最下層探索開始
「じゃあ、出発するとしようか。今日から7層目の構造把握にかかる。恐らくここが最下層だと想定している。
そうして最下層ということは、構造が非常に複雑化して迷路のようになっているはずだ。」
6層目最深部の小ドームで野営し、交代で見張り番をし弁当の朝食を済ませ、身支度を整えていざ出発となったが、スースーが突然おかしなことを言い出した。
「これまでの6層目までだって、ダンジョン内は迷路のように入り組んでいたんじゃないのか?最下層になると、どう変わるというのだい?」
「ああ……君たちは構造図を使って、最短ルートでダンジョン攻略していたのだろ?それだと、あまり意識していなかっただろうが、ボスステージのあるドームに続く階層……つまりダンジョンの最下層ということだけど、そこだけ分岐も多いし中でつながっていたりして、より複雑になっている。
例えば左・真ん中・右と3方に分岐していて、左と右へ行くと繋がって袋小路のようになっているとすると、真ん中の道は途中で行きどまりと考えがちだけど、実はそこが本道でずっと先へ続いているという場合がある。
左右の道が先へ行くにしたがって少しずつ下がっていって、その先でつながっていて、真ん中の道は段々と上がっていって左右の道の合流点を乗り越えていたりするんだね。
そんなのは序の口で、分岐もありながら本道のように続いていて、数キロ進んでようやく行き止まりなんて言う場合もあるし、別ルートだった本道と合流してボスダンジョンまでたどり着けることもある。
ダンジョンが年数経過とともに成長して1層下ができると、上の階層のルートは袋小路のようなループは分断され、それぞれが独立していくのさ。そうすることによって水飲み場もいくつかできるし、そこかしこに魔物たちの群れの縄張りができていく。
それでようやくボスステージのみで発生していた魔物たちが、各階層の縄張り内で繁殖していくようになる。
だから、300年ダンジョンで7層構造の巨大なダンジョンの1層目にも魔物が存在するわけだ。ダンジョンの階層ごとに魔物たちが繁殖していき、ダンジョン内の魔物たちの密度が上がっていくわけだね。
その為まだ新しいはずの最下層は、構造がより複雑化しているというわけ……これこそ冒険の醍醐味だっていう冒険者が昔は多かったらしいけど、最近は構造図を購入してからでないと、ダンジョン攻略に行かないという冒険者も増えてきているみたいだね。
僕たちは、ある冒険者の方から、この大陸内の大半の構造図を頂いて持っているいるけどね……たまに自分でも構造図をかく練習するために、他チームと組んで斥候をお願いしたりすることがあるよ。何事も経験だからね。やってみないとわからないことも色々とある。
特に百年ダンジョンなんかは、構造図がない場合が多いからね。最終目標はそこに決めて練習しているんだ。」
スースーが、笑顔で説明してくれる。さすが……経験豊富なA級冒険者は違うな……。それにしてもそうか……最下層のダンジョン構造はそんなに複雑なわけだ……昨日まで斥候をやってきていて、意外と単純な構造をしているから簡単だなと感じていたのだが、そうではなかったということか……やはり経験……。
「それでは……今までと斥候のやり方が異なるということでしょうか?」
最初は一人ずつ分岐に入って駆けて行き、次の分岐の先が行き止まりか続いているかどうか迄判断することが出来たら、すぐに引き返してきた。出会った魔物とは極力戦わずに引き連れて……そうして本隊が魔物たちを処理してくれた。少しでも早く、ルートを探るために早さ優先だった。
ところが精霊球の影響を受けるであろう6層目からは変わった……魔法を使う敵に背を向けることは危険だからと、斥候としてチーム全員が向かい、魔物を倒しながら先行きの見通しをつけていった。それがまた7層目になると、変わるのだろうか……?
「やり方は、昨日の6層目と変わらないよ。最初の分岐に出たら、チームごとに分かれて進んでいき、先が分岐していたらその先まで探る。ただし、今度は2分岐だけではない可能性もあるし、袋小路のようにループしている場合もあるから、その構造まで把握してから戻ってくる必要性がある。
下手をすると、先行きずっと探る必要性が出てくる場合があるから、とりあえず目途がつくまでは先行きを確認して、この先がないと判断できた時点で戻ってきて、僕たちの後を追ってほしい。僕たちのほうが行き止まりだったら、僕らが君たちの後を追っていく。
3チーム以上いれば、斥候チームと連絡係チームを作って、2チーム間を行き来して連携をとれるのだけど、今回は2チームしかいないからね……効率は落ちるが仕方がないさ。
先行きを見通しながら進んでいくという手順を繰り返しながら、引き返したり追いついたりして先へ先へと進んでいくことになるから、同じルートを進まないように、自分が進んだルートは印をつけておく必要性がある。ジュート王子たちの部隊の元冒険者の人たちがつけていたようにね。
あれは万一の救出部隊に先行きを知らせる意味もあったのだろうけど、彼らは最下層かどうかわからないから、斥候は出していたのだろうけど、念のために本隊が進んだルートには印をつけたという、2つの意味があったのだと思っている。書き方は自由だが、自分たちには必ず見つけられるようにしておく必要性があるよ。
たまに先でルートが交錯している場合もあり得るから、僕たちが通ったルートかどうかの印も見極める必要性もあるからね……。まあ、そんなことはこの先幾つか分岐と合流を繰り返して、本筋が2方向に分かれて進んでいくときに注意すればいいけどね。
僕たちは……分岐の行く方向の壁の下側に、こうやって薄く三角印をつけることにしている。同じルートを2度通ることもありえるから、その時は下向き三角を加えて、星印にする。君たちはどうする?」
スースーが、ドーム出口右側の壁下に進行方向へ先端を向けて三角印を書き入れた。
「ああそうか、同じ印だと紛らわしいな……じゃあ俺は楔形かな……先がとがったほうが進行方向だよ……。」
そういって片側だけ鋭角で反対方向は大きな角度の四辺形を、反対側の壁下に薄く書き入れた。分岐のたびに左右の壁下を注意してみればいいわけだ……。
「それと先行きに関して、なるべく効率よく判断していく必要性がある。僕らの場合はミーミーがいるから、糸をつけた矢を射かけて、その反応を見たりすることもある。数十m先が行き止まりの場合は、矢が突き当りに当たる音が帰ってくるからね。君たちはナーミがいないから……申し訳ないね……。」
スースーが、申し訳なさそうに両手を合わせる。
「ああ……それなら問題はない。ショウの炎の魔法を使えば同じようなことは可能だ。後は、結界香を持っているから、風の流れを見ることもやってみるよ。」
ショウに火弾を打たせて反応を見ればいいだろう。大炎玉では洞窟内温度が上がってしまうが、火弾なら問題はないだろう。あれだってまっすぐ飛ばせば数十m行けるはず。カルネたちは矢も使っていたようだが、大まかな方向付けは結界香を使っていたといっていた。
先行きがなければ風が全く吹き込まないので、煙が流れていく方向をまずは探るのだといっていたからな。分岐が多い場合は、まずはその方法でスクリーニングしてみてもいいだろう。
「ああ結界香を使うのもいい方法だね……僕らも結界香をまず使って、風が流れていかない方向へ矢を射かけ、それである程度の先行きを探るのさ。考えることは一緒ということだね……。」
スースーが笑顔を見せる。おおそうか……やはりカルネの手順は今でも有効なのだ。
スースー達チームを先頭に、最下層であろう7層目へ進んでいくと、すぐに天井が高くなり洞窟幅が広がっていることに気が付く。恐らく高さ4mで幅も5m位の広い洞窟だ。これなら猛獣系魔物が襲い掛かってきても、身を躱すスペースは十分にありそうだ。
「2列で行けそうだね……。」
1列縦隊で進む必要性はないため、前衛の俺がスースーに並び2列で進んでいく。後ろも気になるので、俺の後ろにショウで最後がトオルの順にした。
『ドッガドッガドッガドッガ』すると前方から、重低音の地響きが……輝照石の照射範囲外から巨大な黒い影が、ものすごい勢いで迫ってきた。猛進イノシシかと思ったが、恐らく数倍大きい。
『シュシュシュシュッ……タンタンタンタンッ』すぐにミーミーが矢を射かけるが、刺さることなく弾かれてしまう。
「大炎玉!」
『ドゴワッ』大きな洞窟内をも埋め尽くすような、巨大な火炎がまっすぐに飛んでいく。『ビュワッ……』しかし、その炎をも突っ切って巨岩のような塊は直進してきた。
「落とし穴!」
『ズッダァーンッズザザザザッ』『ズゴワッ』『ズズズッ』『ズゴッ』『ズゴッ』数m先に迫ってきたところで、落とし穴を開けるとまんまと引っかかって前足を取られ、その勢いのまま滑ってきたところをスースーが大きな槍で突き刺し、俺とチーチーがさらに剣で突き刺した。なんと3人がかりでようやく突進が止まった。
「なんだこれは……鼻先に大きな角と灰色の体……。」
「サイ系魔物のようだね……洞窟が広いわけだ……こんな魔物がいるとは珍しい……。精霊球も300年もかけて成長すると、その膨大な魔力により生まれてくる魔物の種類も豊富になるのだろう。より一層の警戒が必要だね。」
あまりの大きさで、ぱっと見分からなかったが、サイの魔物とは……その鎧のような硬い皮膚で矢も刺さらず巨大な炎さえも突き抜けて突進してきたのだ。さすが猛獣系ダンジョン……奥が深い。
おとなしい草食動物のイメージがあったのだが、やはり魔物となるとダンジョン内に侵入してきた冒険者は敵というわけだ……思い切り襲い掛かってきた。
「強水流!」
『ジュワーッ』『ジュボワーッ』トオルが前方に放水し、ショウの大炎玉の熱をおさめてから先へ進む。
「さて分岐だ……じゃあ打ち合わせ通りにやってみよう。ボスステージまで到達した場合は、僕らの後を追わなくてもいいから、6層目の最深部で待っていてくれ。多分、ここのダンジョンはかなり大規模だから、1日では終わらないと思っている。
だから、あまり焦らないでね……途中野営が必要と感じたら、野営して体を休ませることを勧めるよ。僕たちチームとどちらがボスステージを先に見つけるレースではないから、焦る必要性はない。お互い、気を付けて行動しようね。」
そう告げた後、スースー達は、そのまま右側の分岐へ入っていった。
「じゃあ、俺たちも行くぞ……かなり厄介な奴がいそうだから、十分気を付けるようにね。」
「うん……思いっきり突進してくる奴に炎は通じそうもないね……ちょっと考えるよ……。」
「そうですね……強烈な水圧で勢いを止めたほうがよさそうですね。」
ショウもトオルも、考え込みながら先へと進んでいく。戦法を悩むのはいいことだと思う。炎の魔法は確かに絶大な威力を発揮するが、通じない相手もいるのだ。だからこそ精霊球は4種類あり、魔法特性も5種類存在しているのだろうと考える。
特にトオルの要望で、ダンジョン内での炎攻撃は禁止されていたため、解禁になって使いたいのは分かるが、何にでもというわけにはいかないのだ……やはり相手とその状態を鑑みて選択しなければならない。
改めて初心に帰るということだ。
『タッカタッカタッカタッカ』しばらく進むと、またもや前方から巨大な影が突進してきた。
「落とし穴!」
『タッ……カタッカタッカタッ』先ほど効果てきめんの落とし穴も難なく飛び越え、さらに加速してくる。
「突風!」
『ビュウワッ』『タッカタッカ』『シュシュシュッ……キンキンキンッ』ショウが突風で動きを止めようとしたが効果なく、トオルのクナイは簡単に弾かれてしまう。
「岩弾!岩弾!」
『ドビュビュッゴンゴンッ』岩弾を唱え、こぶし大の岩を高速で発射したが、それをも簡単に弾いて依然として突進してくる。茶色の巨大な壁が一気に目の前まで迫ってきた。
「だりゃあっ!」
『ドスンッ……ズゴッ』『バゴッ』左手に持つ盾を前方に身を低く構え、突進を受け止めると右下側から剣を突き上げる。トオルも左側から長刀を突き刺したようだ。
『ブッシュゥー……ダーンッ』滝のように勢いよく落ちる血しぶきが洞窟地面を流れだし、巨大な影がようやく倒れた。
「大きな壁のように見えていたのは角だ……ヘラジカ系の魔物のようだね……すごく大きな角を盾代わりに猛スピードで突っ込んできた。サイ系魔物もすごかったけど、これもすごい突進力だった。」
「そうですね……ここはまだ7層目の入り口付近ですから、恐らく魔物たちの住みかからは遠いのでしょう。奥に行くに従い群れで襲い掛かってきますからね、そうなるとある意味猛獣たちよりも手ごわいかもしれません。それよりも……ようやく肉が手に入りましたね……。」
トオルは深刻な表情を見せながらも、食材が手に入ったことを喜んでいる様子だ。水飲み場ドームに残してきた部隊のために、備蓄していた肉をほとんど全部置いてきたからな。俺たちはまだ弁当を10日分以上持っているからいいが、部隊の食料が枯渇したら大変なことになる。確かにありがたいことはありがたい。
ダンジョン最深部でサイなど含め草食系魔物たちが発生し、それらが少しずつ上の階層へ移動しているのかもしれないな。しかし上層部の猛獣系魔物の密度が濃すぎて、最下層にしか草食系は存在しえないのだろう。