしれないが、危なくなったら俺とセーレが補助に入って助けてやるから、まずは2人の実力を見せてくれ。
自由に戦ってくれて構わない。精霊石を使った魔法も見せてくれたほうがいいな。」
ギルドの受付から預かってきたのだろう、セーキが南京錠を解錠して皆が柵の中に入ったところで、本日クエストの目的を告げる。まあそうだろうな、実力を推し量ってみて、それから同じチームに加えるか、はたまた別なチームに紹介してくれるかするのだろうな。
「わかった、俺たちの実力を見てくれ。決して期待外れといったことはないはずだ。」
トーマの培ってきた剣術の腕には自信があった。それに俺が考えている魔法の力が加われば……。
「じゃあ出発だ。」
俺とトオルを先頭に、土壁に向かって進んでいくと、真っ暗だった。
『ボワッ』すぐに後方のセーキが松明に火を灯すと、目の前は洞窟の中だ。輝照石の出番はなさそうだな。
『バサバサバサバサッ』数メートルも歩くと、すぐに大きな羽音がして何か飛んでくる。
『シュッシュッシュッ』『ドサドサドサッ』すぐに横を歩くトオルが反応し、クナイを投げつけ敵は地に落ちる。
「あれ?ホーン蝙蝠だ。森の中の洞窟だから、こんな魔物も出てくるんだな。」
地面に落ちた魔物を確認すると、おなじみのホーン蝙蝠だった。
「ホーン蝙蝠は、C+級になって初めて出現する魔物だ。超音波を発して聴覚を犯して平衡感覚を狂わせる。
術にかかると、立っていられなくて気絶してしまう場合もあるから気をつけろよ。」
後ろからついてきたセーキが解説してくれる。へえ……これがC+級なのか?
クナイでも倒せそうだが、精霊球を使った魔法も見たいと言っていたから、後でトオルに水弾を試させるとするか。役に立つということをアピールしなければいけないからな。
「次の角を右に回るんだ。ダンジョン内は迷路のようになっているから、迷ってしまうと同じところをぐるぐると何度も回ることになり、魔物たちに襲われ放題で、レベルに余裕があってもしまいに体力が限界にきて倒れてしまう事になりかねんから気をつけるようにな。
慣れた奴が先導して、分岐のたびに通った道かどうか判断しながら進む必要性がある。」
不慣れな俺たちに道順まで指示してくれ、さらに注意事項を伝授してくれる。さすがに親切だ。まあ、この辺のところはカルネからしっかりと聞いていて熟知しているのだが、折角の好意なんだから頷いておく。
ホーン蝙蝠の死骸からクナイをトオルが回収し、また2人で先頭に立って歩きだす。
ホーン蝙蝠の死骸を持っていくことは、はしたないと思い、やめさせた。
『ドッドッドッドッ』洞窟内に響き渡る地響きとともに、奥から真っ黒い塊が近寄ってきた。
目を凝らせてみると、ブラックゴリラの群れだ。6匹はいるな……普段はすきを窺って忍び寄る魔物も、数を頼りに一気呵成に攻めてくるというわけか。
「ブラックゴリラの群れだ!あの圧力でやられたらひとたまりもない、前衛は体を張ってまずは防御だ!」
すぐに後衛のセーキが叫ぶ。群れはすぐ目の前だ、後ろのセーキも身構える。
俺は落ち着いて精霊球を握ると、人差し指を立ててから戻し、もう一度人差し指を立てる。
「地震!」
それから大声で叫ぶと、『グラグラグラグラッ』『ドタッ』『バタッ』ブラックゴリラが駆け寄ってくるちょうどその地面が大きく揺らぎ、何匹か突然の出来事に対応できず、バランスを崩して倒れる。
「どりゃあっ!」
すかさず駆け出し、『バシュッ』『バッシュンッ』『スッパン』よろけている3匹を斬り捨て、『ズゴッ』『ズボッ』『ズズッ』更に地面に倒れ伏している残り3匹を剣で突き刺し始末した。
「おっほー……すごいな。あのブラックゴリラの群れをたった一人で。さすがカルネに仕込まれただけのことはある。
だが、ちょっと不思議だな……魔法というのは精霊球に欲しい魔法効果をはっきりと告げる必要があるはずだ。そのために呪文の詠唱が必要なわけなんだが、呪文を唱えていたか?」
地面に転がる屍を眺めながら、セーキが歓声を上げるとともに、少し不思議そうに首をかしげる。
「そりゃあもちろん、唱えていたさ。呪文を唱えないと魔法効果は得られないだろ?俺はかなり早口なんだ。」
いぶかしがるセーキに対して明るく笑顔を見せる。
精霊球を手に入れてから毎晩魔法の特訓をしているのだが、呪文を発するときに指を1本立てたり2本立てたりしながら唱えていた。最初の指は精霊球の種類を指すことにして1本は地の精霊球だ。
次の1本は地震の呪文の時で、崩落の時は2本で……と言うように使い分けを繰り返した。
要するに、どの精霊球にどの魔法効果が欲しいのか、あらかじめ知らせればいいはずなので、身振りで何とかならないかと考えたわけだ。どうしてこのようなことを考えたかというと、はっきりと声を出して伝えれば精霊球が反応するというのであれば、持ち主以外の誰が唱えても魔法効果が得られることになってしまう。
敵側が唱えると、その魔法効果は誰に及ぶのか?といった疑問が生じるわけだ。
魔法は知能が高い魔物も使うと言われているが、もちろん奴らは人間語は話せないはずだし、言語があるかもわからない。それでも魔法効果は思い通りに得られるわけだから、ようは意思を伝えることができればいいと判断したわけだ。
精霊球を握る指の動きで目的を判断してくれるよう繰り返し行い、途中からは呪文を省略して最後の地震とか崩落の言葉だけを唱えてみた。
期待する魔法効果が得られた時は喜んで見せ、魔法が発せなかったり違う効果の場合はがっかりしたり怒って見せた。それを繰り返していると、長い呪文を省略しても、なんとか魔法効果が得られるようになってきた。
要するにパソコンキーボードのショートカットキーの割り当てで、呪文を短縮するという考え方だが、実現できたのはペットの犬に芸を仕込むときの要領で、根気よく繰り返して行えば通じあえたというわけだな。
今のところは4種類の魔法だけだが、まずはこれだけあれば十分だ。
もちろんトオルにも同様のことをやらせているが、セーキたちにはまだこの辺のことは秘密にしておこう。
あとで種明かししたほうが、より効果的というものだ。
「ふうん……じゃあ、まあ先へ進むとするか。まだまだ先は長いぞ。」
セーキは少し疑っているようだが、それでも何事もなかったかのように、先へ進むよう指示を出した。
『ダッダッダッダッ』暫く進むと、またもや地響きが聞こえてきた。
またブラックゴリラの群れか?と思って目を凝らすが、黒い集団はみられない。
『ダダダダダッ』それでも地響きは近づいてきて、茶色い影が一直線にこちらに駆け寄ってくるのを確認。
速い!魔法が間に合いそうもないので剣を構える。恐らくトオルのクナイが足を止めてくれるだろう。
『ガツンッ……ズバッ』と思っていたらすでに敵は目の前で、魔物の鼻先めがけて剣を突き出して構え受け止め、びっくりした魔物がひるんで後ろに撥ねたすきに、真上から胴体を真っ二つに斬り捨てた。
『バッシャーンッ』魔物がその場に崩れ落ちる。よく見ると猪系の魔物のようだ、猛進イノシシだな、カルネから聞いていた。突進力がすごいわけだ。
『ボゴッ』『シュッ……ズボッ』後方で鈍い打撃音がしたすぐ後に、俺の脇をかすめて矢が飛んできて、魔物のすぐ横の地面に突き刺さる。今頃援護射撃か?しかもトオルのクナイではなく矢だ、恐らくセーレのだろう。
トオルだって攻撃してもいいはずなのに、何をさぼっているのだ?
別に交代で対応するって決めたわけでもないし、交代なら今度はトオルの番のはずだ。
そう思いながら振り返ると、人が倒れていた。さらにその奥では……