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第5話 教室での起立着席

 教室のドアを開けると、予想はしていたが当たり前のように誰もいなかった。


「……」


 いつもなら夜桜を含む友人たちに挨拶のひとつでもしてやるところだが、今日はその相手がいないので無言で教室に入る。誰もいない教室を見回し、やることもないしとりあえず自分の席にでも座ろうか――と自分の席へ向かった私の足は、途中で止まった。

 そうだ。

 せっかく誰もいないのだし――ついでに。

 何のついでだよ、と自分に突っ込みをいれながら窓際へと歩く。

 てく、てくと。

 一歩一歩歩く。

 ゆっくりと。

 たどり着いたのは、窓際の席。

 件の少女、あいつが座る席。

 友達もいないくせに、昨日から私を悩ませるあいつ。

 思えば私は小学校時代から数えても窓際の席というものになったことがなかった。

 名前もか行だから名前順で決められるときはいつも廊下側のあたりに席があったし、席替えを行った時もいつも中心か廊下側、それでなくても左から二番目の席にしかなったことがないことに今更ながら気づいた。

 窓際の席、どんな感じなんだろうか。

 馬鹿らしいとは思いつつも興味がわいてくる。

 あいつの座っている机――いつもここで本を読んでいて――たまに机に突っ伏して寝ていて――いや、あれは寝たフリをしているだけかもしれないけれど。

 ここに、座っても、絶対にバレたりなんかしない。

 教室には誰もいない。

 念のため教室から出て廊下を見回してみた。誰もいない。

 今一度古畑寝屋の机に戻って、机を上から眺めてみる。


「ど、どんな感じなのかな、窓際の席って」


 からっぽの教室で誰に言うでもなくひとりごちる。

 どんな景色が見えているのかな――気になるな。

 すごく気になるから、ちょっとだけやってみよう。

 私偉いんだし。誰にも文句なんて言わせない。

 ゆっくりと椅子を引く。ガガガッ、と椅子と床がこすれあい、思ったよりも大きな音が出て思わず手を放す。

 もう一度音をたてないように椅子を引く。今度はそれほど音をたてずに座るくらいのスペースをあけることができた。

 

「…………」


 椅子と机の間に開かれた空間を見て、ごくりと唾を飲む。なぜ私はこんなに緊張しているのだろうか。

 まあ人の椅子に座るのには抵抗あるよな。じゃあやるなよ。

 そんな心の中のツッコミを無視して、私は椅子に向かって腰を下げる。

 お尻が椅子に触れる前に右手が机に着く。同じ教室にある同じ机とはいえ、普段の自分の机とはなんとなく違う感触を感じて手に違和感を覚える。

 次は――

 左手、だ。

 中腰の状態で右手の一本で体重を支え、左手を机の左側に伸ばし、机のへりを掴む。

 こうして私は両手でしっかりと机を掴み、机の右側に不安定に置いていた足を椅子の前に並べ、腰を降ろす。

 ぺたり、と。

 お尻を椅子につける。

 その瞬間からなんとなく心臓の鼓動がひときわ早くなったような感触がしたけれど、私は心臓からのメッセージを無視する。


「な、なんてことないな」


 座ってはみたものの、ここからどうすればいいかわからない。窓の外を見るか? いや、別に窓の外くらいいつでも見ている。変わり映えしない、いつもの校庭が見えた。

 ここで――いつも。きょろきょろしたり、本を読んだり、あんなふうにあんなことをやっているのか。

 だんだんと心臓も落ち着いてくる。でも、いつあの扉がガラッと開かれて誰かが教室にやってくるかと思うと気が気でなかった。

 もうちょっとだけ――二人っきりでいさせてほしい。

 私は机に頬をよせてみる。そのままくっつけると、外の気温と同じくらいの冷たさがダイレクトに伝わってきた。

 でもなんだかその冷たさが心地良い。ほてった顔をさましてくれる。

 しばらくそのままでいるも、教室に向かう人影どころか周りを歩く足音さえも全く聞こえなかった。

 こんなに早く起きちゃって、眠いなあ――

 そういえば今朝の夢、どんなだったかなあ――

 彼女のように机に顔を突っ伏し思いだそうとするも、結局思い出すことはできなかった。

 なぜならここで私の意識はいったん途切れるのだから。




 夢は見なかった。

 そんな暇もなかった。


「……りりー、るりりー、起きてよー」


 始業前の教室のざわめきの中、何者かに揺り動かされて私は眠りから覚めた。

 顔を上げる。私は――机で寝てしまっていたのか。

 では起こしてくれたのは左隣の夜桜か――。

 机に肘をつけたまま、左上を見る。

 とりあえず先に言っておくと、このときの私は寝ぼけていて、すっかり自分の机で寝ていたものだと思い込んでいた。

 寝ぼけた頭で予想した通り、私の体を揺らして起こしてくれたのは桜庭夜桜で間違いはなかった。

 しかし夜桜がいたのは私の右側で、左側にいたのは別の人物。

 その背の高さから、机に突っ伏した状態からちょっと左上方向に目をやったくらいでは顔が見えない。

 おかしいな、と思いながらももう少し視線の位置を上げる。

 そこに、いたのは。

 この机の本来の持ち主。

 その顔はほんの少し赤らんでいて――

 胸の前で指を絡めていて――

 でも何か、少し笑顔で。

 そこに立って、控え目にこちらを眺めているのは――彼女。

 件の少女。

 友達もいないくせに、昨日から私を悩ませるあいつ。

 古畑寝屋の席に突っ伏して寝ていた私を恥ずかしそうに見ている――


 古畑寝屋が、そこにいた。


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