【フローレンス様の言いつけ】
フレデリック視点です。
マルグリットさんが亡くなった。
彼女の弔いが終わるまで、学校を休むことが許され、その間リラのそばにいることが出来た。
その後、リラは父と暮らすことを選んだ。
リラが心配だった僕は、休日の度に彼女を訪ねた。
2年次の後半にもなると、休日の度に外出届さえ出せば外出が可能になっていた。
これまで3度、彼女の暮らすシャルロワ伯爵邸を訪れている。
だがしかし、1度も彼女に会えていない。
1度目に訪れた時、アポなし訪問だったせいか、門前払いだった。
2度目は事前に連絡を入れて訪れたのだが、リラの体調が優れないので帰って欲しいと言われた。
それならば尚更会うべきだ。
僕は粘るが応対した年配の女性は引かなかった。
そんな時、見覚えのある少女が僕を見つけ、中へ招き入れてくれた。
彼女は、エドの幼馴染の友人だった。
確か、「エミ」と呼ばれていた少女だ。
驚くべきことに、彼女はリラの腹違いの妹だった。
「フレデリック様、お久しぶりです。お会い出来て大変嬉しいです。我が家に何か御用でしょうか?先程はうちの使用人が大変失礼いたしました…。」
彼女――ノエミという名前らしい――に、リラに会いに来たことを告げる。
すると彼女の表情は曇り、俯いてしまった。
「リラは、誰にも会いたくないと言って、部屋から出てこないのです。私にさえ会ってくれません…。」
とても悲しそうに言った。
そして、せっかくここまでいらしたのだからと、僕にお茶を勧めてくれた。
3度目もほぼ同じだった。
2度目と違うのは、すんなり屋敷に入れてもらえたことだろうか。その扱いはリラを訪ねた客というより、ノエミを訪ねた客の扱いだったが…。
「フレデリック、面会だ。」
昨日、教官に呼び出され応接室へ行くと、そこにはフローレンス様がいた。
「フレデリック、リラに会いに行って頂戴。1度も来ていない、リラの世話をしているクレールがそう言っているのよ。あなたに限って行っていない訳は無いわよね?」
「あの、お言葉ですが…行っても会わせてもらえないんです。中には入れてもらえてはいるんですが…。」
「…やはりあなたもそうなのね。でもなぜ家には入れるのかしら?リラはあなたに会いたがっているそうよ。口には出さないけれど…精霊がそう騒いでいるらしいわ。」
「僕は、リラの客としての扱いではなさそうなんです。実は…先日分かったことなのですが、リラの妹が顔見知りだった様で…。」
フローレンス様が大きな溜息をつく。
「明日は休みね。シャルロワ邸へ行って、どうにかしてリラに会い、あの子をうちまで連れて来なさい。良いですね?」
否と言えないような口調でフローレンス様が言い切る。
でもどうやって会う?
「エド、明日リラを訪ねるんだが…協力してくれないか?」
エドに力を借りることにする。
ノエミと話してもらっている間に、お手洗いを借りるふりをして席を外し、リラに会うのだ。
リラのいる場所は聞いた。
裏の離れだそうだ。
あらかじめ訪ねることは前回の訪問の際伝えてあった。
エドと共に寮を出て、シャルロワ伯爵邸へ向かう。
エドにはある程度、流れを説明してあるが、結局は成り行きに任せるしかない。
フローレンス様は、協力者を手配したと仰っていたが…。
屋敷に到着し、ノックをするといつも顔を合わせる年配の女性が出てきた。
そして、案の定ノエミの客としてサロンへ通された。
「すみません、先日帰り際にもお伝えしたと思いますが、僕はリラに会いに来たのです。」
「申し訳ございませんが、奥様とお嬢様にこちらにお通しするように言いつけられておりますので。」
この女性は僕をリラに会わせるつもりはないらしい。
少し待つとノエミが出てきた。
「フレデリック様、エドワール様までようこそお越しくださいました。」
「あの、リラに会いたいのですが…。」
「申し訳ございません、リラはまだ人に会いたくないと申しておりますので…。でも、せっかくお越しいただいたのですからお茶を飲みながらお話を…。」
まただった。
仕方ないのでとりあえずそれに従う。
人様の家を勝手に歩き回るなど気が引けたが仕方がない。
計画を実行するためエドに合図をする。
「申し訳ないのですがお手洗いをお借りしてもよろしいですか?エド、悪いがノエミ嬢のお相手をお願いするよ。」
「すぐご案内を…」
ノエミが立ち上がろうとする。
するとそこへ初老の紳士が現れた。
「ノエミお嬢様、私がご案内いたしましょう。」
「あら、セドリック?それじゃあお願い。」
ノエミが一瞬顔をしかめた気がしないでもない。
セドリックと呼ばれた紳士は家令だろうか?他の使用人とは雰囲気が違う。
少し厄介なことになった、そう思う。
だがその思いはいい意味で覆された。
部屋を出て周りに人がいないのを確認すると立ち止まった。
「フレデリック様ですね?何度も足を運んでいただいているのに失礼ばかりで申し訳ございません。私は家令のセドリックと申します。」
彼は簡単に挨拶をすると、僕についてくるように言った。
「貴方様がいらしたらリラお嬢様のところへ必ずご案内するよう主人に言いつけられていたのですが…私の監督不行き届きで大変申し訳ありません。」
「僕は良いとして、フローレンス様までもリラに会えなかったのはなぜですか。」
「ノエル様…ノエミお嬢様の母親なのですが、彼女がリラお嬢様のお客様は家に入れるなと命令されたようでして…お恥ずかしい話ですが、私が旦那様の使いで屋敷を空けている間、私の指示は無視されたのですよ。今この家の使用人でマルグリット様やリラお嬢様を知っている者はわずかです。私と庭師くらいでしょうか?ほかの者はノエル様の雇った者ばかりで、あまりリラお嬢様を良く思っていないようです。」
フローレンス様が連れてくるように言ったのも、この現状を知り怒っているのだろう。
リラがここで暮らすことを最後まで反対していたのは彼女だった。
「裏口に馬車をご用意いたしますので、そちらから庭師がフーシェ公爵邸までお送りいたします。馬車へはリラお嬢様付きの侍女がご案内いたしますので、ノエミお嬢様がお気付きになる前にご出発なさってください。ご友人は私が責任を持ってお送りいたしますし、ノエミお嬢様には適当にごまかしておきますので。ご安心ください。」
彼は、代々シャルロワ家に仕えている家系の出だそうで、父の跡を継いで家令になったそうだ。
本来なら、家令が使用人をまとめる立場ではあるが、家の中のことはほぼノエミの母が直接指示を出しているため、彼自身が、自分は家令と言うより実質はジェラール氏の秘書の様な立場だと言っていた。
彼についてどんどん進むと裏庭に出た。
正面や中庭とは随分雰囲気が違う。
「こちらだけは、マルグリット様《奥様》がいらした当時のままを保っているのです。彼女の好みに合わせて作られた庭でして…今リラお嬢様がお過ごしの離れで、当時マルグリット様《奥様》は暮らしていらしたのですが、あちらも旦那様の指示で当時のままになっております。
少し前から、リラお嬢様はこちらのお庭にも出られる様になって、随分落ち着かれた様ですが…まだ体調は万全では有りません。」
気付くとたくさんの精霊達に囲まれていた。
リラの精霊だ。
皆僕を見て嬉しそうにしてくれている。
『リラ、ヨロコブ!僕等モ、ウレシイ!』
離れのドアをノックするとドアが開く。
そこにいたのは、顔見知りのクレールさんだった。
どうやらリラ付きの侍女と言うのは彼女の様だ。
彼女は僕と精霊達をみると安堵の溜息を吐き、微笑んだ。
この離れは本邸と随分雰囲気が違っていた。
シンプルで、飾り気は無いが、上質な作りだ。
リラの家と雰囲気が似ている。
「では、私はこれで失礼いたします。なるべくお早めにお出かけ下さい。」
「本当にありがとうございました。」
セドリックさんに心からの礼を言う。
そして、クレールさんがリラの私室まで連れて行ってくれた。
部屋の扉をノックする。
返事が無い。
クレールさんがドアを開けてくれ、
「すぐに出発しましょう。」
そういったので、部屋へ入った。
リラは眠っていた。
すっかり痩せてしまい、顔色も心なしか青い。
光の精霊術をかけると、少し顔色が良くなり、頬にほんのり赤みが差し、彼女はゆっくり目を開いた。
「フレッド?」
「一緒に出掛けよう。立てるかい?」
「でも…お父様の許可が…。」
彼女が躊躇ったので、僕は彼女を抱きかかえて行くことにした。
以前、美術館で抱きかかえた時よりも随分軽い。
それに元々華奢な彼女が更に細くなってしまっていて、いたたまれない気持ちになった。
きちんと食事をとっていたのだろうか?
「ねぇ、降ろして欲しいの。私、お母様と約束したの。お父様を支えるって…。それに、外出するなら許可を取らないと…。」
リラはジェラール氏の為に、彼女が母とかわした約束の為に行けないのだと言う。
「僕もマルグリットさんと約束したんだよ。リラが辛い時は支えるって。リラを守るって。今がその時だと思うんだ。そんなに痩せてしまって、顔色も悪いのは辛いんだろう?ジェラール氏なら大丈夫。分かってくれるから。それに、彼だけではなく、話さなければいけない人は他にもいるんだよ?みんなが集まれるところへ行こう。そこでゆっくり話そう。」
部屋を出るとクレールさんが待っていてくれた。
そして、彼女に案内されて裏口へ向かうと、そこには馬車とセドリックさんが待っていた。
エドも一緒だった。
リラを先に馬車に乗せる。
「エド、悪かった。お陰で無事に言いつけを守れそうだ。詳しくはまた話す。本当にありがとう。」
「いいから行ってやれよ。じゃあまたな。」
本当に良いやつだ。
「フローレンス様がお待ちです。ご出発下さい。」
「セドリックさんも本当にありがとうございました。では失礼いたします。」
リラの待つ馬車に乗り込み、窓から2人に手を振った。
リラも頭を下げて挨拶をしていた。
あまり体調は良くなさそうだ。
壁にもたれかかっている。
彼女をこちらに抱き寄せ、光の精霊術をかける。
「着くまで寝ていたら?怠いんだろう?」
小さく頷くと彼女は目を閉じた。
「荷物を纏めてから私も向かいますので、お嬢様を宜しくお願いいたします。」
クレールさんは後から来るそうだ。
そして馬車は出発した。




