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プロローグ


 これで私と寝屋の話はおしまいだ。

 この後に何を言っても蛇足になりそうだし――そもそもこの後に話なんかない。

 だって、私の王としての話はこの日にぜんぶ終わったから。

 だからもしこの後に話があるとしたら、それはエピローグではなくプロローグなのだと思う。

 王でないただの女子高生である綺羅星るりりの話。

 それでもいいのなら――もう少しだけ、続かせてもらう。

 お目汚しというか、あらんばかりの露悪主義にしかならないだろうけど、これはこれできっと時間が経てばいい思い出になるのだろう。

 時系列は例のあの日の翌日から始まる。




 目覚ましの時間どおりに起きた私は、顔を洗ってリビングに行く。

 いつも通り、私が起きるより先に家を出た母による作り置きの朝食が置いてあった。

 今までの私ならきっと何も思わず、もそもそと無表情に無感情で食べていたと思う。


「作って――くれてるんだよねえ」


 よく考えたら、時間のない朝に料理をするって相当面倒なはずだよな。

 忙しいだろうに。

 それでは、手を合わせて。

 

「いただきます」


 感謝。

 



 家を出た私はすぐには学校に行かず、家の前で立ち止まって待つ。

 しばらく待つとようやく現れた。


「や」

「……待ってて、くれたの?」

 

 古畑寝屋が驚いた表情で表れた。


「じゃ、行こっか」

「うん」


 私は彼女の手を取り、学校へ向かう。

 そのまま学校まで歩く間に、私たちの横を多くの生徒たちが通り過ぎていった。

 私たちが手を繋いで歩く姿を見てどこか驚いた表情をしている奴もいたけど、私はそれを気にすることはない。

 だが寝屋はわりと気にしているみたいで何度も私の手を振り払おうとしたが、そのたびに私は彼女の手を握り締めてそれを拒んだ。

 できることなら、離したくはない。

 教室に入ると、これまでとはレベルが違う量の視線に晒された。

 寝屋は私の手を無理やり振り払って、教室の隅っこへと逃げ去った。


「あっ、まったくもう」


 私といる時しかあんなオープンにはなれないと言っていたが、どうやらそれは本当らしい。

 もしくは私に気を使ってくれたのかもしれない。

 寝屋が私に気を遣う必要なんか、まったくないのに。


「おはよー」


 私は中心の机に鞄を置く。

 横に座っている夜桜はこれまでの生徒のような困惑した目つきではなく、どこか恨みがましそうに私を見ていた。


「……なに?」


 挨拶くらい返してほしいんだけど。

 そう思っていると突然夜桜は私の手を掴んできた。

 ドーナツ屋で寝屋を追いかけた時の、あの時の私と並ぶくらい乱暴に。


「私とも手繋いで!!」


 ……は?

 突然手を掴まれ、突然に意味不明なことで怒鳴られる。

 わけもわからずぽかんとしていると、夜桜は私の手をさらにぎゅうっと握ってきた。

 さらに私を睨んだまま言う。


「私もるりりと手繋ぎたいの!」


 しばらく――

 何も言えなかった。

 夜桜は真剣な目つきで手を握ったまま私を見つめる。

 でもやっとこさ、夜桜の言葉を理解した時。


「あは、あはははははっ!」

「あ、こら、笑うなあ!」


 馬鹿さ加減に笑うしかできなかった。

 夜桜のではなく、私自身の。

 なんだ私、友達いるじゃん。


「あははは、ぎゃは、あっはぁ……苦しい……」

「なんで笑うんだよぉ、いいじゃん別に」

「あーわかったわかった、ほれ」


 夜桜を抱きしめる。

 昨日の私のように。


「ぎゃー、抱きつくなあ! 暑い! 恥ずかしい!」

「素直じゃないなあ」


 私って。


「夜桜が私と手繋いでイチャイチャしたいならもっと早く言えばいいのに」

「だって……るりりって、なんかそういうの、嫌ってそうだし」

「あー……まあ、ちょっとそういうのからは遠かったかな」


 あんまり王が下々の者とベタベタするのはよくないって思ってたから。

 それももう過去の話だけれど。


「だからるりりが古畑さんと手繋いでて……なんかね」

「なるほど、だからジェラったと」

「うぐぅ……」


 顔を覆って照れている夜桜を横目に、教室の端をちらりと見る。

 本を読むモードに入っているかと思いきや、こちらに近づいてきた。

 なぜだか財布を持って。

 ……自販機でも行くのか?


「さ、桜庭さん!」


 直立不動で財布を差し出し、寝屋が夜桜に話しかける。

 というより叫びかけるといったほうが近い。

 あまりに突然すぎる寝屋の言葉に二の句が継げない夜桜。

 寝屋は私のほうをちらりと見る。

 私は王を辞めて何者でもないただの女子高生になったけれど――寝屋は逆に、何かになろうとしているみたいだ。

 王だけはおすすめしないけれど、彼女が何かになりたいのなら、私は全力で応援したい。

 がんばれ。

 私は無言のまま、笑顔をもって答える。

 寝屋は夜桜に向き合い、財布を突き出して言葉を続ける。


「ぷ、プリキュア……好きですかっ!?」


 ……。

 ……。

 …………。


「寝屋はドーナツ好きですかって言いたかったんだよね?」

「……そ、そうです! はい!」

「ど、どーなつ……ね、ぷりきゅあ……じゃ、なくて」


 夜桜はまだいろんなことに決着がつけられていないような顔だが、でもまあ最低の最低限のフォローはできたか。

 できてないかもしれないけれど。

 でもまあ、失敗して失敗して失敗し続けて、それでも誰かがフォローしてくれたらなんとか取り返しがつくのが人生ってもんだし。

 それが友達ってもんなのだろう。


「今日この前のあの店、行く?」

「あー……うん、私はいいよ」

「あ、ありがとうございます! 私も行きたいです!」


 寝屋も私も夜桜も。

 みんなで一緒に、楽しいことしよう。


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