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フーシェ公爵令嬢の夜会デビュー(後編)

「お実父様(とうさま)、ジャンお兄様、ポールお兄様、お久しぶりです。」

実父と2人の実兄はすぐに見つかった。

父と話をしていたからだ。

「リラ、おめでとう。綺麗だよ。」

「国立学校、特待クラスなんだって?おめでとう、すごいじゃないか!僕らの自慢の妹だよ。」

2人の実兄達(あにたち)は、とても元気そうだった。

「ジャンお兄様、ポールお兄様、ありがとう。ノエミは元気?今日はいないの?」

「ああ、今日はノエミは来ていないよ。でも元気さ。リラの手紙の事はまだ勘違いしたままだけど…。ノエミも入学するよ。貴族クラスに。」

少し言いにくそうに言うジャンお兄様に、ノエミはまだ怒ってるんだということを余計感じて、少し悲しかった。

学校で顔を合わせているうちに、また元通り仲良くなれるといいな。


「リラ、おめでとう。そのドレスを着ていると一段とマルグリットにそっくりだね。」

笑っていたが実父ちちの目は少しさみしそうだった。

きっと実母を思い出したに違いない。

「こうして並んでいると、リラって結構父親似ね。」

タヌキ顔の原因は実父?いや、実父もなかなかの美中年なので多分私の顔のバランスの問題なのだろう。

あまり実父に似ていると言われることがないので少し驚いたが、やっぱり私のお父様なんだと実感できて嬉しかった。

「僕もそう思うよ。目元がそっくりだ。」

「ですって、お実父様。」

そう言って微笑むと、実父の顔が先程よりも少し柔らかくなった。

実兄達と後でダンスをする約束をして別れ、私達はフレッドを探した。






フレッドは、友人のルイとエドと3人で、同じくらいの歳のご令嬢のグループに囲まれていた。

私とアルが話しかけるのを躊躇っていたら、黒い笑顔のアンヌがご令嬢方とフレッドとその友人の間に堂々と割って入る。

「お話中失礼するわ。フレッドに話が有るんだけどいいかしら?あら、あなたはブランシャール副隊長のご子息よね?」

アンヌは王女だ。

とてもNOなんて言えるわけがないご令嬢方は少しだけ面白くなさそうな顔をしたが、そそくさとその場を後にした。


「アンヌ、助かった…ありがとう。」

どうして助かったのかはわからないけれど、フレッドはホッとした様な顔をしていた。

「フレッド、そちらは?」

「アンヌ、僕の親友のエドワール、通称エドだよ。」

「初めまして。フレッドの親友のアンヌよ。フレッドの親友ならあなたも私の親友よ。気軽にアンヌって呼んで頂戴?」

アンヌは出会った頃と変わっていない様だった。

彼女独自の理論に、エドがあたふたしている。


「エド…初めまして…じゃないけれどリラです。その節は大変お世話になりました。ありがとう。」

私はずっと言えなかったお礼を言う。

シャルロワ伯爵邸から脱出した日のお礼。

「いえ…こちらこそ。いつもフレッドから美味しいものたくさん頂いて…ありがとう。俺も、文官クラスだけど入学するからよろしく。」

私とアンヌとアルは順番にエドと握手をした。

エドは初めて会う王子アル王女アンヌに緊張しまくっている、そうこっそりフレッドが教えてくれた。


「お久しぶりです。アルベール殿下。」

「ルイ、その呼び方はやめてくれ。もうすぐクラスメイトだろう?よろしく。」

「では、学校ではそう呼ばせていただきます。」

「私もアンヌで良いわよ?」

「私もリラって呼んでね。」

アルに便乗して、アンヌと私もルイと握手を交わした。




「リラ、踊ってくれるかい?」

ジャンお兄様とポールお兄様がやって来た。

約束を守りに来てくれたらしい。

「もちろんよ、でも先にフレッドと踊ってもいいかしら?アルもいい?」

「もちろんだよ。」

3人から同意が得られたので、私はフレッドと、アンヌは早速親友になったエドとダンスを踊った。


「フレッド、一緒にいられなくてごめんね…。」

「良いんだよ、僕も同意した事だし。それに、僕自身の為でもあるし。アルなら精霊だって怒らないしね。…でもリラ、あの人には気をつけて…さっきも凄く精霊達が殺気だっていたから…。」

あの人…。

ああ、きっとあの嫌な視線を私に向けた人だ。

私も背中が寒くなったし…。

「ありがとう、気を付けるわ。やっぱりフレッドと踊るのが一番楽しいわ…。フレッドもアルも凄くダンスが上手だったのね。他の貴族と踊って、やっとわかったわ。」

アルも上手だけど、フレッドとの方がしっくり来ると言うか、楽に愉しく踊る事ができた。

「それは僕も思った。リラもアンヌも上手なんだって。特にリラだと息がピッタリって言うか、凄く楽しいよ。」

嬉しくて恥ずかしくて顔が熱くなる。

「それに…今日のリラ、すごく綺麗だよ…本当に可愛い…独り占めしたいくらい…僕がずっと隣にいたかった…。」

ドキドキする。

こんな状態で精霊たちを解放していたら間違いなく大惨事だ。

きっと見えないところでフレッドの精霊とキャッキャウフフしてるんだろうなと思ったら少し羨ましかった。

さっきよりはずいぶん長い曲だったのにすごく短い曲のように感じるほどあっという間に終わってしまった。

それから、ジャンお兄様、ポールお兄様、エド、ルイともダンスをした。

気付くと、私たちのまわりにはご令嬢方が集まっていて、それぞれダンスを申し込んでいる。

お兄様達、意外にモテモテだ。

エドもルイも、複数のご令嬢にキャーキャー言われている。

フレッドも…すごくモテるんだ。

たくさんの女性に囲まれて困った顔をしている。

胸が苦しかった。

「フレッド、私ともう1度踊ってくださる?」

私にウィンクしたアンヌがフレッド救出に向かってくれた。

アンヌ相手では対抗できないご令嬢たちはすごすごと引き下がる。

アルは、私が踊り終わったのを見計らって迎えに来てくれていた。


4人で歓談していると、背中に再び寒気が走る。

それと同時にアルに引き寄せられ、アルとフレッド、アンヌの顔が少し険しくなる。

ああ、やっぱり。

少し離れたところにデュラン侯爵の姿があった。

誰かを引き連れてこちらに近づいてきているようだ。

その時、丁度曲が終わったので、私たちは逃げるかのようにフロアの中ほどに進み、1曲踊ることにした。

踊りながらちらりと見ると、嫌らしい顔でこちらを見ている。

思わずアルの腕をぎゅっと握ってしまった。

「リラ、大丈夫…僕が守るから。」

アルが耳元でこっそり囁いた。



1曲終わると案の定デュラン侯爵は私達4人のところへやってきた。

そして、フレッドへ、先程私にしたような値踏みするような視線を向ける。

「殿下、こちらは?」

「僕の学友で親友のフレデリック・カミーユ・ガルニエですが?」

「おお、こちらが噂のガルニエ伯爵家の三男坊でしたか。何でも士官学校を首席でご卒業されたとか。国立学校では特待クラスへの配属が決まったそうで…そう言えばアルベール殿下もアンヌ王女もリラ嬢も同じクラスだそうですな。」

「お初にお目にかかります。フレデリック・カミーユ・ガルニエです。以後お見知りおきを…。」

「特待クラスということは、魔術か精霊術が使えるということですね?たしか王族に魔術師の血をひくものはいなかったと思いますが?殿下と王女は精霊術師でしょうか?そしてリラ嬢は精霊魔術師ではないのですか?フローレンス様やマルグリット嬢がそうであったようにね…それにフレデリック殿もそうなのでしょう?あなたのお祖母様や母上と同じように。」

フレッドの顔が険しくなる。

なぜ、この人はそんなことを知っているのだろう。

フレッドの母や祖母の事は表立っては知られていないはずだ。


「私の息子が先日武官クラスを首席で卒業しましてね、在校生ではないので毎日いるわけではないのですが、国立学校にはちょくちょく顔を出すことになると思いますので…ご挨拶を、と思ったのですが、すっかり話し込んでしまいましたね。これは失敬。」

「リラ嬢、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。デュラン侯爵家の二男のジュリアン・ジョゼフ・デュランです。よろしければ1曲お付き合い願えませんか?」

アルにギュッと引き寄せられる。

腰に回された手も今までとは比べ物にならないくらい力がこもっている。

アルの顔を見ると、明らかに怒りが伺えた。

「こら、ジュリアン、今日は諦めなさい。アルベール殿下はリラ嬢を独占したいようだ。こんなにお美しいのですから殿下が溺愛されるのも当然ですな。今日は初めての夜会ですからお邪魔するのも野暮と言うものでしょう。では、リラ嬢、またの機会にお相手願います。」

「それでは失礼いたします。」

ジュリアンは私の手を取り口づけた。

悪寒が走る。


「精霊たちが…すごく怒ってる。」

アンヌがボソリと呟いた。


すごく嫌な感じだった。

デュラン侯爵親子が近くにいる間ずっと背筋が寒かった。

そして最後に感じだ悪寒。

私だけじゃなくて、アルやアンヌ、フレッドもいたのにジュリアンはまるで私しかいないような挨拶だったし、アルに挑発的な目を向けていた。

そして、あの親子の冷たい視線。

ずっと見ていたらこちらが凍ってしまいそうな錯覚におちいる。

「リラ、顔が青いけど大丈夫?」

「うん、少し…じゃないけど寒気がしただけだから。」

「アル、リラを裏に下げてあげることは可能かな?出来たら人に見られないような場所に…楽にしてあげたいんだ。」

「フレッド、もちろんだよ。少し下がろう、リラ歩けるかい?歩けないなら抱きかかえていくよ。」

流石に王子であるアルにそんなことさせるわけにはいかず、ふらつくような足取りでどうにか裏へ連れて行ってもらった。

アルじゃなかったら、フレッドだったら甘えていたかもしれないな…そう思う私がいた。

私の様子を見た両親は何があったのかすぐわかったようで、人払いをして私たちを個室に入れてくれた。

「30分後にはまたご挨拶をしなくてはいけないから出てくるのですよ。部屋の中だけなら精霊を解放をしてあげてもいいわ。必ず出てくるときは隠してくるのよ。」


アルからソファに座らせてもらって、フレッドに精霊術の回復魔法をかけてもらう。

「ごめん、ちょっと席外してもらってもいい?…でもこの部屋からアルとアンヌだけが出るのはまずいよね。出るなら僕とアンヌか…。」

フレッドがため息をつき立ち上がる。

パーテーションを移動させて、その向こうへ椅子を2つ並べる。

「ほら、アル行くわよ。これはリラの治療よ、治療。」

アンヌに引きずられて仕切りの向こうへ2人が行くと、フレッドが私の隣へ座った。


「リラ、精霊を解放してあげて。」

フレッドに言われたとおり、精霊を解放する。

何だかみんな疲れた顔をしている。

「ひゃっ…」

身体が少し浮き上がったかと思ったら、フレッドの膝の上に横向きに座っていた。

「リラ、こっち向いて…。」

上半身だけフレッドの方に向けると力強く抱きしめられた。

光の精霊魔法をまとわせているのだろうか。

温かく、だんだん緊張もほぐれてくる。

こうしていると、フレッドの顔がすごく近い。

目線の高さも同じだ。

フレッドは、温かくてとても優しい目をしていた。

その綺麗な、少しグレーがかったブルーの瞳に私が映る。


「リラ、本当に綺麗だよ…大好きだ…。」


嬉しくてフレッドの首に手をまわし、首を少し傾けて軽く口づける。

途端に心が温かくなる。

「リラ…」

「フレッ…」

フレッドに頭を固定され、フレッドに口をふさがれる。

柔らかくて温かい。

キスはどんどん深くなり、もうとろけてしまいそう。

「ん…」


「コホン。」

アンヌの咳払いが聞こえた。

すぐそばにアンヌとアルがいることをすっかり忘れてしまった。

フレッドもそうだったようで、私たちは慌てて離れる。

お互い顔が真っ赤だ。

「もういいかしら?」

「ごめん。」

「もう大丈夫…。」

ソファの両端に離れて座った私たちのところへ2人はやってきた。

ニヤニヤしたアンヌと複雑な顔のアル。

「もうすっかり元気そうね。精霊がキャッキャウフフしてるわよ?」

「早めに戻ろうか。」

そういってアルは私に手をさし出してくれた。

「フレッド、ありがとう。」

フレッドにお礼を言ってアルの手を取り立ち上がる。

「リラ、先に行こう。」

「アンヌとフレッドは?」

「ごめん、疲れてるから私はギリギリまで休んでから行くわ。フレッド、付き合いなさい。」

「うん…リラ、アル、また後でね。」

アルの手が再び私の腰に回され、部屋を出る。


大広間へ戻ると、マティユ陛下にご挨拶をするように言われたので、広間を回ってご挨拶をする。

私はアルについて歩き、お辞儀をするだけだった。

フレッドのおかげでずいぶん体が楽になった。

それでもやはり、デュラン親子を見かけると寒気がした。

少し遅れて、アンヌもローランお兄様とやってきて、ご挨拶をしていた。

フレッドはもう帰ったそうだ。

ちゃんと挨拶したかったな…そういうと、フレッドもそう言ってたわよ、でも連れて行かれちゃったとアンヌが教えてくれた。


私達も適当なところでご挨拶を切り上げてそれぞれの家へ帰ったのだった。

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