人探し
「質問があるのだが、よろしいか?」
講義が一段落したところで、手を挙げてみる。
「はい、どうぞ……えーとワタルさんですね?」
講義担当者が出席者名簿を見ながら俺の名を呼びかける。
「はい、決闘に関してだが、相手のレベルを知らずに自分より上の冒険者に突っかかっていった場合はどうなるのかな?」
冒険者が全員冒険者カードを胸に下げているわけではない。突っかかっていく前にいちいちレベルを聞くやつもいないだろうが、その辺はどうなるのだろうか?
「ああはい……冒険者同士のいざこざの場合、決闘する前に必ず冒険者は自分のレベルを相手に告げる必要性があります。双方承知であればいいのですが、知らない場合は必須となります。それでも状況によっては即刻お手打ちも許されております。相手の態度次第で例外はあるということです。
それでレベルが低いほうが無礼を詫びて謝れば、決闘中止となりますが、引かない場合は決闘成立です。
ただしこれは、仕掛けたほうがレベルが低い場合であり、レベルが高い側が仕掛けた場合は、いかなる場合でも決闘を行うと、レベルが高いほうが罰せられます。
つまり、決闘で勝っても上位レベルの冒険者は罰せられるということになり、最悪の場合は死刑です。
ダンジョンに挑むのは一つのパーティとは限りませんから、獲得アイテム争奪で上位レベルの冒険者に独占させないよう配慮されております。
ただしダンジョン内は監視役はいませんのでね、他の冒険者の証言なども集めはしますが……あくまでも取り決め上は……ということです。
冒険者としての規律を守って活動いただくよう、常々お願いしております。
ご質問は、先ほど講義室でもめたことをおっしゃっていますかね?講義室には監視カメラを設置してモニターしているので報告が上がっておりますね。あの場合は即刻お手打ちでも構いませんでしたし、録画しておりますから、後からでも構いませんよ。
あのような冒険者としての品位を汚すような行いに関しては、容赦なくご対応いただいて構いません。」
講義担当者が笑顔を見せながら、物騒な発言をする。彼も奴らの態度に腹を立てていたのだろう。
この世界では発電も行われていて電化製品もあることはあるのだが、電気も電化製品も非常に高価で、大金持ちのぜいたく品と言われている。
主流は水力発電のようで、恐らく山間であり発電所が近いので、電気代もそれなりに安いのではないか?と、勝手に想像している。ギルドも儲かって資金が豊富ということもあるのだろうな。
「ほう……そうだったか。」
先ほどの奴らがいる前方席へと視線を移す。講義の最中にもいちいち反応し、そんなの常識だよとかうるさくはしゃいでいて、講義を何度も中断させていたやつらだ。
途端に首をすくめ、机に投げ出していた足も引っ込めて身を縮める。少しはおとなしくなってくれるといいのだが。
「では引き続きまして、売店の紹介ですね。道具屋と防具屋と武器屋があり、ギルド登録を行うことで売買可能となります。」
講義担当者が、それぞれの販売担当者を紹介して講義を引き継ぐ。
武器や防具に関しては、カルネから聞いていた内容で十分だな。武器や防具などを購入したり、古い装備を売って金に換えることができる。
道具屋は、弁当や携帯食のほかに生活必需品、テントや寝袋に裁縫道具に簡易調理道具などを販売している。
「ではこれにて、初級冒険者講習を修了いたします。冒険していて分らないことが発生した場合は、何なりと最寄りのギルドにお尋ねください。では、安心安全で息の長い冒険者生活をご堪能ください。」
講義担当者の一団が引き上げていって初心者講習修了だ。
「さっ……・ささささ……先ほどは……ご無礼いたしました……。」
さっさと引き上げようとノートや筆記道具を片付けていたら、すぐに講習前に突っかかってきた奴らが俺たちのところに来て頭を下げる。
「あっ……ああ……先ほどのことか……まあいいよ、わかってくれればいい。
こっちだっていい年をした初心者だからな。だがまあ、講習担当者が言っていたように、安心安全な冒険者生活を送って行こうと考えている、いってみればお互い冒険者仲間なんだ、年齢差は結構あるが仲よくしよう。」
「はっ……はい……こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
がっちりと握手をして和解ができた。こっちとしてもほっとした。奴らが報復を恐れ、それなら先手必勝と、ダンジョンに後から入って後ろからブスッなんてこられたら、堪らないからな。
「いらっしゃいませ、クエストのお申し込みでしょうか?」
講習室から戻って受付へ行くと、美人の受付嬢が笑顔を見せる。
講習が終わったので、俺たちももう立派な冒険者だ。
「いや……クエストを受けたいのはやまやまなんだが、仲間を探している。俺たちは2人しかいないので、クエストを引き受けるには少ないだろ?C級のクエストに限定すればいいのだろうが、せっかくC+のクエストを受けられるのにもったいない。報酬も安いしギルドポイントも少ないからね。
同じレベルのフリーの冒険者などいないかな?」
講習でも説明を受けたが、クラスごとの報酬や獲得ポイントは大きな開きがある。C級のクエストを2人で受けるより、場合によっては4人でC+級を受けたほうが一人当たりの取り分も獲得ポイントも多い。
やむを得ない場合は仕方がないが、やはりここは仲間を増やしたほうがいいだろう。
ギルドは冒険者の斡旋もするそうなので、ぜひともお願いしたい。若い初心者であるならば、講習参加者同士で呼びかけて、チーム結成するのだろうが、彼らとでは残念ながら年が違いすぎる。
「そうですね……コージーギルドに登録していてC+級のフリー冒険者は現在いませんね。また、C+級の冒険者を募集しているチームも現在のところありませんね。C+級ともなるとそれなりに経験を積まれた冒険者で、しかもまだ若い場合が多いため、よほどチームに不満がない限り分裂することはないようです。
まれにクエスト失敗して欠員が生じる場合もあるのですが、最近の冒険者は安全第1でギルドとしてもそれを推奨しておりますから、ここ数年で大きな事故は発生しておりません。
王都のギルドで探されるとどうですかね。アーツのほうが登録冒険者数も多いですし、初級クエストが多いので、C+級ならそちらのほうが該当者がいるかもしれません。」
受付嬢は、ざっと名簿に目を通してから残念そうに首を振る。そうか、ダンジョン系のクエストやハイレベルなクエストが多いというので、山奥のコージ村のギルドを目指したのだが、王都のほうがよかったか。
「おっとそうだった……セーレとセーキという冒険者はいないか?それからトークだったかな。」
忘れていた、カルネの元チームメンバーのことを……仮に冒険者になることになったら、頼ってみるといいと病床のカルネが言っていた名だ。
セーレとセーキは姉弟で、カルネが引退少し前に拾って育てていたと言っていたから、まだそれほど高いレベルではないことが期待できる。トークは司教と言っていたからハイレベルで、俺達とは釣り合いそうもない。
不治の病に侵されて亡くなったカルネだったが、晩年は冒険者時代の話ばかりだった。伯爵家の御曹司であるトーマに対して冒険者になったらどうだと、とんでもないことを勧めていた。
冒険者になれた暁には、元のメンバーを頼れば面倒を見てくれると言って彼らの写真をくれたが、あれは自分が会いたかったのだろうな。
「えー……冒険者登録に関しましては……個人情報ですので、お答えできない決まりです。」
美人受付嬢が、きっぱりと拒否する。ああ……そうか……仕方がないな。
「わかった……まあ顔も名前もわかっているんだ。こっちで探してみるよ。
冒険者がよくいく酒場はどこ、なんて言う情報なら教えてくれてもいいわけだろ?
それから念のために、チームメンバー募集をかけておいてくれないか?」
仕方がないのでメンバーの募集をお願いして、カルネの元仲間は自力で探す。
「承知いたしました、ワタルさんとトオルさんのチームメンバー募集ですね。どの職業の冒険者を募集されますか?それと、チーム名はどうされますか?」
美人受付嬢は、用紙に俺とトオルの名前を書き入れてから顔を上げる。
「そうだな、剣士と忍びの2名だから、飛び道具の弓矢使いと回復系の僧侶がいいが、レベルさえ合えば贅沢は言わない、魔法使いとかもありだ。チーム名はメンバー全員そろってから話し合って決める。」
理想メンバーでなくても、極端に偏らなければ何とかなるだろう。回復魔法は欲しいが、剣士2名で交代で攻撃仕掛けて片方休むといった作戦もありだと、カルネが言っていた。
ようは、こちらが全滅する前に相手を倒し切ればいいのだ。ただし、体力回復は回復水を飲めばよいがダンジョンに持ち込める量は限られているので、深いダンジョン攻略には回復系は必須とも言っていた。
回復系魔法を使えるのは修業を積んだ僧侶などに限られるが、さらに徳の高い司教や司祭が祈りを込めた水が回復水として道具屋で購入できる。高い治癒力と体力回復効果があるが、かさばるし金もかかるので持てる量に制限がある。
メンバー募集をお願いして、受付嬢から聞いたギルド近くの酒場に向かう。
注文をしてから中の様子をうかがうが、御多分に漏れず酒場は薄暗く、案内された席に着いたままでは他の冒険者の顔なんてわからない。
冒険者同士がいざこざを起こさないよう、卓ごとに仕切りをしているのでなおさらだ。
「ちょっとトイレに行ってくるから、注文した料理が来たら、勝手につまんでいてくれ。」
ダーシュ改めトオルを席に残し、様子見に店の奥へと進んでいくが、やはりぱっと見だけでは写真で見た顔は見当たらない。そりゃそうだ……彼らが今この時間に酒場に来ているかどうかすらわからないのだ。
「あのう、すいません、昔カルネという冒険者とチームを組んでいた、セーレとセーキという姉弟を知りませんか?弓矢使いと拳法家と聞いています。身長や顔の特徴は……。」
仕方がないので、なるべく年のいった冒険者グループに聞いてみる……もと引きこもりの俺が、こんなことをするのが自分でも信じられないが、この体の持ち主であるトーマは人づきあいがいい性格だったようで、王子の剣術指南役から失脚して、蟄居のような生活を強いられても、尋ねてくる友人は尽きなかったようだ。
その性格が多少は反映しているのかわからないが、積極的に見知らぬ人にも話しかけられる。考えてみれば、トオルともうまくやれているからな。さすがに物々しいので、写真を見せるのは控えたのだが、カルネの元仲間に関してはこれといった反応はなかった。この村にはいないのだろうか。
「明日から人探しだな……。」
席へ戻ってきて、料理を食べ始める。トオルは律儀にも俺が戻るまで食べずに待っていてくれたようだ。
食事を終えて宿に戻る。さすがに村の中では野宿はできず、ギルドでも人里での野宿は禁止しているので、トオルと相部屋の安宿をとった。ミニドラゴンには、どうせ日持ちはしないからと、沢蟹の唐揚げをトオルが与えてくれた。仲間が集まるまでの間は2人でC級クエストでもするしかないようだな。
「俺たちを探しているのは、君か?」
翌朝、ギルドへ出向くと、若い男女が受付前で待っていた。見覚えがある顔……セーレとセーキだ。
「あっ……ああ……セーレとセーキだね?俺はワタル……いや、本名はトーマ……。」
なんということだ、探していた相手が向こうからやってきてくれた。
トーマの持っている写真で見た姉弟に間違いがない……カルネと別れてから18年以上経っているはずだが、その年月を感じさせないくらいに若い、美男美女だ。
すぐにギルド奥の待合場所へ移動して、カンヌールの伯爵の息子であること、カルネが剣術指南役として鍛えてくれ、その時の冒険者時代の話をよく聞いたこと、何かあったら元の仲間を頼れば、きっと力になってくれると言っていたことを説明する。
「ああそうか……伯爵家の御曹司ね……。カルネが見初めた娘と結婚しちまって冒険者を辞めると出した時はもめにもめたんだが、結局俺たちと別れて剣術指南役になったと聞いた……それが君というわけか。
それで……俺たちにどんな用事だ?」
「ああ、伯爵家というのはすでに没落して稼ぎもなく、仕方なく全てを清算して冒険者になった。
財産と言われるものはほとんどなかったから、路銀程度しか持ち合わせはない。
俺たち2人だけだとクエストを引き受けるのは難しいと言われ、仲間を探している。君たちの仲間に入れてほしいとは言わないが、俺たちと組んでくれる冒険者を紹介していただけないだろうか。」
いぶかしげな表情で見つめるセーキに対して、かいつまんで事情を説明する。無理もない20年近く前に分かれた元仲間の弟子という輩が突然訪ねてきたのだからな。
「そうか……ほかならぬカルネの知り合いだからな……力になってやらんことはないが……何ができる?
ただの新人冒険者ですっていうのは困るぞ!見るからに、それなりに年が行っているからな。」
セーキが眉間にしわを寄せながら見つめる。見た感じ俺……というかトーマよりもかなり年下だ。
それでも冒険者として18年のキャリアを持つ大先輩と言えるな。
カルネがトーマのところにやってきたのはトーマが15の時で、カルネは7つ上。セーレ姉弟を拾って鍛えていたと言っていたから、当時10歳くらいだったか?写真では15,6といった感じに見えたが……。
それでもこの世界では非常に稀な黒髪に黒い瞳……不吉だと忌み嫌われ、親にも兄弟からも疎まれ幼くして売られたところをカルネが引き取ったと聞いている。
「とっ……俺は……王宮の剣術指南役を務めたこともあり、剣士としてのキャリアは十分なつもりだ。
冒険者としては年が行っているからと言われて、C+評価だったがね。それでも地の精霊球を持っている。魔法も特訓中だ。
彼はトオルと言ってカッコンの師範代だ。冒険者としてはC+評価だがね。水の精霊球で魔法の特訓中だ。
2人とも冒険初心者としては若くはないが、それなりに技量はあるし役に立つはずだ。」
自分とトオルを何とか売り込む。こういったのは簡潔な語句でまとめるほうが効果がある。
「ふうむ、そうか……だがなあ……結構多いんだ……昔の知人の知り合いのふりをして近寄ってくる奴。
カルネは上流階級のセレブに雇われたと言っていた。そのセレブがどのように没落して、今ここに冒険者としているのか、納得できるように話してもらえるかい?」
豪快な生活をしている冒険者にしては疑い深い性格なのか、なかなか信用してもらえない。
無理もないな……元伯爵が冒険者になりましたなんて、確かに信じがたいことだろう。仕方がない、トーマの記憶をたどって、俺がこの世界にやってきてから知り得たことを含め、包み隠さずに話すとしよう。