打ち明けよう、そうしよう。
お待たせいたしました。
「リラ、最近疲れているんじゃないのか?今日は特に…顔色が良くないよ。」
「心配してくれてありがとう、フレッド。でも大丈夫よ…ほんの少し疲れているだけだから。」
「それにしても…」
「きっとこのドレスのせいよ。顔映りが悪い色なの…少しくすんだ色だし…。」
「それなら…良いけど…。」
向かい合わせのソファに座るフレッドは口ではそう言っているが、明らかに納得などしていない。
私が帰宅後、制服から着替えたアンティークグリーンのドレスは本当に顔映りが良くない。
似合わないっていうわけじゃないんだけど、このドレスを着るときはいつもよりもチークを濃くした方が良い、そうクレールに言われている。
今日は、どこにも出かける予定がなかったので、着替えはしてもメイクの手直しまではしていない。
「リラにとって、学校が居心地の良い場所じゃないのは僕だって理解しているよ…それに…いや、なんでもない。」
何かを言いかけたフレッド。
きっと彼にとっても居心地がよい、そうは言えないのだろうな…。
そもそも、学校に居心地の良さを求めて行っているわけじゃない、勉強をしに行っているのだ…。
同伴者付きの転移魔法に関しては、かなり上達した。
初めは、転移魔法酔いをしていたサラや、酔うまではいかなくても気分がよくないと言っていたアンヌだって今ではそんなこと無くなったし。
2人が慣れただけじゃないのかと思っていたら、この間たまたま同伴したマダム・デポーに褒められたので、どうやら間違いではないらしい。
障壁や防御系の魔法も上達している。
武官クラスは貴族の子息が圧倒的に多いので、「フーシェ公爵令嬢」という扱いが抜けきらないどころか、全面的にそんな扱いだ。
訓練中近づくことさえ許されない。
「怪我をしては我々の立場がございませんから」
などと言って、私はずっと訓練場の隅に用意されたふかふかの椅子に座らされている。
立ち上がろうものなら、お願いだから座っていてくれ、そう訓練教官にまで言われる始末。
訓練教官も元軍人の貴族だから仕方ないと言えば仕方がないんだけど…。
全く…私は何をしに行っているのだかわからない。
仕方ないので、訓練場の隅から、皆に気付かれないように自分から離れたところにピンポイントで術をかける、そんな難易度の高いことばかりしているものだから…しかも、最近はフレッドが士官クラスの講義を受けるために一緒じゃないことも多い。
そうすると、特別クラスの2年生の魔術師と一緒だったりするのだが、彼は結構危ない場面に気付かないことが多いので、私の負担は増えるばかり。
そりゃ上達もするよね…。
マダム・ソワイエも、フレッドも、ルイも気づいてくれているからそれでいい。
「今日はサラも森へ行ったんだよね?」
「ええ。相変わらず恐縮しっぱなしだったわ。」
「そうか…僕もリラも幼いころから当たり前のように行っていた…遊び場のようなところだったけど、そうじゃないんだよね…。」
フレッドも私が今日森に彼女を連れて行って思ったことと同じことを考えていたらしい。
「慣れって怖いわよね。…それでね、私、いつもの癖で森に着いた途端精霊を解放してしまったのよ…サラの前で…。サラ、驚いていたわ。数も多いし、種類も…圧倒的に結の精霊が多いし…。結の精霊も知らなかったみたい。アンヌにもいた精霊だ、そう言っていたわ。私の結の精霊のうち、3人程彼女の子になるって言ってサラの加護を始めたわ。その子たち、自分は結の精霊だって自己紹介していたけれど私とフレッドの契約の事は言わなかった。それって精霊たちがその方が良いって判断したって事よね?」
「リラ、サラに本当の事を言っていないのが苦しいんだろう?」
「え?」
「リラは時々困ったような苦しそうな顔してる。サラが気を遣ってリラとアルが隣同士になるように席を譲ったりとかしてくれる時。僕等6人、クラスメイトで仲よくしているだろう?なのに知らないのは彼女だけだ。僕ら3人とアンヌは当事者と身内だけど、ルイは僕が話しているから知っているわけだし…。サラが知っても支障が無いんじゃないのかな?精霊たちだって、契約の事は言わなかったけれどサラのもとへ行ったんだろう?彼らは言ったら支障があるから言わなかったわけではなかったと思うよ。自分たちがいう必要はない、そう判断しただけじゃないかな?サラ自身が気付くか、僕らが言うか、その方が良いと思ったんだと思うよ。」
フレッドは相変わらず私の事を良く見ていてくれるんだな…それを改めて感じてすごく嬉しかった。
「それが引っかかっていたのはリラだけじゃない。僕もだよ。」
「フレッドも…?」
「アルだってそうじゃないかな?彼もそんな時、困ったような顔で笑っているし。」
悩んでいたのが私だけじゃなかったんだって分かった途端、モヤモヤが少し晴れた気がした。
「リラ、疲れているんだろう?少し横になって休んだらどうだい?まだ夕食まで1時間以上あるし…。」
「でも…フレッドは?」
「僕は本でも読みながら…リラの寝顔を眺めていたいからここにいるよ。」
「寝ている間、本当に一緒にいてくれる?手をつないでいてくれる?」
「リラが望むならもちろんだよ。寄りかかってもらってもいいし…膝枕しようか?」
少し冗談めかしてフレッドは言った。
フレッドと一緒にいたかった私にとって、願ってもいなかった提案だ。
「膝枕…して欲しい…なんて言っても…いいかしら?」
口に出して言うと、すごく恥ずかしい。
フレッドは、クスリと笑うとすごく優しい表情で私を見つめた。
「おいで。」
そう言って、彼はソファの端に移動すると、自分の膝の少し上をポンポンと叩いた。
彼の笑顔に引き寄せられるかのように私は彼のもとへ行き、隣に座った。
やさしく私を抱きしめて、ゆっくり横に寝かせてくれた。
そして、私の髪を撫でてくれて…それがすごく気持ちよくてうとうとしてしまう。
私を見つめるフレッドの顔は本当に穏やかで、吸い込まれそうなほどに美しいグレーブルーの瞳。
温かくて、心地よくて、時々私の髪や顔に触れる彼の手がちょっぴりくすぐったい。
いつの間にか私は眠ってしまっていたらしい。
「リラ、起きたんだね。そろそろ起こした方が良いのかなって迷っていたんだよ。」
目を開けるとそこにあったのはフレッドの顔。
先程と同じ穏やかな表情で微笑み、私を起き上がらせてくれた。
少し乱れた私の髪を手櫛で整えて、そっとキスしてくれた。
「少しは疲れが取れた?」
「ありがとう。すっかり良いみたい。」
2人で並んでソファに座り、手をつないだまま寄り添う。
「サラにもやっぱり僕らの事を言うべきだよね。アルだって内緒にしていることを気にしているみたいだし。リラとの事やリラへの気持ちを、周りに気付かれないように隠すことにはもうすっかり慣れてしまったけれど…やっぱり、仲良くしている人に隠しているのは心苦しいよね。」
そして、また優しいキスをしてくれた。
「私が本当に好きなのはフレッドだけ。アルの恋人のフリをし続けるのはやっぱり苦しいわ。アルにも申し訳ないし…。必要な事だってわかっているけれど…。」
「明日、アルとも相談してみよう。サラに打ち明けるのであれば、僕とリラだけでいうよりも、アルと3人…きっとアンヌも誘ってあげないとへそを曲げちゃうかな?」
フレッドが話している途中、ガタン、そんな物音がした気がした。
フレッドと話して、翌日、アルとアンヌにもうちに来てもらって話をしようということになった。
「あら?サラはもう帰ってしまったの?」
クレールに夕食の支度が出来たと呼ばれて、私とフレッドがダイニングへ行くとサラはもう帰った後だった。
いつもだったら、マナーの授業を兼ねて夕食を一緒に食べるのに…予定があって帰るときだって私が家にいるときは必ず声をかけてくれるのにどうしたんだろう?
「何でも、大切な用事を思い出してしまったとかで…お嬢様の部屋に一度向かわれたんですけどね、明日また会えるからと仰ってすぐに戻ってみえましたよ。リラお嬢様によろしくお伝えください、それだけ仰られて帰られました。」
クレールはサラの様子をそう伝えてくれた。
夕食後、私は母に今日の森でうっかり精霊を解放してしまった時のこと、私の結の精霊がサラの里子になった事、フレッド相談してサラに私たちの本当の関係を明かそうと思うことを報告した。
母は黙って聞いていた。
私が話し終わると、「いいんじゃない?」ただそう一言だけ言った。
翌朝、学校で会ったサラはなんだかぎこちないというか、妙に余所余所しかった。
私と目を合わせてもすぐにそらしてしまうし…どうしたんだろう?
何となくではあるが、顔色も優れない気がする。
午前中は別々の授業だったし、昼休みも私はマダムに呼び出されて話をしていたし、午後はお使いで治療院へ行っていたので、サラとはそれ以降ほとんどしゃべっていない…それどころか顔を合わせたのは朝だけ。
お使いが予定以上に時間がかかってしまったので学校に戻るのもすっかり遅くなってしまったし。
治療院に救急の患者さんが運ばれてきて、しかもそれが数件重なってしまったものだから私もお手伝いをしていたからだ。
私がマダムに頼まれていた書類を持って行って教室に戻ると皆がすでに帰った後だった。
私の机の上にはフレッドからの書置きが残されていて、アルの了承が取れたこと、4人で先に私の家に行っているからという内容だった。
私もすぐに、荷物をまとめて帰り支度を整え家に向かった。
朝のサラの様子が気になる。
体調があまり良くなかったのだろうか?もしそうであるならば、元気になっていると良かったな…朝のうちに回復魔法でもかけてあげれば良かった…そんなことを思ってしまった。




