ナーミュエント
「経験豊富って……人を年寄りみたいに……あたしはワタルたちと出会う前はB級だったから、そんなに大きなダンジョンへは行かなかったわよ。それでもあたしがいたチームは構造図なんて高価なものは持っていなかったから、ルートを模索しながら進んでいたから1日で攻略できないことはざらにあったわね。
でもダンジョン内で寝ることはなかったな……寝れるような安全な場所を確保できなかったし……24時間ぶっ通しでクリアするなんてことがしょっちゅうで、48時間全く眠らずに……ということもあったわよ。だからあたしは寝袋もテントも持っていなかったわ……高価ということもあったけどね。
斥候を出して先のルートを探るなんていう技術も持っていなかったし、行き当たりばったりが多かったけど、意外と勘が当たって、2日くらいで出られることが多かったわよね。
スースー達のチームに加えてもらった時は長くて8時間で出られたし、他のチームに加えてもらった時は安心して眠ることなんてできやしなかったしね……どうしても仕方がない時は立ったまま1時間くらい仮眠したくらいかな。」
ナーミが少しふくれ気味にほほを膨らませながら答える。いやあ……けっして年のことを言ったわけではなくて、冒険者になってからの年数のことを言っているだけなのだが……。だが……ナーミの場合は、ある意味魔物よりも危ない他の冒険者……という懸念があって眠らなかっただけか……。
「私たちのチームも基本的には構造図を用いておりますから、A級ダンジョンも最短で1日半ほどで攻略して出てくるのが普通です。それでも最終目標は百年ダンジョンと定めておりましたから、普段から構造図を使わずに自分たちでルートを探索する訓練は積んでおります。
これまででグイノーミの百年ダンジョンの3層が最高でしたから、7層なんて……。」
スースーが笑顔で答える。そうだろうな……300年ダンジョンなんて、過去に挑戦した奴いるのか?
「構造図は高価っておっしゃっていましたが、販売しているものなのでしょうか?」
ジュート王子がナーミに尋ねる。自分が手に入れた構造図の出所が気になるのだろうな。
カルネの話では、ほとんどが自分の手持ちの構造図を見せあって写したものと聞いていたが、確かになかには金を出して写させてもらったものもあるとは言っていたな。
「値段は色々よね……どこかの業者がコピーした大量の構造図をギルド前で売りにきていたこともあったけど、そんなの誰も買おうとしなかったわ。
だって……もし入ったダンジョンと構造が違っていたとしても、ダンジョンから出た時には業者はいなくなっているのよ。いくら安くても、知らない相手のを買おうという人はいなかったわ。
一般的に多いのが、元冒険者の人が手持ちの構造図をギルドに持ってきて、販売していたわね。でも高いのよ……1枚でC+級ダンジョンの報奨金の一人分近くふんだくるの。そこまでお金を出すくらいなら、苦労しても自分でルートを探して攻略したほうがはるかにましと思っていたけど、仕方がない面もあるのよ。
自分が何十年か前に大金をはたいて買った構造図、使えるのは数十年間に一度だけだものね。自分で攻略してC+級以上の年数経過したら、売りに来るのよ……。
C級だったら攻略後十年間使えるけど、C級冒険者は構造図を必要としないからね。かえって回り道してでも多くの魔物を仕留めたり水飲み場を探ったりしたほうがいいと考えているから。C+級以上となると、精霊球目当ての冒険者になるから、体力を消耗せずにボスダンジョンまでたどり着きたい冒険者はいるわけよ。
信用できるという触れ込みの元冒険者は、マースギルドではしょっちゅう見かけたけど、だからと言ってあたしたちは買う気にはなれなかったわね。」
ナーミがため息交じりに答える。そりゃ高い……。
「そうだったのか……カルネの構造図を写させてもらった俺は幸運だったということだな……。」
「なんだって?カルネを知っているのかい?」
スースーが意外そうに目を丸くする。
「ああ……S級冒険者カルネは、俺の剣の師匠だった。」
「そうだったのか……ふうん……。」
スースーの反応は鈍い……何か言いたそうではあるが……。
「おおそうでしたか……ワタル殿は、あの伝説の冒険者カルネ殿に直接ご指導いただいたのですか……サーケヒヤーとの戦いの際の剣技の冴えは、確かに目を見張るものがありましたからな……道理で……。私は所属していたギルドが異なり、直接の面識はありませんでしたが、噂を聞いてあこがれておりましたぞ。
なにせ13歳で冒険者になると、瞬く間に頂点にまで昇りつけたお方でしたからな。大陸中を回って、攻略していないダンジョンはないとまで評されたお方だ……。」
するとカルネの名前に反応したのか、セーサが何度も大きくうなずきながら俺の顔をじろじろと眺める。元冒険者だし、年齢的にも近い世代だろうからな……カルネの名には反応しても仕方がない。それにしてもずいぶんと、尾ひれのついたうわさが広がっていたものだな……。
「そうですよね、カルネさんのお話は伺ったことはあります……トーマ先生に剣のご指導を頂いた私は、カルネさんの孫弟子になるということなのですが……ううむ……こんなふがいない自分がお恥ずかしい……。」
すると今度は、ジュート王子が正座して両こぶしを握り締め、悔しそうに歯がみする。
「私がジュート王子様の剣術の指導をさせていただいていた期間は短かったですし、王子様もまだ幼かったですから、本格的な修業には至りませんでした。私の指導力不足もありましたでしょうし、仕方がないですよ。
私は15の時から王宮の剣術指南役に上がる20歳まで、カルネにみっちりしごかれましたからね。勿論その後も……。王子様だってまだこれから修行なされば、すぐに上達されますよ。それに……水飲み場のドームをお一人で守っておられたではないですか。十分にご活躍されていますよ。」
18歳のジュート王子は、これから修行を積めば素晴らしい剣士になるだろう。その才能は十分に持っていると思っている。その才能を開花させられなかったのは、決してトーマの指導のせいではないと思っているが……この場はこのようにいっておくしかないだろう……トーマには申し訳ないのだが……。
「いやあ私などは……カンヌール国のためにも、一刻も早く強くならねばと常に考えているのですが……。」
ジュート王子がここまで強さにこだわる理由は、なんとなくわからないでもない。国のために貢献できるというところを、周りに認めさせたいのだ。
「この後……私に剣術のご指導をお願いできないでしょうか?」
するとジュート王子から、またもやご要望が……。
「わかりました……日々のトレーニングに加わってください。」
断るわけにもいかないので、トオルとの日々の訓練時に一緒にジュート王子も加わっていただき、個別指導となった。
水飲み場の入り口は狭く1ヶ所だけなので、部隊の兵士が交代で見張り番をすることになり、俺たちは久しぶりにゆっくりと眠ることが出来そうだ。
「カルネの弟子だから、チーム名をナーミュエントとしたわけだ……。」
寝袋を取り出して、ドーム端に張ったショウたちのテントの隣でまとまって寝ようとしていたら、スースーたちが寄って来た。
「いや……そういったわけではないのだが……君こそカルネを知っているのかい?」
なぜかずいぶんとカルネという名前に反応している様子だ。そうしてナーミュエントがカルネのいた元チーム名ということも知っている……結構詳しいな……。
「そりゃあ……何せダリハネス司教の知り合いだからね……。」
スースーがちょっと戸惑いながらも、複雑な表情で答える。
「ダリハネス司教って……そっそうか……トーカネント・ダリハネス……冒険者名トークのことだったのか?その知り合いなのか?」
そうかケーケーがから聞いた時には気にも留めなかったが、まさかトークのことだったとは……カルネから聞かされた冒険の話の中で一番登場回数が多かった、まさに親友といえるトーク……彼の知り合いなのか?
「ああ……ダリハネス司教は僕たちの親代わりさ……僕たちはレーッシュの教会で育てられた孤児で、8歳くらいの時だったかな……冒険者を引退した司教がやってきて、僕たちに冒険の話を色々と聞かせてくれた。構造図も司教から譲ってもらったものだ。」
なんとまあ……世の中狭い……カルネのチームメイトのトークが、スースー達の親代わりとは……。
「トークというのは、カルネのチームメンバーで回復系の僧侶を担当していた。カルネがヌールーに来てサートラを見初めて冒険者引退を決意して、ノンフェーニ城に剣術指南役としてやってきたときに1度だけ会ったことがある。僧侶というより剣士か騎士かと思うくらい、がっしりしたいい体つきをしていた。
カルネの大親友だった人だ……カルネが引退したのに合わせて引退して、どこかの教会の司教になったとは聞いていたが……まさか君たちと……。」
恐らくトークのことは知らないであろう、ナーミにも教えてやる。ナーミの母親は会ったことがあるかもしれんが、ナーミは会っているはずはないからな。
「ああ……本当に偶然だね……だけど、僕が言いたいのはそんなことではない。
ナーミュエントというのは、天才と評されながらも若くして逝ったS級冒険者カルネがいたチーム名だった。
彼に敬意を表して、そのチーム名は永久欠番として、どのチームも使わないという暗黙の了解というか、不文律というものが冒険者仲間にはあるんだ。
弟子だからいいだろうと言われても困るな……カルネの一番弟子ともいえるセーレとセーキですら、そのチーム名は恐れ多くて使えないといっていたくらいだからね。カルネ本人が認めたというのなら別だが……。
出会った時から気にはなっていたんだが、冒険者になって間もないということだったから、いきなりこういったことを言うのは気の毒だと思って我慢していた。だけど、今はいい機会だから言っておこうと思ってね。
どうあってもチーム名を変えろとは言わないが……出来れば変えてほしい。そのほうが周りの冒険者たちとの関係がよくなるとは思うのだけどね……この名前のままだから村八分にされるということはないとは思うのだが……あくまでも今のところは新人冒険者だからと大目に見ているだけというか……。」
スースーが深刻な表情で告げる。そうだったのか……ナーミュエントは使用不可のいわば聖なるチーム名だったというわけだ。だからこそ、ナーミが最初にギルドの受付に申請したときも……スースー達と出会った時にも……言いにくそうにしていたが、あれは別に発音がどうとかといったことではなかったのだ。
新人冒険者だから、いきなり高圧的に言うのもなんだからと、タイミングを見計らっていたというわけか……。ううむ……変えたほうがいいのだろうな……だがしかし、このチーム名は俺がつけたものではないし……。
「チーム名をナーミュエントにしたのはあたしよ……孤児院で育ったって聞いていたから親しみを感じていたけど、パパの親友の知り合いとはね。あたしの本名はナーミ・トルビニーニョ……カルネはあたしのパパなのよ。だからチーム名を変えるつもりはないわ……パパのチーム名だもの、娘のあたしが引き継ぐのよ。」
ナーミが真顔で打ち明ける。
「な……何だって……ナーミがカルネの……娘……?」
スースーが絶句する……そりゃそうだわな……そんな偶然……。
「さらに……ショウ……本当は女の子でエーミというが、訳あって男の姿で正体を隠している。この子もカルネの娘だ。」
この際だ、小さい声でショウのことも教えておいてやる。2人も娘がいるのだから認めろ……とは言わないが、許してほしい……スースー達は信用出来るから、言っても大丈夫だろう。
「はあー……こんなことがあるんだ……すごい偶然だね……まるで物語みたいな……。ダリハネス司教も喜ぶだろうな……エーミという娘のことは、カルネからの手紙で知っていたし、彼女の所在はいつも気にかけていたようだった。何かというと、彼女が今何歳かとか学校はどうとか聞かされていたからね。
教会のネットワークがあるから、意外とそういった個人情報も内部では伝わってきていたようだね。
ところが、もう一人の娘であるナーミに関しては、途中から全く所在が分からなくなってしまったようだ。母親の死去とともに忽然とね……一緒に死んだとまで考えていたようで、ずいぶん心配していた。僕たちが拠点をマースに移してからも、手紙の内容はナーミとエーミに関してが多かったね。
僕たちがナーミという名前に反応して彼女と親しくしていたのも、その影響はあったのだよね……でも、まさか本当にそうだったとは……想像もしていなかったよ……。個人情報だし、若い女の子の素性を探るというのは、失礼に当たるしね……信頼関係にひびが入ってしまう。
その上、直接カルネの娘かい?なんて同じ位の年の冒険者の女の子に聞けば、大抵そうだって答えるだろうからね……それくらいカルネという名は冒険者の世界では絶大な効果があるのさ。
いや……申し訳ない……カルネの娘ということであれば……そのチーム名を引き継ぐということに異論はない……そう説明すれば、恐らくすべての冒険者たちも納得するだろうし、応援してくれるはずだ。はあー……ダリハネス司教にすぐに知らせてあげなければ……。」
スースーがため息交じりに何度もつぶやき、そうして満面の笑顔になった。
「そうか……カルネつながりで、君たちはナーミと一緒にいたというわけだ……さらにエーミも……カルネが引き合わせてくれたのかもしれないね……。」
ミーミーがぽつりとつぶやく……言われてみれば、確かにその通りかもしれないな……カルネがナーミと引き合わせてくれた……カルネがエーミを助けださせてくれた……。
「ちょうど俺たちは、サーケヒヤー国のマースのギルドに移ろうと計画していたところだ。レーッシュはそう遠くはないようだから、そうだね……折を見て挨拶に行きたいな……恐らくナーミはカルネの娘ということを隠すつもりはないが、宣伝して回るつもりはないだろう?」
「当たり前よ……パパの娘だなんて、触れ回ったりなんかしたくはないわ。」
「そうだな……それにエーミに関しては所在自体を秘密にしておきたい。だから、直接トークに会ってナーミュエントをチーム名とすることを許してもらったということにしておきたいね。そうすれば他の冒険者たちも不満を持たないだろ?その時は案内してくれるかい?」
カルネの親友のトークに会いたい気持ちはもちろんあるし、チーム名のことも含めて、みんなで訪ねてみるのもいいだろう。
「もちろんだよ……僕たちも今の拠点はマースギルドだからね。いつでも誘ってくれれば、一緒にレーッシュまで行って、案内させてもらうよ……。海沿いの高台にある大きな教会だよ……魚はおいしいし、景色はきれいだし……観光名所はけっこうたくさんある。
ナーミと……エーミが来てくれたら、ダリハネス司教は大喜びさ。もちろんカルネの弟子のワタルもね……。」
スースーが、本当にうれしそうに俺たち一人一人の手を握って笑みを浮かべた。
「トオルもいますよ……カルネさんにはカッコンの型を時折見ていただいておりましたね……。」
トオルもカルネの知り合いの一人として、加えてほしいようだ。