新生活
「へえ……本当に大きいのね……家も……やっぱり大きい……。」
ミニドラゴンの客車の座席は4人掛けなのでトオルには留守番をしてもらい、レーッシュまでミニドラゴンで飛んでいき、エーミとナーミとミーミーとケーケーを乗せてマースまで戻り、街から数キロの地点でケーケーたちを下ろしてから浮島へ直接降りた。
浮島ではトオルが輝照石で上空を照らし目印にしていたので、日が落ちてからでも目標となり、迷うこともなかった。自宅の浮島は便利だ……。
「トークはもう大丈夫とは言っていたが、痛いところとかないか?明日から冒険に行けそうか?無理はしなくても大丈夫だぞ……。」
歩けるようにはなったが、なにせ丸々2日以上も寝ていたのだ……自宅療養が必要なら、当面冒険は休みということになる。まあ、王宮からの報奨金は十分すぎるほど残っているからな……。
「うん……もう魔法も使えるって言っていたし、食事も普通で構わないって……。
ナーミお姉さんと一緒に、トークおじさんにカルネパパの話をたくさん聞いた……。すっごい冒険者だったんだね……でも……エーミはパパだって、すごいと思うよ。」
ううむ……カルネに申し訳ない……天国のカルネは焼きもちを焼いているだろうな……。
「おじさんも……トークおじさんも、パパの死を怪しんでいて……今でも調べているって言っていたのよ。でも……ワタルを疑っているわけじゃないわよ……パパ以外で、あんな原因不明の病で死んだ人はいないんだって……絶対に何かあるはずって言っていたわ。」
ナーミが深刻な顔で告げる。
「うーん……そうは言ってもなあ……。」
カルネの死に関しては、トーマも随分と疑っていたが、結局何も出てはこなかった。なにせ毎日トーマと一緒に過ごして、トーマと同じものを食べていたのだからな……それはもちろんトーマの家族に加え、エーミやサートラたちとも同じものを食べていたということだ。
その中でカルネだけが発病して、そうして死んでいったのだ……偉大な冒険者としてすでに伝説となっていたし、あらゆる病気や毒物に詳しいはずのカルネが、自分の身に降りかかっている病に全く対応できないでいた。
すぐ近くにいたトーマですら分からなかったことを、離れて暮らしていたトークたちが調べるなんて、いくら超一流の冒険者だったといっても、それはずいぶんと厳しい状況だろう。
「まあ何か少しでも疑わしい点が上がれば、こっちでも色々と協力できるかもしれない。使用人たちは当時と変わらずほぼ全員残っているからな……聞き取り調査だって、十分できるはずだ。だがそれには、調べるべき対象が分からなければならないからな。」
とりあえず調査を続けていくことを否定するつもりはない。自分の稼ぎの大半をつぎ込んでまで無理して調査していたナーミには、得々と説いてあきらめさせたけどな……それとはちょっと事情が異なる。向こうは教会のネットワークとやらを使っているのだろうからな。
「それで……ね?ミニドラゴンを使えば、半日あれば行けるじゃない?だから……毎週末はトークおじさんの教会へ遊びに行くことは……できないかしらね?あの辺は景色もいいし……。」
ナーミが続ける……
「ああ……いいんじゃないか?これまでは、定期的な休みなんて全く無視して、体力が続きさえすればダンジョン攻略に明け暮れていたけど、毎週末は休日として遊びに出かけるという発想は賛成だ。
ナーミもエーミも若いんだから、もっと遊ぶことも考えたほうがいい。それがトークの教会へ行くことでも……教会だからな……週末なら信者とか沢山来て、友達もできるかもしれないしな。
そういった人とのかかわりを持つということは、賛成だ。」
「ほんと?よかったー……これで毎週末の楽しみができたわねー……魔物肉をたくさん回収したり、ダンジョン攻略の励みになるわー……。」
ナーミが満面の笑みを見せる。エーミは血を分けた肉親ではあるが、そういえばナーミを守ってくれるような、保護者的な人はこれまでいなかったからな。
13で母親と死に別れ人買いに売られ、トークに助けられたが、たった一人だけで生き抜いてきたのだからな……ナーミと仲間になってからは、俺はナーミの親代わりになれたらいいなとは思っていたが、やはり無理を言えるような間柄ではなかったということだろうな……。
トークの場合はカルネの親友であり、ナーミのことを気にかけてずっと探していた相手だからな……そういった面ではトークこそナーミが頼れる保護者代わりということになる。まあ、そのような心のよりどころができたのは、喜ばしいことだと思う。
エーミがトーマを慕うように、ナーミもトークを慕うのは当然のことだ……。
「じゅあ、部屋に荷物を置いたらすぐに訓練開始だ。」
『はーい……』
ナーミもエーミもログハウスの中へ駆けていった。
居残りのトオルが配達してきた家具屋の店員に指示して、購入した家具をレイアウトしてくれているはずだ。
エーミとナーミの部屋の家具は、全てご要望通りに薄いピンク色に統一し、リビングの家具は俺の意見で木目調の家具とした。何せ外観がログハウスだからな……木目が基調であるべきだ。
俺の部屋の家具も木目調とし、トオルの部屋は白系の家具を選択していたな……。
「じゃあ……エーミが元気になったことと、新居が手に入ったことを祝って……カンパーイ!」
「カンパーイ!」
「おっおお……」
「…………」
「どうしたの?元気ないじゃない……お祝いなんだから、もっと楽しそうにしなくちゃいけないでしょ?
ああ……あたしがお酒を飲まないか心配してる?大丈夫よ……お酒を飲めるようになる年までは、絶対に飲まないって決めたんだから……この……コーラ……だっけ?こっちのほうが断然おいしいしね。
ほらほら……飲んで飲んで……ほらっ……トオルも……どうしちゃったの?」
事情を知らないナーミとエーミの2人は上機嫌で、リビングから広い部屋の中を見回しては、嬉しそうにはしゃぐが、俺もトオルも浮かれた気分にはなれそうもない……。
「ああ……そうだな……そうだ……ちょっと提案がある。
この浮島へ越してきたばかりで、家具だって梱包を解いただけの状態で荷物の整理も何もできていない。
本来なら明日にはギルドへ行って、冒険者登録をすると同時にクエスト申請をしてダンジョンへ潜ることになるはずだが、明日はお休みにしないか?
各自の部屋の整理と、必要なものがあれば買い物をしておきたい。なにせここは仮宿ではなく、俺たちの住まいだからな……趣味のものとかあれば、買って来たって構わないわけだ。
それにサーケヒヤー国なんて初めて来た国だから、どんな街なのか見てみたい気もするしな。まあ、ナーミはここに住んで長かったようだから、見るまでもないというなら、ダンジョンでも構わないけどな。」
ここ2日ほど教会との往復で、俺もトオルも睡眠時間はかなり削られていることと、トオルの事情と俺の事情が明らかになってしまい、このままの気持ちでダンジョンに入って、うまく連携が取れるのかどうか不安なため、もう1日置きたい気持ちがある。
気持ちを落ち着かせて、そのうえでトオルが俺と一緒に冒険をすることができないというなら、それはそれで仕方がないことだと考えるし、チームの解散だってあり得る。エーミとナーミには、その際は正直に俺の事情を打ち明けようとも考えている。そのうえで判断いただくしかない。
俺がトーマではないことを、このまま隠していてもいいものかどうか……トオル次第ということだ。
「あたしは……マースに住んでいたとは言っても、屋根裏部屋とギルドの往復しかしていなかったし……買い物なんてしたことがほとんどなかったから、お店なんて全く知らないわ……。
住んでいたところは下町の汚いところだったしね……ダンジョンから帰ってきて、路上で売っている温かい食べ物を買って帰るくらいしか、したことがなかったから……だから、街を見に行くのなら行きたいわね……。」
「エーミもー……町へ行きたーい……エーミのままで行ってもいい?」
ナーミも、エーミも町の探索に賛成の様子だ。
「あ……ああ……ここならコージと距離が離れているし、知り合いもいない遠くの国だから大丈夫かな?ただし、用心のために冒険者の袋は持っていくことを忘れないようにね。」
「うん……やったあ……。」
エーミが飛び上がって喜ぶ。エーミの生活を少しでも自由にさせるために、わざわざ戻ってきた居城での生活をあきらめて、こんな遠くまでやってきているのだからな。
「私は……今日、皆さんが移動中の時間で、町まで行って買い物は済ませあります……と言っても、菜園用の野菜の種や種芋ですけどね。
ちょうどいいので明日は菜園の手入れをしておきますから、街へは皆さんだけで行ってください。」
トオルは軽く笑みを浮かべながら、やさしく答える。うーん……やっぱり機嫌は治っていない様子だな。
「へえ……珍しいわね……トオルが別行動なんて……畑仕事かあ……帰ってきたら手伝うわ……。」
ナーミは少し首をかしげたが、一人納得していた。
「はい……どんどん飲んで……。」
「ああ……ありがとう……。」
いつものように、エーミがお酌をしてくれる。俺の体にぴったりとくっついてくるエーミの様子を、トオルは心配そうに何度も確認している様子だ……酔った俺が手を出さないか、警戒しているのだろうな……。
この日は、ちゃんと食堂でテーブルと椅子で食事をしたのだが、いつもはうまいはずのトオルの手料理もほとんど味がしなかったし、どれだけ酒をあおっても、酔いが回ることはなかった。
いつものようにナーミは早々に引き上げてしまい、俺も早めに上がろうかと思ったのだが、エーミが開放してくれないので、仕方なく飲み続ける。
トオルは部屋に引き上げずに、ずっとエーミと一緒に野菜ジュースを飲みながら付き合ってくれた……というか、これもまたエーミと2人きりになって悪さをしないか警戒しているのだろう。
ううむ……俺という人物を理解してもらう……というか危険性がないことをわかってもらうまでは、仕方がないのだろうな……。
翌朝3人でモーターボートに乗り、マース湖岸へ出向く。商業地区のすぐわきにある港の桟橋へボートをつなぎ、管理人へ冒険者カードを渡すと、駐車料ならぬ係留料を徴収されて1日預かってくれる。
そこからは歩きだ……と言っても、かなり大きな街だ……しかもヌールーやアーツは木造住宅が多く、平屋建てか2階建てがほとんどで、たまに3階建てのお屋敷がある程度だったのだが、ここマースではコンクリート製のビルが立ち並んでいる……元の世界と同様の建築だ。
道路もきれいに舗装され、大きな馬車が行きかっている。引きこもりとはいっても、都会暮らしだった俺にとっては、なんだか懐かしい雰囲気がある。
同じ大陸なのに、ここまで文明程度に差があるとは……さすが旧王朝の直系の王がいる国だな……と思う……この大陸の最先端がここにある……といった感じだ。
町中には電柱と電線が張り巡らされ、信号機こそないが街灯も一定間隔で並んでいるようで、電化が進んでいることが予想される。たしかにな……浮島にだって電線が来ていて、明かりはランプと輝照石ではあるが冷蔵庫は使えているからな。
「あっこれ……かわいい……。」
「本当だね……。」
ナーミがビルの大きなショーウィンドウの中を覗き込んで叫ぶと、エーミも一緒になってくぎ付けになる。
ブティックのようで、胴体だけのマネキン人形に、きらびやかな色彩の服が着せられているようだ。
「気に入ったのがあれば、買っていけばどうだ?地域性もあるだろうから、カンヌールじゃ買えないような服もあるだろうからな……。」
「えっ……いいの?」
「ああ……買い物に来たんだから、もちろんさ……。」
「へえ……じゃあ……もう少し見てから決めようっと……。」
そういって、2人はウィンドウショッピングを始めた。どうやらこの辺りは、服飾関係の店が立ち並んでいる様子だ。確かに歩いている人を見ても、高校生くらいの若い子が多い……だがまあ……どの子を見ても……エーミが一番かわいいな……。
1時間くらいかけてお気に入りの服を見つけたらしく、2人は2着ずつ服と小物を購入したようだ。
通りにはホットドッグ屋など立ち食い用の店も並び、いかにも若者の街といった様相で、ソフトクリームまで売っていて、元の世界に戻ったような感覚にとらわれた。
俺は酒屋で酒を購入し、昼飯代わりの買い食いを皆でして、トオルへの土産物としてショートケーキを買ってから、昼過ぎにはボートで浮島へ帰る。ナーミたちが、買って来たかわいらしい服を見せびらかすのを笑顔で見ているトオルの気持ちを考えると、ちょっと複雑な心境に陥る。
子供のころから男として育てられたとはいえ、年頃の女性なんだ……おしゃれだってしたいだろうにな……エーミの場合は、俺たち仲間はみんな事情を知っているからいつでも女の子の姿に戻れるのだが……トオルはこのままずっと、男として生きるつもりなのだろうか……。