アメリカに行けって言われたのですが
本作品はフィクションです
「アメリカに行きなさい」
母親の口から出たその爆弾に、私が出せた反応はただ一言。
「はあ」
それだけだった。
「人間、予期もせぬことを言われると、頭が真っ白になる」ってよく本とかで出てくる言い回しだけれど、いや、嘘でしょ。
これは白ではない。
どちらかというとマーブル。もしくは泥水色。
なんて、どうでもいいことを頭の隅で考えていた。
私こと伊藤梓は、「我が耳を疑う」ということを、18年の人生で初めて実体験してみました。てへ。
はて?
アメリカに行けと言われたような気がするのですが、私の聞き間違いで、実は「コンビニに醤油を買いに行け」が正解では?
「えーっと、今、何て?」
とりあえず、確認してみました。
「アメリカに行けって言ったのよ。浪人するくらいなら、アメリカに留学なさい」
―おおう。
正解は「アメリカに行け」でした!
だがしかし。
アメリカ?
なんで、アメリカ?
っつーかアナタ、私の英語の成績を、ちゃんと踏まえた上で物を言ってます?
ハッキリ言いましょう。私の英語の成績は悪い。
ちょっとだけ言い訳させてもらえるなら、初めから成績が悪かったわけじゃないんですよ?
中1の頃、英語の教科書にレギュラーとして登場するトム少年がイギリスでサッカーをやってたくらいの時は、まだ成績は中の上くらいだったはず。
その後、アメリカ人のオーバーオールを着たおっちゃんがリンゴの種をばら撒き始めたあたりから、英語の成績はかなりの低空飛行を行っております。
だって、文法とか、訳わかんないんだもーん!
そんな私に、「アメリカに行け」?
遠まわしに「死ね」と言ってんのか、コノヤロウ。
「何です? その顔は」
おっと、いけない。つい顔に出ちゃってたらしい。
まぁ、母親の言わんこともわからなくもないけどね。
その冬。
高三の私は、大学受験とやらに見事に失敗していた。
やる気がなかったわけじゃありません。多分。
ちゃんと勉強もしてました。それなりに。
ただ、普通の受験生の皆さんと比べて、ゆるゆるだったことは認めます、ハイ。
周りの皆が受験に備えて塾やら予備校やらに通っている間、私は小さな頃から習っているダンスのレッスンに通っていた。
普通の受験生の皆さんは夏の発表会を最後に辞めるのが通例であるところを、私は受験の数週間前まで、回数をほぼ落とさずに通っていた。そりゃもう、熱心に。
「梓ちゃんは、余裕ねぇ」
なんて周りからは皮肉半分・呆れ半分で言われてましたけど、別に余裕があったわけじゃありません。
現実逃避をしていただけです。スミマセン。
あと、受験を舐めてもいました。ゴメンナサイ。
でも、その頃の私は、とにかく踊れてさえいれば、それで幸せだったのだ。
それなのに、「受験だから止めろ」とか、私が何の罪を犯したっていうんだ。ふざけるな。
私からダンスを取るのは、魚から水を取るのと同じだぞ?
いや、実際には死にはしないと思うけれども、モノの例えってやつですよ。
まぁ、結局、まんまと受けた大学全部に見事に落ちて、今、目の前で母親に浪人はさせないと言われた挙句、100%混じりけ無しの命令形で、アメリカに行けって言われたわけですけど。
あはははは。
あまりの予想外の展開に、笑いしか出ないっす。
っていうか、アメリカの大学って、どうやって入るんだろう…。
それ以前に、アメリカのどこに行けと?
あの国、無駄に広いんですけど…?