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精霊の里子と打ち明けたい秘密

「久しぶりー!やっぱりここは良いわね。」

「えっと…本当に私なんかがこの様な場所に来てもよろしいのでしょうか…。」

「ダメだったらとっくに追い出されてるわよ…。いい加減その話し方どうにかならないわけ?」

「アンヌ、怖い…。そんな言い方したらサラは余計怯えてしまうわ。」

「怯えるって失礼ね?まるで私がサラをいじめているみたいじゃないの?」

「あら?違うの?」

「いえ、決してそんなことございません…じゃなくて…そんなことないわ…。」


私とアンヌは顔を見合わせて笑った。

サラが慌てふためく姿が可愛らしい。


「ごめんなさいね。アンヌが王女だから戸惑うのは分かるけど、もうそろそろ慣れてもいいと思うわよ?」

「そうよ、そんなよそよそしい態度、すごくさみしいんだから…リラとは自然に話せてるのに…嫉妬しちゃうわよ?」

「ごめんなさい。分かっているし、努力はしているんだけど、つい…。やっぱり子どもの頃から、別の世界の人って教えられてきたし…。」

「でも、今はクラスメイトでしょ?」


学校生活にも私たちはずいぶん慣れた。

しかし、サラはアンヌに普通に接することになかなか慣れないらしい。

日々、一進一退を繰り返している感じ。

それでも、当初よりも緊張することが少なくなったし、ちゃんとアンヌの目を見て話せるようになったのだから随分進歩しているはずなのだが、サラは私の家に毎日来て母のレッスンを受けているため、私とはかなり打ち解けている。

アンヌはそれが気に入らないらしい。

それで、余計口調が強くなってしまうのだ。

アンヌの強い口調には、私やフレッド、ルイ、そしてもちろんアルも慣れているが、サラは未だ慣れないらしい。

ついでに言えば、他の2人のクラスメイト、セレスタンとフェリクスも時々狼狽えている。






今日は、薬学の授業の材料の調達のため、3人で緑の森(フォレ・ベール)の、アルフレッドおじ様のところへ来ている。

私やアンヌ、周りの大人たちが『緑の森』とか、『森』へ行くと言った時指すのは、アルフレッドおじ様の住んでいる王城を指す。

しかし、世間一般で、『緑の森』と呼ばれるのは、エムロードゥ王国の北部に広がる広大な、建前上は王国の保護地区である森林、つまりアルフレッドおじ様が治めるエルフの国全体を指す。

もちろんその中にはたくさんのエルフの町や村が点在しているわけで、世間一般で言う『緑の森』自体が基本的には人間が立ち入ることが出来ない。

特例として交易のため解放されている町や村、3か所を除いては。


サラは祖父がエルフで、貿易商を営んでいるため、幼いころから交易で解放されているそれらの町や村、それだけでなく祖父の故郷の村などへ出かけることも多かったそうだ。

身内にエルフがいたり、特別な事情がある場合のみ、厳選な審査の上手続きをすれば、精霊の『印』を与えられる、そんな話をごく最近知った。

それがあれば3つの町や村以外も出入り可能で、サラは幼いころ、手続きを済ませて『印』を与えられているそうだ。


私はそんなことをした覚えがないのだが、母に聞いたところ私の場合、産まれた場所がアルフレッドおじ様のところなので、産まれた瞬間に『印』を与えられているとのこと。

アンヌやアル、フレッドも関係者ということで、物心がつく前に『印』を与えられているらしい。




さて、『緑の森』へは何度も訪れたことのあるサラではあるが、流石にエルフの王の住む城へ足を踏み入れるのは初めてらしい。

そのため、「本当に私なんかがこの様な場所に来てもよろしいのでしょうか」といった発言が飛び出すわけで、彼女によると、森に住むエルフたちでさえも、普通入ることが出来ない場所なのだと言う。

その話を聞いたとき、私もアンヌも驚いてしまった。

自宅から扉1枚でつながっていたし、私にとってすごく身近な場所だったからだ。

まぁ、冷静に考えたら王国だって一般市民はもちろん、貴族でさえもそう簡単に王宮に入れるわけではない。

夜会に行くには招待状が必要だし、そこで働く人だって通行所を持っていて、入城する際は名簿にサインをする必要があるのだ。


当たり前と言えば当たり前なのだが、私もアンヌも幼いころから当たり前のように、半ば遊び場感覚で通っていたものだからそれに気づかなかった。

慣れって怖い…。


私が世間知らずだとか、能無しのお嬢様なんて言われるのも仕方ないのかもしれない。






「うーん、お天気もいいし、気持ちいわね。」

私が、思いっきり伸びをした瞬間、精霊たちを一気に解放してしまった。

場所が場所なだけに、私も精霊たちも気が緩んでいたらしい。

精霊たちはあっという間に遊びに行ってしまった。


「………す…す…すごい…せ…精霊…の…数…。」


私の精霊たちを見たサラが呆気にとられて固まっていた。

しまった、そう気づいた時には遅かった。

ばっちり見られてしまった。


「まぁ、サラだからいいんじゃない?幸い、見られたのはリラのだけだし…」

アンヌが呆れたように私の耳元で囁くと、彼女も精霊を解放した。

アンヌの精霊は見たことがあるサラだったので、アンヌの解放には驚きはしなかったが、私を見て、いや、正確には私のまわりに残って遊んでいる精霊たちを眺めて未だ驚愕をしているサラ。


「見たことない精霊がたくさん…じゃない、アンヌとアルにもいた精霊と一緒?でも全然輝きが違う………え?私のところに?」

私の結の精霊うち、3人ほどがサラに興味を持ち、サラの子になりたいと言っていた。

「もちろんいいわよ。サラ、その子たち、あなたの子になりたいんですって。仲よくしてあげてね。」

「え…本当に?良いの?」

「リラも良いって言ってるし、精霊本人も希望してるんだからいいのよ。私とアルの子だってもともとはリラの子よ?」

アンヌの口添えもあり、無事精霊たちはサラのもとへ行き、サラを加護する精霊となった。


「あなた達、結の精霊っていうの?」

どうやら精霊たちが自己紹介をしているらしい。

サラは、『結の精霊』というものを知らなかったらしい。


フレッドとのことはサラに打ち明けるべきなのだろうか?

結の精霊はどうやらフレッドと私との関係については話していないようだった。






かつてアンヌが管理を任されていた薬草園へ行くと、以前と変わらず、たくさんの薬草が青々と茂っていた。

精霊の力で温度管理されている温室では、1年を通して利用できるように同じものも時期をずらして種がまかれ、栽培されている。

私は春の温室、サラは夏の温室、アンヌは秋の温室へ。

指示されたものを指定された分だけ摘み取っていく。

ベルガモット、ヒソップ、ローズマリー、スイートマジョラム、カモミール、スイートバイオレット…。

王国でも栽培されているが、緑の森で育った物は見た目はもちろん効能や成分が全く違う。

作物自体が巨大化しているだけでなく、成分も濃いため、効能だって変わってくるのだ。


例えば、王国産のローズマリーは、主に料理の香り付けや、香油を取って入浴剤や石鹸などに使われることが多い。

森の物はそもそも、香りが強すぎてしかも苦みが強いため、料理の味を損なうことになるので料理にはとても使えないし、香油は刺激が強すぎるので扱いにくい。

ごく少量を煎じて胃薬(強力なので医師や薬師の指導の下使わなければいけない)にしたり、他の薬草と調合して精神安定剤や強壮剤等に利用されている。




「これで全部かしら?」

皆でマダム・ソワイエから預かったメモと照らし合わせて品目と数量を確認する。

確認が終わったところで、私がバスケットに、紙に包んだ薬草をどんどん詰め込んでいくとサラの表情が険しくなる。

「それ…いったいどうなっているの?」

「魔術で容量を増やしているのよ。空間魔法の一種。」

そう説明すると、納得したようだったが、すぐにサラの顔が曇る。

「セレスタンって、リラの事バカにしてるわよね…私、なんか悔しい。」

「いいのよ。もう。少し前までは腑に落ちなかったんだけど、わかる人にわかってもらえたらいいの。あんまり自分の力をひけらかして悪い人に利用されるのも嫌だし。」

隣の特別クラスの2年生の魔術師がそうなってしまったらしく、ここ数日、気を付けるよう教師たちに耳にタコができる程聞かされている。


「でも…魔術クラスで散々リラの悪口言ってるって…『お嬢様は王子サマの機嫌を損ねない程度に貴族の息子に愛想ふりまいてればいいんだ』って。精霊術クラスでもそんな噂があるもの。アルやアンヌがいないときにそんなこと言ってるのよ?本人や婚約者の耳に入らなければ、みんな何言ってもいいって思ってるのよ?」


『婚約者』その言葉に胸が痛んだ…。


「サラ、アルは婚約者じゃないわ…。」

私がそう言うと、アンヌも複雑な顔をしている。

友人に嘘をついたままでいるのは辛かった。

でも、暫くはサラにもフレッドとのことは黙っているように言われている。


「ごめんなさい。まだ正式には発表していないんだものね。」

サラが申し訳なさそうに言う。

サラがそう勘違いするのは仕方がない。

授業ではフレッドと一緒に行動することが多いものの、手をつなぐことはもちろん出来ないし、あまり親しげに見えないよう努めている。

しかし、アルがいる場面では、私の隣は常にアルで、さりげなくアルがエスコートしてくれるのだからそう見えるのも仕方ない。


敵を欺くにはまず味方から。

大人たちはそう言う。


そのためサラには打ち明けていない。


結の精霊がサラの子になってしまった以上、遅かれ早かれサラにはフレッドとの事実を話すべきだと思うのだが、どうしたものだろうか。





その日、学校が終わると、いつも通りサラは私の母のレッスンを受けていた。


アンヌとアルは時々一緒に森へ行ったり家でお茶を飲んだりするのだが、今日はまっすぐ王宮へ帰って行った。

先日からローランお兄様がアルの家庭教師をしており、アンヌも自主的に…というか、無理やり一緒に勉強しているらしい。

間違いなく、アンヌはローランお兄様目当てで、本人もそれを否定していない。

初めは困惑していた兄だが、アンヌが思っていたよりもはるかにまじめな生徒であることがわかると、兄も覚えておいて損はないからと、喜んでアンヌへ教えているそうだ。

外交や政治、経済についての勉強は、なかなか面白いのだとアンヌは言う。


私は自室で、フレッドと一緒にお茶を飲んでいる。

今日は半日以上森で過ごしたので、精霊たちも機嫌がいいし、落ち着いてフレッドと話をしたかった。


サラが屋敷の中にいるとは言え、ここはプライベートな空間なので、私とフレッド、お互いの精霊を解放して自室内限定であるが自由にさせていた。

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