精霊術師のお姫様と噂の要注意王子
今日の夜会は、以前とは全く雰囲気の違うものだった。
お酒も入ってくると、より緊張感がほぐれ、無礼講な雰囲気で楽しんでいるグループも多く見られた。
一応、私たちも成人はしているのでお酒を飲んでもいいのだが、私もアルもフレッシュジュースを飲んでいた。
アンヌは結構いける口らしく、見かける度に違う色の液体が入ったグラスを持っていた。
兄の隣をずっとキープし続けて、とても楽しそうだ。
「どう?楽しんでるかしら?」
振り向くと、母が立っていた。
「ええ、とても楽しいわ。」
「それは良かったわ。フレデリック、やはりおまけで来ていたわよ。」
いい機会だからと、護衛の手伝いをしているそうだ。
「帰り際、声をかけてみようか?」
「そうね。」
アルの提案に笑顔で答える。
アルも王子様スマイルを返してくれる。
「アル、私、カトリーヌ様とお話したいのだけどいいかしら?今ちょうどお1人みたいだし。」
壁際に1人ぽつんと立っているザフィーア皇国のカトリーヌ様に気付いた私はアルにお願いして彼女に声をかける。
「良かったら飲み物でも飲みながらお話ししませんか?」
彼女の分のジュースを渡しながら声をかける。
「ありがとうございます。えっと、アルベール殿下と…」
「すみません、名乗らずにお声かけてしまって…リラ・フローレンス・フーシェと申します。」
「いいえ、先程ご挨拶したのにこちらこそごめんなさい。リラ様はフーシェ公爵の御嬢さん?」
「ええ、養女ですが…実際は孫なんですけれどね。私の事はリラとお呼び下さい。」
「では、あなたがフローレンス様のお孫さんなのね!」
私が名乗り、フローレンスの実の孫だとわかると彼女の表情が明るくなった。
「私の祖母が、昔フローレンス様にお仕えしていたのです。祖母から、私と同じ年のお孫さんがいらっしゃると聞いていて…ぜひお会いしたいと思っていたんです。」
もしかして、私の予想は当たっていたのかもしれない。
「カトリーヌ様はもしかして私と同じように…」
「ええ、私もエルフの血が4分の1入っているの。リラ、私の事もカトリーヌって呼んでもらえないかしら?」
「よろしくね、カトリーヌ。」
にっこり笑って手をさし出すと、カトリーヌもにっこり笑って手を握り返してくれた。
「私の母は今回は来ていないの。今回来ているのは父と正妻のレティシア様。母は3番目の側室だから、あまりこういう場には出ないわ。エムルードゥ王国は祖母の縁があるからたまに私が連れてきてもらえるの。」
「そうだったのね。さっきご挨拶したとき、あなたもエルフの血が混ざっている気がしたんだけど、皇太子殿下にも、皇太子妃殿下にもそう言うのを全く感じなかったから不思議に思っていたの。すごく仲良さそうだったから本当の母娘だと思ったわ。」
「レティシア様は、私の事を本当の娘のように可愛がってくださるの。レティシア様の子どもは男の子が2人だから、女の子が欲しかったって。それに、母はもともとレティシア様にお仕えしていたから…。」
カトリーヌは彼女自身の事をいろいろ教えてくれた。
私達が話している間、アルは側でニコニコして待っていてくれた。
「ねぇ、リラと殿下って…もしかして精霊術師?」
婚約しているの?と聞かれたらどうしようと思ったが、杞憂に終わった。
カトリーヌには嘘をつきたくなかったから…。
「ええ、そうよ。カトリーヌもそうなんでしょう?」
「ええ。一応使えるけれど…あまり上手じゃないの。」
「僕もあまり上手くないんだ。…ちなみに、僕が使えるようになったきっかけはリラに出会って、彼女の精霊が僕を加護してくれるようになったからなんだ。」
「だからなのかしら?2人の雰囲気、良く似てる。」
そんなことを言われるのは初めてだった。
「そうなのかな。同じ師匠に精霊術習っていたし…それに実は僕とリラは遠い親戚に当たるんだ。僕の祖父の伯父がリラの祖父だからね。」
精霊たちも皆仲良しだし、遠いとはいえ血縁なので何となく似てるというのもわからなくはないのかもしれない。
「羨ましいわ。私のまわりには同じくらいの歳の術師がいないもの…母も術は使えないし。今度、精霊術についてもいろいろお話ししましょう?さすがにここでは術を使うわけにはいかないし…。」
いつか、カトリーヌを緑の森に連れて行けないかしら?
ふとそう思った。そのうち母にお願いしよう。
「もちろん、ぜひゆっくりお話ししましょう。私の親友のアンヌ…アルの妹もね、精霊術師なの。それからアルの親友のフレデリックも。いつかフレッドも紹介するわね。」
2日後にはカトリーヌはザフィーア皇国へ帰ってしまうそうだ。
明日も公式行事があるそうだし、今回ゆっくりお話するのは無理そうなので、次回カトリーヌがエムルードゥ王国へ来た時にゆっくり話すことを約束した。
「よろしければ1曲お付き合い願えませんか?」
話が一段落したところで、グラナート王国の第2王子にダンスに誘われて踊った。
カトリーヌはアルと踊っていた。
それから数曲誘われるがままいろんな人と踊って、最後にアルと踊った。
疲れたし体も火照ってきたので、テラスへ出て夜風に当たりながらベンチで休むことにする。
私とカトリーヌを座らせると、アルは飲み物を取りに行くと言って行ってしまった。
「アルベール殿下って、リラの事が大好きなのね。」
「え…?」
ドキリとする。何か聞かれたらどうしよう。
「リラが他の男性と踊るのを悔しそうに見ていたんですもの。最後に踊る2人もすごく素敵だったし…あんな風に側で守られている感じ、すごく憧れちゃう。アルベール殿下ってとても素敵ね。」
苦しかった。
ただ俯いて何も言うことが出来なかった。
「私も、あんな素敵な人と出会えるといいな。その時はあなたにも紹介するわね。」
カトリーヌはニコニコ楽しそうに私に話していた。
何て言ったらいいのかわからない私はにっこり笑ってごまかした。
「でもその前に、ダンスのレッスンもしなくちゃ。慣れないことしたら靴擦れおこしちゃったわ。」
さっきカトリーヌの歩き方が不自然だったのはそのせいなのかもしれない。
「ねぇ、痛いところ少しみせて。」
「え?」
「少しだけ、ごめん、失礼するわね。」
私はしゃがんで、カトリーヌのドレスの裾を少し持ち上げ、彼女の靴を脱がせて踵を見た。
少し血が滲んでとても痛そうだった。
周りに人がいないことを確認して、こっそり治癒魔法をかける。
ついでに、靴の汚れも魔法で浄化する。
「え!?どういうこと?」
「今の見なかったことにして。内緒よ?」
「全然痛くない…ありがとう…もしかして…今のは魔術?」
否定も肯定もせず、ニコッと笑う。
それで察してくれたようだった。
「もちろん、内緒にするわ。ありがとう。」
「お隣失礼してもよろしいですか?」
アルはなかなか戻ってこなかった。
途中で誰かにつかまって話をしているのかもしれない。
主催国の王子だから仕方ないわよね…そんな話をカトリーヌと話しているときだった。
他のベンチは空いているというのに、私たちが返事をする前に私の隣へ座ってきた。
えっと、グラナート王国の第2王子かしら?
さっき誘われて踊ったので何となく見覚えがあったが、こんな派手なタイをしていたかしら?
「これは失礼、ジャンルカです。お名前伺っても?」
すごくそっくりだけど、名前が違う?
先程踊った第2王子は、ダニエル殿下だった気がする。
相手が名乗った以上、こちらも名乗らないわけにもいかないので、一応名乗る。
「リラ…です。」
「お名前も可愛らしいですね。あなたにぴったりだ。リラの花言葉をご存知ですか?」
「いいえ…。」
カトリーヌの方をちらりと見ると困った顔をしていた。
「恋の芽生え…私も貴女に恋をしてしまいそうだ…。」
寒気がする。
さっきまで火照っていた体が急に寒くなった。
「よろしければ2人で夜の庭園を散歩しませんか?」
「ごめんなさい。友人もいますし、ここで人を待っていますので…。」
はっきりと断ったつもりだったのだが、あまり意味はなかったらしい。
「待ち人はご友人にお願い出来ませんか?あれ?どなたかと思えばザフィーアのカトリーヌ姫ではありませんか?そう言うわけでカトリーヌ姫、よろしくお願いしますよ。」
この人、カトリーヌと知り合いみたいだ。
「さあ、リラ嬢、行きましょう。」
ジャンルカと名乗った男性は、立ち上がり私の手を取った。
なぜだろう、指先から段々血の気が引いていく。
「でも、人を待っていますので…。」
「ジャンルカ殿下、体調はもう良くなられたのですね。ところで、私の妹に何か御用ですか?」
兄とアルが駆け寄ってきて、私の手は解放された。
「…リラ嬢はローラン様の妹君でしたか。」
アルが私を立ち上がらせて、ジャンルカと名乗った男性から離す。
そして私はアルに引き寄せられていた。
「待ち人が現れてしまったようで残念です。まさかアルベール殿下だったとは思いませんでしたよ。これは失礼。」
アルの顔が怖い。
アルとも知り合いだったみたいだ。
もしかして…この人がうわさの要注意人物なのだろうか?
「では、今日は失礼いたします。リラ嬢、次はぜひお付き合いくださいね。」
急に立ちくらみがする。
アルに支えられていたので、倒れることはなかったが、アルの腕をぎゅっとつかんでしまった。
「大丈夫…?何もできずごめんなさい。私もあの人苦手で…。」
ローランお兄様にエスコートされたカトリーヌに声をかけられる。
「リラ、すぐに戻らずごめん…。」
「リラ、次から気をつけなさい。アルベールもだ。彼はグラナートの第3王子のジャンルカだよ。」
やはり彼が噂の要注意人物だったらしい。
第2王子に似ているという時点で注意するべきだった。
「リラ…!…アル、リラに何かあったのか?」
フレッドだった。
護衛の仕事を抜けて駆けつけてくれたらしい。
「すまない…僕はまだ抜けるわけにはいかないから、フレッドがリラを連れて行ってやってくれ。」
「フレデリック、一緒に来なさい。」
カトリーヌとアルに別れの挨拶を告げて私は先に家へ帰ることになった。
兄に支えられ、フレッドと一緒に兄の執務室へ行き、そこからフレッドに付き添われ家へ帰った。
兄はまだ抜けられないからと夜会へ戻って行った。
「リラ、大丈夫?顔が青いよ…。何もできなくてごめん。」
「ううん。今一緒にいてくれるだけで嬉しいから。」
「体調は…?」
「寒いの…指先がとても冷たい。立ちくらみはもうずいぶんいいわ。」
自室に戻り、ソファに座らせてもらって話をしていたのだが、フレッドの顔はとても暗かった。
「フレッド?大丈夫?フレッドも体調悪いの?」
フレッドは首を横に振り、やっと笑ってくれた。
「この前みたいに…してほしい…。」
私の顔は真っ赤だ。
寒気がしているというのに、なぜ顔だけ熱いのだろうか。
それ以前に、私は何て事を言っているんだろう。
恥ずかしくて、フレッドの目を見れなかった。
「リラ、こっち向いて。」
すごく優しい声だった。
恥ずかしかったけれど、フレッドの目を見た。
すごく優しい目だった。
それだけで、少し寒気が和らいだ。
それから、光の精霊術で抱きしめてくれて、優しいキスをしてくれた。
優しいキスはとろける様なキスになり…。
ガチャリ。
ドダドダドタ…。
「この状況はいったいどういうことだ?フレデリック…。」
なんだかうるさいなと思ったら至近距離に兄がいた。
今やっと楽になったといのに再び血の気が引いていく。
「リラ、私は君をそんなふしだらな子に育てた覚えはない。すぐ離れなさい。」
鬼の形相だった。
こんなに怒ったローランお兄様は初めてだった。
とても「育ててもらった覚えはない!」とは言えなかった。
すぐに私とフレッドは引き離される。
「私が心配してどうにか抜けてきたというのに…フレデリックはリラになんてことをしてくれるんだい?もし私が戻らなかったらどんな恐ろしいことになっていたか…。」
恥じらいと、驚きと、ノックせずに部屋に入ってきた怒り。
すごく複雑だ。
フレッドは魂が抜けて放心状態だった。
ガチャリ。
ツカツカツカ。
バシっ!!
「ローラン様、フローレンス様の指示ですよ。あなたが怒る権利などございません。これは治療です。ピエール様にもそれが有効だと伺っております。」
クレールだった。
兄の頬を1発ひっぱたいたようだ。
「そういう問題じゃないだろう?リラはまだ15だ!」
兄は叩かれたことに気付いているのだろうか?
「いいえ、そういう問題です。大体、世間で15と言えば、子供を産んでもおかしくはない歳ですよ?」
クレールの方が何枚も上手だった。
「でも、リラは、エルフの血が入っているだろう?エルフは早くても100歳をすぎないと子どもは産めないはずだ!」
「ローラン様、お嬢様はエルフではありません。そんなこと言っていたら子どもを産む前に死んでしまいますよ?お嬢様が可愛いのは分かりますが、いい加減、姪…妹離れをしてくださいませ。お嬢様のお相手だって、きちんと精霊にも認められた方なんですから。精霊が認めたというのにローラン様が認めないとはどういうことですか?ご理解いただけたらさっさとお嬢様の部屋から出行ってください。」
それでも居座ろうとした兄を、クレールは容赦なく引きずって部屋から出した。
可笑しくて2人で顔を見合わせて笑ってしまった。
私もすっかり体調が良くなったので、フレッドは兄に引きずられるように王城へ戻って行った。




