宣戦布告
ヒロイン様はどんな子でしょうね?
「あの、神津さん。」
な、なんとヒロイン様です。
「私に何か?」
ヒロイン様は意を決した様に強く私を睨むと言いました。
「わ、私。帝君が好きです。帝君を縛りつけるのは止めてください!」
「………私、そんな趣味は持ち合わせていませんけど?」
何でしょうか?
SMプレイなんて怖すぎます。
「違っ!そうじゃなくて!この時代に親の決めた婚約者なんて時代錯誤も甚だしいって事で………」
ああ、そう言う事でしたか。
あまりに馴染みのない言葉だったから。
「私の家ではお祖父様のお決めになったことは絶対。貴女に何を言われようとも変わることは有り得ませんよ。」
私は彼女に微笑んで見せました。
私の大好きな少女漫画のライバルキャラの令嬢の様に。
まさか本の様な宣戦布告をされるなんて思ってもいませんでした。
顔がニマニマしないようにしないとです。
「帝君が苦しんで居てもですか?」
ヒロイン様。
帝様をそんなにも好きなんですね。
私も貴女の様に可愛いげのある女に生まれていたら自分で帝様を幸せにしたかった。
「………苦しんで居ても、私にはお祖父様のお決めになったことは変えられません。」
お祖父様の言うことは絶対。
私はそうなる様に生きて来たのです。
お祖父様もお優しい人です。
きっと帝様との婚約を破棄したいと言えば許してくれるでしょう。
そんな優しいお祖父様だから要らないと言われないように嫌われないように側に置いてもらえるように、お祖父様の言ったことは逆らわなかった。
逆らわないから私を側に置いてくれているのではないのも解ってます。
でも、お祖父様の言ったことは絶対じゃないと私は帝様の婚約者でいる自信がない。
そんな臆病で胸を張れることのない人間が私なのです。
「帝君を幸せにしたくないの?」
したいです。
それを声に出すことなんて出来ません。
「何で、何にも言わないの?………そんな人に帝君は渡せない。」
「渡す渡さないでは無いのですよ。」
貴女は私の理想通りのヒロインです。
漫画のワンシーンの用だと私は思っていました。
「私が絶対に帝君を幸せにして見せる!」
「頑張って下さいね。」
私は心から言ったのに物凄く睨まれました。
良く良く考えたら結構嫌味な事を言ってしまった様です。
少し外の空気を吸いに屋上に行きます。
屋上はあまり人が居なくて良いのです。
ベンチまで有るのに寄り付かないのはここが家柄の良い子息や令嬢の多く通う学校だからかも知れません。
案の定屋上に人の気配は有りません。
ベンチに腰を下ろすとほのかに煙草の匂いがしました。
匂いが流れてくる方を見ると屋上のフェンスに寄りかかり、煙草をふかす科学教師の松井潤一先生が私の方を見ていました。
「よう!神津。お疲れか?」
気配に気づけなかったです先生。
「いいえ。疲れては居ません。」
「本当か?さっき宣戦布告されてたろ?」
見られていたとは、本当に気配を消すのが上手い先生です。
「そうですね。帝様はモテモテです。」
「慰めてやろうか?」
先生は煙草を持っていたシガレットケースに押し込むと私の隣に座ります。
「煙草臭い方はお断りです。」
「煙草臭いかキスしてみないとわかんねえだろ?」
セクハラです。
先生は不適な笑みを浮かべます。
「すでに臭いです。」
「もうちょっと怯えるとか、赤くなるとか、セクハラです。って言うとかあんだろ?臭いは傷つくって。」
先生はチャラくて人気の先生です。
金髪を短くツーブロックにして、耳にピアス。
柄物のシャツはチンピラの様です。
伯父様と並んだら………通報されそうです。
「神津はそんなんで疲れねえの?」
「そうですね。さほど。」
「じゃ、何が楽しくて生きてんの?」
この先生は何で先生で居られるのでしょうか?
「先生。楽しくなかったら生きてちゃいけませんか?」
「?!」
「大丈夫です。毎日楽しいですから。」
先生はかなり驚いた顔をしています。
「神津。」
「何です先生?」
先生は、私が笑いかけるとばつの悪そうな顔をしました。
「すまん。」
「謝られると私が悪いみたいじゃないですか。」
「なんかあったら、俺が慰めてやる。」
「訴えます。」
「覚悟して慰めます。」
「慰謝料請求します。」
先生は項垂れてしまいました。
「お前に慰謝料請求されたら俺生きていけないじゃんよ!」
「慰めないでほっとけば良いのです。」
「目の前に弱ってるいい女が居るのにか?」
「………先生。私が訴える前に他で訴えられちゃうんじゃないですか?」
「好みの女にしか言わねえよ。」
私は笑ってしまいました。
「先生が私以外の誰かに訴えられたら良い弁護士を紹介してあげましょう。」
先生は大きな声で笑ってくれました。
きっとセクハラまがいの慰めだったのでしょう。
私も笑ってしまっていましたから、成功です。
先生。訴えられますよ!