一休み
「じゃあ、急ぐぞ……。」
俺とショウも手伝ってヘラジカ系魔物を解体し、肉と毛皮を採取してからすぐに出発する。食肉が手に入ることは分かったのだが、それでも急いでこのダンジョンを脱出したい気持ちに変わりはない。急ぎ足でダンジョンを進んでいく。
『ノッシノッシノッシ』するとすぐに、地響きとも似た振動を発生させながら、巨大な影が近づいてきた。
「かっ……カバか……?」
「んがぁー!」
カバ系魔物は俺たちの数m先で立ち止まり、その巨大な口をあんぐりと開けた。巨大な口には上下に歯が2本ずつしかなく、大きな舌をうねらせながら、のどぼとけまで見えるくらいにあんぐりと口を開け、『ドドドドドッ』その大きく開けた口から大量の水を勢いよく吐き出した。
「うわっ!」
『ザッバァーンッ』強烈な水流で、十数mは押し戻された。
「おえっ……おもいきり顔に吹き付けられ、少し飲んじまった……なんかばっちい……。参ったな……今度は水系の魔法を使うようだ。」
「火弾!火弾!火弾!」
『ボワボワボワッ……スコッスコッ』『ふんっ』ショウがすぐさま、高速の炎の玉を発射するが、湿った体表を滑って不発。3発目は鼻息で吹き飛ばされた。
「岩弾!岩弾!」
『ドビュビュッ……ゴンゴンッ』こぶし大の岩も顔を少し下げ、硬い額で防御し平気でいるようだ。
『ガバッ』さらに、またその大きな口を開けた。すわっ……また強烈な水流か?
『ブシュッ……ズッゴォーンッ』身構える俺をしり目にトオルが銛を取り出し、思い切り全身を使ってカバ系魔物に投げつけ、見事その大きな口のど真ん中に命中。『あがっ……』カバ系魔物は動かなくなった。
「どうやら、これからは水辺にいる動物系が増えるようですね。海系ダンジョンで使ったの銛の方が、威力があっていいのかもしれません。」
『ズザッ』トオルが、魔物の口から銛を抜き取りながら振り返る。
「おっ……おおそうだな……。」
俺も頷きながら、剣をしまって銛を冒険者の袋から取り出した。確かに銛なら、カバやサイ系魔物たちの分厚く硬い皮膚も突き通せるかもしれんな……。
「うん?分岐に出たな……ちょっと待ってくれ……結界香を焚いてみて、風の流れを見るから……。」
すぐに冒険者の袋の中から、結界香を取り出して火をつける。すると、左右に分かれている洞窟のうち、煙は右側だけに流れていく様子だ。
「うーん……左は恐らく先がすぐに行きどまりなんじゃないかな?ショウ……念のために火弾を水平に発射できるか?なるべく長い距離まっすぐ飛ばしてほしい。」
風の全く流れていかない左分岐は、先がすぐに行き止まっている可能性が高いのだが、念のために確認する。
「うん、わかった……火弾!」
『ボワッ………………………………………………パシュッ』高速の炎の玉は一直線に飛んでいき、やがて壁に当たって消えた。
「やはり、まっすぐ先は壁ということだ。まあ、道が曲がりくねっている可能性もあるにはあるが、先に右側を探るとするか……じゃあ、この壁にひし形をかいて……。」
右壁の下側に行く方を尖らせたひし形をかいておく。この先が行き止まりで念のために左へ行くときには、2重線で消しておけばいいわけだ。
「うん?逆Y字になっているな……右後方から伸びてきた道と、ここで合流しているようだ。最下層の洞窟は確かに複雑だな……いつもは構造図だよりに最短ルートしか見ていないから、わからなかった。
さてどうする?一旦戻った道が正規ルートだったりして……。」
Y字を逆さまにしたように、洞窟が合流している地点に出たようだ。そのまま素直に先へと進んでいいものかどうか……悩むな……。
「ちょっと待て……結界香を……。」
結界香をたくと、どちらにも煙は吸い込まれていく。
「まずは前に進むとするか……行き止まりならどうせ戻ってくるんだから、その時にこっちの分岐に行けばいいさ。とりあえず、今来た方の洞窟壁面と、これから行く方向に印をかきこんでおけば、後からでもわかるだろう。」
来た方の洞窟左側の壁面下と、これから行く方の左壁面下にひし形をかきこむ。
「あれ?こっち側の壁の下側に、薄く三角印が入っていますよ……もしかするとスースーさんたちが、来たルートではないでしょうか?」
トオルに言われ、右へ戻るほうの洞窟壁面を見ると、確かに見えるか見えないかぎりぎりの薄さの三角印がある。そうして、前方洞窟の右壁面下にも三角印が……スースー達だ……。
「よしっ急ごう!」
そこからは駆け足で、前方洞窟を進んでいく。
『ダダダダダダダッ』「はあはあはあ……ようやく追いついた。」
数百m走ってようやく人影に辿り着いた。
「おやおや……早いね……もしかするとルートが交錯していたかな?先ほどの左からの洞窟との合流点で君たちが行ったルートと交錯してたのかもしれないね。」
俺たちの足音に気づき、スースー達が振り返った。
「ああ……そうだね……確かに複雑というか面倒だね……最下層のルートは……。」
「そうだね……これで、どのルートを通ってもボスダンジョンまでたどり着けることができるのなら、面倒はないのだけどね……さすがにそうはいかない。交錯しているからと言って、本道とは限らないからね。」
スースーはそう言いながら、手に持つ用紙にペンで書き足した。先ほどの分岐がつながっていることを書き入れたのだろう。俺も、手持ちの構造図にこれまでの経過を書き入れた。
「俺たちが行った方は分岐が一つあって、行ってはいないが炎の玉で確認した限りでは、反対側は百mほどで行きどまりだった。」
とりあえず、スースーに俺たちが向かったルートの状況を説明する。
「ああそうか……僕たちと同じだね……僕たちの方も分岐があって、恐らくその先は百mも行かないで行き止まりのはずだ。だからこちら側ルートを選択した。じゃあ、先へ進むとしようか……。」
スースー達チームと再び合流して、洞窟内を進んでいく。
「わんわんっ……!」
『ドッドッドッドッ』犬?……かと思ったら縦じまのシマウマの群れが、ものすごい勢いで駆けてきた。
「落とし穴!」
『ズッゴォーンッズッダァーンッ……ダダッドッドッドッ』先頭の数頭が引っかかってくれたが、後続はそれを飛び越えて、駆け続けてくる。
『ブンッ……ドガッ』トオルが銛を投げつけ一頭を仕留めたが、なおも突っ込んでくる。
「避けろっ!」
『ダッ』『ドゴッ』急いで洞窟の両脇に避ける。『ドッドッドッドッ』シマウマの群れは、そのまま俺たちが来た方向へと駆け抜けて行った。
「ありゃりゃ、別に俺たちを襲い掛かってきているというわけではなさそうだな……逃げれば済むのか……。」
「うーん、でも次は本隊と一緒にここを通らなければならないから、逃げ回っているわけにはいかないね。今回は群れの数が多すぎて仕方がなかったけど、なるべく魔物は出会い次第仕留めていこう。」
スースーはそのやりで、一頭のシマウマ系魔物を串刺しにしていた。
「合計4頭仕留めることが出来ましたね……これだけあれば当面の食料に事欠きません。」
トオルが張り切って、仕留めたシマウマ系魔物の解体に取り掛かった。ううむ……シマウマは食べられるのかな……?とも思ったが、ヘラジカ系魔物も回収したのだから似たようなものか……。
スースー達チームも一緒になって魔物を解体して、それぞれ油紙に包んで冒険者の袋に詰めた。
「じゃあ分岐に出たから、また別れよう。今日は仮眠しか取っていないから、あまり無理をしないでね……僕たちもしばらく進んだら、休むつもりだからね……。」
しばらく進んで分岐に出ると、スースー達は洞窟右側下に薄く三角を書き入れて右の分岐へ進んでいく。俺たちは左側だ。
「また、この先で合流しているといいね……。」
「そうだが……そうもうまくはいかないだろう……行き止まりになっていたら、戻って追いつかなければいけないから、急いで進もう。」
先行き確認のために、どうしても早足になってしまうな……。
その後、突然襲い掛かられたためサイ系魔物の突進をなんとか躱したが、そのまま走って逃げられてしまった……追いつこうにもスピードに違いがありすぎて無理だった。
さらにハイエナ系魔物の群れにも遭遇……こちらはショウの炎系魔法がさく裂した。分岐をいくつも行っては戻りを繰り返し……行きついた先は完全なる行き止まりだった……。
「はあ……ここまで来て行き止まりか……萎えるな……急いで戻って、スースー達に追いつこう。」
恐らく数キロは進んできたはずだ……遅れどころの騒ぎではないのだが、スースー達に追いつかねばならない。ダッシュで戻り始める。途中ループが1ヶ所あったから、そこは気をつけなければならない。
『ダダダダダッ』「パパ……疲れた……。」『ヨロヨロヨロッ……バタッ』
しばらく走って後ろから声がしたかと思ったら、ショウがよろめきながら倒れてしまった。
「おいっ……大丈夫か?ショウ!しっかりしろ!」
すぐに駆けより抱き起して声をかけるが、目を開けない。
「疲れているのでしょう。もう遅い時間ですから……今朝がた6層目の最深部に到着して、2時間ほど交代で仮眠してすぐに出発でしたからね。眠っているだけと考えます。少し休みましょう、もう夜中の12時ですよ……。」
トオルが、懐中時計を取り出して眺めながらため息をつく。トーマの祖父に頂いた貴重な懐中時計だが、時間にルーズな俺はねじを巻き忘れてしょっちゅう時計が止まってしまうので、トオルに預けているのだ。
「そうか、14時間ぶっ通しだったか……途中2回ほど10分休憩して、弁当をかきこんだだけだったものな……休むとするか……だがもうこれで6日使ってしまったな。急がないと王宮でも心配しているぞ。」
「そうですね……ですが300年ダンジョンであることを告げてありますから、最低でも1週間以上攻略にかかるとは考えていただいているはずです。我々が入ってから10日以内に脱出できれば、追加の捜索隊は派遣されないのではないでしょうかね。」
トオルが冷静に分析する……そうだな……あと4日以内に戻れればいいか……。
「わかった、休憩しよう……だけど……どこで休憩する?ここの洞窟は結構広いが……入り組んでいるから、どっちの方向から魔物が来るかわからんぞ。」
何せ分岐が先で合流したりもしているので、魔物たちが回りこんで襲い掛かってくることは十分に考えられる。休むには安全な場所が必要だ。
「そうですね……水飲み場でも探しますかね……。」
仕方がないのでショウを俺が背負って1時間以上歩き回り、スースー達が行った右側の分岐の先をいくつか印の通り進んだ先に、ようやく人が屈んで入れそうな横穴を見つけた。構造図に印をつけてから、その横穴に入っていく。
「また魔物たちが、群れで順番待ちしていたらまずいな……。」
「そうですね……私が先を探りながら進みますから、ついてきてください。」
トオルを先頭にゆっくりと狭い洞窟を分岐を選択しながら進んでいくと……『ドスンドスンドスンッ』ものすごいスピードで、大きな影が突進してくる。
「隆起!」
『ドッゴォーンッ……ザザザザーッ』2m角位の狭い洞窟内一杯に盛り上げた土の障壁が、凄まじい衝撃で揺れ、土が削れ落ちる。
「沈下!」
『ザザザザッ』すぐに引っ込めると、サイ系魔物が横たわっていた。思い切り土くれの壁に衝突して気を失ったのだろう。『ドゴッ』トオルが銛でのどをついて絶命させた。
「ふうっ……避けるスペースもなかったからな……危なかった……。」
ショウを背負っているので、俺は戦えないからな……ちょっと卑怯な戦法のような気もするが、許していただこう。そのまま先へ進むと、小ドームに到着した。サイ系魔物にあんな勢いで突進されたらかなわないので、ほかの魔物たちも遠慮していたのだろうな……他の魔物はいなくて幸い……。
「じゃあ、ショウはこのまま眠らせるから、交代で見張り番をしよう。まずは俺が入り口を警戒するからトオルは寝てくれ。」
入り口は狭いので、大きな盾で塞いでおけば一人だけでも守れるのは助かるな……。