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別れ

朦朧とする意識の中、何度目かわからない血液浄化魔法をかける。

あと何度かけられるのだろうか?

私の残りの魔力も僅かだ。






いつも通りの朝だった。

お母様の様子も昨日とは変わらないようだ。

良くもなっていないが悪くもなっていない、そんな感じだ。


起きてまず、血液浄化魔法と鎮痛魔法をかける。

お母様はまだ眠っている。

以前に比べるとすっかりやせ細ってしまっているが、顔色は良かった。


私は、お母様と同じ部屋で、同じベッドで寝ている。

そして、夜中にも定期的に血液浄化・回復・鎮痛、この3つの術をかけている。


お母様の容態は、丘の家にいた頃に比べて随分悪化していた。

言われなくても分かる。

もう、ほぼ寝たきりなのだから…。

それでも、体調が比較的良い時には、身体を起こして支えてあげさえすれば、起きて話が出来た。

昨日も、お父様やおばあ様、ジュリエッタさんと楽しそうにお喋りをしていた。


今日の午前中も、おじい様や、アルフレッドおじ様、ローランおじ様、私とニコニコお喋りを楽しんでいた筈なのに。


それなのに…どうして?


昼食は、食欲が無いからと食べず、少しお昼寝するからとお母様は横になった。

初めは穏やかだった顔が段々と険しくなって行く。

すぐに気付いて、血液浄化・回復・鎮痛魔法をかけるも良くならない。

一瞬、額に刻まれた皺が緩むが、すぐにまた深くなってしまう。

それでも、何度も何度も繰り返す。


私だけではとても手に負えない。

すぐに、精霊さんに頼んで、アルフレッドおじ様、おばあ様、ローランおじ様を呼んでもらう。

すぐにアルフレッドおじ様が駆けつけてくれた。

おじ様は、光の精霊術でお母様の体力回復をしてくれた。

お母様だけでなく、私も光に包まれて、体力の消耗が緩やかになる。

それでも、お母様の様子は悪化の一途を辿り、顔色はどんどん悪くなるばかりだ。


おばあ様はおじい様と一緒にやって来た。

お父様は王城から離れており、使いを出したそうで、少し遅れるが必ず来るそうだ。

それから院長先生もすぐに来るから、それまで頑張るのよ、おばあ様はそう私に申し訳なさそうに言った。

おばあ様も、アルフレッドおじ様同様、光の精霊術でお母様を癒していた。


その間も、私はひたすら血液浄化魔法をかける。

あらかじめ用意しておいたバケツの中の異空間へ、排出される毒素を放出してゆく。

目で確認したわけでは無いが、毒素はとんでもない量に違いない。

浄化しても浄化しても、次から次へと湧いて出ているかのようだ。

毒素を浄化する速さに対して回復が間に合わないのかもしれない。

お母様は心なしか先ほどよりもさらにやつれてきているようだ。

目は窪み、髪の艶もどんどん失われてゆく。


私は有りったけの魔力ちからを込めて回復魔法をかける。

そして再び、血液を浄化する。


私が持たないかもしれない。

せめて院長先生が来るまではどうにかしなくては…。


『精霊さん、力を貸して…』

私とお母様を光のドームが包み込む。

少し楽になった。

私は再び術をかける。




それからどれ位時間が経ったのだろうか?

3人の精霊魔法で、お母様の体力回復をし、魔術をかけ続けた結果、お母様の体調の悪化は当初よりも緩やかになった様に感じた。

それでも確実に衰弱していた。

悔しい。

それなのに私の意識は朦朧とし始め、立っているのも辛い。

ここで私が諦めるわけにはいかない。

気合だけでどうにかしていたが、魔力ももう僅か。

それでも、どうにかしなくては…。

これが最後かもしれない、そう思った時、院長先生の姿が目に入った。

ああ、これで心置き無く力をを使える…。


そして、残りの魔力も全て使って血液浄化魔法をかけた。

倒れたって構わない。

今までで一番毒素を取り去る、大きな手応えがあった。


次の瞬間、意識が遠のく。

ああ、以前もこんな事があった…。






暖かい光に包まれて、私の意識は段々とはっきりしてくる。

フレッドに支えられていた。

体も段々楽になってきた。


私はフレッドに抱えられ、ソファに座っていた。

周りをみると、たくさんの人が集まっている。

おじい様、おばあ様、アルフレッドおじ様、ローランおじ様、ジュリエッタさん、ヴィクトリーヌ様、マティユ陛下、アンヌ、アル、シャルル、アン、クレール、おじい様の家のエルフの使用人や、ここで働くエルフの方々、フレッドのお父様、ジャンお兄様とポールお兄様もいた。

そして、お母様のそばには、懸命に治療を続ける院長先生と、お母様の手を握るお父様…。


私も、お母様のそばにいたい。

体も楽になったので再び治療をしたい、そう思い立ち上がろうとするも急に酷い目眩がしてうまく立ち上がることができなかった。

それを察したフレッドが、私を抱きかかえてお母様のそばへ連れていってくれた。


「絶対に治療をしてはいけないからね。リラが、本当に倒れてしまうから。」


治療をしたくとも、とても出来そうになかった。

もう、簡単な回復魔法さえも発動出来そうに無い位、私の身体は魔力だけでなく、体力も消耗していたのだから。

フレッドに支えられ、お母様の手を握った。


指先から、どんどん熱が失われていく…。


院長先生も苦しそうだ…。






とても不思議な光景だった。

部屋に集まった人々を加護している精霊たち、そしてこの部屋の近くにいる精霊たちが全て、お母様の身体の中に入っていった。

そして、すぐに信じられない事が起こった。


お母様は宙に浮いて微笑んでいた。

その姿は、元気な頃の美しいお母様だった。


院長先生は術をかけるのをやめていた。

宙に浮くお母様の足元には、衰弱しきったお母様が横たわっていた。


ああ、そう言うことなのか。

理解した私の瞳からは、涙が零れていた。

私だけではない。

みんながそうだった。

そして、美しいお母様を見つめていた。






お母様の身体は透き通り、虹色に輝いていた。

そしてゆっくり回ると、皆の顔を満足そうに眺め、にっこり笑った。


『リラ、私を母にしてくれてありがとう。私を選んでやってきてくれてありがとう。あなたがいてくれて、本当に幸せでした。最後まで、私のために尽くしてくれてありがとう。

お父様をよろしくね。支えてあげて。

それから、幸せに暮らしてね。』


精霊さんと話す時の様に、頭の中に直接声が響いた。


「お母様、嫌、行かないで。そばにいて…。」


『大丈夫。どこにも行かないから。あなたの心の中にいつもいるわ…。そばで見守っているから…。』


次の瞬間、お母様は天に昇り、シャワーの様に虹色の光が降り注いだ。


精霊たちは、守護している人の元へ戻った様だった。


お母様は、集まった人全てに直接お別れを伝えたらしい。

皆、それぞれ違うメッセージを、頭の中に直接語りかけられていたのだった。






翌日、お母様は棺に入れられた。

ヴィクトリーヌ様が術をかけ、昨日皆にお別れを告げた時の姿のお母様が棺で眠っていた。

とても美しい寝顔だった。

本当に眠っているだけで、起こしたら今にも目を開けるのではないか、何度もそう思った。


ヴィクトリーヌ様がかけたのは、時間逆行の術だった。

これは、生きているものにはかける事が出来ない。

無生物や、死んでしまった人や生き物にかけることは可能だ。

しかし、決して生き返ることはない。

あくまで一時的に時間が遡ったように見えるだけらしい。

一定時間経つとまた術をかける前の状態に戻るため、ほとんど実用性のない術だと言っていた。

一定時間とは、術者の力量に大きく左右するそうだ。


ヴィクトリーヌ様は、弔いが終わるまでは十分持つだろう、そう仰っていた。


私は、棺を白い花で満たした。

そして、白い花で作った花冠をお母様に被せた。


その日、私はお母様の夢を見た。

どんな夢かは覚えていないが、とても幸せな夢だった。





その日以来、私の記憶はとてもおぼろげだった。

お母様はまず、エルフの流儀に倣って弔われた。

その数日後、王都で葬儀が執り行われた。

たくさんの人が、お母様に献花をしてくださり、私はお父様、おじい様、おばあ様、ローランおじ様とアルフレッドおじ様と一緒に、花を手向けてくださった方へご挨拶――といっても一礼するだけだが――をすることをひたすら繰り返した。

参列者は、お父様やおじい様のお仕事関係の人が大半だったが、ハーフエルフらしき人、精霊術師や魔術師らしき人もたくさん見られた。

精霊術師や魔術師らしき人の中には、私を見て驚く人も少なくなったが、その後、皆私を見て嬉しそうに微笑んでくれた。


マティユ陛下は親族として参列し、アンヌ、アル、それからフレッドも親族席に一緒に座っていた。

2人のお兄様も親族として参列してくださった。

ジュリエッタさんとヴィクトリーヌ様、院長先生は裏方として私たちを支えてくださった。


ノエミは、私が疲れて休んでいるとき、献花をしに訪れてくれたそうだった。

しかし、ノエミのお母様は姿を見せなかったらしい。


葬儀が終わると、再び緑の森(フォレ・ヴェール)へ戻り、お母様を花葬した。

花葬とは土葬の一種ではあるが、たくさんの花と共に埋葬し、墓石の周囲一面に花を植える。

そして、花の精霊に護ってもらう、エルフ独特の葬り方だそうだ。

もちろん私を加護してくれている花の精霊の中からも、数人がここに残ると言ってくれたのでお願いした。


もう私は限界だった。

今まで張り詰めていた緊張の糸がプツリときれてしまった。

もう何もかもがどうでもいい気分になってしまった。

今後、どうしたいのかと大人達に聞かれ、何も言えなかった。

どうしたいかわからないというよりも、何も考えたくなかった。

お父様が一緒に暮らさないかと言ってくれたので、頷いた。

お母様の「お父様を支えて欲しい」という言葉を思い出したから…。


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