能ある鷹は爪を隠す
入学して1か月が経った。
クラスメイトになった上級者は、魔術師のセレスタン・ジョベールと、精霊術師のフェリクス・ヴァロワ。
セレスタンは、ひたすら威力の強い、破壊力のある攻撃魔法が得意な術師だった。魔術師クラスの他に、武官クラスの軍事演習に参加する事も多いそうだ。
フェリクスは、水系統の精霊術に特化した術師だが、火・風・森・光の精霊術もそつなくこなすそうだ。精霊を隠すことはあまり得意ではないらしく、隠した状態でも、精霊の気配を結構強く感じた。
2人とも、貴族の出身ではない。
セレスタンは人当たりが良く、誰にでもフレンドリーで友達が多いタイプ。
優しく、気遣いが出来、学校に不慣れな私達に色々教えてくれることも多かった。
フェリクスは、物静かで無口なタイプ。
自分は自分、他人は他人、そんな感じで、単独で行動することが多く、話す機会もほとんどない。
いつも冷ややかな視線で周りを見回していたが、時々凄く鋭い視線を私へ向けていた。
去年は2人とも特別クラスだったそうだが、セレスタンによると、1年間で言葉を交わすことは数回しか無かったそうだ。
私は、明らかに2人から疑いの目で見られていた。
セレスタンには、初めて会った時に握手を求められ、手を取った瞬間、私の魔力を感じて、魔術が全く使えないという疑念はすぐに晴れたようだったものの、特待クラスにいる理由は、やはり多くの生徒達が思っているように、公爵令嬢だからと思われているのをひしひしと感じた。
フェリクスには未だ使えないやつとの疑いの目を向けられている感覚がある。
常に精霊を隠して、しかも気配もほぼゼロなので仕方ないとも言える。
更に、私とフレッド、ルイ、セレスタンは魔術師クラスの補助をする事が多かった。
アンヌ、アル、サラ、フェリクスは精霊術クラスの補助をする事が多い。
それで余計、私が精霊術師だと思えないのだろう。
優秀なフェリクスでさえそうなのだから、精霊術クラスの生徒の視線はもっと厳しかった。
アンヌとアルは、授業で精霊を解放した後、再び隠して見せたらしい。精霊を隠すことは精霊との確固たる信頼関係が必要で、結構難しい事なのに、フェリクスよりも上手く隠せるので、精霊術クラスの生徒やフェリクスに2人は本物だと認められたようだ。
私とフレッドは決して解放しないように釘を刺されている。私とフレッドが精霊術クラスの補助をしないのは結の精霊の手厚い加護があるからで、私とフレッドの関係を隠し通す為でもあるのだ。
魔術クラスの私に向けられる視線も大差無かった。
むしろこちらの方が厳しいかもしれない。
魔術クラスの実習では、今は攻撃魔法がメインだった。その補助の際、私の役割といえば、障壁を張り、練習場や生徒を守る事と、怪我人が出た場合の治療だった。
フレッドやルイは、私と同じように、障壁を張ることもしていたが、教師に変わって実演することも多かった。
しかも彼らは、ただ実演するのではなく、2人同時に攻撃魔法をかけて相殺させて見せることも多かったので、とにかく派手で、迫力満点だった。
しかも、良く鍛錬されていて、特にフレッドは母仕込みのダンスの動きが身体に染み付いているせいなのか動作が優雅、クラスの3分の1を占める女子生徒の憧れの的にもなってしまっていた。
一方の私は、授業中、練習場の隅に立っているだけ。
障壁を張るのにも随分慣れてしまって、構える必要も力む無い。
なので、誰も私が障壁を張って練習場を守っていることにも、流れた術を消していることにも気付く生徒はいなかった。
幼い頃、フレッド相手に全力で障壁を張っていた成果をいかんなく発揮しているのに気付いているのはフレッドとルイとマダム・ソワイエだけ。
魔術クラスの生徒やセレスタンはもちろん、もう1人の実技担当教師でさえも気付いていない様子だった。
しかも、あの頃フレッドが全力で放つ術の方が魔術クラスの生徒の攻撃よりも遥かにキツかった。
それにすっかり慣れてしまっていたので障壁を張って攻撃を受けるのが数年ぶりでも、身体は覚えており、その上私の魔力の使い方は実母の治療で随分省エネ化されてしまっていたので、指先を少し動かすだけで十分効果があった。
私・フレッド・ルイと、セレスタンの4人がかりで障壁を張っていたら、怪我人など出るはずもなく、何もしていないように見える私は、完全に見学にきた貴族のご令嬢のお客様という扱いをされていた。
誰よりも障壁を多く張っているはずなんだけどなぁ…。
この肩身に狭さはなんとかならないものだろうか。
あっという間に、魔術・精霊術クラスの間では、『何も出来ない能無しのお嬢様』のレッテルが貼られた。
褒め称えて欲しいわけではないが、そんなレッテルを貼られては肩身が狭くて仕方が無かった。
「何で貴族クラスではないのかしらね。」
「王子に溺愛されているからだろう。」
「じゃあなぜ精霊術の実技には同伴しないんだ?」
「バカだなぁ…精霊の気配もないのに、補助だなんて言えないからだろう?」
魔術・精霊術クラスは完全に実力主義。
貴族出身のものも少なく、家柄が良くても実力が無いとみなされると風当たりが強い。
むしろ、家柄が良ければ、コネだの、金にモノを言わせただの、これだから貴族は…とかえって印象が悪くなる。
まさに今の私がこれだ。
しかも、母フローレンスに実力があるだけに、私の『能無しっぷり』は余計強調されたようだ。
「フローレンス様も結局は娘…孫がかわいいのね。」
「親の七光りにしてもここまでだと逆に悲惨だな。」
「私、フローレンス様に憧れていたのに…見損なったわ。」
そんな感じで学校内での母の評価まで落としてしまった。
「リラ、来月から魔術クラスの補助はしなくていいわ。」
ジュリエッタさん…もといマダム・ソワイエとの面談で、そうはっきり言われてしまった。
「…はい。」
ショックだった。
マダム・ソワイエだけが魔術の実技の授業で私を評価してくれていたのに、なんだか見放されてしまった気分になった。
「ちょっと、リラ。勘違いしないでくれる?あなたが用無しだから外した訳じゃないのよ。ちょっとね、セレスタンの鼻をへし折ってあげなくちゃいけないのよ。彼は自分の実力を過大評価し過ぎなの。」
マダム曰く、確かに彼は最大魔力量に関して言えば、フレッドやルイよりも上らしい。
しかし、発動までの時間や、動きに無駄が多く、燃費も悪い。
しかし、彼以上の生徒が今までいなかった上、去年までの担当教師も同じタイプの術師だった為、効率の悪さを実感出来ていないらしいし、現状での実力に満足してしまっているそうだ。
それに引き換え、フレッドの指導は院長先生だし、ルイが指導されていた宮廷魔術師も、院長先生のお弟子さんだそうで、2人とも低燃費省エネ型の術の使い手。
ちなみに、私も省エネ型。下手したら超省エネ型とも言える。
実母の治療で、いかに少ない魔力で大きな成果を出すかを死に物狂いで研究していたのだから…。
「私がうっかり、リラは攻撃魔法が一切使えないって言ったのもいけなかったのよね。リラって超省エネ型の術師じゃない?彼からしたら、どう見ても障壁をリラが張っているようには見えないらしいのよね。発動も早いし、個人にかけられた障壁の術は8割リラだっていうのにね、気付いてないのよ。個人にかけられた術の半数も把握していないでしょうし、きっと私やルイやフレッドがかけたんだと思ってるわ。私も、リラも、フレデリックも…ルイの師匠もピエール氏だから出来上がる障壁が似てるんでしょうね。」
それが鼻をへし折るとどう関係あるのだろうか?
「セレスタンがね、魔術クラスの補助は自分だけで十分だって言うのよ。しかも魔術クラスのもう1人の実技担当教師の支持も得たんですって。だから、実際にやって貰おうと思っているわ。少し痛い目を見れば良いのよ。とは言え1人でなんて無理よ。他の生徒の安全面の問題もあるし。だからルイは残して、フレデリックとリラは武官クラスの訓練を担当して。文官クラスとの合同演習もあるし。あちらの救護といざという時に障壁魔法をかけること。良いわね?」
他の授業は、薬学の授業の補助と材料調達をアンヌとサラとする事になった。
サラは、薬学の授業を生徒としても受けるらしい。
フレッドとアルとルイは、その間、文官クラスの授業を受けるそうだ。
「まさかこんなところまでマルグリットにそっくりだったとは思わなかったわ…。」
一通り、今後の授業についての相談が終わると、マダムは苦笑した。
苦笑するのは、教師のマダム・ソワイエではなく、完全にジュリエッタさんだった。
「治癒・回復系統に特化した術師はあまり進学しないのよ。どこかの治療院だったり、特定の術師について修業して、ある程度実力が認められるとどこかのお抱えになったり、開業したり出来るから…。教師も扱いに慣れていないし、生徒も攻撃魔法が使えないから実力のないやつって思っちゃうのよね。
マルグリットもリラと同じで、攻撃系の魔術は一切ダメだったから…精霊術も無駄に使わないように言われていて、やっぱり精霊の気配を消し去っていたから大したことないって魔術クラスや精霊術クラスの生徒に馬鹿にされて、武官クラスの訓練の方に回されてたのよね。たまたま文官クラスとの合同演習で、飛んできた槍からマルグリットを守ろうとしてジェラールが怪我して…。マルグリットは自分に障壁を張っていたからそんな心配いらなかったんだけど…。そんなジェラールに心を打たれて…手当てをしたマルグリットが恋に落ちちゃったのよ…。それがあなたの両親の本当の馴れ初め。」
私は初めて聞く、実の両親の本当の馴れ初めに夢中で耳を傾けた。
「国立学校で出会ったっていうのは聞いていたけれど、ジュリエッタさん繋がりだと思っていたわ。お母様からはパーティで声をかけられたって聞いていたし。」
「確かに出会いはそうよ?夜会だったかしら?その前からジェラールはマルグリットに一目惚れしていて彼女に夢中だったけどね。でも、ジェラールって優しくて気が弱いでしょ?押しが足りなかったのよね。マルグリットからしたら良い人止まりだった彼が、恋愛対象になった瞬間がその合同演習。」
ジュリエッタさんは、懐かしそうに、穏やかな笑顔で話してくれた。
そんな笑顔を見ていたら、私も穏やかな幸せな気持ちになった。
月が変わると、私は魔術クラスの実技の授業に顔を出すことは無くなっていた。
それが皮肉にも能無しのお嬢様のレッテルを強調する結果となった。
マダム・ソワイエは、セレスタンの鼻をへし折ると言っていたが、彼の鼻は更に高くなった様にも思える。
時々、嫌味な事を言われる。
「貴族のお坊ちゃん達相手の方がリラ嬢には向いていらっしゃる様ですね。」
武官クラスは、貴族の子息がほとんどで、夜会などで見かけたことのある顔も多かったし、フレッドの士官学校時代の知り合いも多い。
なのでそこまで肩身の狭い思いをする事は無かった。
違う意味での居心地の悪さは否めないが、私が女である以上…もしくは公爵家の一員なのだから仕方ないだろう。
アルがいないためか、無駄にチヤホヤされたり声をかけられる事がいつもよりもはるかに多い。
その度に、少し不機嫌そうなフレッドが助けてくれた。
そんな様子を見て、セレスタンは私にこちらの方が向いていると言ったのだ。
実力主義の魔術クラスよりも、貴族のしがらみ満載の武官クラスの方が向いているのだと。
悔しいが相手にしない。
大人たちのアドバイスなのだ。
今も週に一度お手伝いへ行っている治療院の院長先生も、ローランお兄様も、母も、マダム・ソワイエも、マダム・デポーも、皆同じことを言う。
『能ある鷹は爪を隠す』
大人たちだけでなく、落ち込む私に、アンヌも、アルも、ルイ、それにサラも同じ事を言ってくれた。
フレッドと私は、学校が終わると毎日、緑の森へ行って精霊達を解放していた。
精霊達を解放して遊ばせている間、私の愚痴をフレッドはただ黙って聞いてくれた。
それがあったから、私だけでなく母のことを悪く言われてもなんとか耐えることができたし、精霊達も大人しく学校で隠れて過ごしてくれる。
フレッドとの関係を隠すことは、精霊達も承知の上ではあるが、やはり彼らの本音としては、私とフレッドが仲良くしている方が嬉しいらしく、仲良くしていると調子も良いみたいだ。
私の気分も体調も、森へ通いだしてから随分調子がいいのだから。




