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初めての夜会

「ローラン、アンヌのエスコートをなさい。リラのパートナーはアルベールだって言ったでしょう?」


私とアンヌは驚いていた。

しかし、他の皆は知っていたようだ。

「なんで?リラとフレッドじゃないの?」

私より先に、アンヌが疑問を口にする。

アルは俯き、フレッドも、私から視線をそらして無表情だ。


「フレッド、知ってたの?もしかして、試験が終わった日から知ってたの?」

フレッドは私から目を逸らしたまま小さく頷いた。

「なんで教えてくれなかったの?」

フレッドは黙ったままだ。

「リラ、私たちが決めたのよ。」

母がフレッドをかばうように言った。

「私と、テオドールとヴィクトリーヌと、マティユで相談したの。今後の事を考えて、今はそれがベストなのよ。」

今はそれがベスト、一体どういうことだろうか?

アンヌはそれで全てを理解したらしい。


「ねぇリラ、あなたが注意すべき人、覚えさせられてる理由覚えてる?」

「ええ、実の母にしつこく結婚を申し込んできた人たちでしょ?私にも同じことするだろうからって…。」

「それが理由よ。」

どういうことだろう?

「その通りよ、アンヌ。」

私はまだ理解していなかった。

「リラ、あなたが結婚の約束をしているのは誰?」

「フレッドです。だからフレッドと…。」

フレッドとは結の精霊との契約を結んで、祝福されているのに。

「リラ、納得いかないのは良くわかりますよ。でもね、現実的にあなたとアルベールがパートナーになって夜会などで仲よくしている方が、精霊との約束を果たしやすいのですよ。」

『リラ、言うこと聞いて。僕たちも賛成だから。』

精霊さんたちも母に同意している。


「リラ、僕じゃあリラに求婚してくる貴族を牽制できないんだよ。僕は伯爵家の三男。それなりの家柄だけど、残念ながら相手よりも貴族としての立場が弱いんだ。僕がリラの婚約者だと知ったら、マルグリットさんに求婚していた貴族の息子たちはかまわず結婚を申し込んでくるだろう。でもね、相手がアルだとそうじゃないんだよ。リラがアルの婚約者…とか、婚約者に近い立場だって相手に勘違いさせるだけで、相手は手を出せないんだよ。国内の貴族だけだけじゃなくて、厄介だって言われてる某国の王子だって、アルの婚約者候補って思わせるだけでリラは安全なんだよ。

悲しいけれどそれが現実。僕は前よりずいぶん強くなったつもりでいたけれど、自分の力とか魔法だけではリラを守れないみたい…。」


フレッドも辛かったんだ…それなのに私ったら…。

「フレッド…さっき、あんな言い方してごめんね…。」

「いいんだよ、僕もずっと黙っていてごめんね。」

フレッドはやっと私の顔を見て、目を見て話してくれた。


「アルはそれでいいの?私なんかがパートナーで。」

アルはにっこり、いつも通りの穏やかな笑顔で微笑んで答える。

「もちろんだよ。フレッドもリラも僕の親友だろう?2人の為だったら…。それに、こんな形でも僕がリラを守ってあげられるなら喜んで協力するよ。」

相変わらずアルは優しいな…。

「リラ、あなたとパートナーになることはアルベールにとっても同様のメリットがあるのよ。今はまだ特定の人がいないのだけど…。マティユはアルベールの結婚相手はアルベール自身に選んで欲しいそうよ。そのために、なるべく無駄な縁談は避けたい、そう思っているわ。そこであなたがアルベールの婚約者候補だって勘違いさせるだけでそういう話がずいぶん減るの。」

貴族って大変なんだな…つくづくそう思った。

今まで、子どもだからと私がいかに自由気ままに暮らしていたのかを痛いほど感じた。

おそらく、フーシェ侯爵家の養女にならなくても、成人後はシャルロワ伯爵家の娘として似たような苦労はすることになっていたのかもしれない。

きっと付き合いが少ない分、今の方がずっと楽なのだろう。


「それから、ピエールにも言われていることと思うけれど、人前で精霊は常に隠すこと。日常生活で開放してはいけませんよ。学校の授業でもそうです。特にリラ、フレデリック、気を付けるのですよ。いくらリラとアルベールがパートナーだと貴族たちに印象付けることが出来ても、あなた達を見て気付く人は気付いてしまいますからね。」

私もフレッドも無言で頷いた。

入学試験の実技の時、精霊を解放した途端に試験官のアリス様は驚いていた。

精霊術師が見たら私とフレッドがただならぬ関係だとわかってしまう。

学校には、生徒にも教師にも、精霊術師がたくさんいるのだ。


「あの、これはどうしたらいいのでしょうか?」

院長先生に、結の精霊にもらった石はなるべく隠せと仰っていた。

夜会のドレスはどれも首回りが大きく開いていて、服の中に隠すことが出来ない。

かといって、外すこともできないのだ。

「それは、違う石に見えるように幻影の術でどうにでもなるのよ。必要なときは術をかけてあげますよ。フレデリックは自分で出来るでしょう?見えないようにしておきなさい。」

フレッドは、もうすでに見えなくする術を習得していた。士官学校ではやはりあまりこういった装身具は良くないらしい。

「リラもそのうち覚えなさい。ドレスに合わせて変えられるようになると便利ですよ。」






アンヌも15歳になった。

誕生日当日の今夜、アルとアンヌの成人を祝う夜会が開かれる。

昼過ぎ、入浴するように言われたかと思ったら、浴室にまでクレールがついてきた。

「今日はとても大切な日ですよ。社交界デビューなんて一生に一度なのですからね。」

クレールは、私の髪を念入りに洗い、とてもよい香りのオイルでパックしてくれた。

入浴後も、顔や体に色々なものを塗られ、マッサージされ、髪を乾かして複雑に編み上げ、花で飾り、念入りにメイクされ、コルセットでウェストをぎゅうぎゅうに絞められ、かつて実母(はは)も着たという美しいドレスを身にまとう。

私が靴を履き、鏡の前に立つと、満足そうなクレールが鏡越しに私の顔を見つめていた。


「これ…本当に…私?」

鏡に映っていたのは、知らない女性だった。

いつもの私はどこへ行ってしまったのだろう?

「ウフフ…私の腕にかかれば…今日は控えめにと言われているのでこんなものですけど、本気を出していいと言われたらもっと磨きますわよ?」

クレールの目が怖いです。

これで控えめって…クレールが本気を出したら特殊メイクになってしまいそうで怖いです。

今日ですら辛うじて私の面影が残っている、それほどまでに飾り立てられているのに、これ以上ってどうなってしまうんだろうか…想像さえできない。


「リラ?準備は出来たかしら?」

ノックの音がしたかと思ったら私の部屋の扉が開き、母が入ってきた。

「うん、流石はクレールね。リラ、素敵よ。」

「ありがとうございます…でも、なんだか変な感じです。」

母は、ネイビーのシックなドレスに身を包み、とても素敵だった。

「お嬢様はまだ見慣れなくて違和感があるだけですよ。そのうち慣れます。とってもお綺麗ですから自信を持ってくださいな。」

いつもの私を知っている人達は変だって思わないかしら?

アンヌやアル、私を見て笑ったりしないかしら?私らしくないって…。


フレッドはこんな私を見てどう思うんだろう…。

褒めてくれるかな?

似合わないって言われたらどうしよう…でもきっとフレッドはそう思ってもはっきり言わないはず。

はっきり言わなくても態度で判るんだよなぁ…。


フレッドの反応が心配で少しブルーになる私がいた。






「そろそろ行くわよ。下にいらっしゃい。」

1人でウダウダ悩んでいた私に母が声をかける。

気持ちを切り替え、気を引き締める。

気を抜いていたら良くない事を考えている人に直ぐ付け込まれるわよ、そう口酸っぱく言われているのだから。

リビングへ行くと、父と兄が待っていた。

「リラ、可愛いね。良く似合ってるよ。」

ニコニコ顔で父は褒めてくれる。

血縁上では祖父だけれど、身だしなみに気を使っているためかすごく若く見えるので、親子と言っても全く違和感ないだろう。

「リ…リラ…可愛いよ…綺麗だよ…。」

兄が褒めてくれた…と思ったら抱きつかれた。

別に嫌じゃないけれど、フレッドがそう言ってくれたら、抱きしめてくれたらどんなにいいだろう。

「ローラン、いい加減になさい。あなたがエスコートするのはリラでなくてアンヌですからね。」

ため息とともに母が注意する。

父が笑いながら兄を私から引きはがしてくれた。

「リラ、いらっしゃい。」

母に呼ばれて近づくと、母は私の首のネックレスに軽く触れた。

すると一瞬にして石の色も、鎖も見る見るうちに変化していく。

あっという間にパールの3連のネックレスに変わってしまった。

「すごい…あれ?」

思わず私が触れると、触り心地はいつもと変わらない。

「一種の幻影よ。今日のドレスにはこういうものの方が映えるでしょう?」

よく見ると、影も出来ているし、どう見ても本物だった。

「お母様、ありがとうございます。」

「さぁ、行きましょう?」

そう言って、エントランスの方へ皆が歩いていく。

今日は王宮で行われるのだから扉から出かけるのだと思っていた。

どうやら馬車で向かうらしい。

「今日はね、馬車で行くのよ。今日のホストはマティユだから。でも、次はテオドールも関係者だからアンヌの部屋経由で行ってもかまわないわよ。」

私の表情で何を考えているか気付いた母はそう教えてくれた。

なにやら細かいマナーだとか決まりがありそうだ。

聞いたら講義が始まりそうだったので、おとなしくすることにする。





馬車で15分ほど。

王宮の大広間でそれは行われていた。

私はよく王宮へは来るけれど、ここに入るのは初めてだった。

アンヌやアルの家からはいくつかの建物を隔てているので、けっこう距離もある。

豪華絢爛、まさにそんな内装だった。

高い天井には大きなシャンデリアがいくつも煌めいている。

広間の入口の両脇には階段があり、部屋を囲うように作られたバルコニーへと出ることもできる。

それとは別に、広間の奥にはおおきな階段があり、中2階のような少し高くなったところに玉座が置かれている。

そこに、マティユ陛下が座り、王太子殿下と王太子妃殿下(つまりアンヌとアルの両親)、アンヌとアルもいるようだった。

大広間にはすでに大勢の貴族が集まっていた。

もう皆、ホストであるマティユ陛下に挨拶を済ませ、他の貴族との交流にいそしんでいるようで、国王陛下への挨拶の列は随分短くなっているようだった。

私は両親と兄と共にその列へ並ぶ。


「リラ?」

後ろから控えめに声をかけられる。

聞きなれた声に振り向くとフレッドだった。

少し切りそろえたアッシュブロンドの髪。

いつも通りの優しくて綺麗な少しグレー味を帯びた青い瞳。

服装は伯爵家の子息らしく上等な服装だった。

別人みたい…だけど、なんてかっこいいんだろう。

まさに絵本の世界の王子様と言った出で立ち。

すっかり見惚れてしまった。

心なしか頬が熱い。

「変かな?」

フレッドも、真っ赤な顔をして少し俯き気味で尋ねる。

「ううん、とっても素敵。王子様みたい。」

「リラもすごく綺麗だよ…とっても可愛い。エスコートできないのがすごく残念。」

家を出るまでの不安は杞憂に終わってほっとする。

フレッドに褒められるととっても嬉しい。

舞い上がりそうになった私だが、今日のパートナー、いや今後のこういう席でのパートナーがアルだということを思い出して少し残念になる。

でも、どこぞのご子息にエスコートされるよりはずっといい。


フレッドは私達を待っていてまだ挨拶をしていないということだったので、一緒に並んで挨拶をする順番を待った。

短いとはいえ、まだ10組以上が並んでいる。

途中、父や母、兄の知り合いに声をかけられ、私もその度に挨拶をする。


一組、また一組とあいさつを済ませていく。

もう少しで私達の番。

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