貴族クラスとマダム・ソワイエの秘密
マダム・ソワイエに連れられて私達がやってきたのは広いサロン。
いくつものソファとテーブルが置かれ、お茶を頂きながらご令嬢方は談話中といった様子だった。
私達がサロンへ入った途端、集まる視線。
なんだか皆、目が輝いて…と言うよりも寧ろギラギラしていて怖い。
そのご令嬢の中に、私の知っている顔があった。
ノエミだ。
ノエミに微笑みかけるが、ノエミは気づかない。
いや、敢えてそんな態度を取っているようにも見える。
こちらを見ているけれど、私を見ている訳ではない。
彼女の視線の先にはフレッドがいた。
知り合いらしいので特になんとも思わなかった。
ノエミが私にそんな態度を取るのは仕方ないだろう。
私は、シャルロワ邸にいた時、ノエミに会いに行かなかったし、シャルロワ邸の出て行き方も最悪だった。
それ以前に手紙のやり取りをしていた際、原因はよく分からないが、彼女を怒らせてしまったのに、ろくに話もせず、謝りもしていないどころか顔さえ合わせていない。
きっと私は嫌われている。
久しぶりに顔を合わせても、この状況では謝りようがないし、1対1で会ったとしても、何と謝って良いのか今は思いつかない。
私たちは貴族クラスの主任教師であるマダム・ダランベールに案内され、部屋の奥まで進むと、お辞儀をした。
「貴族クラスの皆さん、こんにちは。今日からこの学び舎で…」
アルが、当たり障りのない短い挨拶を済ませると、彼方此方からため息が漏れる。
アンヌ曰く、アルの公務用スマイル(別名:王子様スマイル)にやられたらしい。
そして、マダム・ダランベールの紹介で私達も1人ずつお辞儀をして、その度にサロンは大きな拍手に包まれる。
しかし、サラの名前は呼ばれない。
「マダム・ダランベール、うちのクラスにはもう1人生徒がいるのですが?」
マダム・ソワイエが咳払いをしながら苦言を呈する。
「あら、そんなことないと思いますけれど?」
涼しい顔でサラリと言うマダム・ダランベールにしびれを切らせたのであろう。
マダム・ソワイエが紹介した。
「そして、こちらがサラ・ルコント。特待クラスの新入生は以上6名です。」
静まり返るサロン。
拍手はない。
おそらく、予想通りであった反応に、マダム・ソワイエは呆れ顔。
「宜しければ、王子殿下や王女殿下達もお茶をご一緒に…。」
「いえ。結構です。学長室にも伺わなければなりませんので失礼いたします。」
マダム・ダランベールの申し出にも呆れた様子で答える。
ぐっと涙を堪えるサラの手を、私とアンヌが片方ずつ取って部屋を出た。
「実力があって、若くして名誉職につけても、女性として、貴族の令嬢としての幸せを知らないだなんて可哀想ね。でも、自業自得かしら?強力な魔術が使える妻だなんて恐ろしいですものね?」
明らかに、マダム・ソワイエに向けた嫌味。
先程、マダム自身が気にするなと言った事はこういう事だったのだ。
「マドモアゼル、あなたには輝かしい将来が約束されているのですから、この王国のために可愛らしいお子を…男の子を産んで下さいね。悪い見本は見習ってはいけませんよ?」
明らかに私に向けられた笑顔。
あまりの暴言に言葉を失う。
アンヌでさえドン引きだ。
フレデリックは拳をぐっと握りしめ、怒りを堪えている。
ルイは冷めた視線を投げかけ、アルは私の手を取ると、冷ややかに言い放った。
「マダム・ダランベール、リラと僕は婚約を正式に発表したわけではありません。その様な不適切な発言は慎んで頂きたい。」
その声からは、怒りしか感じなかった。
「学長室へ伺う前に、1度休憩しましょう。」
サロンから少し離れると、大きな溜息と共に、マダム・ソワイエが言った。
そして、彼女の個人の執務室へ私達を案内し、招きいれた。
「サラ・ルコント、ごめんなさいね。嫌な思いをさせたでしょう?あなたをあの場に連れて行かないという選択肢を敢えて選ばなかった理由、理解してもらえるわね?」
サラは真剣な顔で頷いた。
「あなたを含めて、6人が特待クラスの新入生。それをちゃんと貴族クラスに示す必要があるのよ。偉かったわ…。でも、分かったでしょう?あなたにはちゃんと味方がいるって。」
「はい、私…頑張ります。」
健気に答えるサラに、マダム・ソワイエは微笑んだ。
「フレデリック、あなたはよく耐えたわね…。」
「ありがとうございます。」
フレデリックが、腑に落ちないといった表情でぶっきらぼうに答える。
「個人的な話で申し訳ないけれど…。私、王国の戸籍上はジュリエッタ・ソフィ・ガルニエなんだけどね…。貴族籍ではソフィ・ジュリエッタ・ソワイエなのよ。王国の戸籍上は既婚の子持ち…でも貴族籍では未婚の子なしって事になってるの。仕事する上ではその方が都合が良いのよ。結構危ない仕事もあったりするし。2つの戸籍と名前が違うのは、業務上差し支えるからって事で特例として認められているわ。
あなた達も、将来、そういう選択肢があるってこと頭の隅に置いておくと良いわよ。」
マダム・ソワイエは少し寂しそうに説明した。
フレッドも初めて知ったらしい。
目を見開いて驚いていた。
「彼女…マダム・ダランベールはマダム・ソワイエが羨ましいのですよ。自分よりも随分若くして確固たる地位の仕事に就いていますからね。しかも彼女の身内にも魔術師がいるのですが、彼女には才能が無かった。自分にないもの持つマダム・ソワイエに嫉妬しているだけ。だから、あなた達は気にしないのが一番。」
マダム・デポーはにっこり微笑んで言った。
マダム・ソワイエは苦笑いだ。
「リラも嫌な思いをしたでしょう?全く酷い話よね。結婚どころか婚約すらしてない女の子に向かって子ども産めって…。久しぶりに怒りで理性がぶっ飛ぶかと思ったわ。でも、アルのさっきの態度が一番彼女には効果があるでしょうね。本当にうまいことを言ったわ。何しろ、彼女は権力のある人が大好きなんですもの。大好きな王族…しかも王子様を怒らせてしまうなんて彼女にとっては一大事でしょうね。」
マダム・ソワイエは意地悪く笑った。
アルは先程の発言をした後後悔していたらしい。
私との関係は否定も肯定もするなと言われているからだ。
マダム・ソワイエにそう言われて安堵の表情を見せる。
フレッドはさっきからずっと私と目を合わせてくれない。
なんだか悲しい。
マダム・デポーがリフレッシュ効果のあるお茶を淹れて下さり、それを飲んで私たちは学長室へ向かった。
学長は人の良さそうなお爺さんだった。
元軍人らしいがとてもそうは見えなかった。
自身は、魔術など使えないが、奥様が魔術師だそうで、魔術や精霊術の指導にも熱心らしい。
結局、話した内容は世間話だったが、それでもご挨拶をして良かったと思える好印象の人物だった。
学長への挨拶も無事に済ませ、教室へ戻る。
今日はもう授業なども無く、これでおしまいなので帰宅するように言われる。
「サラ、それからリラも良いかしら?あと、ルイもね。」
帰り仕度をしていると、マダム・ソワイエに声をかけられた。
「サラ・ルコント、あなたはこれからしばらく個人レッスンを受けてもらいます。学校が終わったらレッスンに毎日通いなさい。取り急ぎ、マナーとダンスのレッスンね。完璧に身につけてご令嬢達を見返すのよ。それから…ルイも念のため一緒に受けなさい。もう保護者の許可は2人とも取ってあるわ。講師は私の知り合いというか恩師。彼女の腕はマダム・ダランベールの比じゃないわ。レッスン料はタダ…というか、まぁ時々頼みごとするからそれでチャラで良いって。リラ、2人を連れて行って。久しぶりに、フレデリックもアルベールもアンヌも一緒に行ったら?」
突然出た自分の名前に、アンヌが過剰に反応し、苦笑を浮かべる。
そんなアンヌの反応とは真逆、サラは至って真剣だ。
「嬉しいです!でも、本当にそれで良いのでしょうか?」
「サラ、良いのよ。彼女、半分趣味みたいなもんだから。私も、リラもフレデリックもアルベールもアンヌもみんな彼女に仕込まれたわ。厳しいけど、必ず身につくから…頑張るのよ。」
「ありがとうございます!精一杯頑張ります!」
サラはやる気に満ち溢れている。
目をキラキラ輝かせ、素敵な笑顔だ。
「俺…も…ですか?」
ルイは見るからに嫌そうだ。
おそらく、今までサボってきたクチなのだろう。
彼の立ち振る舞いはそれなりではあるが、やはりフレッドやアルのそれとは違う。
「ええ。サボると怖いわよ?」
マダム・ソワイエの意味有りげな笑顔に、ルイは顔を引きつらせている。
「そうね。間違いないわ…。」
「アンヌのその表情が怖さを物語っているな…。」
アンヌの分かり易すぎる反応に、ルイは誰に教わるか大体推測が出来たらしい。
引きつった顔が更に強張る。
アルとフレッドは先程からなんだか元気がない。
フレッドは貴族クラスでの挨拶の後からだ。
色々衝撃的だったのだろう。
彼は今まで知らなかった母の秘密を知ったのだ。
そしてさらに、事実を知らないとはいえ、目の前で母親が暴言を浴びせられていた。
私だって、自分の母や家族が目の前であんな風に侮辱されたら耐えられない。
2人とも、表情が曇り、重たい空気に包まれている。
私が気になって、2人に声をかけようか迷いながら見ていると、アンヌに止められた。
「2人とも難しいお年頃なのよ。リラが口を出したら拗れるわ。やめときなさい。」
なんだか腑に落ちなかったが、変に口を出して状況を悪くするのも嫌なので、言われた通り黙っていることにする。
「もう時間ギリギリだから、リラの転移魔法で行きなさい。手続きはわかるでしょう?」
私達は身支度を整えた後、マダム達に挨拶をして事務室へ向かった。
そしてそこで、入学試験の実技試験の後にしたのと同じ手続きをして、転移魔法で家に帰った。




