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第7話 制裁への前途多難

さて。

じゃあまず古畑寝屋を探すところから始めようか。

確か私より早く教室を出たはずだけれど……あ、いた。


「あ、古畑さーん!」


 私は古畑寝屋に手を振る。彼女がこちらを振り向くのを待たずに、その腕を抱きしめる。


「ひっ……へぇっ!?」


 古畑寝屋はわけのわからない悲鳴をあげる。いきなり名前を呼ばれた意味も、いきなり抱きつかれた意味も全くわからないといった顔だ。

 しかもさっき自分の机で寝ていた奴に。


「ごめんねー、昨日うっかりお金返すの忘れちゃっててさー」


 後ろから横から前から。

 明らかなざわめきが聞こえる。

 当然だ、教室内ヒエラルキー最上級の女と最下層の女が仲良さげに腕を絡ませているのだ。

 まったくもって大事件。

 それでいい。


「でも今財布持ってないからさー、またあとで返すね!」


 古畑寝屋の顔に向かって――

 100%のスマイル。

 ふだんの営業ビジネススマイルとは格が違う。相手を虜にする時に使う本気の笑顔だ。

 ついでに顔を不必要に近づけたりもする。


「ぃ……ぇ……」

 

 いきなりの腕への抱擁。

 いきなりの笑顔。

 ついでにいきなりの顔の接近。

 古畑寝屋は、何がなんだかわからないといった顔のままだ。

 とりあえずカツアゲとかはしないからそこは勘違いしてくれるなよ。

 

「じゃ、また後でねー」


 私は彼女に手を振り、いつものように夜桜を含む上級ヒエラルキーが集まるグループに戻る。

 誰も彼も、さっきの古畑寝屋と同じくらいに困惑している。


「何? どうかした?」

「……い、いや別に」


 私が聞くと、黙る。

 周りのざわめきはまだやんでいない。

 私たちはそのまま無言で移動教室へと向かった。

 

 しかし、あいつ――

 できればここで顔を赤らめたりしてくれてるのが理想だったんだけどな。

 もうちょっと、やり過ぎてみるか。

 無言の集団の中、私は密かにさらなる接近を誓った。




「じゃ、これね」


 教室に戻ってきた私は古畑寝屋の机の前にしゃがみこみ、持ってきた財布から金を出す。さっきと同じ理由で周りの人間は見て見ぬふりをしているのか困惑しているのか、近づいてすらこない。

 あえてぴったりな金額ではなく、千円札を一枚渡す。


「う……うん」


 彼女は机の横にかけられた自分の鞄から財布を出し、おつりを出そうとする。その瞬間を私は逃さない。

 それではちょっと、やり過ぎるとするか。


「へー、古畑さんの財布すっごく……」


 すっごくかわいい。

 それどこで買ったの? 教えてよ。てかLINEやってる?

 そんな感じのことを、言おうとしたのだけれど。

 途中まで言いかけたとき彼女は何かに気づいたような素振りを見せて、まだおつりの小銭を出してすらいないにも関わらずものすごい速さで財布を鞄にしまい込んでしまった。


「あっ……これは」


 古畑寝屋の顔が一気に紅潮する。

 一瞬見えたあれは――確か。


「これは、そ、その、違、違って、今日だけで」


 彼女はどもりながら必死に言い訳をしている。

 いや、ある意味予想通りっちゃあ予想通りなのだけれど。

 イメージどおりっちゃあ、イメージ通りなのだけれど。

 彼女が言い訳をしている理由は、おそらくだが彼女の財布の模様にあった。

 彼女の財布にはピンク色の水玉模様と共に、アニメのキャラクターが印刷されていた。

 しかも乙女ゲーのイケメンキャラとか深夜アニメの美少女キャラクターとかではなく、毎朝日曜に放送されている女児アニメのキャラクターですらなかった。

 いや最後のは半分当たっているけれど。

 されているというか。

 されていた、なら正しい。

 

「確か、これ」


 私は鞄の中に手をつっこんで財布を取り出し、もう一度しげしげと近くで眺めてみる。

 やっぱり、私が幼稚園のころにやっていた女の子向けアニメだ。


「やっぱりそうだ、懐かしいな――」 


 確か夢中になって見ていたっけ。

 毎週日曜日には早めに朝ご飯を食べて、テレビの前に座り込んで。

 確かその頃はママと一緒にテレビを見てたような気がする。

 もう、内容も覚えちゃいないけれど。

 その時私がどんなことを考えていたかなんて――もっと覚えていない。

 覚えていない。

 いないのだ。


「か……」


 か?


「返して……ください」


 私がノスタルジーに浸っていると、涙ながらに私に何かを訴える声があった。

 ぽたり、ぽたり。

 机の上に生理食塩水が落ちる音も聞こえる。


「返して、くだ、さい」


 ……君は泣きながら女子高生に財布の返還を求められたことがあるだろうか?

 私はある。

 今その状況だ。


「ち、違うから! 盗ったんじゃないって!」

 

 私は無実を必死に訴えるも、彼女の涙は止まらなかった。

 何……この、何!?

 なんで!?

 いやだから私カツアゲとかはしないって!

 善の王なんだって私は!

 いやさっきちょっと返さなくてもいいかなとは思ったけど直接金を巻き上げたりはしないって!

 おめーらもさっきまで近寄らず遠巻きに見てただけのくせにちょっと女の子が泣いたからって急にこっち見てんじゃねーよ雑魚どもが! 小学校か!


「ほら、返す! 返したよ! なんなら千円足したよ!」


 私はさっきまで懐かしさに微かな愛おしさすら感じていたその財布に千円札をぶち込み、彼女の鞄に全力でぶん投げた。

 

「なんで泣いてるの!? そんな大事なものだった!? 勝手に取ってごめんね!」

「なぎさが、なぎさがぁ……」

「ブラックはこんなことじゃ何ともねえよ!」


 私のペースがことごとく乱されていく。

 周りの視線も痛いが、それ以上にあまりのこいつの行動原理の不明さに頭が痛くなる。

 私の作戦としてはこいつを必要以上に持ち上げてクラス中の注目の的にしてやって、大恥をかかせてやろうという算段だったのだが――

 なんで私が恥かいてんだよ。

「いない人」みたいなこいつへの扱いを利用して、そのみっともなさを周知に晒してやろうと。

 羞恥に晒してやろうと思ったのに。

 制裁を下そうと思ったのに――なんで私はこいつを必死で宥めているんだ。

 私はもうこいつに対し怒ったらいいのか蔑んだらいいのかはたまた仲良くしたらいいのか、もはや私はこいつに対し何を感じているのかすらもさっぱりわからなかった。


 ぶっちゃけありえねえよ。


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