サーキュ王妃の影
本日の夕食は、領内の畑でとれた野菜を使った肉じゃがや、豚バラ大根などの家庭料理だった。ダンジョン内で取得する魔物肉の分厚いステーキなどもうまいが、こういった手料理は格別だと、スースー達も大喜びだった。そうして酒も大いにすすんだ……なにせ5樽も注文していたからな……浴びるほど飲めそうだ。
「それはそうと……何だったのよ……今日の報告会……まるで最初からジュート王子にすべての責任をかぶせようとして、何が何でもといった雰囲気だったでしょ?しかもその火付け役が王宮守備隊の中尉って……本来なら、王室を警護する立場の人間でしょ?それがどうしてジュート王子のことを目の敵にするのよ!」
突然ナーミが口を開く。見ると目が座っているようだ……。
「おい……ナーミ……まさか、酒は飲んでいないよな?」
まさか、久々に飲んで酔っ払って……ということなのか?
「お酒なんか飲んでなんかいないわよ……ずっとコーラだけよ……それよりも……あたしは腹が立っているのよ……どうしてみんなジュート王子のせいにしたがるの?王子は何も悪いことしていないじゃない。
それよりも、みんなを助けようとして……あんないい人なのに……なのになぜ……?」
ううむ……コーラでここまで酔っぱらうとは……いや、酔っているのではなく、悔しくて歯がみしているだけなのだろうが……。300年ダンジョンで、数日間王子とともに行動して、彼の人柄の良さに心酔したのだろう。俺も王子の大ファンだ……。
「ああ……それは……王宮内の複雑な親子関係にあるんだ……。」
「複雑な親子関係……?」
「ああ……今日の報告会には出席されていなかったが、現カンヌール王のお妃様……つまりジュート王子様やダーウト王子様の母君に当たるお方……サーキュ様は、サーケヒヤー国王の親せき……いとこにあたるお方だ。険悪な両国関係を改善しようと、カンアツ国王の仲介で30年程前にご成婚された。
しかし子宝に恵まれず、世継ぎ不在を懸念したカンヌール王は、これまたカンアツ王の仲介で、今度はカンアツ王のお妃さまの妹君を、側室として迎えた。王妃とはいえ民間出身だから、側室でも大きな問題はなかったと聞いている。そうしてお生まれになったのが、ジュート王子様だ。
つまりジュート王子様と、カンアツ国のホーリ王子は、母方のいとこ関係にある。そうして、カンヌール王はジュート王子様をお世継ぎとして認め、王位継承権第1位と認定した。
正室である、サーキュ王妃様とジュート王子様の母君が入れ替わるとも噂されていたある日、サーキュ王妃がご懐妊された。そうして生まれたのが、ダーウト王子様なのだ。ジュート王子様とは5つ違いだが、ダーウト王子様は正室の子供であり、ジュート王子様は側室の子供ということになる。
それでも心優しいカンヌール王は、ジュート王子様は世継ぎと決めたのだから、それは揺るがないと、王位継承権は変更せずにそのまま……それでも正室のサーキュ王妃様はそのままだから、ねじ曲がった親子関係が生まれた。
当然のことながら、自分の息子であるダーウト王子様を次の国王にしたいお妃さまは、何かというとジュート王子様のことを王にふさわしくない下賤の生まれと触れ回っているようなのだが、周りとしても、お妃さまを制することができずに困っているといううわさは、よく聞いていた。
何せ、サーケヒヤー国王と縁戚関係にあるからな。恐らく今日の報告会だってお妃さまのご指示によるのだろうが……あのくそ生意気な王宮守備隊の中尉とやらもお咎めどころか、お妃さまからお褒めの言葉を賜っているかもしれないくらいだ。」
カンヌール王家の複雑な人間関係について簡単に説明する。こういった関係だから、ジュート王子は人一倍頑張って、王様の期待に応えようとしているのだと俺は思っている。だがしかし……あまりにも無謀な……命の危険も顧みない行為は、やめにしてほしいのだ……。
「なあに言っているのよ……サーケヒヤーなんか、この間戦艦で攻めてきて、それを打ち破って降伏させたんじゃない。いってみればカンヌールは戦勝国なんでしょ?賠償金だってがっぽりふんだくって、何だったら、そのお妃さまだって王子ごとサーケヒヤー国に返却してやればいいのよ……。
お世継ぎなんてジュート王子一人いれば十分よ。」
ところがナーミは、一人気を吐く。
「そうはいかないだろ?なにせ、相手はサーケヒヤー国だぞ?」
「サーケヒヤーがどうしたっていうのよ!」
「ナーミは、あまり歴史のことには詳しくはないのだね……学校の授業で習わなかったかい?」
「歴史?体育の授業以外は寝ていたから……昔のことを知っていたって……強くはなれないのよ!」
「うーん……じゃあ……350年前まで、この大陸は統一王朝だったということは、知っているかい?」
スースーが、仕方なさそうに考え考え話し始める……そう……これははるか昔からの歴史もかかわっている……奥深い話なのだ……。
「えっ……ええーと……なんとなくかな……。」
「500年程前に、玉璽の力を使って大陸を統一したシュッポン王朝は350年程前に滅亡し、世は戦国時代に入り、今では大陸名にその名を残すのみとなってしまった。
そうしておおよそ300年前に、カンヌール王の祖先がヌールーに王宮を建設して、この地方を平定し始めた。その時に、理由は分からないけどダンジョンの上に王宮を建築したわけだね。
同じくらいの時期にアーツにカンアツ国が……マースにサーケヒヤー国が誕生して、それぞれ地方を平定していき、やがて3国による統治が始まり現在に至っている。ここまではいいかい?」
「えーと……シュッポンがヌールーになって……」
「違うよ……統一王朝のシュッポンが滅亡して……」
呑み込みの悪いナーミに、恐らく歴史は学校で習ったであろうエーミが説明を始めた。
「歴史の詳細は、後でじっくりと聞いておいてね……カンヌール国王は、この地方の豪族だったけど、サーケヒヤー国王は、シュッポン王朝の末裔……しかも本家筋なんだ。だから、この大陸内ではいまだにサーケヒヤー王が、統一王であると信じている人が多いと言われている。
さらにカンアツ国王もシュッポン王朝の末裔……こちらは分家筋のようだけどね……だから、この大陸を納めているのは今でもサーケヒヤー王朝というのがサーケヒヤー国王の言い分で、他の2国は属国だっていつも主張している。だから、南の大陸との交易に関しては、サーケヒヤー国にしか許されてはいない。
カンアツのコーボーでは、酒同士の交換貿易のみ行われているようだけどね、カンヌール国にも南に港町があるけど、漁業をしているだけで貿易港としては開港を許されていないわけだ。
そうして、南の大陸との貿易を独占しているサーケヒヤー国は、その利益の大半を軍備に回している。いわゆる軍事大国だね。巨大な戦艦を何隻も所有している……ああそうか……そのうちの3隻はカンヌールに攻め込んできて君たちと戦ったから知っているよね?
その他にも陸軍の戦車なんか数十輌所有していると聞いているよ。未だにシュッポン王朝の再興を狙っているのではないかと、国内ではうわさされている。」
スースーが、3国の関係とサーケヒヤー国の様子を至極簡潔に説明し終えた。サーケヒヤーのことなら住んでいたナーミも知っていてもよさそうなものだが、ダンジョン攻略することにしか気が回っていなかったのだろうな……世情には興味がなさそうだし……。
「ダーウト王子様が独立できる年である15歳に近づくにしたがって、お家騒動になることを恐れたカンヌール国王様は、早々にジュート王子様に王位を譲ろうとして戴冠式を行う予定であったのが、賊の侵入で王子様が怪我を負ってしまい中止となった。
俺が近衛隊隊長に騙されて就任させられ、全責任を負わせられて切腹に至った事件だな。あれだって、お妃さまによる妨害工作である事が限りなく疑わしいのだが、ろくに調べもせずに賊から王子様の身を守れなかったという1点のみを追求されまくった……。
だれもが心当たりはあるのだが、それを公にはできずにいるというわけだ……何せサーケヒヤー国の影が見え隠れしてしまうからな……。
ついこの間、突然宣戦布告してサーケヒヤー国がオーチョコを襲撃したのだって、あれはサーケヒヤー国からの、ジュート王子様を国王にしたときはどうなるか……という脅しではなかったのかと俺は思っている。
本当にこの国を滅ぼそうと考えていたなら、軍艦だけではなくて陸軍だって派兵してきただろうからな。
ソーペラから手紙が来ていたよ……カンヌールの重臣ではない俺たちには詳細報告がされないだろうと考えたのか、律儀にも戦勝報告書を添付して手紙をくれた。
報告書によると、サーケヒヤー国の戦艦には、旗艦のみならず2番艦3番艦ともに上陸部隊は乗船していなかった。彼らへの指令は、ただ単にオーチョコへ攻め込んで焼き討ちにしてから帰国するというもので、宣戦布告はしたが、占領するつもりは毛頭なかったということだった。真意のほどは定かではないがな……。
軍艦だけで攻め込んで、町一つを火の海にして脅してやるつもりが、返り討ちにあってしまったということだ。だからこそカンヌールからは、サーケヒヤー国に対しては、あまり強く賠償要求していない様子だ。
被害はほとんどなかったのだから今回は大目に見ましょうと言って、少しでも懐柔しようとしている。
さらに……タールーギルドのダンジョン攻略後に、カンアツのホーリ王子が水竜と魔物たちに襲われていた場面に出くわして、お救いしただろ?あれだってサーケヒヤー国が疑わしいことこの上ないのだが、本家に遠慮してそのことを追求しようとしていなかっただろ?
よほどはっきりとした証拠がない限り、カンアツとしては言い出せないわけだ……。それくらい、この大陸内ではサーケヒヤー国を恐れているというか……もめ事を起こしたくないと考えている。」
3国の関係を、最近の事例に基づいて付け加えておく。ホーリ王子襲撃の件を知らないはずのスースー達には、簡単に状況説明してやる。
「なるほど……そんなこともあったのか……。
300年近くも平和に続いている3国間の関係を壊したくはないから、カンヌール国もカンアツ国も、サーケヒヤー国の傍若無人な態度をもある程度我慢しているわけだ……両国王とも大人ということだね。」
スースーが一人納得して頷く……わかりやすい説明だ……。
「じゃあ……どうしたらいいのよ……。」
ナーミが苛立たし気に、にらみつけてくる。
「今の状況では、どうすることもできない……下手に俺たちが行動して、サーケヒヤー国を挑発するようなことにでもなったら、大変だからな……戦争が起きたら困るのは国民たちだ……。」
歯がゆいのだが、何もできないのが現実なのだ……。
「ジュート王子のお母さんはどうなの?側室とはいっても、カンアツ国王妃の妹なんでしょ?彼女を通じてカンアツ国と連絡を取って、2国合同でサーケヒヤー国に詰めよれば……さすがに2国相手じゃかなわないから、サーケヒヤーだっておとなしくなるんじゃあ……。」
ナーミの顔が少し明るくなる。
「ジュート王子様の母君は、亡くなられている。十年前のことだ……カンアツ国へ里帰りしていた時の帰国の際に馬車で事故にあい、亡くなられている。その時の旅程管理を指揮していた、元老のと……俺の……祖父が責任を追及されて辞職し、その後自害している。
まだ幼くして母君をなくされたジュート王子様に対して、サーキュ王妃様は自分の息子として扱うと言って、養子にした。そういった意味では、今ではジュート王子様も王妃様の息子なのだし、本人の目の前ではやさしい母親を演じている様子だが、陰ではダーウト王子様以外は次期王ではないと吹聴しているという噂だ。」
思えば、ジュート王子の母君の死が、すべての事件の始まりだったような気がする。このことに端を発して、トーマの周りであまりにもいろいろなことが起こりすぎた……それらは、一見すると何の関係もない事柄であり、当時はだれも関連性を疑ってはいなかった。
だが……トーマの記憶をたどってみると……あまりにも異常なことばかりであった。そのため、トーマの父親の事件の再調査を王様にお願いしたのだ。
「打つ手がないじゃない……ジュート王子のことをどうやって守るのよ!」
ナーミが立ち上がって、やるせなく地団駄を踏む。
「何もできないんだ……王子様をお守りするために、この地を離れたくはないのだが、エーミの身が危険だから、ここに長く滞在はできない。ヌールーでは、自由に外出することもできないからね。
この近辺には、どこにサートラの目が光っているかわからないからな。」
何もできない悔しい思いは、今に始まったことではない。この城を明け渡してここを出る時は、俺がこの城を守っていくだけの力がなかったのだが、今度は守るべき家族がいる……城が戻ってきたからと言って、ここで生活できるわけではないのだ。
「サートラなんて……所詮商社の娘なんでしょ?そりゃあ。この大陸で1,2を争う商社かも知れないけど、そんな奴……公爵の力で何とか排除してしまえばいいんじゃないの?あたしだって男爵だから、その称号を使えるっていうんなら、どしどし使うわよー……。
この城からも追い出したんでしょ?いっそこの国から追い出してしまえば……エーミには申し訳ないけど……。」
ナーミの攻撃目標が、今度はサートラに移ったようだ。
「あたしは……ママのことは、もう……。」
エーミが悲しい顔をする。複雑な気持ちだろうな……それでも、2度と会うことができないことは、認識しているはずだ……自分が元気でいることすらも伝えられない……。