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その前に、まともな服を着せてくれ、それは世の中では下着のみと言うんだ。
「じゃあ、お姉さんの服借りますよぉ。天寧ちゃん、こっちだよぉ」
二階の私の部屋の手前に姉の部屋がある、服は結構置いてあるので、好きな物を着ると良い。
私や姉が成長して着られなくなった服までとってある。我が家は『物を捨てられない家』なのだ。毛糸で編んだ服など、解いて母が別色の毛糸を足して編み直したりする。故にセーターにまともな柄の物はひとつもないが、今は夏だから大丈夫だろう。
天寧は麻友に付き添われ、二階の部屋に上がって行った。
「お前、あんな美人をよく拾うな?」
先輩の奥さんだって、将来相当な美人に育ちそうでしたよ?
「俺の場合は一人だが、お前はしょっちゅう拾っているじゃないか」
本当に助けになるのは先輩や闇医者や署長なのに、どうして我が家に転がり込んでくるのか不思議でたまらない。
「あらあら、お父さんもよく拾ってきたわよ」
台所で背を向けたまま大根を切る母の発言だ。
私の拾い癖は父の遺伝であるらしい。
そういう拾いものに慣れている母は、天寧に関してなにも私に聞かない。
天寧は露出という言葉に反応したのか、我が家にほとんど存在しない長袖のロングTシャツに足首まで隠れるGパンという姿になっていた。麻友まで着替えている。
「いやぁ、さっき電熱使ったじゃないですかぁ……放電後に焦げた匂いが服についてしまったのでぇ、洗濯させてもらったんですよぉ」
焼肉屋の匂いは一切気にしないのにな。
「……俺はこの娘に会うのは初めてじゃないか?」
言われてみれば、麻友が我が家に通い出したのは昨年だ。小学校以来の旧友の気分になっていたので、紹介するのを忘れていた。かいつまんで、我が家に麻友が出入りするようになった経緯を説明する。
「……新興宗教と特撮ヒーロー好きか……悪くないチョイスだ」
先輩は麻友の上から下まで眺め、何度か頷いた。先輩の中で麻友は面白い奴に認定されたらしい。
「身長158、体重秘密、バスト88、ウェスト58、ヒップ90の爆発ボディの麻友とお見知りおきください。先輩大佐!」
「……リンが俺の階級に言及していったのか?」
「いいえぇ、外国人部隊の階級章は変わっているので、記憶にあっただけですぅ」
先輩の階級章なんて気にしたこともなかった。
「作家志望なら、少しは気にしろって」
面目次第もございません。
台所からジンギスカンをタレごと煮込む音と、独特の匂いが伝わってきた。
「あのタレが大根に浸みているのが、妙に癖になる味なんだよな」
外食ではないので、こういう時は私もご飯もいただくし、野菜も食べる。
天寧は東京出身だと思うが、この匂いは気にならないのか?
「大丈夫……北海道の食べ物はなんでも美味しいし……匂いや癖も味のひとつだから……」
そうか、それなら良い。
しかし、5人で食卓を囲むなんて、我が家では有り得ない。
「……どうして作戦前だというのに、悠長にご飯を食べているのですか?」
発信機を複製して戻ってきたリンの一言である。
「まあ、お前も座れ。今夜は長くなるだろうからな。おばさん、おかわり」
外国人傭兵部隊の隊長と、一回り違いの副官にして少尉(階級章の見かたは麻友に教えてもらった)更に妻であるどう見ても子供にしか見えない女の子、元アイドル、宗教家、母、私。
にぎやかな食事風景。
リンの言った通り、これから戦闘を始めるようには見えない光景だろう。
天寧は痩せ細っているが、食は太いようで、麻友と競うように母におかわりを要求している。
どちらかと言えば、外国人であるリンのほうが、北海道独自で、更に我が家独自のジンギスカンに辟易しているように見える。
署長から連絡が入り、ショッピングモールの使用許可と、半壊までの許可が下りた旨を知らせてくれた。
「じゃあ、そろそろ行くか。おばさん。息子さんとそのお仲間を借りるぜ?」
「はいはい。なんの役に立つかはわからないけれど、ウチの息子で良ければどうぞ」
現場に向かう車の中で、リンから錠剤状の消臭剤を渡され、更に体中に消臭スプレーをぶっかけられた。
「このジンギスカンというものは匂いがし過ぎです。鼻の良い傭兵ならば、匂いで位置を特定しますからね」
「まあ、視界に捉えた瞬間は俺がぶん殴った後だろうがな」
こんな心強い先輩はこの世にこの人一人だけだろう。
現場に到着すると、先輩の部下という兵士たちは既に配置についていた。兵士たちを乗せてきたトラックと私たちを乗せてきた車はどこかに退避する。
「どうして敵の先鋒をここまで通すんですかぁ?」
麻友はすっかり先輩と意気投合したようで、結局本部に指定された三階毛糸売り場に付いてきていた。敵と思われる不審者が建物内に侵入しても、先輩はまだ手を出していなかったので、質問していたのだ。
「罠だとわかれば、敵は一旦退くからな。敵もその辺りは承知しているから、先鋒のレベルはお前の家まで押し掛けた3人組と大差ないレベルだ」
つまり、使い捨ての使いっ走り。倒されても良い部下ということか。
「そうだ。そんなレベルの奴等でもここまで到達できると向こうが思ってくれれば良い。俺への依頼は全員の捕縛で、逃がして良い奴は一人もいないからな。少なくとも敵には全員この建物に入ってもらわなくてはならん。全部署が動き出すのはそれからだ。まあ、俺が向こうの指揮官であれば、そんなことをせずに、俺が最初に入り、大体片付いてから部下を中に入れるがな」
私から見ても、最初に建物に入ってきたのは小物であると判断できた。停まったエスカレーターを登る足音が丸聞こえだし、受信機の光も見えているし、何より格好が派手だった。
「どこかの下部組織のチンピラって感じだな」
そう評した先輩が立ち上がり、傍にいるリンに本物の発信機カードを渡した。
「ちょっと殴ってくるから、お前たちはここを動くな」
見た目は散歩にでも行くような足取りだが、先輩は一切足音をたてない。
エスカレーターを三階まで登ったチンピラに、先輩が視認できたのかも怪しい。
聞こえた音は『ウ』『エ』『オ』という単発の言葉だけで、先輩は殴る音まで消していたようだ。その三文字で3人の敵が倒された。
援護の為に拳銃を一応構えていたリンが、それを下ろす。
しかし、銃規制の厳しい日本によくそんなもの持ちこめたものだな。
「……モデルガンですから」
即答されたが、嘘だと思う。彼女なりのジョークの類なのだろうか。
先輩が3人のチンピラを倒すのが合図であるかのように、今度は武装した一団が侵入してきた。こちらは黒っぽい服装で、映画やドラマで見かける特殊部隊の装備に見える。三階の吹き抜けから見える範囲で、15人くらいだろうか。
『こちらA1班。地下駐車場から11人。全員自動小銃装備』
『B1班。商品搬入口に偽装された不審なトラック2台』
『C1班。屋外駐車場に停車中のバンから8人降車を確認。屋内に入り次第対処する』
『D1班より本部へ。屋上付近に敵影なし。指示を乞う』
「空からの敵はなしか……本部よりD班へ。そのまま立体駐車場内の監視を継続。不審車両の捜索及び処理を徹底しろ。A2班は商品搬入口へ増援。各2班も1班の応援。E1、2班は単独潜入者の捜索及び拘束を徹底しろ。正面口を破ったバカ共は俺が処理する」
指示を出した先輩が足音をさせずに階下に降りて行った。
散発的に聞こえる銃声、これは先輩やその部下たちを見つけた敵が撃ったもので、それに応戦した銃声は聞こえない。代わりに、派手に商品棚を倒す音が聞こえる。ここからでは見えないが、人間がぶっ飛ばされ、商品棚に直撃するとこんな音がするのだろう。
「大佐。知事から許可が下りたのは半壊までですからね?」
『……ああ、それは大丈夫だ。今のところどのテナントも半壊に留めているさ』
余裕あるな。
「この程度の敵であれば、大佐が行くまでもないのですが、常に全力があの方のモットーですから……あ、タバコはこれにしてください」
匂いがどうとか言ってなかったか?
確か何かのアニメで、早撃ちのガンマンが愛飲しているタバコだが。
「世界で最も吸われているタバコです。基本的に傭兵も敵も吸いますので、匂いも気にならない筈です。それに、あちらこちらで銃撃も始まっていますから、硝煙の匂いの方が勝っています。ジンギスカンは別物ですよ」
そういうものなのか。
「はい。そういうものです」
「……リンちゃん。あたしトイレに行きたいんだけどぉ?」
この場合は緊張してトイレが近くなっているのかも知れないが、麻友の緊張感のない声は妙にこの場を和ませる。リンは基本的に怒ったような表情か呆れた表情しか見せていないが、先輩にも似た苦笑いの表情で麻友に図面を広げて見せた。
「そこの扉から従業員用バックヤードに入り、右に5メートルほどの場所にトイレがあります。バックヤードに入るまでは頭を低くしてください……あとは、電気をつけないでくださいね。それから使用後は水を流さないでください。万が一、敵が侵入してきた時は叫んでください。麻友さんは死ぬかも知れませんが、私たちは助かります」
さらっと言ったが、凄い注意事項だ。
「大丈夫ですよぉ。あたしには神様がついているし、いざという時は先生が助けてくれるから」
麻友、意味不明だ。
天寧は麻友が離れて一人で小さくなって震えていた。これが普通の女の子の反応だろう。
「麻友さんが戻るまで、天寧さんの傍にいてください……注意事項は『吊り橋効果』で、突然抱き締めるとか、キスしてしまうとか、エロに走ることのないように願います」
これをリンは本気で言っているのだから、外国人の性に対する教育は進んでいるとしか言いようがないな。
苦笑いしながら、天寧の傍に這って行く。
大丈夫だ。ここに本物の発信機があるが、持っているのはリンだからな。
リンの言葉を借りるなら、先に撃たれるのはリンだということになるし、そんな心配をしなくとも、先輩がすっ飛んでくるに違いない。
恐怖で蒼ざめる天寧は、確かに吊り橋効果を生みそうなくらい儚げだ。
「タバコ……吸っても大丈夫です」
私がタバコの箱を手に持っているのを確認し、発した言葉だ。
いや、リンから受け取りはしたんだが、私は一種類のタバコしか吸わないんだよ。
「あの……黄色い箱の……いかにも体に悪そうな……」
ああ、悪いだろうな。医学的な見地は私にはないが、美味いものは大抵体に悪いという考えはあるんでね。あのタバコと私が普段食べている肉は、基本的に体に悪いだろうさ。
天寧が少し考え、口に手をあてクスクス笑う。
「体に悪いとわかっているのに、どうして吸うんですか?」
美味いからだ。私は味覚音痴かも知れないが、美味いものに対する欲求は抑えられない。初めて親父のタバコをくすねて吸った時、大人はこんなに美味いものを子供に隠しているのかと思ったくらいだ。普通は咳き込んでしまい、すぐに止めてしまうというが、私は違ったな。
「タバコの味……」
少しでも天寧を落ち着かせる為に始めた話だが、彼女が興味を持ってしまった。
肉の味以外は興味がないのだが、タバコにも味があり、私の舌はそれを求めている。
「病気になりますよ?」
それは生きていれば必ずなにかの病気になる。素行不良で病気になる者もいれば、品行方正なのに病気になる奴もいる。病気は人間の素行など関係なく、必ずやってくるものだ。老衰でさえ、どこか内臓の機能不全が原因なんだから、仕方がない。まあ、強いて言えば、病気になっても、さっさと死なせてくれると有難いかな? 苦しいのは嫌いなんでね。
今度は吹き出しそうになったようだ。天寧の笑いのツボはこの辺りらしい。
「仕事が来なくなって、死のうとか思っていたのが、バカバカしいと思えてきます」
ああ、死ぬのは怖いことだ。特に、寿命以外で死ぬのはね。殺されたり、自殺したりなんてのはもってのほかだよ。
「……はい」
天寧が口から外した手を眺め、後悔の表情をした。手首の『かまって傷』だな。
その程度の傷痕であれば、闇医者が整形して見えなくできるから、後で頼んでおこう。
『こちらA1班、A2班。建物内の潜入者を掃討』
『こちらB1、2班。同じく制圧』
『C班。D班と合流。E班と共に単身侵入者の捜索に当たる』
「こちら本部及びF班より各班へ通達。駆除終了後、速やかに撤退せよ。捕えた者は外で待機中の警察にでも引き渡せ……腕の良い殺し屋がいれば、俺のところに連れてこい。懐柔できれば戦力増強になるからな。あ、頭のおかしい奴や薬漬けの奴は要らないから、それはいくら腕が良くても警察行きだ」
先輩が無線片手に帰ってきていた。
「お? 宗教家はどうした?」
「2番です」
リンが答える。2番というのはトイレの隠語で、接客商売の人間がよく使う。休憩を2番という職業もあるだろうが、リンは本当に日本語をよく理解していると感心した。
「うひゃぁぁぁっううっ!!」
うひゃぁぁぁっううっ? 何語だそれは?
「助けてぇっ! ドロップキック!!」
「おい、あの宗教家は何時代の生まれだ?」
先輩が呆れながら私に訊ねる。リンは既に走り出し、麻友の救助に向かっていた。
明治でも大正でも昭和でもないと思います。
「今時の女の子が『うひゃあっ』はねぇだろ?」
それは同感だ。
「ぬわぁぁああああっ!!」
いや、それもおかしな叫び声だぞ?
麻友がバックヤードから飛び出して来た。
「ななななな!? ないないナイフを持った男がぁっ!!!」
「うるせぇ」
同感だ。
蹴り飛ばしてきたんだろ?
「そりゃあ、レデーのおしっこ中に、突然壁を破って入って来れば、それは神様が許しませんよ!!」
一応前半は聞き流しておこう。壁を破って入って来ただと?
『こちらリン。単独潜入者のようです。トイレに隣接する在庫置き場の窓から侵入した模様ですが……完全に伸びています』
「了解……その辺にこいつのGパンが落ちている筈だ。回収してこい」
そう言って先輩が麻友になにかを手渡した。
「空中を『パンツ』が飛んでいるのを、俺は初めて見たな……履けよ」
「わわわわっ!? あたしのパンツぅっ!!」
命の危険性もあった筈なのに、こいつがやるとギャグ漫画だ。
リンが顔面に麻友の靴痕を思い切りつけられた侵入者を縛り上げ、片手で引きずって来た。見かけによらぬ力持ちだ。そして、もう片方の手に麻友のGパンを持っている。
先輩が気を利かせ、現場検証に行くと言ったので、私も付き合うことにした。
「……女子トイレなんて、入ったこともねぇが……」
それは私も同じだ。
「結構広いんだな。鏡も絶対男子トイレよりデカイ」
先輩は長身なので、トイレの鏡に自分の顔が半分以上映ったことはほぼないそうだ。
感想もそこそこに、麻友の使っていたと思われる手前の個室ドアを開ける。
「新しい建物の割に、古風な便座を使っているんだな……和式なんて久し振りに見たぜ」
従業員用の備品に金をかけないということでしょう。
「俺が従業員なら、巡回と称して客用のトイレを使うか、辞めるな」
その二択ですか?
「ああ、俺は体がデカイからな。和式は足が痺れるし、窮屈で敵わん……」
なるほど、そういう意見もあるんだな。
正面の壁に穴が開いていた。
先輩はそこから顔をとなりの部屋に出し確認する。
「ああ、トイレの窓よりでかい窓があるな。侵入はそこからか……屋上からロープと垂らしている……屋上駐車場の巡回の目を盗むのはなかなかの手練だが……壁が結構薄いから『音』でも聞こえたんだろう……」
一応、気配にしておきませんか?
「ん? ああ、そうだな……気配を察した敵は壁にナイフを突き立て、こう……ぐるっと一周させて穴を開け、麻友と鉢合わせか……慌てて後ずさり、ドアを開け……トイレのドアって内開きだよな?」
ええ、普通はそうでしょう。たまたまなのか、わざとかは知りませんが、外開きは珍しいですね。
「そんで……上のドア枠に掴まって『ドロップキック』か……瞬時の行動としては上出来だな。相手が拳銃だった場合はそうも行かないだろうし、危険だった」
麻友の行動はほとんどギャグ漫画レベルだが、天寧だったらと思うとゾッとするようなシチュエーションだ。
「そんで、大慌てでパンツも履かずに逃走……あいつ傭兵にならねぇかな? 女スパイとかでもいいけどよ」
麻友は声が大きいですし、こんな幸運がそんなに続くとも思えませんよ?
「……まあ、そうだな。次回があれば、あいつは留守番にしよう」
次回なんて要りませんよ。これっきりで充分恐ろしい体験ですから。
適当に切上げる。麻友がパンツとGパンを履くまでの時間潰しだし、私たちは警官でもない。更に、犯人は既に捕まっている。
戻ると、麻友が怖かった旨を天寧に訴えながら、意味不明な日本語を連呼していた。天寧が苦笑いしながらジッパーとベルトを締めている。
私は手にタバコの箱を持ったままだったのを思い出し、リンに返そうと近付いた。
「あ? バカ!!」
そうだな。色々な意味で私はバカな行動をした。
拳銃を構えた奴がこちらに向かって撃ってくるのは明白なのに、リンと麻友と天寧の間に入った。しかも、反応の遅れた麻友と天寧をわざわざ突き飛ばしてだ。
そのまま私も横に逃げれば良かったのだろうが、リンを心配して立ち止まった。これもバカな行動だ。
更に、両腕を広げて仁王立ちなんてキャラは私には向いていない。
リンが拳銃をしまって私を突き飛ばしてくれなければ、私の頭が吹き飛んでいただろう。そして、リンが拳銃を撃たなかったので、相手は無傷でコンクリートの柱の陰に飛び込む時間的猶予ができた。
更に、私は肩に一発被弾した。リンは敵の行動に注意しながら、私を柱の陰に引きずるという余計な作業が増えてしまった。
そんな余計なことをしなくても、先輩がすっ飛んできて、一撃で相手を気絶させてくれたというのに、本当に私はバカだな。
「バカ野郎! 大口径の拳銃は骨に当たれば簡単に肩ごと腕を吹っ飛ばすんだぞ!? 作家が片腕でキーボード操作していたのでは、効率が悪いだろうが!?」
痛いのを我慢して、左肩を見る。結構な出血だが、腕はもげていない。
だが、確かにこれではしばらくの間、口述筆記のソフトに頼るしかなさそうだ。
「ふう……『往診』に来て正解だったかな?」
闇医者が私の傍らに膝をついて傷口を見ていた。
「お前、どうしてここに?」
「突然の出来事で、心臓麻痺を起こしたお婆さんが一人『普通の病院』に運ばれたけれど、怪我人はこの建物の中にしかいないようだからね。僕の病院は閉めてきたよ。署長の誘導は完璧だったね。不発弾の発見とかいう嘘情報一発で、近隣住民は近くの体育館に全員避難完了。この建物の周囲は消防と警察、自衛隊の処理班と特殊装備班に完全包囲されているさ」
口を動かしながら、ライトで傷口を照らし、手当も進行中だ。
「俺は事情聴取なんぞ受けたくないんだが、脱出経路の確保は?」
「僕が一人で通ってきた道順であれば、誰にも会わないかな? 先輩の部下にさえ会わなかった道だし、その見取り図には出ていない地下通路だし……その地下通路の存在を知る者は札幌市内にも数人しかいないよ」
なんでお前がそんな通路の存在を知っているんだ?
「あれ? 僕が誰も知らない地下通路好きだって言わなかったっけ?」
知らん。