第6話 制裁への移動教室
私の身体は固まった。
固まった。
固まった。
固まった。
見られた。
見られた。
見られた。
人の机に座っているところをその持ち、主に見られ、た。
なんで、ここに、今何時、みんなもういる、え、ここどこ? 学校。なんで?
ふらふらと。
ぐるぐると。
頭の中で情報が回る。
理解、追いつかず。
とにもかくにも、私は立ち上がった。
古畑寝屋の、方向を向いて。
椅子が後ろの机に思い切りぶつかり、座っていた男子が驚いてこちらを見る。こいつ誰だっけ。どうでもいい。
「ね、眠たくてさぁ――」
違う。寝ていた理由じゃなくて、ここに座っていた理由を、話せ。
どうして?
この席で?
……私だって、わっかんねえよぅ。
「あの、いや、私真ん中だ殻、恥っ子の関ってどんな漢字かなって、あ、あはは」
もはや何もかもがおかしい。口が変な形に曲がって声が上がったり下がったり発音が意味不明になっているのが自分でもわかる。顔はさっきから熱すぎて耳まで熱い。
「じゃ、じゃあね! ごめんね!」
一目散に自分の席へ走る。
すとんと、座る。
いつもどおりに。
いつもどおりか?
程無くして夜桜もその横に戻ってくる。
夜桜も声をかけようとはしないし、私もかける言葉がみつからない。
というか多分無い。
今はいったい何時なのだ、と腕時計を確認した瞬間に始業のチャイムが鳴った。
いったい一時間目は何の科目だったかと目の前の現実を見ることで現実逃避しながら朝のホームルームをやり過ごす。古畑寝屋の方向は見ることすらできない。前を向いていると視界の端にどうしても入り込んでくる位置関係が、こうなってくるとうらめしい。
教師の声が頭に響くも内容はまったく入ってこない。きっと人生楽あれば苦ありみたいな話をしているのだろうと勝手に想像する。
なんでここ二日間、こんなにも苦が続いているのか。いやもっと前からこんな感じだっけか――
そんなことを考えていると、ありがたいことに、もしくはありがたくないことに、いつの間にかホームルームは終わっていた。
右隣の浪桐 十金に聞いたところ、一時間眼は科学で移動教室らしい。別にどうでもいいと思いながら席を立ち廊下を歩いていると、あろうことか夜桜が話しかけてきた。
「ねー……るりり?」
「……なに?」
できれば数日間は話したくなかったが、できるだけ気丈にふるまう。今更感があるけれど。
「昨日のことなんだけどさ……」
昨日、昨日か。今日のことじゃなくて。
さっきのあれよりひどい失敗ではなかったから軽傷で済んだような気もするが、それがどうかしたのだろうか。
「昨日るりりお金払わないで行っちゃったでしょ、あれ古畑さんが立て替えてくれたんだよ」
「え――夜桜じゃなくて?」
「うん、私でも木場でもなくて、古畑さん」
「……なんで?」
「たぶん、私のせいだから、とか言って」
そうか――今考えてみたら。
あまり客もいない店内であんなに騒いでいたら、他の客が聞いていないわけもなく。
つまりそれは、古畑寝屋も聞いていたということ。
あの、やりとりを。
逃げた私の姿も含めて。
「だから、……気まずいかもしれないけど、返さないと駄目だよ」
「……返さないと、駄目、かなあ」
身分、私のほうが上なんだけどなあ。
ここ私の王国だから私はお金を返さなくてもいいって法律作れないかなあ。
あ、そうだ。
「じゃあ、夜桜がかわりに返しといてくれない?」
「あー……いいけど」
我ながらいい思いつきだ。
金さえ返せばいいのだから。
金ならある。千円くらいなら普通に。
後で渡してもよかったがもうさっさと、できれば移動教室に行く前に渡してほしかったので、制服のポケットに入れっぱなしだったことを祈ってポケットを探る。財布は鞄に入れていたが、幸運なことに千円札が一枚入っていた。
「じゃ、はいお金」
「んー……おつり後でいい?」
「いやいや、いらないいらない、おつりはお駄賃にしていいから」
「子供扱いかー! でも、もらっとく」
軽口をたたきながら、いつものノリで夜桜に金を渡す。木場に奢らせる算段だったがこの出費で古畑とのなんだかんだを終わらせ、完全に縁が切れるなら安いものだ。
「んじゃ後で返しとくねー」
「うん、よろしくね」
後は頼んだぞ夜桜――と、その場を去ろうとした。
しかし、お金を払ったからといって本当にこれで終わりにできるのかという不安は少し残る。
もしかしたらいろいろまた面倒なことになるんじゃないか――とかそう考えだした途端、私の中に全く別の疑問が浮かんできた。
これで終わりにできるのか――ではなく。
これで終わりにしていいのか――と。
結果の問題ではなく、私の意志の問題。
お金を渡してハイサヨナラ、か?
そもそもなんで私が金を払わないといけないんだ?
悪いのはあいつじゃないのか?
だからこのお金は返さない。
とか、そんなレベルの話ではない。
「んー、待って夜桜」
「なに?」
「やっぱ自分で返すわ」
私は夜桜の手から渡した千円札を奪い取った。
「……そう?」
「うん、ちゃんとお礼も言いたいし」
その時の私の笑顔は、たぶん完全なものであったと思う。
誰から見ても満面の笑みであったと思うし、そこに闇とか陰りとか陰鬱なものとか、そんなものは一切ないパーフェクトに感謝をこめた最高の笑顔であったと自画自賛する。
当然だ、だって私の心はそれまでとはうってかわってこれ以上ないほどに最高の気分だったのだから。
私は最高の気分で、歩き出す。
あのこともあのこともあのことも全部、私は許した覚えなんかない。
心の中で憎悪が渦巻く。最高の気分だ。
だから私は。
だから私は――彼女に。
古畑寝屋に。
残酷に残虐に抵抗なく躊躇なく、一切の手ぬかりなんかなく、やり過ぎるくらいに。
王たる私は、彼女に制裁を加えることにした。




