浮島購入
「50m四方?どうしたいの?敷地内にプールでも作るつもり?いや……湖の上だからプール作らなくてもいいか……剣術を教える道場を、ここに作るつもりなの?」
マース湖で新居となる浮島を取り敢えず押さえ、レーッシュ近くのトークの教会まで戻ってきてナーミとエーミに説明したら、予想通りその巨大さに唖然とされた。マースから教会へは川沿いに飛べばいいので、マース郊外で仮眠だけして夜明け前からミニドラゴンで飛んできたのだ。そのため昼前に到着した。
「おおそうか……道場を作ってもいいかもしれないな……子供たちを集めて教えるのは当分先のこととして、俺たちの日常訓練にあれば便利かも知れないからな。何せ今のところは常に外でやっているが、やはり雨の日はつらいからな。
だが、そんな目的ではなく、ミニドラゴンと一緒に住むには、それくらい大きくないといけないそうだ。マース湖には住民が飼っている水竜の幼獣が多くいるそうだから、そいつらを刺激しないよう、水中からミニドラゴンの姿が全く見えないくらいの大きさが必要と言われた。
だから、この大きさでしかたがない……ミニドラゴンはまだまだ大きくなるからな。」
ミニドラゴンは成長し続けていて、今はまだ体高7mくらいだが、成獣の飛竜は10mを超える大きさになるからな。
「ああそうなのね……確かマース湖では漁業が盛んで、でも漁船で網を引いてということはしていないのよ。水竜の幼獣を操って、水竜に網を湖に張らせるみたいなの。
水竜たちが湖の中の魚たちを追い込んで、漁師たちは陸側からその網を引っ張り上げるだけ……漁師といっても漁船に乗ったことが一度もない人も多いって聞いたことがあるわ。その代わり、筋骨隆々のマッチョマンが多いらしいけどね。
水竜だって、水揚げした魚たちの一部を分け前としてもらえるから、喜んで手伝うって聞いているわ。
水竜を守護竜としているサーケヒヤーでは、コーボーのような集魚石みたいな特殊効果石は、必要としていないのよね。だからマース湖には水竜がたくさんいるのよ……個人で飼っている以外にもね……。」
俺の言葉を聞いて、ナーミは一人納得する。そうか……水竜を使って漁を……そういやカンアツでは地竜がタールーギルドと王都間を往復して、物資を運んでいたな……他の都市間もそのようにして地竜を役立てているのかもしれない。
カンヌールだって飛竜を輸送に使っているだろうしな……だからこそ、未だに自動車などは発明されずに一般人は馬車なのだろう……上流階級は竜を個人で持っているから不便さを感じないだろうしな。
「わかったわ……ミニドラゴンには、いつもお世話になっているものね。離れて暮らすのも嫌だから、仕方ないわよ……じゃあ支払いのために、あたしの冒険者カードを渡しておくわ……。エーミは、明日まで動けないみたいだからね……。」
「エーミも……。」
そういって、ナーミとエーミが冒険者カードを手渡してくれる。エーミは目覚めてはいるのだが、まだベッドから起き上がれない様子だ。食事もできず、トークが霊力を与えることで腹は減らないとは言っていた。
「エーミは……なんだかやつれたのかな?目つきが鋭くなったような気がするが……。」
「えっ……そんなことないよ……これはお化粧……。」
「化粧?」
「うん……あまり体が動かせないからナーミお姉さんと一緒に、ショウになった時の顔の研究をしているの。」
エーミがいたずらっぽく微笑む。何もすることがなく暇なので、男の子の姿になった時にそれらしく見せるための化粧の研究をしているのだそうだ。だからか……なんだか目力が強くなった気がする。擬態石を使って男の子の姿に化ける時に、トオルが化粧の仕方を教えていたんだったな……。
「ああ……じゃあ浮島の支払いを済ませてから、ベッドとかテーブルなど必要な家具をそろえておくよ。」
「じゃあ、家具はピンクで統一してね。」
「ピ……ピンク……?」
「エーミもピンクがいい!」
ありゃりゃ……家具は木目調と決めていたのだがな……。
「お二人の部屋のベッドとテーブルとカーテンを、ピンクにしておけばいいですよ。」
トオルがそっと耳元で囁く。ああそうだな……何も家じゅうピンクにする必要性はないのだものな。
「じゃあ契約を済ませて、明日迎えに来るよ。ミーミーも明日でいいかい?それとも今日一緒に、マースへ帰るかい?」
エーミとナーミはこのまま教会で泊まるのだろうが、ミーミーはどうするのか聞いてみる。
「俺はケーケーが寂しがるからこっちに残るよ。明日一緒に戻れるかい?」
「ああ……大丈夫だ……じゃあ、またね……トークにはよろしくいっておいてくれ。」
ナーミたちと別れを告げ、教会を後にする。トークは教会の仕事で手が離せないようなので、挨拶せずに戻ることにした。マースには、何とか日が暮れるぎりぎりに到着できるだろう。
「いやあ……さすが冒険者様だ……太っ腹ですね……まさか本当に購入されるとは思ってもいませんでした。大きな浮島は、モールなど商業施設用として作っては見たのですが、あまりにも大きすぎて岸辺では置くことができず、湖岸から2キロも離れた場所にようやく置けた状況でしたからね。しかも港とは反対側に……。
大きくなればなるだけ土台となる葦の厚みも増やさなくては、中央部分がへこんでしまいますから、浅い岸辺にはおけないサイズなのですよ。
仕方なく個人用として大きめのログハウスを建てて販売したのですが、売れ残って困っていたのです。サービスとして、移動用のモーターボートをお付けいたします。6人乗りで、荷物も積めますから大変便利ですよ。
お知り合いの冒険者様で、大きな浮島を探してらっしゃる方がございましたら、ぜひともご紹介お願いいたします。」
不動産会社の担当者は即契約に踏み切った俺たちに対して、湖の中を移動するためのモーターボートをサービスとしてつけてくれるといってくれた。レーッシュなど遠くへ行くときはミニドラゴンで直接行き来できるが、マースのギルドへ行くには飛竜は町中へ入れないから、別の交通手段が必要となるからな。
手漕ぎボートでも購入するつもりでいたが、湖岸からは2キロだが、商業地にある港とは反対側の王宮の沖合のため、港までは十数キロもあるので、さすがに手漕ぎではきつい。手漕ぎ自体は訓練と思えば何ともないが、時間がかかりすぎるからな。その分、冒険にも支障が出てしまうので、スピードが出るモーターボートはありがたい。
湖上生活となるマース湖に限り、免許がなくても20歳以上なら運転できるらしいので、俺とトオルなら使えるわけだ。
その後、家具屋によってベッドとテーブルにタンスなど、必要な家具をトオルと一緒に吟味しながら買いそろえた。浮島は購入したので、長く住むことは間違いがないのだが、本宅としてのノンフェーニ城があるので、あくまでも仮の宿というか、別荘として冒険をするために使用する目的なので、最低限にしておいた。
ノンフェーニ城へ帰るには、エーミの問題を解決しなければならないのだが、それは追々検討していくことにしよう。とりあえず、住む所が決まってよかった……しかも今回は借りたわけではなく、俺たちの個人所有のいわば城なのだ……なんだか安心感が違う……。
家具は全て配達をお願いし、俺とトオルは郊外へ走って戻り、ミニドラゴンで直接浮島へ舞い降りた。
2階建てログハウスだが、リビングは吹き抜けになっていて、天井がはるか高い。各居室は吹き抜けから階段を上がって行くというしゃれた造りだ。なにせ敷地も広いが家も大きい。部屋数は何と15もある。
2階の客間にはスイートルームのように、シャワー室付きの部屋まで用意されている。更にキッチンも業務用ではないのかと思えるくらいに大きく、トオルがすごく喜んでいる。当然ながら、業務用の大きめの冷蔵庫を購入した。4人で住むのだが、ダンジョンで取得した魔物の肉など高級食材の保存用だ。
「さあ、飲め飲め……片付けも終わったし、酔っ払いにうるさいナーミもいないし、今日くらいはいいだろ?」
とりあえずキッチン・リビングと4人分の居室の拭き掃除を実施して、これで快適に寝泊まりできる。家具の配達は明日になってしまうが、寝るのは寝袋があれば十分だし、何も困らない。
日課のトレーニングを済ませてシャワーを浴び、300年ダンジョンで取得したヘラジカ肉のステーキと、キーチ達に頂いたスルメや干しナマコに干しアサリなどの干物類を肴に、リビングでクーラーボックスをテーブル代わりにトオルと一緒に飲み始めた。
酒も新居祝いですといって、不動産会社の社員が樽酒をくれた。売れ残ってどれだけ困っていたのかが、わかるような気がする。
巨大な浮き島なので、ほとんど揺れはないのだが、それでも微妙に上下する定期的な感覚は、段々と快感になって来た。
考えてみればトオルと2人だけで飲む機会など、冒険者になってナーミと出会う前のほんの数日だけだった。コージへ向かう道中は、手持ちが少なかったので野宿していたため、酒などもってのほかだったし、冒険者になってダンジョンをこなしてようやく人心地ついた……といった感じだったからな。
いつもは最初の一杯だけで、後は野菜ジュースなどを飲んでいるトオルのお猪口に、無理やり酒を注いで飲ませようとする。
「ふうー……仕方がないですね……。」
最初は嫌がっていた様子だが、あまりにしつこく勧めるので、しまいにあきらめて飲み始めたようだ。
ナーミュエントでは酒を飲むのはほとんど俺一人だけで、それが普通であったのだが、このところスースー達と一緒に飲む機会が続き、特にトークの教会へいってから、大勢でどんちゃん騒ぎする快感が癖になってきた。一人だけで静かに飲んでいてもつまらないのだ。
こんな気持ちは、当たり前だが引きこもっていた前世でも、一度も感じたことはなかった。仲間はいいなあって思いながら、とりわけ面白いこともないのに、へらへら笑いながらひたすら酒を注ぎ、自分も酒をあおる。
さすがに、トオルは途中で限界だといって部屋へ引っ込んでいってしまったが、その後も一人だけで飲み続け、ようやく満足して本日割り当てた、この家最奥の俺の部屋へ階段を上がって向かう。
『カチャッ』うん?部屋のドアを開けると、中には人影が……トオルの部屋と間違えたかな?一つ手前がトオルで、一番奥が俺の部屋だったはずだ……。
ところが部屋の中の影は、慌てる様子もなく俺を手招きした……ああそうか……酔った時だけ現れる、バスローブ姿の絶世の美女だ……久々の登場だな……待ち焦がれていた……。まだベッドは来ていないのだが……とも思ったが、まあどうせ夢の中なのだから構わないだろう。
そのままマット代わりのサーベルタイガーの毛皮を敷いてある部屋の中へ入っていき、ぎゅっと抱きしめる。ああ……久しぶりのこの感触……俺の夢の中に出てくる美女は……どんなときにも俺が酔っ払いさえすれば出てきてくれる……この間を除いて……ああ、あの時はトオルが一緒にいなかったからな……あれ……?
そういえば、冒険者になると宣言して城を出てから必ず俺のそばにいたトオルが、あの晩だけいなかった。
そうして、あの晩だけはかなり酔っぱらったにもかかわらず、夢の中の美女は出てこなかった……。ナーミとエーミはあの晩は一緒にいたが、今はいない……そもそも夢の中の美女に最初に出会ったのは、ナーミと知り合う前だ。
寝袋はすでに冒険者の袋の中から取り出して、いつでも寝られるようにしてあったなと考えながらも、俺の酔っぱらった頭脳は、これまで美女が出てきた晩と、出てこなかった晩の状況を冷静に分析して、その違いを割り出してしまった。
「と……トオル……なのか……?まさか……いや……トオル……だろ?どうしてまた……こんなことを……?」
冷や水を頭からかけられたかのように、一瞬で酔いがさめてしまった。まさかトオルとは……スートとタームたちから奪い取った擬態石を、まだ1石持っているはずだ……エーミは顔は変えたくはないといって、体だけ男性になっているのだからな。
対するトオルは普段から感じている通り、姉たちに似た、もろに美少女といった顔立ちをしているから、こっちも体だけ女性に変えれば、絶世の美女に化けることは可能だ。だが一体どうして???
『ドンッ……バサッ』『タタタタタッ……カチャッバタンッ』絶世の美女は、俺を突き飛ばして駆け出すと、そのまま部屋を出ていった……やはり……トオルだったのだ……。
「……………………。」
そのままの状態で意識がもうろうとし、明るくなってきたのに気が付いて、洗面所で顔を洗ってからリビングへ降りていく。トオルはすでに起きて朝食の準備をしていたが、終始無言。気まずい沈黙が続く。
このままではまずい……ナーミやエーミを迎えに行く前に、解決しておかなければならない。トオルを責め立てるつもりは毛頭ないのだが、奴の気持ちを聞いて、その上できちんと正しておく必要性がある。そりゃあ、トオルの気持ちはうれしいのだ……だけど……。
「ど……どうして……なんだ?俺はずっと、あの美女は、酔った俺の夢の中に出てくるものだとばかり思っていた。いつも酔って部屋に戻った時にしか出てこないし、しかもこの世の者とも思えないくらいに美しかったからな……これは夢と勘違いしても仕方がなかった。
だが……それがトオルだったとはな……どうしてこんなことをしていたんだ?そりゃ確かにトオルは、お付きだからな……一緒にいる俺の世話をいろいろとやってくれる役割だ。
その通りにこれまでずっと、俺のことを支えてくれている。俺の盾となって、守ってくれたことだって何度もある……すごく感謝している……だからと言って……あれは……ひどいぞ……。」
トオルの顔をまともに見られないので、目を合わせないようにしてクーラーボックスの食卓の席につく。
「いや……ひどいという表現が適切かどうか難しいのだが……本当に美しくてスタイル抜群で……俺に素晴らしいひと時を与えてくれていた。だから……ひどいとはいえないのだが……それでも俺は彼女のことを好いていた。名前も知らない夢の中にだけ登場する絶世の美女のことをな……。
だがそれが……トオルだったとは……擬態石を使っているのだろ?わかるよ……ショックだったよ……いや、俺のことを案じて……と言った気持ちを否定するつもりはない。トオルに感謝すべきことなのかもしれないとも感じてはいる……だけど……今のこの複雑な気持ち……。
ずっと恋焦がれていた絶世の美女の正体が、男のトオルが擬態石を使って化けていた女性だったとは……すごく傷ついたよ……いや、別に謝れと言っているわけじゃなくて……。」
何とも言えない、やるせない気持ち……トオルのことを責めるのも、おかしいような気もするのだが……。
「何も知らないくせに!」
『バッチィーンッ』『タタタタッ…………』それまで俺が考え考え話す言葉をかみしめるように頷きながら、無言のままクーラーボックスの上に朝食を並べていたトオルだったが、突然目をかっと開いたかと思った瞬間、俺の左ほほに衝撃が走った……甲高い声で叫ぶと思い切りビンタされ、トオルは走って行ってしまった。