お墓参り
フレッドが泊まった翌朝、私はあることに気付いた。
なぜ今まで気づかなかったのだろうか?
このひと月程の堕落した生活のせいですっかり落ちてしまった体力の戻し方を。
別に、無理に戻すことはない。
疲れるたびに回復魔法を自分にかければいいのだ。
それを繰り返してどんどんかける頻度を減らしていけばいい。
なんて簡単なことに気付かなかったのだろう。
翌日からさっそく試すことにした。
ところが、そんなことは全く必要がなかった。
不思議なことに、以前の体力と変わらなかったのだから
このひと月は一体なんだったのだろうか?。
変わらなかったのはそれだけではなかった。
名前が変わってもお母様が体調を崩す前と、私の生活は大きく変わることはなかった。
おじい様とおばあ様の家に寝泊りしているのと、お母様がいなくなってしまったことを除けば。
久しぶりの転移魔法は少し緊張したが、1度成功すればなんてことない。
体に染みついたものはそう簡単に忘れるものではない。
午前中はさっそく治療院へ行き、お手伝いをする。
もう半年近く顔を出していなかったため、久しぶりにお会いする患者さんには「顔を見せないから心配していた」だとか、「フローラちゃんに治療してもらいたかった」など温かい言葉をかけてもらった。
自然と、私も笑顔になる。
私のいない間、院長先生は外に修業に出していると患者さんたちに言っていたらしい。
実際、お母様の治療はかなり荒い修業になっていたようで、以前よりも少ない力でも大きな効果を出せるようになっていた。
「前よりもずいぶん効くよ…もう少し力を弱くしてもらえると助かるよ…効き過ぎて動悸が…。」
慌てて光の精霊術で患者さんを落ち着かせる。
「ごめんなさい。まだ、調節がうまくいかなくて…気を付けます。」
「院長先生が修業に出したって仰ってたけど、それだけ上達したってことは大変な修業だったんだろうねぇ。今のは新しい術だろう?すごいねぇ。」
そう言われ、精霊術を使ってしまったことを反省する。
両方使える精霊魔術師は一般的ではないのだ。
両方使える時点でどこかの金持ち貴族のお抱えになったり、王国に仕えるのにだってずいぶん有利になるのだから個人が経営というか運営している小さな治療院にそんな術師がいるはずがない。
院長先生にも、つかうのは魔術のみ、そう言われていたのに、久しぶりですっかり頭から抜け落ちていた。
幸い、施術された患者さんは気付かなかったようで助かった。
「フローラ、気をつけなさい。君が両方使えると今気付かれたらいろいろ厄介だからねぇ。国立学校に入学後であれば問題ないのだがね。それまでは十分気をつけなさい。」
案の定注意されてしまう。
「すみません。以後気を付けます。」
それ以降、かなり魔力を抑えても十分すぎるほどだったので、その調節をより細かく出来るよう、その点に集中して術を使うようにしていたら、何となくコツがつかめるようになった。
午前の診療時間が随分過ぎて、最後の患者さんの施術が済んでも不思議なことに体は全く怠くなかった。
適度に動いた方がいいのだろうか?
一昨日までの不調が嘘みたいだ。
「愛の力かな?」
はっはっは…そう大きな声で笑いながら院長先生が後ろを通り過ぎた。
今のは独り言だろうか?それとも私に向けられたもので、私の疑問に答えていたのだろうか。
院長先生は本当に不思議な人だ。
その後、自宅――フーシェ公爵邸へと戻り、着替えをして森へ出かける。
庭師さんにお願いして、お庭のお花を分けてもらい作った花束を持って。
お母様のお墓に行くつもりだ。
お母様を花葬した日以来1度も行っていなかった。
なぜ、今まで行こうと思わなかったのだろうか?不思議でたまらない。
森に着くと、アンヌが薬草園の手入れをしていた。
「リラ!」
私を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。
「アンヌ、今までごめんね。一昨日は私に会いに来てくれてありがとう。すごく嬉しかった。もうすっかり体調もいいの。」
「本当に元気そうね。後は、たくさん食べて体重を戻さなくちゃね。もともとない胸がさらになくなってるわよ?」
う…痛いところをついてきた。
自分でもうすうす感じていたけれど…ダイナマイトボディなアンヌに言われたら余計に落ち込むわ…。
「ごめんごめん、冗談よ?前よりもちゃんと成長してるから安心しなさい。」
そう言いながら、アンヌに胸を鷲掴みにされる。
「きゃっ!もうやめてよ…。」
慌てる私をからかって笑っている。
今まで通りのアンヌだ。
それが嬉しくて、私もやり返して笑った。
アンヌと一緒にお母様のお墓へ行く。
途中いろいろな話を聞いた。
私がいない間の勉強のこと、アルのこと、アンヌの恋のこと。
ローランおじ様は相変わらずアンヌを子ども扱いすると本気で悩んでいた。
それは仕方ないと思う。ローランおじ様にとってアンヌは姪の親友なのだ。
親子ほども歳が離れている。
「でも、もうリラはローラン様の妹よ?妹の友人と恋するなんて良くある話じゃない?それ以前に、フローレンス様とテオドール様の年齢差なんて150歳以上よ?25歳違いなんてどうって事無いでしょう?」
私の親友の恋は前途多難のようだ。
でも、ローランおじ様とアンヌがもし結婚したら、アンヌは私の姉だ。
「アンヌが私のお姉さんかぁ…それもいいわね。」
「そうなのよ、私たち姉妹になるの!いいでしょ?」
すごく楽しそうだ。
アンヌの恋を応援しよう、そんな事話していたらあっという間にお母様のところへ着いた。
今日もあの日と同じように花で溢れていた。
たくさんの精霊が遊ぶ中、私の精霊たちもかつての仲間との再会を喜んでいるようだ。
「相変わらずリラの精霊の数と存在感には圧倒されるわね。」
此処に着くまで、精霊たちには気配を消してもらって…しかし自由にしてもらっていた。
到着と同時に、姿を一気に現したのだから見える人にしたらびっくりするだろう。
しかも、昨日の朝からやたらと元気になっている。
いつも以上にキラキラ輝いているのだ。
お花を供えて、少しここで過ごすことにした。
森の精霊術で作った適当なサイズのベンチに腰掛け、のんびり過ごす。
「ねぇ、リラは今後のことどう考えてる?」
「今後のこと?」
漠然としていて良くわからなかった。
「1年後、国立学校の入学試験受けるでしょ?どの学科を受けるとか、何を専攻するとか。私は、選択肢が少ないから…精霊術師のクラスにしようと思っているの。それで、空の精霊術に興味があって、でも適性があるかどうかって良くわからないでしょ?だから、この1年で勉強してみたいなって思っていて。」
私も国立学校の入学試験は受けるつもりでいる。
しかし、魔術師のクラスにしようか精霊術師のクラスにしようか決めかねていた。
それを決めかねている以上、専攻なんて決まっているはずがない。
「私は…まだ決めていないの。全然考えていなかったわ。」
「そうよね。仕方ないわ。まだ1年あるし、実技以外は試験が共通だからゆっくり考えればいいと思う。
それで…私、空の精霊術の勉強、リラと一緒にしたいなって。空の精霊との契約、リラと2人で出来ないかなって思ってる。私の家と、リラの家をつなげられたらいいなと思うんだけど…どうかな?」
そんなこと、思いつかなかった。
「それ、すごくいいと思う。覚えたら絶対役立つものね。それに、一緒に勉強するのにも便利だもの。」
私達は、おばあ様にお願いしに行くことにした。
「せっかくだから、光の精霊術ももう少しどうにかしたいのよね。薬草学は上級の薬草学を勉強したいの。花の精霊術は…ほどほどでいいかな。」
アンヌはかなり具体的に考えているようだった。
「すごいなぁ。私がぼーっとしている間に、みんなに置いて行かれちゃった感じ。アルもすごく頑張ってるって、おじ様言ってたし。フレッドもすごく逞しくなってたし。」
「ねぇ、リラ、ローラン様のことおじ様っていうのやめてくれない?お兄様って呼んでよ。見た目からしたらそれが妥当よ?」
「ごめんね。ついつい癖で。そうなのよね。これからおじい様とおばあ様じゃなくて、『お父様』と『お母様』なのよね。そうするとやっぱり『お兄様』って呼ばないといけないわよね。」
人前だけで変えようと思っても出来そうにないので、普段から慣らすべきだろう、そう考えていた。
でもなんだか恥ずかしくて言えずにいる。
「そうよ、普段から言わないとね。特に、『お兄様』はね?」
「頑張ってみるわ。私、どうしようかな。魔術だったら、結局のところ、私が伸ばすべきは治癒・回復系統なのよね。それと生活に便利な家事魔法とか?それと空間魔法とか転移系かなぁ。攻撃系はどう頑張っても無理だから…でも、防御系はそこそこ習得したいし。
精霊術なら…光の精霊術…それと空の精霊術を勉強したいわ。他は普段使いが出来れば十分かな。」
光と空の精霊以外から若干ブーイングがあった気がしないでもないが、流すことにする。
「リラは選択肢が多すぎるのよ。大体、その辺の術師よりもすでに実力は上だと思うわ。それも、フローレンス様に相談するべきよ。」
「そうね、『お母様』に相談してみようかしら?」
私がそう言うと、アンヌが笑った。
アンヌと一緒に自宅へ戻ると、おばあ様…ではなく『お母様』は私とアンヌにお茶とお菓子を用意してくださった。
「なにか話があるんでしょう。アンヌがここに来るなんて珍しいものね。」
「あの、その前に、これから、おばあ様のことを『お母様』または『母』、おじい様のことを『お父様』または『父』、ローランおじ様のことを『お兄様』または『兄』と呼ぼうと思っています。外でだけ使おうと思ってもそれはとても難しいと思うので。よろしいでしょうか?」
「もちろんですよ。あなたがそうしたいならそうなさい。それで、アンヌは何の話なの?」
「あの、空の精霊術の勉強をしたいと思っています。リラと2人で空の精霊との契約を結べるようになりたいのです。教えていただけないでしょうか?」
お母様――母は、少し驚いたのか目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻る。
そして、にっこり(いや、どちらかというとニヤリかもしれない…)笑うと、
「いいわ、やる気があるのは良いことです。教えましょう。でも、それだけではだめよ。これから1年、試験対策、マナーやダンス、それに今まで教えてきたことの総復習をします。それをこなした上で空の精霊術について必要な知識が身についたら空の精霊との契約をさせてあげるわ。覚悟するのよ。
リラはそれに加えて、ピエールのところへ通いなさい。アンヌは森で薬草の世話をすること。いいですね?」




