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【吐き出した想い ※アルベール視点】

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

1か月以上更新がストップしてしまい申し訳ありませんでした。

「ところで何を集めて来いって話だったかしら?」

「アンヌは相変わらずだね…。」

「ベラドンナの実…それから、ユズリハの新芽、出来ればマンドラゴラの根…僕らが採集出来そうなのはそんなとこかな?」

「いいかい、採集したものは必ず全量出す事。城に戻って計量した量と学校へ提出する量が一致しないと大変なことになる。アンヌとサラ、君達なら大丈夫だと思うけれど…ベラドンナがどういう植物かきちんと理解しているね?」

「もちろんよ。」

「もちろんです!」


今日は、授業の一環で緑の森(フォレ・ヴェール)に採集に来ている。

僕アルベールとアンヌ、サラ、そして引率はローラン様だ。


フレッドとルイは魔術クラスの授業の補助をしており、リラは彼女の魔術の師匠であるピエール氏の元で半日手ほどきを受けてから合流する事になっている。

とはいえ、合流しても彼女とは別行動になるのだろうな…。

そもそも、僕達と彼女の採集可能な薬草や薬果が違うし、彼女は森での単独行動を許可されている。

僕達は単独行動は疎か、引率が無いと森での採集すら出来ない事になっているし、場合によってはその役を彼女が請け負う始末だ。


仕方がないこととは言え、情けなく思ってしまうのは、僕のくだらない男としてのプライドの所為だろう。




薬草学には興味があるし、薬の調合はもちろん採集だって勉強したいと思う。

だが、今日はあまり気分が乗らない。


ここ数日で、彼女との関係を改めて思い知らされた…。

頭では理解していても、心がそれを受け入れているかと聞かれれば、答えは否だ。

しかし、それを彼女に知られてはいけない。

幸か不幸か、彼女は男心に鈍い様なので気付かれてはいないものの、もう1人の当事者でもある親友、そして僕の妹には気付かれているのは間違いない。




そんな僕の心情を知っている妹アンヌだが、彼女の恋路も前途多難だ。

そもそも相手が悪すぎる。


家柄や血筋、個人の能力、容姿などは問題ないのだが、いかんせん年齢が親子ほど離れている。

親子ほど離れた夫婦というのは珍しくも無いが、ローラン様の場合、自分の溺愛する姪であり現在は義理の妹リラの親友で、赤ん坊の頃から知っているアンヌに恋愛感情など持てというのも無理なのだろう。

しかも僕とアンヌの両親よりも彼の方が5歳上であるし、両親や祖父と彼の主従関係とか、講師と生徒としての立場とか、様々な事情があるため望みは非常に薄い。


僕もアンヌも、兄妹揃って恋だの愛だの結婚だの、そういった運とは縁が無いらしい。


それでも、ずっと一途に彼、ローラン様を思い続けているアンヌは本当に尊敬する。

アンヌに言わせれば、僕自身も彼女と大差は無いらしい…けれど。




今日だってローラン様と一緒に過ごせる事を朝から非常に心待ちにしてずっと機嫌が良かったし、身支度だっていつも以上に時間をかけて整えていた。


僕の場合は望みは全くないが、彼女の場合可能性がゼロでは無い。

妹の恋路を応援しようではないか。




「この辺りにベラドンナが自生している。手袋をはめて作業を進めること。あまり遠くへ行かないように。」


ローラン様の指示に従い、ベラドンナの漆黒の小さな実を摘み取り、麻袋に入れていく。

手袋をはめるのは、葉の表面にも有害な成分が付着しているからだ。


さりげなく、サラに声をかけ、ローラン様とアンヌから距離を取るように仕向けた。


ベラドンナの漆黒の小さな実は、甘くて美味だと言われている。

しかし、根や茎根に毒素が多いとはいえ、実にもそれなりの量の有毒物質を含んでいるし、此処で自生しているものは王国の森に自生しているそれよりその毒が凝縮されている。


べラドンナは過剰に摂取すれば毒だが、正しく処理し、適正な用量や用法で使えば、非常に有用な薬になる。

そして特定の毒物に対しての解毒薬にもなる。

まさに毒を以て毒を制する、ベラドンナに限った事では無いが、薬草や薬果は大概そんなものだ。


ローラン様が森へ入って直ぐに、採集した実の管理について注意したのは、その効能に魅了される女性が後を絶たないからであろう。

学校でも、保管してあるベラドンナの実をこっそり持ち出そうとした女子生徒が少なくないとか。

もちろん厳重に保管をしてある為、持ち出し未遂で終わって厳しいペナルティを課せられる程度で済んでいるらしいのだが、後を絶たないところを見るとそれ程に魅力的らしい。


その実の果汁を1滴瞳にさせば、瞳は大きく潤んで女性を美しく魅せるという。

そして、媚薬としての効果があるとか、甘く美味なだけでなく、自分の願望をまるで実現させたような体験…つまりそんな白昼夢というか幻覚を見せてくれるとか、気分が高めるとか言われており、年頃ならば1度は食べてみたいと望む者も少なくなく、食べてしまうと病み付きになってしまうとか。


それで中毒症状を引き起こし、人生を棒に振ってしまう貴婦人の話も昔からよくある話で、特に緑の森で採れたものは有毒な成分が多く、国としても食用及び観賞用としての販売を禁止している。

もちろんそれ以外のものも食用や観賞用としての販売や栽培は禁止されており、市場には出回っていないものの、密かに取引されているのが実情だったりする。


それを裏付けるかのように、元宮廷魔術師で癒し手のピエール氏を紹介して欲しいと泣きついてくる貴族もいるらしい。

ベラドンナの過剰摂取による最も有効な治療が血液浄化の術なのだが、その術の使い手は殆どいない。


リラは自覚が無いのだが、血液浄化の術は非常に高度な術らしい。

ピエール氏と同等かそれ以上の術が使える術師は彼女しかいないと祖父が以前話していたのを耳にしたことがある。

もっと効力の弱いこの術を使える術師でさえ僅かであるらしい。


これが世間に知られたら余計厄介な事になるだろう。

彼女を欲しいと思う貴族はもっと増えるはずだし、国内に限った事ではなくなるに違いあるまい。


だからこそ、結の精霊がリラとフレッドと契約を結んだのだろう。






もし、彼よりも僕が先に出会っていたのなら、何か変わっていたのだろうか?

もし、彼がいなかったら彼女は僕のモノになっていたのだろうか?


そんな事を何度考えたことだろう。

我ながら最低だと思う。

しかしながらおそらく何十回、いや、何百回と考えてきた事だ。

そんな最低で不毛な事を考えない様に努めてきた。

しかし、どうしても考えずにはいられない時だってある訳で…。




特に最近はダメだ。

サラに誤解をされた事で、偽りの関係は期限付きだという事を改めて実感させられた。

出来れば彼女の為にも、卒業までに僕自身の伴侶を見つけたいと思っている。


今、リラは「学生だから」という大義名分で結婚や婚約を先延ばしにしている状況を演出している。

今だからこそ、僕と彼女の関係を偽装出来るのであって、卒業しては誤魔化しが効かなくなってしまうだろう。

なので、卒業して直ぐに僕が婚約を発表して、間髪入れずにフレッドとリラが結婚してしまうのがベストだとは思う。


それでも邪魔が入るのは免れられない。

それまでに僕は彼女以外の誰かを好きになる事は出来るのだろうか?

もういっそ、祖父か父に結婚相手を決めてもらって自分の心を殺してしまうのも楽で良いのかもしれない。

何か不都合があっても、望んだ結婚ではなかったと割り切ることが出来るのだから。

割り切る事さえ出来れば、耐えられるはずだ。

自分の感情だけで、自分の置かれた立場や家族、親友、王国を顧みず我儘を通すほど愚かではないと自負している。

でも、時には何かに責任を転嫁して逃げたいと思う事だってある。

自分の選んだ相手でなければ、密かに彼女への思いを抱き続けていても許されるんじゃないか、言い訳になるんじゃないか……なんて。



そんな事を考えていたら不意に声をかけられた。


「ちょっと…アル、大丈夫?さっきから怖い顔しちゃって…。」

「……ごめん。少し考え事をしてた。」

「顔色もあまり良くないけれど大丈夫?ベラドンナの毒のせいじゃないわよね?少し休憩する?」

「本当に大丈夫だから。……この辺りはもうみんな摘んでしまったようだし、少し移動しようか…。」


すっかり1人の世界に入り込んでしまっていたらしい。

顔色が良く無いのも毒のせいでは無い。

近い将来に抱いた不安とでも言えば良いのだろうか?

ずるい自分に対する嫌悪感とでも言おうか?

そんな負の感情だ。

無理に説明する必要もあるまい…そう思い、黙々と作業を進めていると、再び話しかけられる。


「アルは…平気なの?」


何の脈絡もなく、急に何を言うのだろう。

言わんとしていることは分からなくもない。

でも、なぜ今サラはそんな話をするのだろうか?


「さっきの考え事って…もしかしなくてもリラの事…だよね?」


僕はそんなに分かりやすいのだろうか…。

情けなくて、弱々しく笑う事しか出来なかった。


「アルは本当にリラが好きなんだろうなって…見てたら分かるよ。2人の関係は偽りかもしれないけれど、アルの気持ちは本物…違うかな?」


どうやら分かりやすいのは間違いないようだ。

だからこそ、皮肉にも腹黒くて彼女を狙う貴族を騙せているのだが、クラスメイトに心の中を見透かされるのは決して気分の良いものではない。


「私は…誰かを本当に好きになったことは無いんだけど…。それでも、アルの苦しそうな顔とか、リラを見つめる瞳を見てたらアルにとってリラが特別なんだって分かるよ…。」


そう言われ、返す言葉など無かった。

ただ、乾いた笑いが力無く溢れるだけ。

一体何がわかると言うのだ、本気で誰かを愛したことのない彼女に。


「なんで笑うの?結の精霊との契約ってそんなに大切なの?アルの気持ちを伝えようとかは思ったりしないの?恋愛小説読みすぎって馬鹿にするかもしれないけど…気持ちを伝える前に諦めちゃうの?普通男同士ぶつかり合ったりするものじゃないの?リラは全然気付いてないみたいだけど…フレッドもアルの気持ち気付いてない訳無いよね?私が口を出すことじゃないってわかってるよ…でも、おかしくない?アルばっかり苦しんでるのって…。」


僕ばかりが苦しんでいる?

だったらどんなに楽だろう。


「放っておいてくれないか?君は何も分かっていない。」


自分でも驚いてしまうくらい感情的になっていたようだ。

僕の耳に入ってきたのは、自分でも聞いた事のない位冷ややかな声だった。

必死で感情を押し殺し、冷静さを保とうとしているそんな声だ。


「でも…やっぱりクラスメイトだし…放っておけないよ。アル、すごく苦しそうだもの…。フレッドとリラはなんで平気なの?おかしいよ。」

「君は何も分かっていない。苦しんでいるのは僕だけじゃない。フレッドだって苦しんでいる。それに、僕の気持ちはリラに気付かれたくない。好きだからこそ隠し通したい。例え偽りの関係であっても、彼女の側に居られるのは祖父が僕に叶えてくれた我儘なんだよ。」

「それで良いの?」


もうダメだ。

僕は今まで誰にもぶつけた事のない本音をサラにぶちまけてしまった。


「それで良いかって?良いわけが無いだろう?結の精霊との契約なんて糞食らえだって思ってどうにかならないものかと、王国の書庫だけでなく、エルフの王城の書庫の書物を読み漁ったり、話を聞いたり、自分で出来る限りを尽くして調べた。でも調べれば調べる程、絶望的だった。僕がリラを自分のモノにしてしまったら誰も幸せになどなれない。フレッドやリラはもちろん僕自身も。もし、僕が無理にでも彼女と結婚したとする。するとどうなると思う?彼女は感情を失ってしまうんだよ。彼女だけではない。フレッドもだ。それから、僕は王子だ。その妻に求められるものはなんだと思う?」

「………。」

「僕の妻に周りが求めるものは元気な男の子を産む事。つまり世継ぎを産めなければ不良品扱いされる。感情を失い、周りから虐げられ、ずっと夫ではない男の事を思って暮らすなんて酷いものだろう?もともと結の精霊との契約は子どもが産まれ難いエルフが子孫を残す為、一生添い遂げると誓い、その見返りとして契約を結んだ2人の間に子どもを授けてもらう為の契約だったらしい。長い年月を経て、少しずつニュアンスが変わり、今では結ばれるはずのない愛し合う2人を無理やり結びつけるものになってしまったけれど、契約を結んだ2人の間にしか子どもは授からない。つまり、どんなに望んだとしても、リラは彼の子以外産めないんだ……。親友から愛する人と感情を奪った上、彼女からも感情を奪いその上不幸にして、後継ぎを産ませるためだけに他の女性を妻に迎えさせられる人生なんて真っ平御免だ。そうなるくらいなら幸せな2人を近くで見ている方がずっとましだ。」


勢い任せで言ってしまい、僕は後悔した。

今話した内容は、リラもアンヌも知らない内容を含んでいる。

そして、フレッドも結の精霊との契約の起源については知らないはずだ。


「フレッドはずっと前から僕の気持ちを知っている。お互い確認したわけじゃないけれど、男同士言わなくたってわかる事もある。僕の気持ちを知っているのに、僕に彼女を任せてくれているんだ。それがどういう事か分かるだろう?彼だって苦しんでいるんだよ。彼女を彼自身だけで守れないことや他にも色々とね。だから、今の関係がベストなんだ。お互いの幸せの為に。好きだからこそ身を引くんだ。だから、この話はもうこれでお終いにしよう。それと、今の話は口外しないで欲しい。リラもアンヌも、フレッドも一部知らない内容を含んでいる。知らない方が幸せな事も世の中にはあるんだよ。」


話し終える頃、ようやく僕は落ち着きを取り戻していた。

サラはただ黙って頷いただけだった。


しばらくして、サラが恐る恐る口を開いた。


「本当に何も分かっていなかったわ…。ごめんなさい。」

「良いんだよ。その原因を作ったのは僕自身だ。それに、吐き出してスッキリしたから…。」


僕とサラの間に流れる重たい空気が少し和らいだ。

吐き出せたことで、前向きになれたのは間違いない。


密かに、その機会を与えてくれた彼女に感謝している自分がいた。

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