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旅立ち

「サートラをこの国から追い出すことなんて、絶対に不可能だ……なにせ、サーキュ妃様が身ごもったのはサートラのおかげだからな……もともと王宮出入りの業者は、先ほど帰宅したときにいたネーリンの父親の商社、ヌーリー商会だった。


 ところがカルネの妻となってノンフェーニ城に住むことになったサートラは、伝説の冒険者の妻という触れ込みで王宮内にも入り込み、子宝に恵まれない王妃様に近づいて、南の大陸でしか産出しない特殊効果石の受胎石を贈った。そうして1年後、受胎なされたサーキュ王妃様はサートラにぞっこんとなってしまったのだ。


 そうして、ダーウト王子様が生まれたわけだな。」


「受胎石?」


「そうだ……受胎石……カルネが言っていたが、受胎石は秘宝中の秘宝とも言われ、生命石と並ぶほどの希少石らしい。しかもシュッポン大陸では、これまでに出現したことが一度もない、南の大陸限定の希少石だ。


 以降、王宮御用達の業者は、サートラの父親の商社の独占となったわけだ……資材調達は王妃様のお役目だからな。同時に、政府も軍部も調達先は全てそちらに切り替えた……公的機関は、ほぼ独占状態だ……。


 当然のことながら、一般企業もそれに右へ倣えしているところが多い……王宮ご用達の商社という金看板には弱いということだな……。」


 サートラの会社が、いかにこの国の中央に入り込んでいるのかを説明してやる。王宮含め最早この地は、サートラの縄張りと化しているのだ……。


「サートラという人の父親の会社って……サートラン商社だよね?サーケヒヤー国発祥の大きな商社だよ。南の大陸との貿易を一手に引き受けている……サーケヒヤー王家とも取引のある商社だからね。南の大陸から希少な特殊効果石を入手できたというなら、その会社以外はないはずだ。


 そうか……カンアツの王宮にも進出しているって聞いてはいたけど、カンヌールもとはね……A級ダンジョンをいくつもこなしていると、精霊球や特殊効果石をうちに売ってくれといって、商社なんかが交渉に来るんだ。その時に自分たちの会社がどれだけの規模か、パンフレットを持ってきて見せてくれる。


 信用できる会社だってアピールする目的だね……ギルドより高値でちゃんと安全に報奨金をお支払いしますよと言いたいわけだ。

 だけどカンヌールまでは載っていなかったな……恐らくサーケヒヤー国とカンヌール国はあまり仲が良くないから、サーケヒヤー国内では宣伝していなかったのだろうね。


 大きな会社だよ……サーケヒヤーにある本社の従業員だけだって千人以上はいるんじゃないかな?」

 サートラという名前に反応して、スースーが商社名を言い当てる。やはり大きな会社なのだな……。


「そうだな……カンヌール国内では、サーケヒヤー国発祥の商社であることは隠している。国内に本社登録をして、カンヌールの会社のように装っているよ……その内情をカルネは知っていたけどね。


 会社名は同じでも、別会社として会計上は独立採算の会社組織のように振るまっている。ところが3国すべての会社の社長は、サートラの父親だってカルネが言っていた。」

 カンヌールの会社の説明も付け加えてやる。


「何もできないじゃない……しかも、あたしたちはこの地を離れなくちゃいけないんじゃ……ジュート王子はどうなってしまうのよ……」

 ナーミが涙ぐむ……悔しい気持ちは俺だって同じだ。


「だからこそ……ジュート王子様とは緊密に連絡を取って、危機の時にはすぐにでも駆けつけるようにしなくてはならない。幸いにもミニドラゴンが飛竜になったからな。この大陸内に居住していれば、どこにいても3、4日もあれば駆けつけることができる……それが俺たちにできる最大のことだ……。」


 そういってナーミを慰める。俺たちでできるだけのフォローをしたい気持ちは、強く持っているのだ。


「うーん……何かいい方法が……。」

 ナーミはまだ考え込んでいる様子だ。


「まあまあ……今日は300年ダンジョンを攻略した、祝勝会だ。湿った話はこれくらいにして、明るく飲んで食って騒ごう。王宮内にも少数ではあるけどジュート王子様派の臣下はいると聞いているし、王位継承権第1位のお世継ぎだから、表立ってどうこうするようなことは、さすがのお妃さまでもできやしないはずだ。


 危険なのは、いずれ行われるはずの戴冠式近辺だろうから、その情報を受け取ったら、王子様を守るべく戻ってくればいいさ。それまでに俺たちは修業して、強くなっていなければならない。

 そのための英気を養うためにパーっと行こうパーッと……。」


 折角スースー達もいるというのに、どうにも最初からどんよりとした雰囲気に包まれていて、ちっとも酒が進んでいかない。難しいことは今日だけは忘れて、飲んで食って騒ぐのだ。


 無理やりスースー達のお猪口に酒を注ぎ、俺は手酌でグイっとあおる。長い長い戦いからようやく帰ってきたのだ。しかも、高難易度のダンジョンを見事制覇したのだ……めでたい……はずなのだ……。


 徳利から酒を注ぐにつれ、ミーミーやケーケーたちもだんだんとヒートアップしてきた。ついには1升枡を持ち出し、樽から直接注いであおりだす。大根や蕗の煮つけは最高にうまく、酒は大いにすすんだ。


 酒を飲めないナーミは、あきれ顔で途中退席したが、エーミはいつものように最後まで付き合ってお酌してくれた。本当にやさしい、愛するわが娘よ……よろよろとふらつきながら、スースー達を客室へ案内してから自室に戻る。


 さあ、久しぶりのお楽しみ……と思っていたのだが……部屋のドアを開けても美女はおらず……仕方なくそのままベッドへ……。



 ついに一晩待っても、夢の中に美女が登場することはなかった……ううむ……残念……気になってしょっちゅう目を覚ましたものだから、よくなかったのかな?酔いつぶれてそのまま倒れてしまうくらいじゃないと、出てきてくれないのかもしれない。おかげでずいぶんと早く起きてしまった。


「ふあーあ……。」


「おはようございます……昨日の宴会は、ずいぶんと盛り上がったようですね……。」


 朝目覚めてから顔を洗って食堂に向かうと、既にトオルがやってきていて、昨日の惨劇の後片付けを手伝っていた……大きな樽酒が3つも空になって床に転がっている。


 コーラの空き瓶やグラスに徳利やおちょこや枡が……食堂の至る所にとっ散らかって転がっているし、テーブルクロスなんて、まともにかかっているテーブルなどない……ものすごい暴風が襲った後のパーティ会場といったさまだ……別に酔って暴れたつもりはさらさらないのだがな……申し訳ない。


「ああ……おはよう……実家はどうだった?姉さんたちは元気だったか?」


「はい……戦功による褒賞とはいえ、あのような立派な住まいを提供いただいて、よろしいのかと感じるほどの家でした。部屋数も十分あり、大家族の我が家ですが、個々のスペースが確保でき皆喜んでおります。


 姉たちも元気で、母は、あまり実家の住み心地がいいのはよろしくないと嘆いておりました。実家から離れたがらなくて、嫁に行くのが遅れるのを懸念している様子です。」


 トオルが、新居の様子を教えてくれる。トオルの家には8人の姉がいて11人家族……今はトオルが出ているから10人家族だが……だからかな……この城内の3部屋だけの離れに暮らしていたというのだから、本当に大変だっただろう。母親の心配も分からないでもないが、皆が快適に住める環境は何より望ましい。


 俺も一緒になって後片付けを終えたころに皆が起きてきて、朝食となった。朝食は納豆と漬物とみそ汁に湯気の立つ熱々のご飯……久しぶりの故郷の……というか和食は最高だ……。


 トオルはカンヌール出身のくせに朝から肉や卵を出すからな……まあ、納豆や漬物は冒険者の袋に入らないから仕方がないのか……ぬか床を持ち歩くのも大変だろうしな……。

 和朝食は、恐らくパン食主体であろうスースーたちの受けもよかった。



 朝食後は、一旦王宮へ向かう。城の中庭には、すでにスースー達用の御者付き飛竜がお迎えにやってきていたので、俺たちはミニドラゴンに装甲車の荷台を足に持たせて出発する。すでに昨晩のうちに荷物はまとめさせてある。ヌールーに長居はできないのだ。


「そうですか……これから出発されてしまうのですか……もっとゆっくりしていただきたかったのですが、残念です。」


 王宮の中庭に到着すると、何とジュート王子が内堀のつり橋のところで待っていてくれた。これから俺たちはサーケヒヤーに向けて旅立つことを告げると、非常に残念な様子で肩を落とされていた。


「申し訳ございません……最終のボス戦で、魔法使いのショウの魔力が枯渇して、教会の司教に見せて治療したほうが良いことが分かりました。サーケヒヤー国のレーッシュに知り合いの司教がいるようなので、そちらを頼ってみるつもりです。


 一昨日ようやくダンジョンを脱出して、そのあとバタバタで申し訳ありませんが、急ぎ旅立たせていただきます。その後、サーケヒヤー国内に拠点を移して冒険を続ける予定ですので、恐らくすぐにカンヌールに戻ってくることはないと考えます。居住先で落ち着きましたら、手紙でもしたためてご報告させていただきます。」


 ジュート王子にショウの状況を説明し、そのままサーケヒヤーに移住することを告げる。


「先生をお引止めすることもかなわないでしょうから、そうですね……もし可能でありましたら、落ち着いてからのお手紙に、ご予定などお書き添え頂けましたら、開いていそうなときにこちらから押しかけさせていただきます。その……ぜひともトーマ先生にお会いしていただきたい人がいるのです。」


 ジュート王子は、そういって微笑ながら少しほほを染めた。


「いえいえ……わざわざ遠路お越しいただくなど滅相もない……ジュート王子様はこの国のお世継ぎであり、近々戴冠式に向かわれる大事なお体です。このような時期に安易に外国へ出向いてはなりません。


 そうですね……居住先が決まって落ち着いて、冒険の暮しが始まってから、帰国可能な日程をお知らせいたします。その中でジュート王子様のご都合がよろしい日付をご指定いただけましたら、必ずお伺いさせていただきます。


 なあに……カンヌールといっても飛竜であれば3日と少々で到着いたします。夜通しで飛ばせば1日半ですから、そう遠くはないのですから、ご遠慮なくお呼びください。」


 すぐにジュート王子を嗜め、こちらからくるから指示していただくようお願いする。国内でも陰謀が渦巻いているというのに、外に出てしまえばどれほど危険か……絶対にそんなことさせられない。


「そうですか……サーケヒヤー国も一度見てみたい気持ちはあったのですがね……母上の生まれ故郷ですからね……マース湖というのは本当に大きくてきれいで……海のようだとお聞きしております。


 ですが……私などがお訊ねすれば……確かにお気を使われてご迷惑ですよね……わかりました、先生のご都合が良い日程が分かりましたら、その中からこちらの希望日を選択してお返事させていただきます。

 その節はよろしくお願いいたします。」


 ジュート王子がそう言って頭を下げる。その……母君の国だから危険なのだ……と強く言いたいのだがここは我慢だ……。


「わかりました、別に私の都合など気になさらなくても、この日がいいと言っていただけましたら、元より自由な冒険者家業ですので、いつでもお伺いさせていただきます。ご遠慮なくお申し付けください。」


「我々はサーケヒヤー出身ですが、この国で爵位を頂いたこともあり、ご用命を頂ければいつでもはせ参じるつもりです。遠慮なく、お申し付けください。


 また、この時期に開放される百年ダンジョンの大半はカンヌールにありますから、お邪魔する機会も増えることと感じております。たまにご機嫌伺いに参ります。その節はよろしくお願いいたします。」


 俺とともに代表者として挨拶に来たスースーも、笑顔でジュート王子のためなら駆けつけると言ってくれた。昨晩の話を聞いていて、王子の苦境を理解してくれたのだろう。


 また、百年ダンジョンはその名の通り百年以上に一度しか解放されないから、極めて限定される。開放が予定される百年ダンジョンの大半が、カンヌールにあるということなのだろうな……。


「スースーさんたちは、サーケヒヤー国までお送りいたしますので、そのまま飛竜をお使いください。」


 ジュート王子に別れを告げて、つり橋を渡っていこうとすると、なんと王様まで降りてこられ見送っていただいた。スースー達は、装甲車の荷台で運ぶつもりだったが、御者付きの6人掛けの飛竜で送っていただけるようだ。有難い……。


「何を話していたの?」


「うん別に……ただ単に、ショウの魔力が枯渇したから、すぐに教会へ行って治療してもらう必要性があるって言って、これで当分お別れですって言っただけだよ。」

 つり橋を渡って戻ると、すぐにナーミが寄って来た。


「ふうん……引き留められはしなかったの?この国の軍隊の将軍になってくださいなんて、言われなかった?ほらあの……ホーリ王子だったっけ?カンアツの……あの人はすっごくワタルのことを気に入って、何とか引き留めようとしたでしょ?」


「ああ……ホーリ王子が言っていたのは、あくまでもお愛想だろうからな……カンアツ国民でもない俺たちが、承知するはずはないと思って安心して、余興のつもりで言っていただけのはずだ。お付きの丸眼鏡の奴との掛け合い漫才みたいなものだ……結構面白かっただろ?俺たち客へのリップサービスだよ……。


 ジュート王子様が言ってしまうと冗談では済まされないから、そんなことは言わないさ。だが、俺に会わせたい人がいると言っていたな……剣術指南役でも新しくしようとして、俺に腕のほどを試してくれということなんじゃないかな。俺はセーサやサーマだったら腕利きだから、十分指南役になれると思っているけどね。」


「ばっかねえ、尊敬する師匠に会わせたい人って言ったら恋人に決まってるでしょ?へえ、そうかあ……彼女を紹介してくれるんだー……どんな人だろ?いつ会うことにしたの?」

 ナーミが興味津々といったふうで詰め寄ってくる。


「そっ、そうだったのか?エーミの治療を終えて、マースで住む処を見つけて落ち着いたら、手紙を出す約束をした。王子様の都合のいい日を連絡してくることになっている。それからだな……会いに戻ってくるのは……。」


「じゃあ、あたしも一緒に戻ってくる。彼女の顔を一目拝んでおかないとねー……未来の王妃様でしょ?」

「僕も一緒ー……。」

「じゃあ私も……。」

 やれやれ……野次馬を引き連れて戻ってくることになりそうだな……。


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