精霊の祝福と助けを求める声
今日はフレッドが遊びに来る日。
緑の扉からいつものようにおばあ様と一緒にやってきた。
久しぶりにジュリエッタさんも一緒だ。
今日から6月―夏はもうそこまで来ている。
あと半月もすれば緑の丘も徐々に人が増え、1か月後にはずいぶん賑やかになるはずだ。
毎日森に行く私には関係ないことだけれど。
森へは珍しくおばあ様も一緒だった。
ローランおじ様とアルフレッドおじ様に話があるらしい。
泉のほとりの木陰で、お母様に回復魔法をかける。
大回復は初めて成功した一昨日に比べると、ずいぶん楽にできるようになった。
「ありがとう。3日でずいぶん上手になったのね。すごくよく効くわ。」
お母様がニコニコ嬉しそうに微笑む。
「ねぇ、リラ、小回復でいいから私にも回復魔法かけてくれない?ここの所仕事がハードでクタクタなのよ。」
私の回復魔法を見て、初めは驚いたような顔をしていたジュリエッタさんだけれど、リクエストされたので小回復をかける。
大回復に慣れたせいか、あっという間に集めることができた光を、ジュリエッタさんの体にそっと流し込む。
光は流れるように体へ入っていき、ジュリエッタさんは淡い光に包まれる。
いつもは押し込むのを何となく変えてみたけれど、この方がなんだかいい感じだ。
「うわぁ、気持ちいいわ…ずいぶん腕を上げたわね。回復呪文、私よりうまいんじゃないかしら?ありがとう、リラ。」
私はにこっと笑って、泉に手を入れて水の精霊と遊んでいたフレデリックの隣に座る。
昨日遊びに来たお父様にいただいた読みかけの本を読む。
悪魔に捕らえられた妖精のお姫様を助けるため、王子様が魔法と剣で魔物と戦い、最後は悪魔を倒してお姫様を助けてハッピーエンドという、ド定番のストーリーの物語。
あらすじはド定番だけど、悪魔のところまでたどり着くまでの冒険がメインで、なかなか面白い。
戦いっぷりも派手で痛快、そしてかっこいい王子様が主人公、児童書なので読みやすいということもあり、老若男女問わず王都では流行っているらしく、フレッドも読んだことがあるそうだ。
…何か忘れている気がする。
何か言おうと思っていたのに、何を言おうと思っていたのか忘れてしまった。
本を読み終わって閉じると、フレッドに感想を聞かれたので答える。
「すごく面白かったわ。読んでいるとお話しの中に入り込んだみたいな気持になれるし。私もこういう派手な魔法使ってみたいわ。」
「やっぱりそうだよね。主人公になった気分だよね。僕もこういう派手な魔法使ってみたいし、かっこいいよね。実は母上に練習したいと言ったらものすごく怒られちゃったんだけど。」
フレデリックはつまらなそうに言ったけど、ジュリエッタさんが反対するのは仕方ないと思う。
主人公がぶっ放す魔法は、戦争にでもならない限り実用性はないと思われるようなものばっかりだ。
何百、何千という悪魔の手下のモンスターを一発で焼き払うとか、一面に雷落とすとか、もう災害レベルなのだから…。
魔法が使えない子どもが練習したいというのと、実際素質があるフレッドが練習したいというのでは全く別次元の話だし、そんなことされたらシャレにならない。
ほんとに笑えないよ、自分の実力を自覚した方がいいと思う。
「練習するなら、剣術にしろって家族みんなに言われたんだ。」
「私もそう思うわ。フレッドが本気で練習したら使えちゃうだろうし。そしたらめちゃくちゃになっちゃうんだから、ああいう派手な魔法は練習してはいけないと思うわ。」
「僕なら出来るって思ってくれてるの?うれしいなぁ。リラ、ありがとう。」
予想外の反応に少し驚いた。
「お願いだから、フレッド、練習するならあんな魔法じゃなくて剣術にしてね。王子様がお姫様を助けて悪魔を倒すときだって、派手な魔法じゃなくて剣で倒していたわ。」
「もし、リラがお姫様だったら、すごい派手な魔法が使えるけれど剣術は苦手な王子様と、派手さはないけれどそれなりの魔法と剣術が使える王子様だったらどっちがいい?」
すごい派手な魔法しか使えなくて、悪魔を倒すつもりが助けられるはずのお姫様まで死んじゃったら本末転倒だし、もし助けてもらうのが私だったらそんなのいやだ。
ついでに剣で戦う王子様も素敵だと思う。
「それはもちろん、派手さはなくても、魔法と剣で安全に助けてくれる王子様の方がいいわ。悪魔と一緒に、派手な魔法に巻き込まれて死んだらいやだもの。…あ、そうだわ、フレッドに言おうと思って忘れていたことがあったの。一昨日ね、森をお散歩してたらけがをした鹿の親子を見つけて手当してあげたの。そしたらね、『悪魔が森にいる。気をつけろ。』って言われたの。」
話している途中で、言い忘れていたことを思い出したので伝えた。
あれはどういう意味だったんだろう?
あの鹿たちは悪魔にやられたのかしら。
フレッドは急にすごく真面目な顔で私の手を握り、私の顔をじっと見てる。
どうしたんだろう?なんだかドキドキする。
なんだかかっこいいし、少し前にもこんな気持ちになったことがあった気がする。
いつだったかしら?
「僕、派手な魔法は諦める。これからも、真面目に剣術の練習して、きちんと魔法も練習して、強くなるからね。もっともっと強くなって、リラのことちゃんと守るから。悪魔からも、モンスターからも守ってあげるから。僕にとって、リラがお姫様なんだ。僕も、リラにとっての王子様になるから、ずっとそばにいて幸せにするから!僕はリラが大好きだから、すごく大切な人だから、大人になったら僕とけっこんしてください!!」
頬が熱いし、心臓がバクバクする。
思い出した、前にも守ってくれるって言ってくれた時と一緒だ。
私もフレッドが大好きで、フレッドは私にとってすごくすごく大切な人。
一緒にいたい。
気が付くと、私は頷いていた。
そしたら、優しくキスされた・・・。
次の瞬間、目の前の景色がキラキラ輝き出す。
虹色のキラキラに包まれると、ふわりと花の香りが鼻をくすぐる。
キラキラ輝くのは精霊さんたちだった。
いつの間にか、私は花の冠をかぶっていた。
繋いだ掌の中には、きれいな虹色の宝石が2つあった。
「ちょっと!フレデリック!あなたリラに何したの!?」
急に聞こえたジュリエッタさんの大きな声に、私とフレッドは驚いてポカンとしてしまった。
ジュリエッタさんは固まっていて、私のお母様は嬉しそうに微笑んでいた。
さっきまでいなかったおばあ様と、ローランおじ様、アルフレッドおじ様までいるし、お城で働くエルフ達まで何事かと見に来ているようで、私たちはたくさんの大人たちに囲まれていた。
私たちに向けられる何とも言えない視線がすごく恥ずかしくて、居心地悪そうにしていると、アルフレッドおじ様がおじ様のお仕事のお部屋に、私とフレッドだけ連れて行ってくれて、お話をした。
アルフレッドおじ様は、何があったのか?とか私たちに聞かなかった。
聞かなくても分かっていたようで、何が起こったのかを私たちに教えてくれた。
「どんな話をしていたのか具体的には知らないけれどね、フレデリックもリラも、お互いのことがとても大切で、大好きなんだろう。そして、将来の約束をしたんじゃないかね。2人のその純粋な、互いをを思い遣る気持ちに、精霊が集まってきたんだよ。この虹色の精霊はね、結の精霊と言って本当に特別な精霊なのだよ。そんな特別な精霊がフレデリックとリラをお祝いしてくれて、守ってくれているんだから、これからもその気持ちを大切に育てていきなさい。結の精霊に守られている限り、その約束は守らなくてはいけないのだから、きちんと守るんだよ。特に、フレデリック、君が守らなければいけない約束の方が多いようだから頑張りなさい。
それから、2人の手の中にあった虹色の石だけれど、これはお守りだよ。いつも肌身離さず身に着けること。とはいえこのままでは難しいから、貸してごらん。」
私とフレデリックは虹色の宝石を渡した。
しばらくすると、大きな方の石は首飾りに埋め込まれていて、フレデリックに渡され、小さな石の方は腕輪に埋め込まれていて、私にわたされた。
「まずは、フレデリックがリラに着けてあげなさい。」
首飾りは、首にかけてもらうと私にぴったりのサイズになった。
「今度は、リラがフレデリックに着けてあげる番だよ。」
腕輪も、腕に通した途端、フレデリックの手首にぴったりのサイズになった。
「いいかい、肌身離さずつけるんだよ。とはいえ、はずそうとしたところで簡単に外れるものではないがな。それから、リラのかぶっている花冠だけれど、2人が結の精霊に守られている間は決して枯れることはない。大人になっても使うことがあるから大切にしまっておきなさい。」
それから、アルフレッドおじ様はエルフの言葉でこう続けた。
『我、アルフレッド・エムロードゥ・ヴェールは、フレデリック・カミーユ・ガルニエと、リラ・フローレンス・シャルロワが結の精霊に祝福され、加護を受けたことを見届け、証人となる。』
虹色の光に再び包まれた私たちに、おじ様は微笑んでこう言った。
「おめでとう。君たちは祝福されたのだよ。」
アルフレッドおじ様の部屋を出ると、いろんな人たちに「おめでとう」と言われた。
フレッドはジュリエッタさんに呼ばれて話をしていた。
お母様はすごく幸せそうな顔をしていた。
フレッドは戻って来ると、なんだかぐったりしていた。
きっと、今までのことを根掘り葉掘り聞かれたのだろう。
これ以上質問攻めにするのも可哀想なので、お昼ご飯に誘ってみた。
お昼ご飯の後、誰かにまたいろいろ聞かれるもの面倒だったので、森へお散歩に行くことにした。
私とフレッドのまわりには、いつもの精霊さん達のほかに虹色の精霊さんたちもいた。仲間に加わったみたいなので、みんなに仲よくしてねとお願いする。
もちろん、と言わんばかりにクルクル飛び回っていた。
30分ほど歩いた頃、精霊さんたちが騒ぎ出した。
「助けて…助けて…」
頭の中にはっきり聞こえた。
私たちは精霊さんたちに連れられて、手をつなぎ走っていた。
「息子を助けてくれ…悪魔だ…助けてくれ…」