お泊り
食事も終わり、皆が返ってもフレッドは寮に帰らなかった。
今日はおばあ様の使いで外出すると届けを出しており、門限に間に合うか不明だったため、外泊の申請を出しているそうで、明日の朝、訓練に間に合うように登校すればいいそうだ。
2年次以降になると年に数回であれば、きちんと手続きを踏めばそう言ったことが可能らしい。
保護者の申請でなくても、後見人の申請であれば受理されるそうだ。
士官学校入学の際に、保護者以外に後見人をつける人も多いらしい。
嫌らしい話だが、そうすると、学校での待遇が変わって来るそうだ。
とくに、その後見人の社会的地位が高ければ高いほど、国立学校に進学しやすいとかしにくいとか…。
ただ、それなりに優秀な成績を修めないと、後見人の顔に泥を塗ることになるので、必然的に努力をして優秀な成績を修めることになるらしいのだが…。
ちなみに、この話はお兄様達に聞いたものだが、おじい様は2人の後見人でもあったらしい。
「リラ、眠るまでフレデリックに側にいてもらいなさい。その方がぐっすり眠れるし、体調の回復も早いはずよ。お願い出来るわね、フレデリック?」
おばあ様の気遣いが嬉しかった。
流石に、自分からそんなことは言えなかった。
フレッドは3月に誕生日を迎え、15歳で一応は成人している。
私は14歳で成人していないし、結婚もしていない男女が同じ部屋で眠るまでとはいえ、一緒にいること自体があまり体裁のいいことではないし、フレッドに限ってそういうことはないと思うが、一緒に眠ると言うことがどういうことを意味するのかくらいさすがに知っている。
…とはいえ、それを知ったのは割と最近、お母様の体調が悪くなる直前の話で、教えてくれたのはアンヌだった。
アンヌは5年くらい前にそういうことを侍女に習ったそうで、半年前まで私がそういったことを一切知らなかったことを知り、驚愕していた。
私は逆に、5年も前からアンヌがそういうことを知っていた事の方が衝撃だったが…。
そんなことは置いておいて、先程少し休んだ時、フレッドがいてくれてすごく寝つきが良くすっきり目覚められたことや、もう少しフレッドと話していたかった私にとって、おばあ様の一言はとても有難かった。
フレッドも穏やかな笑顔だ。
おじい様とおばあ様に挨拶をして、まだ残っていたローランおじ様にも挨拶をしようとすると、ひとり面白くなさそうな顔をしていた。
それでも挨拶をして、フレッドと部屋に向かうと、おじい様とおばあ様に抗議をする声が聞こえてきた。
昔から、おじ様は私がフレッドと仲よく…私がフレッドに抱きついたりするとフレッドにやきもちを妬く癖がある。
一度、院長先生に咎められてそれ以来落ち着いていたのだが、流石に今日のことは目に余るらしい。
私やフレッドに直接は言わなかったが、おじい様とおばあ様には抗議せずにはいられなかったようだ。
フレッドも困った顔をしていたが、2人で聞かなかったことにした。
部屋に入り、再びフレッドに手伝ってもらってベッドに横になった。
先程のように、フレッドがスツールに座り、手を握ってもらい、少し話をした。
「ねぇ、なんで今日此処へ連れてきてくれたの?」
ずっと疑問に思っていたことを聞く。
此処にみんなが集まってきたのも不思議だった。
「昨日、フローレンス様が学校に来て面会したんだ。それで、リラをフーシェ公爵邸へ連れてくるように言われた。ジェラール様が出かけてからフローレンス様がリラを訪ねても会わせてもらえなかったらしい。テオドール様も、ローラン様も同様だったそうだよ。それに僕も…今まで3回訪ねているのにリラに会わせてもらえなかった。」
クレールもおじい様やおばあ様、おじ様が来ないのはおかしいと言っていたのはそういうことだったんだ。
「3回も来てくれたの…ありがとう。すごく嬉しい。…もしかして、精霊がやたら落ち着かない日が3度ほどあったの。それってもしかして…。」
「多分そうだと思う。僕の精霊もすごく落ち着かなくて、騒いでいたから。」
精霊たちもフレッドに会いたかったんだ…。
「1回目は連絡せず訪ねたから門前払いだったよ。2度目、3度目は連絡をしてから行ったんだけど…リラに会いたいと言っても会わせてもらえなかった。リラは体調が悪くて、誰にも会いたがらないからって。」
それは確かに事実だ。
「確かに、私、誰にも会いたくなくて、怠くてずっと寝ていたの。ごめんなさい。」
でも、なぜフレッドが来たことを誰も教えてくれなかったんだろう。
「実は、リラの妹…ノエミさんは顔見知りだったんだ。それで、2回目3回目は彼女とお茶を飲んで帰った。彼女にお願いしたんだけど、自分も会わせてもらえないって…。」
ノエミも会いに来てくれていたんだ…だから余計怒らせてしまったのかもしれない。
会わない方がいいとお父様やお兄様達が言うほどに…。
「それで、昨日フローレンス様に言われて…失礼を承知で勝手にリラのいる部屋まで行くことにしたんだ。ノエミさんに気付かれないように、共通の友人――エドだよ、彼女はエドの幼馴染の友人なんだ――に協力してもらって引き留めていてもらったんだ。」
「じゃあ、馬車のところでご挨拶した…きちんとできなかったけれど、あの方がエドだったのね。」
「そうだよ、結局家令のセドリックさんに案内してもらってすぐにリラのところへ行くことが出来たんだ。それに、君たちのおかげかな?」
そう言って、フレッドは精霊たちに微笑んでいた。
精霊たちもとても満足そうだ。
でも、疑問が残る。
なぜ今日だったのだろうか?
なぜ、裏口から逃げるように出てきたのだろうか?
なぜ、フレッドが迎えに来たのだろう?
数日前、おじい様やおばあ様に会いに私が出かけたらどうかとクレールに言うと、お父様の許可が必要だと言った。
お父様は夕方にはおじい様の家にいたのだもの。
どうしても今日がいいのならばお父様の帰りを待てばよかっただけの話だ。
その疑問をフレッドにもぶつけてみたものの、フレッドもなぜかは分からないそうだ。
ただ、おじい様とおばあ様は中に入れなかったのに対して、フレッドはノエミの客という扱いであるが屋敷の中に入れたことが理由ではないかということだった。
「あまり考えると、疲れてしまうから…今日はいろいろありすぎただろう?もう寝よう。眠るまで、そばにいるから…。」
それもそうだ。
もう考えるのはやめて寝よう。
「フレッド、ありがとう。おやすみなさい。フレッドも早く眠ってね。」
そう言って目を瞑る。
すると、私の唇に何か温かく柔らかいものが触れる。
心が、身体が温かくなり、幸せな気持ちで包まれる。
こんな気持ちは何か月ぶりだろうか。
そのまま幸せな気持ちで私は眠りに落ちた。
幸せな夢を見た。
お母様の夢だった。
お母様が幸せそうな、温かなまなざしで私を見ている。
『それでいいのよ。』
私は微笑んでいた。
お母様も微笑んでいた。
カーテンの隙間から差し込む日ざしが眩しくて目が覚めた。
とても清々しい朝だった。
目を開けて私は驚いてしまった。
私の目の前にはフレッドの顔があった。
そして、フレッドと私は固く手を握ったまま眠っていたようだった。
私が目を覚ますと直ぐにフレッドも目を覚ました。
彼も私と同じように、目を開けると私の顔があって驚いたようだった。
そして、固く結んだ手を見て現状を理解したらしい。
私を起こして、ベッドの縁に座らせてくれると、謝られてしまった。
寧ろ謝るのは私の方だ。
「私のわがままで…ごめんなさい。今日は訓練あるのよね?なのに、ちゃんと横になれなかったから…体痛くない?怠くない?」
士官学校の訓練はハードだと言う。
なのにせっかくの休みを1日潰してしまった上、夜ゆっくり休めなかったのは私のせいだ。
その時、ふと思い出した。
私は回復魔法が使えるんだったということに。
もう1月以上使っていなくて、使えるか心配だったが、使ってみると案外あっさり使うことが出来た。
数か月前は、かなりハードな使い方をしていた。
自分が倒れる寸前まで術をかけることも何度もあった。
冷静に考えれば、そんなことを毎日していたのだから、少しブランクが開いていたって簡単な回復呪文をかけることくらいどうってことないはずなのに、ずいぶんネガティブになっていたのだろう。
不安で仕方なかったが、一度成功すると自信がつくもので、立て続けに効きそうな術をかけてみた。
血液浄化をして、鎮痛魔法をかけて、再度回復呪文をかける。
どれも問題なく使うことが出来た。
ほっとした。
使えなくなっていたらどうしようと不安だったから。
「リラ?ありがとう。どうしたの?」
「ごめんね。私、自分が魔術使えることすっかり忘れていて…使えるか不安だったの。でも使えて安心したわ。なんだか実験台にしたみたいでごめんなさい。」
フレッドは笑っていた。
そしてギュッと抱きしめてくれた。
その時、ガチャリと勢いよくドアが開いて…。
入ってきたのはローランおじ様だった。
抱きしめられているところをばっちり見られてしまい、私とフレッドは正座させられてものすごく怒られた。
「まったく、なんでフレデッリクがリラの部屋にいるんだ?この状況はどう説明するんだ?それに、2人とも、自分の立場が分かっているのかい?リラはまだ未成年なんだぞ?フレデリックは成人したとはいえ、まだ士官候補生だ。それに結婚前の男女が…。」
おじ様の言うことは正論だったが、長くて、同じことを何度もループするので辛かった。
起きてこない私たちを心配しておばあ様がやってきて、私とフレッドはおじ様のお説教から解放された。
「ローラン、昨晩きちんと説明したはずでしょう?リラの体調のために私が許可したんですよ。それに、フレデリックを眠らせたのは私です。術をかけたのよ。だからあなたが心配するようなことは何もあるはずがありません。いい加減『姪離れ』しなさい。子離れできない父親よりもずっと性質が悪いわよ?以前ピエールにも言われたでしょう?」
どうやら、フレッドは眠ってしまったのではなく眠らされてしまったようだ。
朝から一悶着あったが、朝食を食べて、フレッドはおじい様が送って無事学校へ行った。
訓練にも間に合ったそうで安心した。
そして、私は手続きを済ませ、無事『リラ・フローレンス・フーシェ』となった。




