社交界デビューの準備と実母のドレス
入学試験が終わって浮かれていた私たちを、母は真っ黒な笑顔で迎えてくれた。
「皆さん、良く頑張りましたね。これで、心置きなく社交界デビューの準備に時間をを割くことが出来ますね。」
ん?社交界デビュー?初耳ですが?何かの聞き間違いでしょうか?
そんな心の声丸出しな表情の私に対して、母は容赦なかった。
「リラは今までそういったものに触れてこなかったから知らないかもしれませんね。でも、そろそろそういったお付き合いも必要ですよ?うかうかしてるといいように利用されたり、ひどい目にあいますからね。とはいえ、うちはそんなにお付き合いがある方ではないですし、呼ばれて必ず行かないといけないのは、マティユからの誘いくらいですけどね。…それでもです、マティユの誘いとなると、国中の貴族と顔を合わせることになりますからね。いろいろな厄介ごとには巻き込まれるでしょうねぇ。例えば、執拗に求婚されたり…貴女の実母がそうであったようにね。
だから、要注意人物の顔と名前と対処法なんかを覚えておきましょうね。リラだけではありませんよ、アンヌはもちろん、フレデリックも、アルベールもですよ?それとダンスもみっちりおさらいしましょうね。」
私以外の3人の気が抜けているのに気付いた母は3人にも釘をさす。
「みんな知ってたの?知らなかったの私だけ?」
遅めの昼食を取りながら、私はアンヌとフレッドとアルに尋ねた。
「もちろんよ。寧ろなんでリラは知らないのよ?常識よ、常識。大体成人するか、その前後で適当な夜会選んでするものよ。昔は自分のところで主催してやってたらしいけどね、そんなこと今でもしてるのは田舎の貴族とか見栄っ張りとか…うち位ね。娘の条件のいい結婚相手をすごい勢いで探してる場合は12とか13とか14でデビューさせちゃうこともあるし、逆に、そういうのに興味ないとか、娘が可愛くて嫁にやりたくない場合だと少し遅れるらしいけど。
うちは、私とアルが歳1つしか違わないから、成人のお祝いをまとめて一緒にやることになってるの。それが私の正式な社交界デビュー。その時、ついでにリラもデビューするって話よ?」
へぇ…知らなかった。
でも、そこで再び新たな疑問が生まれる。
「ねぇ、そもそも、社交界って何?社交界デビューって何なの?フレッドとアルはデビューしないの?」
アンヌの口があんぐり開いて塞がらない。
「リラ、社交界っていうのはね、王侯貴族が集まって交流する場のことだよ。社交界デビューは、女性だけ。男性は、フレッドみたいに士官学校入学したり、なんだかんだで…特に長男は割と幼いころから夜会に連れまわされる事も多いしね。
社交界デビューは貴族社会において一人前のレディとして認めてもらうこと。だから、女性として見られる、つまり、恋愛対象として見られるって事なんだよ。」
「ふーん。なんだか面倒くさそうね。」
アルが丁寧に教えてくれたが、私の感想はそんなもんだ。
アルが苦笑いしている。
恋愛対象として見られても困る。
だって私にはフレッドがいるんだもん。
「それが面倒くさいとも言ってられないのよ。ある程度そういうのに顔出しておかないと、いろいろ面倒なのよ。貴族同士の利害関係の揉め事に巻き込まれたり、おかしな噂流されたり厄介らしいわよ。
だからうちの祖父もそういうのを定期的に開いて、情報収集したり、牽制したりしているんですって。うちの場合、国内だけじゃないから厄介なのよね。私達のデビューの直後にもあるわよ。うちの祖父の即位40年記念式典。周辺諸国の王族とかが来るって。あー、めんどくさ。グラナートの第3王子がうざいのよね。すごくチャラいからリラも気をつけなさい。」
あれ、アンヌ、さっき『面倒くさいとも言っていられない』っていってなかった?
「うざいとか、チャラいってどういうこと?」
「無類の女好き。恋愛対象の幅が広すぎるのよ。見境ないわ。目をつけられないようにすることね。」
「恋愛対象として見られたくない場合はどうしたらいいの?」
「とりあえず、パートナー連れて歩いてたらいいのよ、イチャイチャしながらね。」
私、あの時パートナーいなかったもんなぁ、無理言ってローラン様にお願いすればよかった、そんなことをぶつぶつアンヌは呟いていた。
「アンヌ、流石にイチャイチャはまずいだろう?本人は牽制できても周りの目があるし。」
アルが言うのももっともだ。
多分、アンヌの言ってるのは投げやり半分、願望半分なのだろう。
「パートナーかぁ。もちろんフレッドがパートナーになってくれるよね?」
フレッドは浮かない顔だった。
目も泳いでいて、私の方をちっとも見てくれず、返事もない。
考え事でもしているのだろうか。
「フレッド?」
「あ、ごめん。うん、そうだね。出来たらそうしたいかな。」
明らかに様子がおかしい。
「ほら、いつまで昼食をとっているんですか?レッスン始めますよ?」
母にせかされて、私たちは慌てて口に食べかけの食事を押し込むのだった。
フレッドにどうしたのかと聞くこともできず、モヤモヤしたまま食事を済ませ、モヤモヤしたままダンスのレッスンをして、モヤモヤしたままみんなと別れた。
翌日からは、フレッドもアンヌもアルもうちに来なかった。
フレッドは、学校がある。
もうすぐ卒業なので、何かと忙しい。
しかも私の実の母の葬儀などで何度か学校を抜けている分の補講を受けなくてはいけないらしく、暫く顔を出せないとのことだった。
アンヌとアルは、それぞれに必要な情報が私と違うので、それぞれに教師役が付いて個別指導になるそうだ。
私は午前中はいつも通り治療院のお手伝いをして、帰ってきて昼食をとり、祖母が帰宅するまで指定された本や、私が覚えるべき貴族をリストアップしたものに目を通す。
貴族の名前って、時々バカみたいに長いうえに似たようなものも多くて嫌になってしまう。
まぁ、とりあえず、家名を覚えておけばしばらくは何とかなるし、実際に会って覚えていけばよいとのことだった。
取り急ぎ覚えるのは、公爵家と侯爵家、それからマティユ陛下の即位40年記念式典に参列する、グラナート王国やリュビ帝国、ザフィーア皇国、アダマース共和国の王族、皇帝、皇族、首相や大統領等の招待客の顔と名前、それぞれの国のざっくりとした歴史だった。
アルやアンヌは、幼いころから国交のある周辺諸国へ実際に行ったり、相手が来たりでそれなりに交流しているので、当日困ったときは彼らか両親、兄に聞けばよいと言われている。
「若い娘が歴史や政治についてベラベラ喋っても嫌がられますからね、基本はニコニコ笑って、相槌打って、ダンスに誘われたらそれに応じておけばいいんですよ。ですが時々いるのですよ、相手の知識を試そうとするような質問を投げかけたり、いやらしい事をする者が。ある程度の一般教養は教えているはずだから問題ないとは思うのだけど、念には念を入れましょう。文学についてやたらと語りたがる相手には、黙って聞いて、下手に出て今回はどうにかしのぎなさい。」
母はそんなことを言っていた。
どうやら、私が覚えるべき要注意人物とはそういった相手や、私の実母に結婚や交際を申し込んできたことのある貴族たちらしい。
なぜ、実母の頃の話が今関係あるのかというと、その息子たちが揃いも揃って私よりも3~8歳くらい年上で、結婚適齢期であるらしい。
その当時も、実母『本人』、というよりも『フーシェ公爵家』というブランドに惹かれてよってきていたというので、そういった意味で私は格好のカモというかエサなのだという。
たとえ、実子でなくとも、私は養女、しかも血はつながっているので彼らからしたら全く実子でないことなど関係ないらしい。
寧ろ、実父とも縁が出来るのでより美味しいというのだ。
両親は、そういった申し出はすべて全力でお断りするからと言ってくれているが、私が彼らと直接顔を合わせた時、無下に断って相手の機嫌を損なったり、プライドを傷つけてしまうと何かと面倒だそうで、今いろいろ対策を練ってくれているが、どんなに策を練ったところでも最後の最後は私次第だと釘を刺されている。
本当に気が重い。
しかも、この間、フレッドにパートナーになって欲しいと言ったらものすごく曖昧な、限りなくNOに近い返事をされたばかりだ。
「フレッド、どうしたんだろう…。」
ひとり呟いてみる。
補講のせいで、あと2週間は会えそうにない。
でも、あと2週間で彼は士官学校を卒業する。
そうしたらたくさん会えるのかしら?それとも…。
2週間後はフレッドの卒業だけではなく、入学試験の合否とクラス分けの発表、制服の注文や採寸がある。
少なくともそこでは会えるだろう。
その時に、もう1度、ちゃんとお願いしてみよう。
私の社交界デビューと、マティユ陛下の式典にパートナーとして一緒に行って欲しいと。
その日、母が帰宅すると、私は母の衣裳部屋へ来るように言われた。
衣裳部屋へ入るのは初めてで、場所が分からないと言ったらクレールが連れて行ってくれた。
連れてこられたのは両親の寝室。
寝室の奥に衣裳部屋があるのだった。
「リラ、夜会のドレスを選ぶわよ。いらっしゃい。」
衣裳部屋の中には、色とりどりの、鮮やかなものから落ち着いたシックなものまで、数えきれないほどのドレスが吊るされていた。
「やっぱり白かしらね?それともペールグリーン?ピンクなら…これかしら?」
母は次々にドレスを手に取り、めぼしいものをピックアップしていく。
「ああ、これもいいわね。」
そう言って手に取ったのは、ほんのり薄く、ピンクゴールドに色づいたシフォンのドレスだった。
「わぁ…素敵。」
袖はレースの長袖、胴の部分にも同じレースや刺繍、パールがたくさん施され、スカートは柔らかなシフォンの生地が幾重にも重ねられている。
一目見て、私はこのドレスが気に入った。
「お母様、私、このドレスが着たいです。」
「じゃあ、これにしましょう。うふふ、親子ね。これはマルグリットのお気に入りだったのよ。あの子も社交界デビューの時にこれを着たわ。」
母は、少しさみしそうに笑うと、すぐに表情を引き締めて、私に言った。
「サイズが少し心配なのよね。着てみましょう。必要であれば直すわ。」
「うーん、本当にギリギリね…直せると良いけど。」
試着したドレスは、丈も、ウエストも、袖もぴったりだった。
しかし、胸のあたりがきつかった。
「これはリボンで締めるタイプだから何とかなりそうだけど、ボタンで留めるタイプのものは殆ど無理そうね…。」
「私、これが着たいの。」
実母が社交界デビューで着たと聞いたら、どうしてもこのドレスでなければ嫌だ、そう思ってしまった。
「そうね、これは直して着ましょうね。でも、何着かリラのサイズで仕立てた方が良いわ。靴もマルグリットよりも少し大きいみたいだし、用意しましょう。」
それから数日後、採寸してもらって私の夜会用のドレスを数着仕立て、それらに合わせて髪飾りや何足かのヒールを用意してもらった。
「お母様、このドレスはどうするの?」
「そうね、リラが着られそうなものは直して着るとして、残りはこのまましまって貴女の娘かローランの娘が着るのかしらね?とはいえ、サイズが合うとも限らないし…貴女がそうであったようにね。
今後も貴女のドレスを仕立てるとなると、しまう場所に困るわ…って、そんなの魔術でどうにでもなるわね。でもこんなにあっても箪笥の肥やしでしかないわ…おいおい考えましょう。有効利用できるといいわね。」
実母もかつて気に入って着ていたというドレスは、サイズ直しをしてもらい、どうにか着られるようになっていた。
本当にやっと直した、といった感じで、それを隠すために、リボンで編み上げた背中の部分にはシフォンで花があしらわれていた。
その花がとてもきれいで、私はこのドレスが一層好きになった。




