不安要素
「いえいえ……魔物たちの襲来もない中、私にできることと言ったら、あれくらいしかございませんでした。それでも手際の悪い私を丁寧にご指導いただき、食事の盛り付けなどもある程度上達いたしましたよ。私が無理にといってさせていただいたことですので、ナーミさんには厳しく言わないでください。」
ナーミが立場も考えずにジュート王子を手伝わせたことを詫びたら、逆に笑みを浮かべながらナーミを弁護する。ジュート王子が盛りつけた昼食なんて……兵士たちも緊張して味がしなかったんじゃないかな……。
それにしても彼は、民のためなら自分の身を犠牲にすることもいとわないお方のようだ。彼がこの国の王になれば、ますます豊かで温かい国になるのだろうな……。戴冠式で襲われ、けがをしたことにより、王位継承が伸びているのが残念だ……。
まさかジュート王子以外が王位を継ぐことはないとは思うのだが……心配ではある。
「本当に、ご苦労様でした。動ける兵士の方も多くなったようですね。我々は急いで食事を済ませますので、明日からのことを相談させてください。」
スースーが切り出して、食事後は作戦会議のようだ。トオルたちが急いで夕餉の支度にとりかかった。俺は明日以降のことが気になるので、まずは湧水を汲んで沸かして飲み水を作ることから始めた。
「重症患者の様子はどうだい?その他の兵士たちも、戦える状態に戻っているかな?」
ドーム奥の方で車座に座り、作戦会議が始まった。スースーがケーケーに、兵士たちの状況を確認する。
「ああ……回復水と、食事も功を奏しているのだろう。生き残った兵士は、ほぼ全員もう動ける。
重傷を負っていた、セーサという剣士ももう大丈夫だ。問題は、サーマという剣士だね。一人だけで戦ったようで、全身至る所に魔物たちの噛み傷や攻撃の跡がある。とりあえず意識は戻ったが、自力で歩くことは当分無理だろう。だが動かせることは動かせるから、担架で移動させることはできそうだ。
早いところ運び出して、病院で療養したほうがいいだろうから、明日にも脱出を開始したほうがよさそうだね。」
ケーケーが疲れ果てたといった表情で、状況を報告する。恐らく昨晩も今日も、ほとんど休んでいないのだろう。それだけ深刻な容体だったということだ。
「そうか……じゃあ明日から、この層の最深部まで移動するとしようか。そこならテントも設営できるし、野営可能だからね。朝早く出発すれば、深夜には到着できると思う。
ジュート王子様、兵士たちに今晩のうちに湧水を汲んで煮沸してから水筒に詰めておくよう、指示をお願いいたします。まだ2,3日脱出までにかかりますからね。兵士たちの遺体と、重症患者のサーマさんは、兵士たちが交代で運んでいただくことになりますが、大丈夫でしょうか?」
スースーがジュート王子に依頼する。いよいよ明日から脱出開始ということか。
「了解いたしました。兵士たちは体力もだいぶ戻っているようですから、4名の遺体と教官を運ぶことは問題ないでしょう。ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします。」
そういって王子は頭を下げる。しかし本当に腰が低い……。
「では、明日からのフォーメーションだけど、7層目のルートもできるだけ調べておく必要性がある。ルートも分からずに、これだけの大所帯で右往左往できないからね。6層目の魔物たちは、恐らく今日でほぼ全滅させることはできたと考えている。念のために警戒しながら進む必要性はあるけどね。
だから僕たちは打ち合わせが終わったらすぐに出発して、6層目の最深部で野営をすることになる。到着がおそらく明日の朝だろうから、そこから仮眠をとって昼ぐらいから7層目の斥候開始だ。
本隊は明日の朝から移動を開始して、深夜までにドームに到着していただく。うまくすれば明後日の夜にはボスステージまでのルートを確立して、6層目まで戻って本隊に合流できるだろう。
本隊の護衛がジュート王子様とセーサさんとナーミだけになってしまいますが、他にも兵士たちで戦えそうな人はいますか?」
スースーが俺たちに、これからの予定を説明した後、ジュート王子に兵士たちの状況を尋ねる。本来守られるべきジュート王子が、護衛の立場になっているのが辛いが仕方がないか……。
「はあ……一応、剣技や弓矢に長けたものを選抜して連れてきたはずなのですが……やはり実戦経験が乏しいのか、厳しい状況ではあります。犠牲となったのは、僧侶と魔法部隊の新人兵士3名でして、魔法部隊の兵士は他に2名おります。
その他の12名は戦えるとは思いますが……犠牲者の遺体と重症者を交代で運びながら……ということになりますね。」
戦えそうなのは、セーサと王子含め13名か……魔法部隊の新人兵士というと、やはり俺が言ったことを真に受けて、新人兵士も精霊球取得に参加させて、精霊に認めさせようと考えていたのだろう。特に1層だけの新しいダンジョンで、楽勝という触れ込みだったのだからな……。
しかし遺体や重症患者を運びながらとなると、実質セーサとジュート王子とナーミだけということになりそうだな。まあ、セーサは元一流の冒険者だから、大きな戦力にはなる。セーサとナーミだけでも、1、2匹の魔物相手なら十分戦えるだろう。何とかなるか……。
「わかりました、ジュート王子様とナーミとセーサさんは、今晩はゆっくりと休むようにしてください。できれば夜間の見張り番は、兵士たちに交代で担当してもらってください。
2人で大きな盾を使って入り口をふさいでさえいれば、魔物の群れが万一来たとしても、ある程度時間は稼げるでしょうから、ナーミたちをそれから起こしても十分に間に合います。十分な休息をとって、明日は不測の事態が起きないよう、警戒しながらドーム最深部まで進んでください。
これが6層目の構造図です、よろしくお願いいたします。」
そういって、スースーができたばかりの6層目の構造図をジュート王子に手渡す。夕食の準備を皆がしている最中にも急いでペンを走らせていたが、渡したほうはどうやら写しのようだ。
清書したというよりも、明日俺たちが戻った時に王子たちがいなかったなら、6層目を捜索しなければならないからな。そのためにも構造図は必要だから写しを作ったのだろう。
「じゃあ、僕たちは出発しようか……今晩中に最深部に辿り着いて、少しでも休んでおく必要性があるからね。準備はいいかな?」
「ああ……鍋に湧水を組んで沸かしておいたから、各自自分の水筒に補充してくれ。飲み水が不安だろ?
多分、もう冷めて詰められるくらいの温度になっているはずだ。」
先ほど沸かしておいた、鍋を皆に紹介しておく。やはり水は貴重品だからな。
「ああ、ありがとう……助かるよ……。じゃあ、お言葉に甘えて……。」
スースー達が、鍋からぬるま湯を自分たちの水筒に詰めだした。
汲んできた水を調理が終わって洗った鍋を使わせてもらい、炭火の残り火で沸かしておいたからな、量的には十分すぎるほどあるはずだ。トオルたちは調理しながら自分たちの分を詰めたようだから、残りはジュート王子に差し上げよう。
「ナーミは一人だけで残ることになるが、我慢してくれ……。」
チームが別行動となるのは嫌だが、この場は仕方がない。ケーケーも残るので、スースー達も同じ状況だ。
「いいわよ……だってこの兵士たちを救うために、あたしたちが呼ばれてきたわけだものね。彼らを守って無事にここから脱出させなくちゃいけないのは、わかっているから……魔物たちはどこから現れるかわからないからね、警戒は必要だわ。」
ナーミは笑顔で快諾してくれた。
「俺の責任だ……今回の騒動の原因は俺にある。ジュート王子様たちが、兵士たちだけでダンジョン攻略しようなんて考えたのは、全て俺の責任なんだ……。」
ダッシュで駆け続け6層目最深部のドームまで到着し、野営の準備が始まった時点で、スースー達に打ち明ける。申し訳なくて、とてもだまっていることなど俺には出来そうもなかった。
「どういうことなんだい?このダンジョンの存在を知っていたとでもいうのかい?」
自分たち用のテントを張っていたスースーが、手を止めて振り返る。
「俺たちが、魔法を戦闘の補助魔法に使っていることは知っているだろ?そうして、呪文を短縮していることも……精霊球を扱う時に、初期の段階から工夫すれば呪文短縮することは可能だと、綬官の儀の時に王子様や王様に説明したんだ。
さらに、これはダンジョンのボスに直接問いかけたんだが、ボスは精霊球の守護者で、精霊球を取得するに足るかどうかを判断するために存在すると答えた。つまり精霊球を取得した冒険者が、精霊球を持つにふさわしいか判定している。
最近は冒険者が精霊球を取得してギルドで精算し、それを軍隊が買い上げて使用しているが、本来は冒険者が使うべきものだったのだろうと思う。ショウが後から加わって、それ以前から取得していた精霊球を預けて使わせてみて分かった。元からいたメンバーが使う時とショウが使う時では、同じ魔法でも効果に差が出た。
つまり、精霊球取得の時に一緒にドームに入って戦ったメンバーでなければ、精霊球の魔法効果を最大に引き出すことはできないということだ。そのためショウが加わってから精霊球を取得しなおしたくらいだ。
この話もジュート王子様と王様に話すと、興味深く聞いておられたから、恐らく自軍の魔法部隊の兵士を引きつれてダンジョン攻略しようと、検討されていたのだと思う。
そのようなときに、なんと王宮地下に隠されたしかも新しいダンジョンがあると聞き、そこに挑戦されたというわけだ。俺が余計なことを言っていなければ、ダンジョンの情報が来たとしても、ギルドに調査依頼するなりして、それで収まっていたはずなんだ。
恐らくその時点で300年ダンジョンということも、判明しただろうしね……俺のせいだ……申し訳ない……。」
本当に余計なことをしでかしてしまったと、反省しきりだ……呪文の短縮と言い、魔法効果を最大限に引き出す鍵と言い……冒険を通じ知り得たことを、自慢げに吹聴するからこんなことになってしまうのだ。
しかも冒険素人の、王様や王子に言ってしまったのだから、最悪だ。おかげで4名もの尊い命が失われてしまった……。
「ああ……そうだったのか……ダンジョンのボスに関しては、確かに精霊球の守護者という話は伝わっているよ。精霊球は取得者でないと、最大の効果を発揮できないこともね……ただし、そんな話をすると、ギルド経由で精霊球を購入してくれなくなる可能性があるから、ギルドではだまっているけどね。
僕だって、元冒険者の方から内緒の話だと言われて教えてもらったし、その重要性はほとんど感じていなかった。だって……冒険者を目指す僕たちは、やはり範囲効果の魔法というのは、使うつもりはなかったからね。そのような制約があっても、仕方がないと感じていた。
魔物たちがひしめくダンジョンを制覇して初めて精霊球を取得できるのだから、ダンジョン制覇するための技量を身につける必要性があるわけだ。だから、苦労して修行してダンジョン制覇して精霊球を取得する者と、その精霊球を購入して利用しようとする側がいても、仕方がないことと考えている。
両方こなそうと考えるのは、難しいと思うよ。君たちは、そういった意味では特殊な例だね……。
ジュート王子様はその話を聞いて、自軍を強化するためにこのダンジョンに挑戦したのだろうけど、悪いのはこのダンジョンを新しいものという、間違った情報を付加して伝えたほうだと思うよ。
仮にジュート王子様たちがこのダンジョンが300年物だと知っていたなら、絶対攻略しようなんて考えていなかったはずだからね。ダンジョンのことに詳しい、元冒険者の教官たちまで参加しているのだから、絶対にありえなかった。しかも、意図的に情報を誤認識させた可能性まであるのだからね……。
だから君のせいではないから、あまり気に病まないことだね……。」
スースーが笑顔で慰めてくれる。
「そうですよ……仮にジュート王子様が兵士たちに冒険者登録させてC+級ダンジョン攻略させようとしたなら、セーサさんやサーマさんがいれば4人だけで簡単に攻略して、精霊球を取得していたはずです。
王宮に存在する非管理ダンジョンを、あたかも出来たばかりの新しいダンジョンという間違った情報を伝えた人に、悪意を感じますね。犠牲者が出たことの責任は、そちらの方にあると考えますよ。」
トオルもスースーに同意してくれる。
「うーん……だがなあ……このまま王宮に戻ったら、恐らくジュート王子様は、責任を問われることになると思うんだよなあ……。」
決してジュート王子の責任ではないはずなのだが、やはり部隊長として、またダンジョンへ部隊を送り込むことを提案した者として、責任を問われかねないのだ。
「その時は……ジュート王子様が、いかに自分の身の危険も顧みず、兵士たちを守り抜こうとしていたか、俺たちも一緒になって、弁明してあげるさ……。」
ミーミーも、笑顔で協力を申し出てくれる。確かに、ジュート王子が身を挺して水飲み場を魔物たちから守り抜いたおかげで、救助隊である俺たちが合流する事ができ、部隊は全滅せずに済んだ。これは間違いがない事実だ。このことを証言することにより、犠牲者の遺族の心証をよくすることは可能だろう。
だがなあ……カンヌール王室の複雑な王位継承関係を考えると、ここでジュート王子に汚点がつくと、王位継承権の順位が変動しかねない。そうなると平和だったカンヌール国が、一気に騒乱に包まれる恐れがある。
それを避けるために、現王はいまだ健在にもかかわらず、早急に王位継承するためにジュート王子の戴冠式を行う予定でいたのだろうが……賊に押し入られ王子が手傷を負い中止になってしまった。
ううむ……トーマの記憶からある程度、裏が見え隠れしているのだ……誰かがジュート王子を陥れようとしている……うまくすれば消してしまいたいと考えているのは、間違いがなさそうだ。
そうしてその相手は……俺なんかが口にするのも恐ろしいような方なのだ……参った……。
続く
ジュート王子を取り巻く陰謀が見え隠れしてきました。物語はどのように展開していくのでしょうか?そもそもワタルたちは、無事に300年ダンジョンから脱出できるのか?注目の次章は……明日から連続掲載いたします。
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