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作家志望の冒険(仮)  作者: 大久保ハウキ▲
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「そうやって仕事を取っていたんだね。それは実に憐れな子役俳優の末路と言えるかな?」

 私は近所の焼き肉屋に3人の人間を呼び付けていた。

 一人は闇医者、もう一人は署長、そして最後の一人は私のことを本気で先生と呼ぶ数少ない人間、名前は麻友まゆという。こいつは元どこかの宗教勧誘者であったのだが、たまたま機嫌の悪い我が家を訪問した為、完膚無きまでに教義を論破され、宗旨替えした女だ。

 宗教を信じる、信じないというのは日本人に与えられた自由のひとつであるので、私は否定しないのだが、時と場合により、それは嫌悪の対象になり得る。

 例えば、私が渾身の力を込めて書いた小説がむべもなく一次選考で落選した翌日などに、そんな奴が押し付けがましく神の使徒面し訪ねてきた場合などが該当する。

 麻友は熱心な新興宗教信者で、父が死んだ翌週に運悪く我が家を訪ね、私の逆鱗に触れてしまった憐れな生贄みたいなものだ。通夜と葬儀と火葬を終え、一息つきたいところに墓を買えだの仏壇を買えだの、49日の法要に弁当はいかがだのというセールス電話で精神的にくさくさしていた時だった。

 彼女を呼んだのは、私が最も信頼できる女性の友人だからである。

 ついでを言えば、天寧のデビュー作に該当する特撮ヒーロー番組を異常なほど好きなのだ。

 私が言うのもどうかと思うが、麻友は見た目が悪くない女だ。趣味が宗教研究と特撮番組の録画でなければ、それなりの男と結婚できたに違いない。

 ちなみに、この会合に野菜は一切登場しない。

 私を含めた4人は外食の際、野菜を食さないのだ。ひたすら肉を焼き、タレもつけずに食べる。米も野菜であるという信念を持ち、主食を肉とする獣のような勢いで肉のみをむさぼり食うのがいつものことだ。

 焼き肉屋は近所の馴染みで、私たちが暖簾をくぐると、何事もなかったように『本日貸切』の札を出し、シャッターを閉めてしまう。私たちがこの店の一日の仕入れ分の肉を全て食べてしまうからだ。

 私の報告を聞き、肩をすくめて発言したのは闇医者である。

 署長は一瞬箸の勢いが弱まったが、闇医者に同意すると、また食べ始める。

 麻友は追加注文のオーダーをメモ用紙に書き、網の上の肉をひっくり返すので手一杯だ。

「ちょいとあんたたち。なんの『悪だくみ』か知らないけれど『あいつ』みたいに、札幌の街を半分『焦土』と化すような真似はやめておくれよ?」

 この発言は店のおかみさんである。肉を焼く音に会話が邪魔されるので、どうしても声が大きくなり、聞かれてしまう。

あいつとは、私たちの先輩で、暴力専門家と呼ばれる人のことだ。

 一昨年の春、北海道知事暗殺を企むテロリストの集団が北海道に上陸し、先輩はその排除の為に札幌を二日間戦場にし、中央区の半分と北区と手稲区の大半を瓦礫の山にした実績を持っている。この先輩の凄いところは、それだけの破壊を行いながら、人が一人も死んでいないことだ。テロリスト集団の中にさえ死人は一人もおらず、全て生け捕りにして見せた。

「心配しなくても、俺たちにそんな化け物じみた能力ねぇから」

 署長が安請け合いしながら肉の追加注文を、麻友を通さずにする。

「ああ、署長さん。あたしの綿密なオーダー表が……」

「そんなもんは気分でやりゃあいいんだよ。あ、久々におかみさんの唐揚げが食いたいな」

「はいはい……本当に気持ち悪い食いっぷりだねぇ」

 そう言っておかみさんが厨房に引っ込んだのを見送ってから、署長が少し食うスピードを落とした。

「先輩の力を借りることはないにしても、同居人や保護者から警察に捜索願が出されていないのでは、部下を動かせない。お前と闇医者でなんとかできるのか?」

 それはなにをもって解決とするかにもよるが、この場合の解決方法はなんだろうな。

「半年干されただけで精神の参ってしまう女の子だから、単純に芸能界に戻しても、枕営業がついてまわるのでは、同じことを繰り返しかねない。今回はたまたま君の家に転がり込んだので助かったとも言えるけれど、毎回転がりこまれるのも迷惑だろうし、毎度彼女が君みたいな朴念仁に拾われるとも限らないからね」

 芸能界に戻さずとも、ススキノ辺りの夜の店なら引く手あまただろうが、仕事を世話できれば問題解決するというものでもない。

 朴念仁に関しては反論することもできない。

「麻友といい、その元アイドルといい、どうしてお前はそんなに女にモテるんだろうな?」

 モテているつもりはない。寄ってくる者は寄ってくるし、そうでない者は去るだけだ。

「そう思っているのが本人だけなのが、最も救いようのない事実だね。僕なら天寧ちゃんを自宅に監禁するくらいはするけどなぁ……」

「逮捕するぞ?」

「アハハ。妄想で逮捕されるなら、僕も含めたその手の人種で刑務所は一杯だね」

「……拘置所の間違えだろ? 妄想で刑期がついた裁判など聞いたこともないぜ……麻友、その肉そろそろいいぞ?」

「うわ! 焦げる焦げるっ。先生、もっと食べてくださいよぉ」

 私は自分の『陣地』の分をちゃんと食べている。食べるペースは常人から見れば異常だろうが、節度は守っている。それが私たちの暗黙の了解だろ?

 結局、この会合で結論は出なかった。

 おかみさんが冷凍庫と冷蔵庫を開け、中身が全てなくなったことを示したので、私たちは会合途中で店を後にすることになったからだ。

「ん?」

 徒歩で我が家の前まで戻ると、パトカーが一台歩道に寄せて停まっている。

「麻友。ナンバー控えとけ」

 署長がそう言って運転席の警官を一瞥し、我が家の玄関に男3人で向かう。

 玄関ドアが開いており、玄関ホールで母が警官2人に向かってなにかを喋っている所だった。

「やあやあ、御苦労さま」

 気配を消していきなり声をかけるのは、我々3人の悪い癖のひとつだ。

 闇医者が左側、署長が右側の警官の間合いを完全に封殺し、私は真ん中を堂々と通って母を居間に押し戻す。居間のソファの陰で天寧が小さくなって震えていた。

「おや? あなたは肝臓に病気を持っておられるようだ。僕が診察してあげましょう」

 闇医者はなんとも自然な動きで警官の右手首を掴み、脈を取るような素振りを見せた。警官の視線が自分の手首に向くよう仕向けたのだ。

 闇医者の右手が警官の首筋に伸び、動脈をつついて簡単に失神させる。

 一方の署長は思い切り顔をもう一人の警官に近付け。

「おう。お前はどこの警官だ?」

 と、質問し。

「西街派出所勤務だ」

 という答えを得、満足そうに笑った。

「あそこのこの時間帯の勤務者は北村、佐々木、石川の3名で、ちなみに石川は婦警だが、お前は北村か? それとも佐々木か? そして、運転席にいるのは男装趣味でも持つ石川か? それと、あそこの派出所にはミニパト以外配備していねぇ。そういう嘘は思い付きでするもんじゃないぜ?」

 警官の右手が拳銃に伸びるより先に、署長の右肘が顎を掠めていた。

「……上司の顔なんぞ覚える必要はまったくねぇが、俺は部下の顔を全員覚えているんでな」

 気絶した警官にその言葉は聞こえなかっただろう。

 残る一人はこの様子に気がつかなかった。我が家の伸び過ぎた松の陰で玄関先が見えなかった為と、ナンバーを控えた麻友が運転席の窓を開けさせた為である。少し色目を使った麻友の魅了能力は半端な物ではなく、私たち3人にも気付いていた筈の警官は一瞬でその存在を忘れ、麻友の唇に釘付けになってしまっていた。

 麻友はポケットからスタンガンを取り出し、警官の首筋に充て、放電していた。

 飛び込み営業の新興宗教勧誘は『戦場』だと麻友は言う。

 麻友はそれなりに美人であるので、勧誘に行った先でいかがわしい行為を求められることがあるのだそうで、その防御の為にスタンガンを普段から携帯しているのだそうだ。

「二人は俺が署に連れ帰り、合法的な取り調べをさせてもらう。お前はお前の調べ方で裏にいる黒幕の正体を探れ。麻友とお前はここに残って彼女の警護だな。こんなに早く居場所を突き止められているのはおかしい。彼女の体に発信機でも埋め込まれていないか確かめておけ」

 署長はそう言って運転席で伸びている男を簡単に路外に放り出し、闇医者と麻友が協力して後部座席とトランクに3人を詰め込んだ。

「チ……警察の支給品じゃねぇが、本物の拳銃だぜ。制服はどこかのコスプレレベルの品、警察手帳の偽造には手が回らなかったようだが、それなりに精巧な偽物か……へぇ、捜査令状の偽物か……俺のサインとは似ても似つかないサインがされているようだな。数時間で用意したにしては、なかなかの出来栄えだと褒めておくか」

 次々と犯罪の証拠になりそうな品を取り出し、助手席に座った闇医者にも見せている。

 その間に母から驚いたという話を8回聞かされた。これだけ繰り返しても、明日の朝までには忘れているのだから、母の脳内構造もたいしたものだ。

「ああ、この偽造組織なら僕が知っているよ。拳銃の密売元はもっと詳しく見ないとわからないかな?」

「お前に拳銃を預けて、銃刀所持規制法違反で逮捕するのも平和の為かも知れんが、下手すると人の命に関わることだからな。今回は見送ろう」

「そうしてくれると助かるよ『悪徳には悪徳をぶつける』を信条にする若い署長さん」

 こいつらの会話は心臓に悪い影響を与えそうだ。

 署長の運転する偽パトカーを見送り、居間に戻ると、母がソファの陰で震える天寧にまた同じ話を繰り返していた。

 麻友はその様子を楽しそうに眺めている。

 風呂でも入ってきてくれ。

 私はそう言って麻友と天寧を立たせ、脱衣所に放り込む。署長の言った発信機のようなものを麻友に探らせる為だ。

 居間のテーブル上に土鍋が空になって置いてある。

あの量を全て食ったのか。

少し安心した。天寧が精神を病んでいるのは明白だが、それに拒食症でも入ってくれると手の施しようがない。

母の言うことを割と素直に聞き、飯を食い、麻友の言うことを聞いて一緒に風呂に入ってくれる。こういう場合にイエスマンであってくれるのは、こちらとしては助かる。

母が編み物に戻ったので、私は父の元仕事部屋兼仏間に行く。ソファの上に乗せたままになっている天寧のバッグをもう一度調べる為だ。

あんな裏の人攫いを寄越すくらいだから、天寧の体内に発信機を埋め込んでいてもおかしくはないのだが、芸能界はその人物自体が売り物である訳だし、グラビアアイドルで露出度の高い服を着ることの多い人間の体を傷つけて埋め込むとは考え難い。

そうなると、彼女が必ず持ち歩く物に細工をしておくという考えに至る。

一昔前ならば、それは財布であろうが、今時分の女の子は財布を持っていなくとも、携帯は持っている。彼女はそのどちらも所有しているから、調べるのはその辺りだろう。

しかし、携帯電話というのは小型化が進み、それより更に小型の発信機が存在するのかを私は知らない。調べると言っても、生憎そういう物を仕掛けやすそうなストラップは一切付いておらず、電池蓋を外し中を見るくらいだ。充電池を外し、私の携帯の充電池と見比べる。

 特に変わったところはない。

 念の為、私の携帯にその電池を入れ、起動してみる。

 どこも変わった様子はない。

 充電したことによって発信機が作動したのかと思ったのだが、それはスパイ映画の見過ぎか。

 では、財布か。

 二つ折りの皮製財布。高価そうだが、使い込んでボロボロなのは否めない。

 中身を作業台の上に全て出し、財布だけを観察する。縫ってある糸のほつれや、修繕箇所があれば、そこが怪しいのだが、ボロ財布は修繕などされておらず、こんなところに発信機を埋め込めば、すぐに気付かれてしまうか、或いは無意識に落下しているだろう。

 バッグ自体も調べる。なにかを仕掛けるのには最も簡単な場所、それはバッグの底の中敷の下だが、そこには綿ゴミしかなかった。

 署長の考え過ぎだろうか?

 しかし、署長が言ったように、この短時間で天寧の居場所をつき止めて訪問できた理由がわからない。

 私ならどうやって仕掛ける?

 作業台の上に散乱するカード類を調べた。ペラペラのポイントカードを避け、堅いカードのみ残し、裏側に書かれたサインを見比べる。

 なるほど。

 5枚のカードの内、一枚だけ明らかに毛色が違うカードを見つけた。

 それはクレジットカードではなく、天寧の前の事務所で使っていた身分証だ。弱小芸能事務所の身分証カードにしては、立派過ぎるのが引っ掛かった。

 この身分証はどう見ても二枚のカードを接着して厚みを増している。

 クレジットカードより、0.5ミリは厚い。

 その0.5ミリが気になった。

 発行後に仕掛けるのは難しいだろうが、最初からそういう目的で仕掛けられているならば、現代の技術で可能だろう。この国は最小化技術が進んでいるからな。

「ああ、まったくその通りだぜ。なんでも小さくすりゃ良いって訳でもないんだがな。迷惑な話だ」

 合法的な取り調べを部下に任せた署長が戻って来て、偽パトカーの中で見つけたという受信機を手に身分証の発信機を確認しながら言う。

「まさにメイドインジャパンの傑作だと思うけどね」

 そう評したのは闇医者で、こちらは非合法な取り調べを部下である『闇看護婦』二名に任せてきたそうだ。私も会ったことがあるが、確か『木刀黒天使』と呼ばれる花梨かりんと『天然黒天使』と呼ばれるかなみの二人だ。考えてみるとこの二人は天寧と同い年だな。

「いやぁ、特にかなみが張り切ってしまってね。彼女は同年代の女の子が窮地に陥っていると聞くと頑張ってしまうんだよ」

 警察署に連れて行かれた二人は黙秘で済んでいるようだが、そっちに連れて行かれた一人は可哀想だと同情できる。

「奴等に受信機を渡したのは、芸能事務所の関係者なんだな?」

「うん。『あの状態』で嘘はつけないと思うけどね。弱小芸能事務所だけれど、お金の回りは随分良いみたいだよ。表向きに所属しているタレントはそれほどでもないけれど、スカウトしてきた女の子たちの末路は結構エグイかな」

「天寧の同期だった元タレントがススキノの風俗店に勤務しているのは突き止めたが、その子は既にこの世にいなかった」

 口封じされたというのか?

「芸能事務所がアダルトビデオ事務所に変貌することは珍しくないけれど、芽の出なかった女の子を人身売買的に風俗店に売りつけるシステムは、職業斡旋とは言えないよね。それがバレると犯罪だから、弱みを握って口封じし、そこから勇気を振り絞って告発に出ようとする子には……」

 闇医者が下を指差した。

「土に還ってもらうという訳だ」

 ここは日本だよな?

「ああ、世界でも有数の犯罪を『見つけられない』国、日本だよ」

「警察官としては遺憾の極みだが、事実でもあるので反論できん」

 天寧もその口封じのリストに入っているのか?

「それはわからん。彼女がススキノに勤める友人を訪ねてきて、なにかを見て精神に傷を負ったのか、それともその前からやられていたのか、確かめる術がない。しかし、追手がかかっているのは事実だ。彼女と接点のあったという事務所幹部とやらを締めあげようと思ったんだが、現在『ブラジル』旅行中だとか……」

 随分絶望的な言い方だな。

「まあ、僕たちの手に負えるような事件ではないよ。密売組織や某国政府高官や、裏の世界の重鎮がかなり絡んでいるみたいだからね」

 お前の闇医者という職業も充分裏社会じゃないのか?

「まあ、そうだけれど、僕は裏世界の人間としては小物だからね。充分とは言い難いかな?」

「俺も管轄地域外のことになると、途端に権力がなくなるからな。後手に回るのは性分に合わないが、防御に回るしか協力してやれない。いくらはみ出ているようでも、俺は警察官だからな」

 彼女が正気を取り戻し、発言されるとまずいから、この世に居てもらっては困るんだな?

「向こうの言い分はそんなものだろう。証拠はなにもないけどな。あの桜長天寧という少女が、俺たちが思うよりも放蕩娘で、困った芸能事務所が『商品管理』の為に発信機入りの身分証を持たせていても、それほどの驚きはないが……現在の彼女を見ている限り、そんな感じは微塵もねぇ」

 同感だ。このカードだが、ここに置いておくのは居場所を知らせているだけだから、どちらかに預かってもらいたいんだが?

「僕の病院は防御に向かない」

「まあ、警察と暗闘でもしたいなら別だが、署に置いておくのが良いだろう。先程程度の連中であれば、手出しはできなくなる」

「それより、俺に預けるのが面白い展開になるぜ?」

 第三者の声に驚いて我々が振り返った先には。誰もいなかった。

 身長2メートル、体重100キロを超えている巨体の持ち主は、我々に気配を感じさせることなくこの部屋に入り、声を発して我々を振り向かせ、その瞬間に我々の後ろに回り込んでいた。

 こんな人間離れした芸当ができる人間を、我々は一人しか知らない。

「先輩……いつ札幌に?」

 一昨年札幌で大暴れした先輩が、我が家に来ていた。

 先輩の職業は外国人傭兵だと聞いている。所属する傭兵派遣会社の本部が日本にないので、そう呼ばれる。

 先輩にこの発信機を預けると、どうなるんです?

「おう。相変わらず驚いている時間の短い奴だな。お前は」

 今日の午後から驚きっ放しなので、慣れたんでしょう。それで、先輩に発信機を預けるとどうなるんです?

 先輩は既にカードと受信機を手に持っていた。数瞬前まで我々を挟んでテーブルの上に乗っていたものだ。

「同じ発信機を作り俺を含めた傭兵に持たせ、追手をかく乱し、追ってきた奴はぶん殴る……警察はパトロールでもしてりゃいいし、闇医者は怪我人の手当てでもしてりゃいい。お前はこれをネタに小説でも書けばいいんじゃねぇか?」

「確かに、そういった囮捜査は日本の警察じゃ出来ない」

「僕の能力で、追手は倒せない」

 だから、先輩に丸投げしろと?

 先輩は頷いてから、仏壇に飾られている父の写真に手を合わせた。

「お前の親父殿には、小学生くらいの時にぶん殴られた記憶しかねぇが、絶対に自分の正義を貫くオッサンで、自分の子供だろうが他人の子供だろうが、容赦なく本気で怒ってくれる人だった。生憎、一昨年の件で俺は札幌に『出入り禁止』だったのでな。葬式に出られずにすまなかった」

 確かに、父ならどんな無茶をしてでも、他人の為に戦ってくれただろう。今回の件で天寧に悪いところがあるとすれば、事務所を移籍せずに枕営業を前の事務所の幹部としていたことくらいだ。それも強いて言えば、という話だ。仕事の回って来ない元アイドルの精神状態がどんなものかは予想の範囲だが、そこに付け込んで枕営業の強制をしていたと考えるなら、父の正義は天寧側にある。

「丸投げして良いこともある。お前は親父殿に少しも似ていない。風貌というか、オーラというか、まあ、性格は似ているかも知れんが、実力は皆無だ。世間的な地位や権力を持たないという意味で、お前は実に頼りない男だろ?」

 作家志望のニートですからね。

「闇医者にしても、警察署長にしても、ルールという枠があり、制限があるし、これからの将来もある。現在の北海道知事……一昨年当選した『女子高生』だが、あいつはかなり話のわかる奴で、ちょいと俺の『家族』に協力したいと申し出たところ、ちょっと面倒なルールは適用されたが、許可はくれたぜ?」

 北海道知事?

「元アイドルやオーディションに落選した卵たちの枕営業の話だが、当然裏で糸を引いている操り主が存在する訳だ。それが結構大掛かりな組織の行っている興行のひとつで、お前が今日の午後拾った女の子も、その末端の被害者だ。北海道知事がただの女子高生でないことくらいは知っているよな?」

 現北海道知事の高橋ハルミンは、現役の女子高生で、私たちの後輩にあたる。

 ちなみに、先輩はその学園の退学者だ。

 学園には、私の想像を超えない範囲の伝説がいくつか存在し、理事長の不死伝説や、その弟子たちが人間外の連中と日夜暗闘を繰り返しているなどという物があり、その弟子の中にハルミンと先輩は含まれるというものだ。

「今回の件。最終的に糸を引いている奴が人間じゃねぇという話でな。10年の出入り禁止を短縮してまで俺を札幌に呼び戻したという訳だ。悪人でも人間は一人も殺さないというルールで、今日も含めて滞在時間は3日間、その間に全員ぶん殴って捕える。最高位の奴は人間じゃないので、生死は問わないそうだ」

 いきなり現れて、そんな人外な話がありますか?

「なに言ってやがる? お前が普段書いている小説だって、基本は学園七不思議レベルのネタだろ?」

 う、よくご存知で。

「あまり本当のことを書かれると不味い場合もあるから、俺も読ませてもらったからな。まあ、衆目にさらせるレベルじゃねぇから、良くて一次突破くらいと踏んで、投稿は認めているけどな。お前はムリして俺や闇医者を主人公にするから、上手に書けないんだということをもう少し学んだ方が良いと思うぜ? 主人公はなにも出来ない自分に設定しないと、お前から見てなんでもできる超人が活躍する話なんぞ、誰も読みたがらねぇよ。まあ、逆に努力と根性で弱い己を克服する話なら、集英社の少年漫画に沢山あるし、お前にしか書けないものにせねば、入賞なんて夢のまた夢だろ? まあ、あくまで俺の私見だけどな」

 先輩にあのこっ恥ずかしい落選作品を読まれているのは計算外だった。

「まあ、お前は子供の頃から文才らしきものはあったが、どんな原石でも磨かねば光らんのさ。書き始めて4年、投稿し始めて4年にしてはまともな物書きに近付いているとは思うが、まだまだ修行不足だろ? まさかネットの掲示板に『俺はオッサンだから、選考を通らない』とか『下読みに実力がない』とか書き込んであるのを信じている訳じゃあるまい? それはどれもこれも、『俺は下読みすら唸らせる能力がない』と、自分で宣伝しているようなものだぜ? 他人のせいにするのをお前の親父殿は誰より嫌い、お前はその息子で、その信念を最も受け継いでいる筈だからな」

 先輩が神に見える。

「今の俺は基本的に見えるものであればなんでも殴れるが、最初から人外のものを殴れた訳じゃねぇ。子供の頃は人くらいしか殴れなかった。俺は自分の親父が大嫌いだったが、あの人の修行に付き合ったお陰で、色々なものを殴れるようになったのだけは感謝している。お前はまだ途上の人間だ。修行を重ね、恥を重ねろ。敗残を糧に出来ない人間は大成しないというのが俺の論法だ」

 私が感心していると、闇医者と署長が拍手していた。

「流石先輩。俺たちがこいつに言いたかったことを見事に代弁してくれるぜ」

「いやぁ、持つべきものは本気で暑苦しい発言をできる先輩だね」

「……なにをしているのですか? 大佐」

 この発言に私たちは仰天する羽目になった。部屋にもう一人、人間がいたのだ。

 しかも、女の子。これは言葉通りの女の子だ。年齢は10歳くらいにしか見えない女の子が先輩と同じツナギの軍服姿でそこに立っていた。

 アジア人のようだが、日本人には見えない。

「時間がないのですから、演説会はまたの機会にでもしてください。当人の了解と説明は私がしておきました」

「ああ、そうだったな。作戦概要の説明とお前たちの了承をもらいに来たのだった」

 誰です?

 私たちが気配を感じられない人間は先輩くらいのものなのだが、こうして視界に入っている今も、一瞬目を離した隙に消えそうな気配しか放出していない。

「ああ、俺の副官。名前はリン。プライベートでは嫁だ」

「は?」

「先輩、犯罪では?」

「……俺は国籍を持たないから、気に入った奴を嫁にしても、日本の法律には触れない筈だが? 2年ほど前に戦災孤児になったこいつを拾い、先日結婚を申し込まれ、オッケーと言っただけだしな。ちなみにリンの祖国では、初潮を迎えた時点で結婚して良いというルールがあるし、婚姻届も要らない」

 ロリコンですか?

「……あのな、真顔で聞くなよ……いや、まあ、そう言われればそうなるか。干支で言えば一回り離れているからな」

「これでも、2年待ちました。早く子種を欲しいと思いますが、大佐はまだ早いと言われますので、仮面夫婦状態です」

 難しい言葉を知っている。

「しかし、鴛鴦の契りを交わし、所帯を持った」

 難しい言葉で返し、リンが頬を赤らめた。日本語がきちんと通じている。

「まあ、愛情の形は人それぞれということで、良いんじゃない?」

「ここに法律家がいなくて良かったとしか、俺には言えんな」

「……まあ、そういう訳で、作戦内容に入ろう」

 どういう訳なのかわからないが、先輩がそう言って札幌の地図を広げる。

「北海道知事からの要請で俺が動いているという情報を得て、おっとりがたなでラスボスが千歳辺りに着く頃までに、既に札幌に潜伏している雑魚から中ボスクラスまで片付ける」

 リンに発信機入りカードを渡す。

「何枚複製しますか?」

「……そうだな……15枚で良いだろう。一時間以内に頼む」

「了解しました」

 敬礼し、リンが我が家から飛び出して行く。

「場所は……繁華街は避けるか……ススキノ辺りで大暴れし、ついでに暴力組織のひとつも壊滅させてやろうかと思ったんだが、時間もあまりないしな。俺たちの出身地でもある西区は場所に指定したくはないが、移動時間も考えると、南区という訳にも行かない」

 一昨年の大暴れのお陰で、北区と手稲区は未だに復興途上だ。中央区は流石に復旧したが、再度半壊させれば、北海道出入り禁止10年では済まないだろう。

「豊平川の河川敷はどうです?」

「いや、あそこは開け過ぎている。大きな建物が必要だ。そこに雑魚から中ボスまで誘い込むのがベストだ。できれば千歳空港の破壊も避けてくれとの要請を受けているので、ラスボスまで来てくれるとありがたいんだがな」

「札幌ドームは? 今晩は日ハムの試合もない筈だよ?」

「広さは申し分ないが、破壊すると今季の日ハムは全て対外試合になり、今後ホーム戦ができなくなるからダメだ」

 なんの心配ですか?

「現在の監督と知り合いなんだよ。まあ、移動時間も考えると、西区にできた新しい建物辺りにするか……10年以内に建ったスーパーがあるだろ? 一昨年ぶっ壊した手稲区のと同じ規模のやつ……まあ、あそこは二階建てで上が倉庫だったが、発寒にあるのは何階建てかな?」

 開店した際に一度両親を連れて行ったきりの大型店舗を思い浮かべた。

「あんなでかい箱が必要ですか?」

「こっちは15枚の発信機プラス本物1枚の16枚。1枚につき4人……5人の配置として、80人上陸。80人を配置するにはそれくらいの規模は必要だ。部下は150人ほど連れて来たが、リンともう一人の副官以外はまだ上陸してねぇんだ」

 中ボスと雑魚キャラは一体何人潜伏しているんです?

「200人以上だな」

 戦闘の素人である女の子一人殺すのに、そんな数が要るんですか?

「まあ、要らねぇ。だが、確実を求めるなら、それくらいは必要で、少ねぇくらいだ。あの元アイドルは、お前たちが考えているより、重要な鍵……この場合は向こうの組織を壊滅させるような情報という意味だが……それを頭の中に持っている。北海道知事が世界の秘密をいくつか知っているが為に一昨年殺されかけたのを忘れた訳じゃあるまい? まあ、あの時は俺の部下は1000人以上投入したし、北方四島の太平洋側にアメリカ艦隊、千島列島北部にロシア艦隊、日本海秋田沖の海底に中国潜水艦まで配備したけどな。あれに比べれば今回の情報は大規模な裏組織ひとつが潰れるくらいの情報でしかない」

「規模がでか過ぎて、イマイチ把握できん」

 私も頭を抱えたくなった。今日の午後に女の子を拾っただけで、大規模な裏組織の壊滅作戦に付き合わされるとは思わなかったからだ。

「まあ、そんなに大規模でもねぇから、お前は署に戻って火事に備えろ。住民誘導用のパトカーと消火用の消防車は結構な数が必要だろうから、手配を頼む」

「ああ、わかった」

 納得のいかない表情で署長が渋々承諾し、我が家の前に停めてあった自家用車で署に戻って行った。

「僕の病院も、開けておいたほうが良いかな?」

 この場で妙に楽しそうなのは闇医者だ。先輩もある意味楽しそうだから、少数派は私のほうか。

「お前の所に運ぶと『死人が生き返ったりする』からな。近隣住民の受け入れ態勢だけ頼むぜ」

「りょうかーい」

 闇医者であるくせに、彼は立派な病院と呼ばれる箱を持っている。それは我が家のすぐ近くにあるので、歩いて戻った。残されたのは私だけである。

「お前と元アイドルには俺の班に入ってもらうぜ」

 私たちも行かなければなりませんか?

「そりゃあな。ここの場所は既に向こうに知られている訳だし、ここに人を残すのは危険だ。ついでに言えば、俺の傍にいるのが最も安全だと言える。それに……」

 それに?

「現場に行かずに書いた小説はつまらんぜ? 想像して書いた部分というのは、余程出来が良くないと、読み手を現実世界に引き戻してしまうものだ。お前が今まで書いた7本は、全部他人から聞き知った程度の学園七不思議だろ? そこに想像を足して補えれば、ベストな小説も書けるかも知れないが、情報は足で稼ぎ、自分で見るのが最も良いさ」

 なんだか、恐ろしく勉強になる発言だった。

「あらまあ……」

 居間のソファで編み物をしながら居眠りに入っていた母が目を覚まし、驚きの表情で先輩の顔を確認する。

「あらあら、あなたが隊長さんね? どうかウチの息子をお願いしますよぉ……ああ、そうだわ。今晩はジンギスカンにしましょう」

 母さん。晩飯はもういいよ。

 そう言いかけた私を制し、先輩が腹ごしらえに賛成した。

「そう言えば、おばさんの『大根入り』ジンギスカンは暫くいただいていないな」

 我が家のジンギスカンは基本的に鍋物として扱われ、鉄板焼きや網焼きとは違う。北海道であれば、コンビニにでさえ売っているジンギスカン鍋は我が家に存在せず、オールマイティに土鍋で作られる。焼肉でさえなく、すき焼きやしゃぶしゃぶに近い状態のものを指す。私と姉は幼少期にその煮物状態のものをジンギスカンだと覚え込まされ、外食をするようになってから驚いた。

 言ってなかったかも知れないが、我が家は元々4人家族だ。

それにしても、普段会わない先輩の顔は忘れてしまうんだな。姉が帰省した時に姉の顔を忘れているとかいう状態は勘弁してほしいところだ。姉は怒らせると怖いからな。

 母が勇んで台所に立つのと同時に、脱衣所から麻友と天寧が出て来た。

 彼女を救う作戦の筈なのに、すっかり存在が薄くなっていた。


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