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死後の世界なんて信じてはいなかった。しかし、私は今、ストーカーに背後から刺されて死んでいる、はずである。
造形はさほど美しくない平均的な日本人であったが、私はこの手の偏執的な愛情を向けられることが多かった。ヤンデレ製造機と付き合いの長い友達には言われたものである。
二ヶ月前から私に熱烈なラブレターを送りつけ、アルバイトの帰り道をずっと見守っていてくれた名も知らぬ男に、刺された。なんとなく、これは致命傷だと悟っていた。
死は、怖くなかった。やっと解放される。そんな気分だった。
人を呪わば穴二つ。いつか何らかの代償があるはずと思っていた。地獄行きはどうだろう。しかし、ここは地獄ではない。
「目が醒めましたか?」
暗い部屋にいた。美しい男が私の顔を覗きこんでいる。紫の瞳は心配している。
「……けほっ」
話そうとしても声が出なかった。
男は慌ててベッドサイドの水差しからコップに水を移し、差し出してくれる。
そう、ベッドで私は寝ていた。しかし、ここは病院ではない。私の家でもない。知らないマンションの一室のようである。
コップの水を飲み干した。
「…あー、あー」
声が出て少し安心する。
「ありがとうございます。っていうか、私、生きてたんですね。今回はさすがに死んだと思ってたんですけど」
「いえ、死んでいます」
目の前の男はにっこり微笑んだ。
その笑顔はあまりにも嬉しそうで、まあ一人くらい喜んでくれるなら死んでよかったかな、なんて私は思った。