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【無力な自分(※アルベール視点)】

遅くなってしまい申し訳ありません。

アルベール視点です。

「アル、悪いがリラをよろしく頼む。」

「フレッド、もちろんだ。気を悪くしただろう。ずっと黙っていて悪かった。」

「いいんだ。これからも親友でいてくれるか?」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。」


国立学校の入学試験の日の夜。

僕とフレッドは祖父母達に呼ばれ、今後の事を話し合った。

驚くべきことにフレッドは僕が本来リラと結ばれる運命であって、僕が今もリラへ思いを寄せていることに気付いていた。

それを気付いていたのにも拘らず、僕を親友だと慕ってくれていた。


それだけでない。

祖父母からの無茶苦茶な提案にも顔色一つ変えずそれに応じた。

僕の気持ちを知った上でこんな話を承諾するなんて信じられなかった。

それどころか、これからも僕と親友でいたいという。


正直フレッドには勝てない。

そう思った。

彼ならリラが好きになるはずだ。


2人の為に、僕は偽りの婚約者としての使命を全うすることにした。






僕の父はリラとフレッドの精霊の契約についての話を正しく理解できていないように思う。

そのせいか、この機会に彼女を名実ともに婚約者にすればよいなどとおかしなことを言ってる。

それが出来たらどんなにいいだろうか?

しかし、僕自身の願望だけでそんなことをしていいはずがない。

僕はこの国の王子だ。

子孫を残す必要がある。

それ以上に、親友であるフレッドとリラを裏切ることなんてできない。

もし、僕がリラと結婚してしまったら、一番不幸になるのはリラだ。

間違いない。

優しい彼女は僕を拒むことが出来ず、フレッドの事をずっと思いながら過ごすのだろう。

そして、僕の子どもを産むことが出来ない彼女はまわりから責められる。

それが分かっている以上、彼女が好きだからこそ僕の欲望を押し通すことは出来ない。


彼女とフレッドを必ず結婚させてみせる。


そのため、僕は完璧な婚約者を演じる。

誰もが信じて疑わないような2人になってみせる。


そして、時が来たら僕が心変わりをしたように見せかけてリラではない女性を妻に迎える。

傷心の彼女を、僕の親友であるフレッドが慰めて2人が結婚。

これが僕の理想とする筋書きだ。





それを実行すべく、僕とアンヌの成人を祝う夜会で貴族たちへ衝撃を与える。

当日、リラが挨拶に来たのはもうほぼすべての参加者が集まった後だった。

王子と王女のための夜会を社交界デビューに選んだ、その時点でリラと僕は何かあるんじゃないか、そう勘ぐる貴族も少なくないだろう。

それを利用する。


リラが僕のところへ来た時点で、僕は彼女を抱きしめる。

僕らがいる場所は王の玉座がある場所。

高い場所にあるので、この広間のどこからでもよく見える。

暫く抱きしめた後、彼女の前に跪く。

これで皆僕が彼女に求婚をしていると勘違いしているだろう。

リラも受け入れ、正確にはこの状況では受け入れざるを得ないと言った方が正解だろうか。

彼女を引き寄せる。

ここからが勝負だ。

ここで安心するわけにはいかない。

受け入れた、のではなく、断れなかったと思っている貴族も多いだろう。


フレッドには申し訳ないが、フレッドの為でもあるんだ。

それをわかっているのだろう。

フレッドはこちらを見なかった。

必死で何かに耐えていたのだから。






例え、パフォーマンスだとしても、彼女の隣に立ち、エスコートをし、見つめてダンスが出来るという幸せ。

この程度の幸せを感じることくらい許して欲しい。

その時が来れば、きっぱり諦めるのだから。

幼い時から僕は我が儘を極力言わず、自分というものを抑えて聞き分けの良い優等生をずっと演じてきた。

自由奔放で思ったことをすぐに口にする妹がうらやましくてたまらなかった。

この位の我が儘を、どうにか許して欲しい。


美しいリラは夜会の中心だった。

そんな彼女は引っ張りだこで、次々ダンスの相手をしてほしいと誘われていた。

あまりいい気はしなかったが、社交とはそう言うものなので仕方ない。


もちろん、彼女はフレッドとも踊った。

僕に向けられるのとは違う笑顔が悔しくて、悲しくて、でもそういうものだと自分に必死で言い聞かせる。

邪魔をしているのは僕だ。

彼女が愛しているのは彼だというのは、知っていたことじゃないか。

何を今更そんなことで苦しんでいるんだろう。


必死で笑顔を取り繕い、談笑をする。

しかし、急にリラの顔色が青ざめる。

「リラ、大丈夫…僕が守るから。」

彼女が僕の腕をつかむ。

デュラン侯爵だ。

逃げるようにダンスを踊る。

しかし、曲が終わると彼らがすぐ近くまで来ていた。

嫌らしい笑みを浮かべて…。


彼らが近くにいる間、周りの空気が重く、暗く、ピリピリしていた。

空気だけではない。

リラの精霊は弱っていく。

僕らの精霊は怒り、威嚇している。

リラはどんどん顔色が悪くなり、震えている。

必死で笑っているが、今にも倒れてしまいそうだ。

彼女残しに回した手にもぐっと力が入る。


デュラン侯爵子息、ジュリアンがリラの手を取り口づける。


嫌悪感が体中を走る。

思わず睨みつけてしまった。


彼も僕を挑発したような顔で睨みつけている。

すごく嫌な感じだ。

彼らが去った後も、不快感は消えなかった。


「アル、リラを裏に下げてあげることは可能かな?出来たら人に見られないような場所に…楽にしてあげたいんだ。」

フレッドにそう言われ、我に返る。

僕にできないことを、フレッドは出来る。

僕がどんなに頑張っても、リラを楽にしてあげられない。

回復系統の魔術も精霊術も使えない僕に対して、回復系の精霊術をわずかながら操れるフレッド。

それだけでなくて、結の精霊との契約を結んでいるリラにはフレッドが必要なのだ。


僕は何もできない。

此処からは見守ることしかできない。


しかし、見守ることすらできなかった。

今日のような場合の有効な治療法。

それを知ったとき、ショックだった。

それが出来るのが僕だったらどんなにいいだろう。


間仕切り1枚で隔てられた向こうでは、フレッドがリラに治療を施している。

彼が彼女に甘く囁く声。

はっきりとは聞こえないが、何となく言っていることは分かる。

時々うっすら聞こえる吐息に胸が苦しくなる。



すっかり顔色が良くなったリラの姿を見ると、嬉しくもあり、苦しくもあり、複雑だった。

悔しくて、切なくて、なぜかフレッドに対して対抗心が産まれてしまい、リラを自分の方へ強く引き寄せてしまう。

それを見つめる、親友の苦しそうな表情。

苦しいのは僕だけではないんだ。






その2週間後、再び彼女と夜会へ出席する機会が訪れた。

今日はフレッドがいない。

その分、僕の責任は重大なのだが、少し嬉しいと思ってしまう自分もいた。


今日は、前回の夜会で嫌な思いをさせられたデュラン親子はいない。

唯一の要注意人物、グラナート王国の第三王子は体調不良という名の仮病を使って女性を部屋に連れ込んでいるそうなので、今夜は欠席だ。

もし彼がいたら、間違いなくリラに目をつけるだろう。

そんなことさせてはいけないんだ。


リラは、前回の夜会とは違い、ずいぶん楽しんでいるようだった。

規模も小さく、カジュアルな会だ。

リラはザフィーア皇国のカトリーヌ姫と打ち解け、楽しく話している。

リラと同じく、祖母がエルフであるカトリーヌ姫とは歳も近いし、話も合うようだ。

楽しそうに話している姿。

時々僕に向けられる笑顔。

すっかり油断してしまった僕は、彼女のそばを離れ、飲み物を取りに行ったのだが、その途中、リュビ帝国の女帝ローザ様につかまってしまい、なかなか戻ることが出来なかった。


すると、急に嫌な感じが…精霊たちが戻れという。

どうにか失礼のないようにローザ様にご挨拶をして、リラのもとへ戻ったときにはすでに遅かった。


いないはずのジャンルカ――グラナート王国の第三王子がリラを口説いている。

一足先にそれに気づいたローラン様を追いかけてリラを引き寄せる。

しかし、もうすでに顔色が悪く足取りもおぼつかない。

めまいを起こしてしまうほど精霊が弱っている。


そこへ駆けつけたフレッドに彼女を託す。


こうなってしまっては僕には何もできない。

僕は、こうなる前に彼女を守らなくてはいけなかったのに。

彼女から離れてはいけなかったのに。

ジャンルカ王子が、リラに危害を加える危険性は予測していたのに。

まさか来るとは思わなかった、そんな言い訳は通用するはずもない。

僕はリラを守れなかった。

考えが甘かった。


だというのに、フレッドはどうだろうか?

フレッドは、今日の夜会には出席する資格がなかった。

しかし、リラに何かがあっては大変だと、警備を買って出て、なるべく彼女の近くにいようと努力していた。

そして、彼女の異変に気付いて駆けつけたのだ。

物理的な距離や、警備を担当している以上、黙って抜けることはしなかったはずだ。

その手続きを経て駆けつけていたのだから、もしかしたら彼女の異変に気付いたのは僕よりも先だったのかもしれない。


フレッドと自分を比べる度、僕はみじめな気持になる。

あっという間に彼に引き離されてしまった気がする。

能力も、彼女を思う気持ちも…。

僕が彼に勝てるのは地位とか立場とかそんなくだらないものばかり。

彼女を守ることも、彼女を癒すこともできない無力な自分。

必死で彼女を守り、彼女を癒すことが出来て、僕よりも彼女の事を強く思っているであろう親友。


それがはっきりわかっているのに、諦めきれず悪足掻きをする。

いや、諦めるために、足掻いて、立場を利用して彼女にしがみついているんだ。

プライドも減ったくれもない。

それでもいいんだ。

無力な自分でもフレッドにできないことが出来る。


いままでは自分を縛って嫌で仕方なかった『王子』という立場。

初めて王子で良かった、そう思えた。


それが、今だけの偽りの関係でも。

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