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作家志望の冒険(仮)  作者: 大久保ハウキ▲
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 冗談ではない。こんな奴にライバル視されるのは御免こうむりたい。私は小説家志望なんだ。

 できれば成仏……浄化? まあ、どちらでも良いが、とにかく転生なんてしないでくれるとありがたい。

 すべてが消え去った部屋に一礼し、合掌してみた。

 麻友と違って神様仏様を信じる性質ではないが、これくらいはお願いしないとな。

 回れ右で部屋を出ようとしたが、右足が限界を宣言し、その場に尻もちをつく。

 左耳の一部が切れ、肩に血が滴っているし、右足からの出血で、畳敷きの部屋が汚れてしまった。こういう時に限って、なぜお気に入りのバスケットシューズなんぞ履いてくるかね。

答えは簡単で、このシューズが動きやすかったからだが、靴下も靴も私の血でベタベタだ。

 あとで闇医者に縫合しなおしてもらわねば。

 呟いてから、足に力を入れると、再度血が噴き出した。

 外に待たせている天寧に報告に行きたいんだが……

 うむ……それにしても、決戦場所がだんだん狭くなる話なんてあるのか?

 札幌が舞台なのだから、ショッピングセンターは除くとしても、ススキノ、大通公園の原発基礎、次は豊平川の河川敷か札幌ドーム辺りじゃないのか? それが蓋を開ければ、元カノジョの自宅兼店舗で、それも六畳の部屋だ。

 見栄えしないな……

 しかも、私はだんだん弱くなっている。

 次の戦いがあったとして、それまでに充電は可能だろうか?

 ……私はバカか? こんな戦いは二度としない。そうする為に奴を粉々にしたんだ。

 次に魔王級とやらが地球に現れた時は、義兄でも母でも姉でも先輩でも使って、私は絶対出撃なんてするものか。

 ドアに這って行き、階段は左足と両腕で踏ん張って、尻で一段ずつ降りる。

 さすがに這って出て行くのは恰好悪い。なんとかして歩いて出ねば。

 商品棚に手をかけ、血が噴き出すのを我慢して立ち上がる。

 くそ……タバコを車の中に置いてきてしまった。

「お? 片付いたか?」

 先輩と天寧が視界に入る。その後ろにハルミン。

 先輩。闇医者を呼んでください……右足の血が止まりません。

「おう」

 先輩が携帯で闇医者に連絡してくれる。

 ハルミンに向かって頷くと、なにか言いたげだったが、すぐに視線を逸らし、部下たちに命令を下し始める。

 天寧は壺を両手で持ったままで、肩が震えていた。

「せ……せんせい……」

 商店の入り口から動くことができないので、天寧を手招きで呼び寄せ、その頭を撫でた。

 終わったよ……これでやっと私は書き物に専念できるし、天寧は芸能活動再開に向けて準備できる。

 こうして、私の約二週間の退治屋電撃復帰劇は終わった。

それから少し経ってからの話だ。

「どうやらぁ、あたしは先生に必要ないみたいなんですよぉ」

「……そうか?」

「そうですよぉ! こんなナイスバデーなあたしになんてぇ、興味ないんですよぉ! 失恋ですよ!? あんなに無償で尽くしたあたしを捨てて、若い娘にぞっこんラブラヴですぅっ!」

 これは署長が麻友の口真似をして私に教えてくれたことだ。

 若い娘って……麻友も充分若いんだが。

母のまだらボケで我が家の家事全般は崩壊しかけていたので、麻友でも天寧でも、居てくれればかなり助かっていたのは事実だ。

 しかし、あの出来事が終わり、天寧が我が家に住みついてしまったので、麻友の存在は浮いてしまっていた。

 後に天寧に問い質したところ、先輩夫人リン少尉立ち会いの下、女同士の話し合いが持たれたのだそうだ。先輩は一度に三日という北海道滞在期限を守って札幌から去ったが、リンは一週間ほど滞在し後始末をしてくれていたのだ。

「それでぇ……あたしはどうすりゃいいんですかねぇ? 署長さん」

「俺ならフリーだぞ?」

 こんな気の利いたセリフを吐く男ではない筈の署長が、即答したのは珍しい。

「……あたしは宗教家ですよぉ? 国家権力の署長さんが付きあっても良いんですかぁ?」

「遊んで捨てたとなれば、問題にもなるだろうが、付き合いだけではなく、結婚してしまえば誰にも文句は言えまい?」

「本気……ですか?」

「俺は前からお前しか見ていなかったんだが、お前は奴のことばかり追いかけていたから、俺の視線に気付く余裕はなかったんだろうぜ。ああ、そう言えば、偶然にも俺のポケットにこんな物が入っている」

 署長のキャラ崩壊だが、それは大変真面目な告白だったようだ。

 ポケットから取り出したのは、婚約指輪の入ったケースだったのだ。

「これと同じ物は世界にあと3組ある。あいつの親父さんは歯科技工士だったが、金歯に使う金と指輪に使う金は同じ金だって知っているよな?」

「……」

「まあ、なんの変哲もないあの親父さんらしい無骨なリングだが、あいつがお前に渡していないなら、俺のを受け取ってくれないか?」

 これで麻友は完全に落ちたそうだ。確かに私もそのリングは持っているが、誰かに渡したことはない。

 闇医者がどうやら闇看護婦の一人である花梨にそれを渡したと聞いたのは、その後しばらくしてからだ。

 あとの一組は先輩が持っており、リンが片方を左手にはめている。

「それで? お前はどうするんだ?」

 そんな先のことはわからんよ。相手の気持ちもあるだろうし、私が作家になり、養っていけるかも不透明だからな。

「そんなこと言っている間に、お前爺さんになっちまうぜ? せめてオッサンの間に解決しろよ?」

 そんなことはお前に言われるまでもないが、こればかりはわからないからな。

「まあ、そうかも知れんが……」

 それよりも、お前と麻友が結婚するとして、結婚式の招待客は大変だな。会場まっぷたつで、片方は警官だらけ、片方は新興宗教関係者だらけだ。お前の地位から考えて、こぢんまりとした結婚式は無理だろうからな。

 そんな冗談とも本気ともつかない話をしていると、天寧が部屋に入ってきた。

「あの……先生……」

 どうした?

 天寧はなんだか言い難そうだ。

「俺は邪魔かな?」

 気を利かせて署長が部屋から出ようとするのを、天寧が制した。

「いえ……そうじゃないんです……先生にお客さんなんです」

 私に客?

「はい……その…………リンさんです」

 私と署長が固まった。

 我が家の玄関には、天寧よりも申し訳なさそうな表情のリンが待っている。

 それは、風船男やその本体やゴルフボール大と化した奴より強いから同情してくれているのか、それとも、今回も活躍しない自分の旦那の不甲斐なさを嘆く表情なのか。

 いや、待て……冗談じゃないぞ? まだこの前の分を書き上げていないんだから、帰ってくれ。

 そう言いながらも、私は思わず右拳の充電状況を確かめる。

 先輩はしばらく誰も攻めてこないと言っていたと思うんだが?

「はい。魔王級より数段劣る相手なのですが……とにかく……素早く、ズル賢い奴なのです。大佐は現在、終の棲家を物件検索中でして……地球上におりません。北海道知事にその旨相談したところ『暇』なのがあなただと結論されました」

 終の棲家が地球上じゃないことにも驚きだが……待て……私は確かに暇そうかも知れないが、キーボードをカチャカチャ打つのだって、結構大変なんだぞ? まだ足首も完全に治った訳でもないし、ズルい奴相手なら、ハルミンの方がよほど向いているだろ?

「それもそうなのですが、知事はお忙しいとのことです」

 たらい回しの回す場所を絶対に間違っている。

「俺は署に戻ってもいいよな?」

 おい。お前まで逃げるなよ。

「あ、署長さんは別の任務が用意されていますので、札幌残留が決定事項です」

「そうか……知事の命令では逆らえないな。俺は署に戻って任務を受領するわ」

署長がさっさと車に乗り込み、去って行く。

……おいおい。現場は札幌じゃないのか?

「はい、香港です」

 リンは事も無げに言った。

 国内ですらないのかよ? 私はパスポートを持っていないぞ?

「ああ、正規の手続きは踏みませんので、必要ありません。ただ、見つかると国外退去になる場合がある程度です」

 そこは正規の手続きを踏んでくれ。

「少し厄介な場所ですが、あなたならなんとかするだろうと、お母様にも了承を得ています。念の為、天寧さんと封印の壺も一緒に同行願います」

 天寧、お前は明日復帰最初の仕事がどうとか、言ってなかったか?

「……はい。ラジオですが、生放送です」

 リン。そんな訳で天寧は欠席だ。

「香港から中継を入れましょう。それくらいの技術は日本にあるはずです」

 そんなことを言われてもなぁ……大体、どうして私なんだ? 世界にはもっと強力な超能力者がまだいるだろ?

 そう言うと、リンが肩をすくめてみせた。最初に玄関で見せた殊勝な態度は演技か。

「ご本人が気付いていないだけで、あなたは世界でも屈指の退治屋です」

 それは昔の話だろ?

「……いいえ。私は現在のあなたの話をしています。間違えなく、あなたのお母様が世界最強の能力者であり、そのご子息であるあなたは、私の夫である大佐と並ぶ退治屋なのです。そもそも、記憶の半分と能力が戻っただけで、魔王級を倒せるなんて真似は地球上の能力者のほとんどが無理なのです」

 どうして札幌にそんな偏っているんだよ?

「これはどう説明したものか……札幌が地球の中心だと表現すれば、正しいですかね?」

 リンは呆れ口調になり、母に同意を求めた。母は居間で編み物中の手を休める。

「あらあら……そうね。札幌は地球のすべての霊脈の元……つまり、源泉なのね。母さんが長い間、この土地をずっと守ってきた理由はそれだけなの。これを乱されると、地球が壊れる可能性があるからなのね……」

 温暖化とか、北極だか南極の氷が溶けただの、オゾンホールがどうとかいうのは無関係なのかよ?

「うーん……誤解を恐れずに言うなら、関係ないわね。私の使命は『地球から人類すべてが消滅しても、生き残ってこの霊脈を守ること』なの」

 随分でかいことを言い始めたぞ。

 母さんの考えでは、地球を守るのに人間は含まれていないのか?

「ええ、そうね」

 即答かよ?

「惑星が生き残れば、そこに発生する動植物の進化は続けられるけれど、人類が生き残ってなにをするのかしら? 無駄に壊し、無駄に他の動植物を駆逐しているだけでしょ?」

 逆に質問されてしまった。

 確かに人間はロクなもんじゃない……それは私も同意する。

「だからと言って、一部の選ばれた人種のみを残し、世界征服なんてバカ丸出しの考えも持っていないわ」

 ……母さん。『編み目』を飛ばしただろ?

 母が不機嫌な発言をする場合、これが最も多い状況だ。編み物で『目』をひとつ飛ばし、一段編んでしまった際、解かねばならないので人は不機嫌になる。母は確かに世界最強の退治屋で人外の能力者だが、人の形をしており、考え方も人に近いのだ。

「本当に……お父さんに似てきたわねぇ……」

 発言内容が父に近いのなら、能力も父に似て欲しかったものだな。

「普通は母さんの能力は継がないのだけれど、あなたは継いでしまったのね。お姉ちゃんはそんなに継いでいないのに……」

 そうかそうか……私は継いでしまったのだな?

「ええ、だから、世界で起こる怪異に対処しなくてはならない。この世代の退治屋としてね。それでもあなたは数年休んでいたのだから、リンさんの旦那さんに比べると楽をしていたのよ?」

 私は小説家になりたいんだが……

「それはもちろん、なりなさい。他の生活の糧があるならば、退治屋の仕事は断れるケースもあるわ。でも生憎、あなたはデビューもできていない」

 まあ、ニートだしな……

「いいじゃない? 出版社にお金を出してもらわずに、取材旅行に行けるのよ?」

 リン。ちなみに、飛行機に乗るのか?

「ええ、急ぎの案件ですから。千歳に軍用機を回してもらいました」

「あらあら……そう言えば、あなた飛行機が苦手だったわね?」

 ああ、高校の修学旅行で初めて乗ったが……羽田に着いたころには死にかけていたぞ。

「……船よりはマシだと思いますが?」

 まあ、そうなんだろうな。中学の修学旅行で船に乗ったが、あれもひどかった。

 私は自分で運転する車でも、たまに酔う。

「……まさか、ロープウェイやゴンドラ、リフトでも駄目ですか?」

 あれは『進行方向』に体が向いていれば、問題ない。

「ショッピングモール等のエレベーターは?」

 進行方向に体が向いていないと酔う。

「……上に向かう時は仰向けに寝るという意味ですか?」

 ああ、下に向かう時はうつぶせに寝ていれば平気だ。

「あらあら……まあ、それは母さんにも責任の一端はあるから、なんとも言えないわね」

 我が家は母の結界の都合で、遠出というものをしたことがないのだ。

 リンが真剣な表情で腕組みして考え込む。

「相手が小物でも、あなたの能力が完全発動しないのであれば、問題は大です」

 私は飛行機に乗ると、自慢ではないが二日は寝込むぞ?

「揺れずに目的地に着く方法……天寧さんは大丈夫ですか?」

「はい。私は飛行機も船も新幹線も慣れていますし、乗り物酔いの心配は要りません……でも、本当に仕事が……復帰初日に海外から中継するというのも……」

「ラジオは明日の何時からですか?」

「午後6時ですけれど、最悪4時には現場に行かないと……」

「……仕方ありませんね……瞬間移動の助力能力者を呼びます。『今日中』に片付けて戻る方向で話を進めましょう」

 リンが携帯を取り出し、どこかに連絡する。

 私は携帯の時計を確認し、深いため息をついた。

 数分後、どこからともなく現れた助力能力者に促され、私と天寧とリンは一緒に手を繋いで家を出た。

 女の子と手を繋ぐなんて、公美と以来だから、数年ぶりか……

 そんなことを考えていると、何かの呪文みたいな言葉が聞こえ、私たちは玄関先から目的地に一瞬で移動した。

 制限時間は24時間。

 札幌に比べると、なんだか薄汚れた空を見上げ、私は呟く。

 まあ、天寧が一緒なのは嬉しいんだが、危険な目にだけは遭わせたくないんだよな……

 天寧に封印の壺を使わせないと心に決め、私は見知らぬ町を歩き始めた。

 作家への道のりは遠く険しい……険し過ぎるんじゃないか?

                                         了 


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