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入学と学校見学

「はぁ…なんでこう揃いも揃ってお偉いさんって内容がないくせに話が長いのかしらね?」

「アンヌ…心の声がだだ漏れだよ…。」

「そう言うアルだって顔にバッチリ書いてあるぞ?」

「ルイなんて寝ていただろう?目を開けて寝るなんて汚いぞ?あんな暑い中よく眠れるよな…。」


今日は入学式。

式典は無事終わり、教室への移動中。


私は深い緑色のワンピースにローブを羽織り、ネイビーのスカーフを巻いている。

アンヌとサラは同じワンピースとローブにモスグリーンのスカーフだ。

制服のせいなのか、国の要人である王子と王女のせいなのか私達は目立つらしい。

すれ違う生徒や教師は皆こちらを振り返る。


「いい加減嫌になる…見世物じゃないんだ…。それにしても暑いな…なんでこの時期にローブまで羽織る必要があるんだ?ついでになぜ俺たちはジャケットまで…本来の志望なら魔術師クラスなんだからジャケットは無いはずだろう?」

ルイはそんな人々の視線のせいなのか暑さのせいなのか、はたまた両方なのか、随分苛立っているようだ。


9月初めの王都はまだ暑い。

男子の魔術師クラスの制服はシャツとベスト、パンツにローブなのだが、特待クラスでもルイ、フレッド、アルだけはこれにジャケットまで着ている。


「悪かったな…ルイ。ジャケットも仕方ないよ。僕らは文官クラスの実習もするように言われているんだから必要なんだろう。とはいえ、もう少し考慮はしてもらいたいけどね。」

アルがルイの独り言に律儀に返答する。


特別クラスと特待クラスの制服は、第一志望で出していたクラスの制服デザインを専用の布で仕立てるのが原則なのだが、彼らは少し特殊なため、ジャケットが追加され、式典などでは着用が義務付けられているらしい。

いくら魔術で会場の室温を下げていても、それだけ着込んでいたら暑いに決まっている。

ちなみに、フレッドのタイはネイビー、アルはモスグリーン、ルイは臙脂だ。




式典後、教室に案内された私達は、個人専用のクローゼットにローブを、フレッドたちはローブとジャケットも仕舞う。

今日は新入生だけなので、特待クラスは6人だけ。

明日からは3年生の2人も登校して8人となる。

サラ以外はもともと知り合いだし、サラも昨日すっかり打ち解けたので、和やかな雰囲気だ。


暑さから解放されたとはいえ、男子3人は汗だく。

3人に浄化の術をかけて汗の不快感を解消、ついでに冷却の術をかけクールダウンする。


「リラ、ありがとう。」

フレッドは制服もよく似合う。お礼を言う笑顔と相まって更にカッコ良い。

ついつい見惚れてしまう。

「ごめんね、式典中もかけてあげれば良かったわね。」

「でもさすがにあの状況では無理だろう?」

アルが言う通り、式典中は魔術師クラスの上級生が冷却の術で会場を冷やしていたのだが、運悪く特待クラスの席のあたりを担当していた生徒が極度の緊張のせいなのか、冷やしすぎては身体に良くないと思ったのか、術の効果はほぼ無いに等しかった。

さすがに、上級生が頑張っているのに3人から少し離れていた私が術を使っては嫌味だし、コッソリ魔術を使うのが苦手なルイと、真面目なフレッドと、そもそもそういった術が使えないアルでは暑さと闘うしか選択肢が無かったようだ。





「特待クラスの担任ってどんな人かしらね?女性みたいだけど…。」

皆が席に着くとサラがポツリと言った。

式典では、各教科の担当教師の紹介と挨拶がされた。

しかし、特待クラスの担任で、魔術担当の教師は、王宮からの急な呼び出しで式典をやむなく欠席し、どんな人か未だ分からない。

分かっているのはソフィ・ソワイエという名前と、女性であるという事、本来は宮廷魔術師だが臨時講師として派遣されているという事のみ。


ちなみに、副担任は、私の実技試験の担当の試験官だった精霊術師のアリス・デポー様こと、マダム・デポー。

「マダム・ソワイエが良い先生だと良いわね。」

私はにっこり笑って答える。

「フローレンス様のような鬼教師じゃない事を願うばかりよ。」

アンヌの本音はまたしてもだだ漏れだ。




アンヌの発言の直後、教室の重そうな扉が音もなく開いた。

どうやら担任と副担任の先生がお見えになったらしい。


「ジュリエッタさん!?」

「なぜここに…?」


私とフレッドは思わず大きな声をほぼ同時にあげた。

アルとアンヌも驚きのあまり、開いた口がふさがらないようだった。

ルイはいつものポーカーフェイス、サラは急に叫んだ私とフレッドに驚いた様だ。


「リラ・フーシェ、私の事はマダム・ソワイエと呼びなさい。フレデリック・ガルニエ、私はあなたたちの担任ですからここにいるのです。」

マダム・ソワイエは厳しい表情で言った。

マダム・デポーは穏やかに微笑んでいる。


特待クラスの担任、ソフィ・ソワイエの正体はフレッドの母、ジュリエッタさんだった。

「リラが言ってしまったのでルイ・ブランシャールとサラ・ルコントにも一応説明しておきましょう。私は普段違う名前を名乗っています。ジュリエッタ・ガルニエ…私はフレデリック・ガルニエの母です。しかし、ここでは『ソフィ・ソワイエ』、あなた達の担任です。この事は絶対に口外しない様に。もちろん、残り2人のクラスメイトはおろか、教師も知らない人が殆どですので気をつけるように。」

ジュリエッタさんの説明に、ルイは驚く様子もなく、平然としていたが、サラは驚いて、フレッドとマダム・ソワイエの顔を交互に見ていた。


「それから、ここでは私も副担任のマダム・デポーもアルベールとアンヌを王族としてでは無く、一生徒として扱います。おそらく、他の教師…特に貴族クラスの教師は色々口を出してくるでしょうけれど、私たちが何を言われても気にしないように。」


それから、授業についての説明がなされた。

ひとまず個別に組み立てられた予定表を渡される。

「一応、事前に出してもらった希望と、実技試験の結果をもとに1ヶ月分のカリキュラムを組みました。はっきり言って、前期の魔術クラスや精霊術クラスの実技の授業は受ける程のものではないでしょう。あなたたちはそれぞれの向き不向きもはっきり分かっていますしね。ですので、しばらくは授業のサポートという形での参加となります。これが大変勉強になりますので、気を抜かないように。それから特別クラスとの合同授業では、グループ分けをして少人数での授業をすることになります。人によっては個別指導に近いかしらね…。」


ジュリエッタさん…もといマダム・ソワイエは、私たちに授業についての説明をした。

配られた予定表を見ると、私とフレッド、ルイが魔術師クラスの授業のサポートを、アンヌ、アル、サラが精霊術クラスの授業のサポートをする事が多いようだ。


「早速雑用な訳ね。」

「アンヌ、思ったことはなんでもすぐに口に出さないように気をつけること。今回は私たちが組みましたが、次回から個別に面談しつつカリキュラムを組むことになります。参加した授業について、記録をとって、どういったことがしたいかの参考にして、方向性を把握しておきなさい。だんだん郊外学習も増える予定です。何か質問は?」

特に質問が挙がらなかったので、校内の見学を兼ねて、学長に挨拶に行くこととなった。





国立学校のメインのキャンパスは、大きく分けて4つに分かれている。

一番北側が、純粋に『学校』として機能している、貴族クラス以外の各クラスの教室や講堂、研究室、実験室や実習室、そして学校の事務室や学長はじめ各教師の執務室、それから学生向けの食堂。

中央に、先ほど式典が行われたホールや、魔術や精霊術の実技訓練をする広間が幾つもある。

その東側には武官クラスの練習場や厩舎があり、その奥には、家が遠方で通えない生徒用の宿舎もある。


そして一番南側が、貴族クラス専用の建物だ。

学校というよりも最早どこかの貴族の屋敷か宮殿と言った造りのそれは、やはり元々は没落した公爵家の屋敷だったらしい。

貴族クラス用の宮殿の中にも食堂があり、伯爵家以上の出身か、特別クラス以上であれば利用が可能だそうだ。


「貴族クラスの主任教師から、あなたたち用の個室の用意の申し出があったそうだけど断ったわ。欲しかったらお願いするけれど…欲しい?」

ジュリエッタさん…もといマダム・ソワイエが悪戯っぽく尋ねる。

「必要無いわ。出来ればこちらへは極力来ることを避けたいもの。」

アンヌは即答だった。

どうやら昨夜の夜会の貴族クラスの一部の生徒の振る舞いに嫌気がさしているらしい。

「特別扱いはこれ以上御免だね。」

「どうもこちらへ通うご令嬢は生理的に好かないな…。」

アルもルイもアンヌと同意見らしい。

「そもそも、個室の必要性も、こちらに来るメリットも感じられないです…遊びに来ているわけではないので…。」

「僕も同意見です。」

私も、フレッドも同意する。

わざわざ、教室から離れたこちらに来るのは移動だけでも随分時間を取られてしまうし、カリキュラムを見る限り授業間の利用は不可能に近く、こちらに個室を用意する必要性が全く理解できなかった。

教室のクローゼットだって、個人用とは思えないほど、結構な容量が入るので、個室自体必要があるとは思えなかった。


「サラ・ルコントは?」

「え?わ、私ですか!?私は身分が違いますし…とてもこちらの校舎へは…。」

サラは自分とは縁のない話だと思ったのか、声をかけられて慌てた様子で答える。


そんなサラの様子に、マダムは優しく微笑みながら語りかけた。


「ごめんなさいね。いくら平民の出とはいえ、あなたは特待クラスなの。アルとアンヌを王族として特別扱いしないのと同じように、あなたも平民として、私達は『特別扱い』する事はしないのよ。皆『特待クラスの生徒』として同じ扱いになるわ。しばらくは慣れないかも知れないけれど…頑張って頂戴。それに伴って、あなたには別で受けてもらいたい授業があるの。後で話すわね。」


そして、優しげな表情から一変、やる気の無い表情へ変わる。


「不本意ながら貴族クラスのご令嬢にご挨拶に行くわよ?アルベール、何か代表してご挨拶なさい。他の皆はちょこっとお辞儀でもしておけば良いわよ…。サラはちょっと心の準備をしておいた方が良いかも…先ほど私は『特別扱い』しないと言ったけれど、あちらのクラスの方は特別扱いが大好きだもの…。」


マダム・ソワイエは大きなため息を吐くと、「よし!」と気合を入れるのだった。

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