第8話 きらきらひかる
五時間目の終わりくらいだった。
「あ」
窓から雨が降ってくるのが見えた。
今日の朝はいろいろゴタゴタしていたから天気予報も見ていない。雨の予報だったのだろうか。
とりあえず筆箱からメモを取り出し、左右に回してみる。
傘もってる?
夜桜。
ない(> <)
浪桐。
持ってない……
どいつもこいつも天気予報を見ろ。
私の代わりに見ろ。
仕方なく前後に回す。
あんまり男と一緒の傘は入りたくないんだけど、濡れ鼠になるよりかマシだ。
傘もってる?
木場。
あるぜ!!!!!
橿原。
あるよー。
よし、偉いぞ二人とも。
褒美として私と相合傘で下校する権利をやろう。
木場と一緒だと他の女子からなんやかんや言われる可能性があるので、それを考慮して科学部の橿原でいいだろう。
それか他の女子に持ってる奴がいるかもしれないし。
下校の方向が同じな奴を当たってみるか。
と、いうわけで。
下校時刻。
「ねーねー、傘ある?」
私の家は賢狼高校とやたら近いので、同じ方向へと帰る奴が逆に少ない。
同じ方向に帰るのはクラスに数人といったところだ。
私はそのうちの一人の年伽琴筆に声をかけてみた。
「ごめんなさい、私も持ってないんです」
どーしてこのクラスの女はみんな天気予報を見ないんだよ。
置き傘くらいしとけ、折り畳み傘くらい持っとけ女子力低いぞ。
「俺なら持ってるし二人とも入れてやるよ!」
それは知ってる。傘をこれ見よがしに振り回しながら机を一つ二つ乗り越えて木場が割り込んできた。
そして3P相合傘ハーレムを楽しもうというみえみえの目論見に若干イラっときたので、雑賀が私と同じように傘を持ってる奴を探しているのが見えたので奴を呼ぶ。
「ねー雑賀、木場が入れてくれるって!」
「おっマジ!? よっしゃラッキー」
雑賀は廊下へと木場を引っ張っていった。ざまーみろ。
木場も木場で露骨に落胆した態度を見せながらお前は入れたくねーよとか言っているが、案外まんざらでもなさそうだ。
きっとあれはあれで、楽しいのだろう。
さて。
「琴筆はどうすんの? 濡れて帰る?」
「私はお姉ちゃんと一緒に帰るので」
そりゃ家の方向とか考える必要ねえわな。
家族かあ。
私姉妹も兄弟もいないからな。
あんまりそういうの、ないなあ。
「じゃあまあ、私の入る余地なさそうだね」
「ごめんなさい、私が二本持ってたらよかったんですけど」
「いいのいいの、気にしないで」
窓の外を見ると雨の勢いは衰えることなく、むしろだんだんと強くなってきていた。
濡れるのやだなあ。
特に髪が濡れるのが。
仕方ないし橿原でいいか。
と、さっきメモで確認した橿原のところに行こうとしたその時。
私に傘を差し出す者があった。
もう誰とか説明はしないぞ私は。
あいつだよ、あいつ。例の。
その時あいつが私のとこに来たんだよ。
何がって、ピンク色の傘なんか突き出してさあ。
プルプル震えながら。顔真っ赤にして。
私まだ琴筆としゃべってる途中だったのに、木場以上に無理やり割り込んできて。
琴筆もすげーびっくりした顔して、そいつのほう見て。
そりゃ今までまともにしゃべってるとこすら見たことない奴がこんなことやってんだもん、そりゃ見るわな。
しかもその次に発した言葉がこれだぜ。
「き、綺羅星さん、私傘、あるので……い、いっしょに、帰りましょう!」
このクラスで一番女子力持ってんのお前かよ。
断るのとか無理だろ、あの流れ。
クラス中注目してたぜ。
こいつ度胸あるのかないのかわかんねえよ。
その度胸あるんだったら友達くらい作れるだろ。
「…………」
仕方なくこうして相合傘で下校をはじめたわけだけど――
なんか喋れよ。
身長差の問題で左肩が若干雨に当たるしよお。
とりあえずなんで私を誘ったのかだけわからなすぎるから教えてくれ。
「あ、あの……」
私の願いが通じたのか、古畑寝屋はやっとのことで口を開いた。
「……ごめんなさい」
「……どの!?」
いきなり謝られても心当たりが多すぎてわからない。
どれだ。あれか。あっちか。それともあれの事か?
「いえ、あ、あの……その」
ひどく言いづらいことなのか、口ごもんでいる。
なんでだ。
「私、ずっと綺羅星さんのこと、怖い人だと思っていたから」
「……怖い人、ねえ」
そりゃ牛耳ってはいるけど。
圧政を敷いたこととかは、ないんだけどな。
「私怖いかな?」
「……だって、明るいし、勉強もできるし、なんでもできて……すごいなって」
「言いすぎだって」
まあ言いすぎってほどでもないけど。
「でもそれがなんで怖いのよ」
「……私とはぜんぜん、住む世界が違って、私のことなんてなんとも思ってなかったり、するのかなって」
古畑寝屋はひどく言い淀んでいるように見えた。
確かに、あまり言われて気持ちのいい内容ではないと思う。
事実なんとも思っていなかったから言い返せないけど。
「でも、でもね」
さっきまでの淀んだ空気が変わり、彼女の口からは聞いたこともない明るい声とともに古畑寝屋は少しだけこちらに肩を寄せてくる。
私の右肩と、傘を持つ彼女の左腕が接する。
私から見て右上から、彼女は私の顔を見る。
私もそれに合わせてなんとなく彼女の方を見上げる。
「そんなふうに思ってた綺羅星さんも、私と同じもの食べてて、同じ机で眠たくなって、同じアニメ見てたんだなあってわかったから、嬉しくなって」
光る――ような。
きらきら、光るような。
雨の中、雨粒に反射して、すべての雨粒が彼女のそれによって蒸発してしまうのではないかと思うくらい。
その言葉とともに私の方に向けられた笑顔は、自然というか、心の底から笑っているんだろうなってすごくよくわかるような笑顔で。
こんなふうに笑う奴なんだなあって気づいた衝撃というか。
教室で笑っているところなんか見たことないし。
ドーナツ屋では二人ともそんな余裕なかったし。
寝てたときも財布のときも終始困惑していただけだし。
私は彼女のちゃんとした笑顔を――100%のスマイルを、初めて見た。
「だから仲良くなりたくて、一緒に帰りたくなったの」
彼女は私の顔から視線を外して、また前を見た。
一方私は視線を外せない。
まだ彼女は笑っている。
笑って前を見ている。
一方私はぽかんと馬鹿みたいに口をあけて、彼女のほうを見ている。
「おかしいかな?」
おかし――くない。
いや、おかしくない。
でもおかしい。
おかしくないわけはない。いやおかしい? おかしいわけはない?
混乱。
混乱に次ぐ混乱。
ひどく頭の中が混乱して、判断や整理ができない。
「だ、だって――」
私は王で。
あなたは歩兵で。
身分がこんなに違うのに。
そう言いかけた。
「?」
古畑寝屋は少し首をかしげて、困ったように笑っている。
「私に声をかけようとしたことなんか――今までないのに」
今まで――
それこそあの琴筆とか、おとなしい感じの子に話しかけようとしていたのに。
しかもそれすらできないで、ずっと誰にも声をかけられずにいたのに。
「うん、それは――」
また、少しこちらに寄ってきた。
彼女の長い髪が肩に触れる。
「私いままで気が合うとか合わないとか、そういうこと全然考えないで友達作ろうとしてたの」
馬鹿だよねえ、と彼女は自嘲気味に笑う。
「友達になってくれる人なら――誰でもいいって考えてた」
怖くない感じの人なら、誰でもいいって。
そりゃ誰も仲良くしてはくれないよねえ――。
彼女はこちらを見ることもなく言った。
じゃあ、じゃあ。
私は。
私は、そうじゃないって、思ったのか。
誰でもいいわけじゃなくて、王である私を。
王たる私を選んだのは。
自分と同じような奴なら誰でもいいわけじゃなくて気が合うとか合わないとかそういうことを問題にした上で私を選んだってことは。
「私、私を――なん、で」
あれ?
おかしいな。
雨、雨じゃないよなこれ。
「私、私、今、まで、ずっど」
自分の声が変だ。
しゃくりあげて、鼻水も出てきて。
なんだこれは。
私は――なんで、泣いているんだ。
こんなにも悔やんでいるのは、何故だ。
こんなにも心が痛いのは――何故だ。
いや、何故って。
知ってる、わかってる。
彼女と話している時からなんとなく、わかってた。
いやきっと、ずっと昔から知ってた。
小学一年生のとき――10年前から、ずっと知ってたんだ。
私が今涙を抑えきれないのは、私が王だからなんだ。




