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いち

 シャルロットは小さな小さな獣の子だ。ふわふわとした茶色い産毛は触り心地がいいと専らの評判である。

 ぽってりとした丸い体をゴム毬のようにあちこちに跳ねさせて辺りを見回す。

 ぴこぴこと耳を動かすが、聞こえてくる鳴き声に知り合いの声は混じっていない。


 (だーれもいない…つまんないの!)


 万年春の若葉の森は、色鮮やかな緑と色とりどりの花畑がそこかしこに広がっている。ぽかぽか陽気にのんびりすれば、いつの間にか微睡んでしまうから油断は大敵。

 森の仲間から、まだ青い木の実を口に無理矢理詰められた時のような表情で言われて来た忠告を、シャルロットはついうっかりと失念してしまった。

 小川のせせらぎと背の高い木々の合間から射す光のカーテンに目を泳がせて、花畑にコテンと転がって空を見れば、美しい若葉の青々とした香りを乗せたそよ風がシャルロットの鼻を擽る。


 「くわぁぁ…」


 思わず大きな欠伸をひとつ。

 こんなに気持ちの良い日和の森の中、遊び相手になってくれそうな友達が誰も見付からないのだから、暇を持て余してしまうのは自然の道理。

 このままお昼寝してしまおう。

 そう思ったシャルロットが夢の国に旅立つのは致し方無いのであった。

 だってこんなに、お昼寝日和なんだから。




***




 「シャルル、シャルル!」


 遠くで友達のオルリーの囀りが聞こえるなぁなんて、能天気なシャルロットは再び大きな欠伸をひとつ。まだまだ眠たいのだ。もうちょっとだけ、この温かなぬくもりに撫でられて居たいのだ。


 (あったかい…?)


 「シャルル!起きなさいってば!」


 甲高い声でシャルロットを呼ぶオルリーは、森の仲間も呼んでいる。どうしたのだろう、気になってシャルロットは微睡みながら耳を澄ませた。


 「ああ、どうしましょう。誰か助けて!シャルルが人間に捕まっちゃってるの!」


 「え!」


 オルリーの声に思わず目を見開くと、頭を覆う大きな影が何度も何度も繰り返しシャルロットの頭を撫でる。

 こんなぬくもりに覚えはないと、即座に脳内に危険信号が走る。いささかのんびりしていた信号のようだった。


 「なになにー!なにこれー!」


 じたばたと体を動かすと、シャルロットの頭を撫でていたものがピタリと動きを止める。


 「いやー!はなしてー!」


 「シャルル!やっと目が覚めたのね!」


 「オルリー、たすけてー!」


 「私じゃ無理よ、相手は人間なのよ…」


 「えー!」


 小さな小さな獣の子供のシャルロットよりもまだ小さい、オルリーでは人間に敵わない。

 ならばやる事はひとつ、シャルロットが暴れればいいのだ。


 「はなしてー!やめてー!」


 短い腕を精一杯振り回し、ついでに生えかけの爪も出してみると、シャルロットを覆っていた何かを引っ掻いた。

 すると、お爺ちゃん梟の長老様よりも低い声が落ちてくる。


 「っ、驚かせちゃったか…流石に野生の子じゃそう簡単に懐いてはくれないか…」


 無我夢中のシャルロットの視界が急に明るさを取り戻す。熱量を持った塊が離れて行って、ふわりと慣れ親しんだ香りのそよ風が産毛を撫でた。


 「もー、なになにー!」


 ぷりぷりと怒りながらぴょんと跳ねてシャルロットは花畑の中を跳ぶ。

 距離を空けて振り返ると、大きな大きな動物がいた。


 「わ、わー!おっきい!くまさん?」


 「シャルル!ああ、良かったわ」


 シャルロットの傍の切り株の上に降りたオルリーは忙しなく鳴いて友達の無事を喜んでいるが、当のシャルロットの興味は別に向いていた。


 「オルリー!おっきいのがいるよ!あれはなに?けむくじゃらグーリとはちがうみたいだけど」


 子熊の友達のグーリの親よりは小さいようだが、それでもシャルロットやオルリーと比べれば遥かに巨大な生き物だ。


 「あれは人間よ、シャルル。人間は危ないから近付いたら駄目って言われていたでしょう?」


 「にんげん…あれがそうなの?すごいおっきい!つよいのかな?こわいのかな?」


 興味深げに鼻をぴくぴくと動かせば、シャルロットのひげも一緒に動いて見せる。オルリーはよく知っている。シャルロットの好奇心は何者にも決して抑えられないと。

 だけれど相手は野蛮な人間。いくら興味を引かれたからと言って、そう簡単に油断はしてはいけないのだ。


 「シャルル、駄目よ。人間はいけない。食べられちゃったらどうするの?さあ、今のうちに逃げましょう」


 「どうして?わたし、あのにんげんってつよいのかこわいのか、すごくきになる!」


 「駄目よ。シャルルお願い、帰りましょう?」


 「いやだよー!どうしてー!」


 「シャルル!」


 森の仲間の中で一番幼いシャルロット。

 その面倒を見てきたオルリーは、姉貴分として無事にシャルロットを親元に返さねばならない。

 今にも人間の元に跳んで行きそうなシャルロットに困ったオルリー。そんなやり取りを見ていたらしい人間が、独り言を呟いて懐から小さな包みを取り出した。


 「そろそろ帰るか…」


 「わわ!にんげんはにほんあしでたつの?」


 「シャルル!余計な口叩かないの!」


 「あー…そこの可愛いお嬢さん方。驚かせてしまったお詫びにお菓子はいかがかな?ここに置いておくからね、良かったら食べて」


 まるでシャルロットとオルリーの会話を聞いていたかのような言葉が聞こえて二匹は驚く。


 「人間の癖に私達の言葉が分かるのかしら」


 「えー!そうなの?それってすごいの?」


 オルリーの言葉にシャルロットは跳ねて切り株の上によじ登ろうとするが、ぽってりとした体を持ち上げるだけの脚力はまだない。その為コロンと転がり落ちた。


 「おちたー!」


 「シャルル…」


 転がって見上げた空はとても綺麗で素敵な事がシャルロットのお気に入りのひとつである。

 切り株に乗れず終いで見上げた空に浮かんだ雲は、ゆるりと流れて行った。


 「わー…おそらのあの、しろいの!ふわふわしてておいしそう!」


 「シャルル…貴方ったらもう!」


 興味の対象は次々に変化していく。転がるシャルロットの姿を見ていた人間は、吹き出すように笑い出した。腹を抱えて笑う様を初めて見たシャルロットは、首だけで人間を見る。


 「あのひとどうしたのかな!おなかいたいの?」


 「貴方の事を見て笑ったのよ」


 「どうしてー?」


 「…可愛いからよ、多分」


 「そうなの?」


 「そうよ、…多分」


 ひとしきり笑って満足したのか、人間は二匹を一瞥して花畑から去っていった。

 人間の姿が林に紛れて見えなくなるまで、その場でじっと動かず待っていた二匹。周りの確認をして危険がないと分かると、シャルロットは尻尾をぴんと立たせて人間の置き土産を確認しに行く。


 「シャルル、危ないわ!毒でもあったら大変なのよ!近付いては駄目!」


 「えー、そうなの?それっていけないの?」


 「いけない事よ、危ないわ」


 「あぶないと、なにがいけないの?」


 「もし、毒が入っていたら死んでしまうわ」


 「しんじゃったら、どうなるの?」


 「冷たくなって、動かなくなるわ。お友達とも遊べなくなるし、ママに甘えたりも出来なくなるの」


 「いや!」


 オルリーの言葉に驚いたシャルロットは、人間の置いていった小さな包みを慌てて投げた。

 じゃらりと微かに何かが擦れ合う音がして、ポトリと包みは花畑に落ちる。

 落ちた瞬間包みの縛り口が緩んでしまい、綺麗な色の石ころのようなものがコロコロと転がっていたのを見付けてしまったシャルロット。

 オルリーの言葉もあってか数秒迷って、やっぱり石ころへの好奇心は抑えられなかった。


 「シャルル!」


 悲鳴のようなオルリーの声は空気を鋭く走ったけれど、シャルロットは止まらない。

 慌てて手の掛かる幼馴染みを追い掛けると、地面に落ちていた綺麗な石ころを両手で掴んだシャルロットがオルリーによく見えるように持ち上げた。


 「みてー、きれいだよー!」


 丸いトゲがいくつもある、不思議な形の石ころだった。


 「何かしら…これ」


 初めて見たその石ころを、すんすん鼻を鳴らして嗅いだシャルロットは、とても驚いて石ころをポトリと落としてしまう。


 「たいへん、オルリー!このきれいなの、あまいにおいがする!」


 それを聞いたオルリーは、冷めた口調で返事をした。


 「シャルル、お菓子は大抵、甘いのよ」


 「ひゃー!すごーい!」


 この何でも気になる幼馴染みは、とてもとても驚いて、石ころを再び拾い上げた。

終始このテンションでお送り致します。

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